「その4話・ゴールドラッシュ」

日本はなぜ、アメリカと戦ったか?・その3話「日英同盟?」

 かくして、日露戦争によって、コロンブス以来の歴史の流れの方へ変わり始めた。それがそのまま流れ続けていたなら、日本もおそらく、世界も、それなりに幸せであったであろう。ヨーロッパ諸国はロシアに勝った日本を見て、日本を征服したり、日本と戦ったりしようと言う発想は消え、この東洋の島国と共存する方向に向かっていったことは明らかである。

 ヨーロッパを代表するイギリスは、「栄光ある孤立」という従来の外交方針を捨て、すでに1902年に日英同盟を結んでいたが、日露戦争後、それはさらに強化された(英が、露をおさえるための日本の傀儡・黒幕ともいわれるが)。  ところが、白人優位主義に本質的な危機を感じ、日本をそのまま放置しておけないと決心し、そして日本を潰すことによって歴史の流れを昔に戻そうと腹をくくった国があった。

 それがアメリカだった。

 もし、日露戦争がなかったり、日露戦争で日本が勝たなかったりしたならば、白人にとって世はすべて平穏な日々であった。争いは、自分たち白人の間だけであったろう。ところがこともあろうことか、あの強いロシアに勝ってしまったのだ。

 だが、それでも、繰り返すが、ロシアに勝利した国、それも極東の島国・日本とあえて争おうと考えるヨーロッパの国はもうなかった。日本もまた、それで平穏なはずであった。

 ところが、太平洋の向こう側にいるアメリカだけは、それを容認できなかった(地図上のことにも関係ある・要するに仮想敵国にするのは太平洋を隔てた海を渡って攻めてきそうな日本が最適だったのか?)。

 アメリカに移り住んだヨーロッパ人にとって幸いだったのは、アメリカの先住民は、きわめて人口密度が低く、しかも他民族に分かれており団結心の薄いインディアン達であった(勇敢な部族はもちろんあった)。したがって、無限の空間を征服するという精神は、何ら遮られることもなく、フロンティア・スピリッツのおもむくまま西へ西へとばく進していったのである。次回「ゴールドラッシュ」へ続く。

[その2でーす] /welcome:

 ところが、このばく進の途中で、ちょっと予想外なことが起こった。それは、19世紀の中頃、ゴールド・ラッシュが起こり、アメリカ大陸横断鉄道が建設されることになるが、その時にチャイニーズ・クーリー(苦力=下層低賃金労働者)と言われる奴隷的労働者(当時は契約移民という用語が用いられたが)が、、中国大陸から西海岸に多数入る事態が起こったのである。

 もちろん、それ以前からアメリカに入っていた黒人労働者を使うという選択肢もあった。しかし、鉄道施設建設のような労働は彼らには不向きであった。またアメリカのインディアンは、その騎馬民族的気質のために、その様な奴隷的肉体労働を拒否したので、大量に使うことができなかった。

 そこで、大量かつ安価、しかも勤勉な中国人(清国の)移民が使われることになったのである。当時の中国(シナ)は阿片戦争や、太平天国(長髪族の)の乱で混乱のきわみにあり、中国大陸ではいくらでも人出を集められた。鉄道建設労働者の9割までがチャイニーズ・クーリーであったという記録もある。

 ところが、ここで、アメリカ人が予想もしなかったことが起きる。彼ら鉄道建設の白人たちは、中国人(詳しくは清国人)移民を黒人のように、一生奴隷の如く見下しておける存在だと思っていたらしい。しかし、黒人奴隷とチャイニーズ・クーリーは、背負っていた文化が違っていた。もっと正確に言えば、文化の成熟度が天と地ほどに違っていた。

 チャイニーズ・クーリーたちは、西部へ流れていった白人以上に知能と勤勉の習慣を総体として身につけており、さらに金をためることと殖(ふ)やすことの喜びをちゃんと知っていた。彼らは低賃金で働きながらもちゃんと貯金し、それによって土地を買ったり、店を開いたりし、ついには金鉱の採掘権まで買う成功者がでたりもしたのである。それは白人もしのぐ勢いだった。

 このような中国人(清国人)たちの出現は、西へ西へと向かうことを使命と考えていたアメリカ人のメンタリティー、さらにはアメリカの国体(国家の体質)に反することだった。

 次回は「白人の移民対中国移民」です。

ここもアメリカのユダヤ人解説

まずはユダヤ人について

中東関係その3 中東関係その2 中東関係その1

アラビアのロレンス 英国の三枚舌外交 ユダヤ・ゲットー

富裕なユダヤ人 フランス革命

ロスチャイルド 差別・迫害