「11話・聖書の矛盾?」

「10話・ユダヤ人は金銭に卑しい?」

パレスチナ問題の構図・9話「ユダヤ人は頭がいい?」

 8月15日(火)の、読売新聞によれば、米民主党全国大会に於いてユダヤ系として初めてジョセフ・リーバーマン上院議員(58)が副大統領候補に指名されることに対して米国のユダヤ系社会は「歓喜」と「警戒」の入り交じった複雑な反応を見せているという。

 ニューヨークのユダヤ系紙「フォーワド」は「ユダヤ系にとって最後の壁が取り払われた」と書いた。「最後の壁」とは共和・民主二大政党の大統領・副大統領候補にこれまでユダヤ系が一度も指名されなかったことを指す。

 全米人口の2〜3%にすぎないユダヤ系は米国の政治・社会に隠然たる影響力を持つと言われる。しかし、キッシンジャー元国務長官など閣僚経験者や最高裁判事など要職にユダヤ系は進出しているものの、国家の最高ポストだけは手にできていない。

 ユダヤ系に限らず人口の26%を占めるカトリックは故ケネディ大統領ただ一人、12%の黒人は皆無と、米国のシンボルとも言うべき大統領・副大統領だけは一貫して「白人プロテスタント(ワスプ)」が握っている。

 そうした意味で今回のリーバーマン氏の副大統領候補指名は画期的なことではあるが、ユダヤ系社会の中には逆に反ユダヤ主義(アンチセミティズム)が頭をもたげてくるのではないかとの懸念も出ている。

 さて、上述した内容にも十分関連していると思うのだが、「ユダヤ系の人は頭がよい」というのは当たっているのだろうか?

 アメリカのノーベル賞受賞者の半数以上がユダヤ系だとか、芸術家にユダヤ系が多いとか言われている。ノーベル賞はほとんどが欧米の人に与えられる。それが欧米の人のアジア・アフリカにたいする優秀性の証だとしたら、我々だって「そんなばかな」と思わざるを得ないだろう。日本の政治家やイスラエル元首相ベギンやエジプトのサダトにも与えられていることからも、ただ頭がいいだけではないと言うことはわかる(もちろん彼らの頭脳もすばらしいのですよ)。ただ、芸術家と言うときは、アジアやアフリカの感性でなく、欧米の価値観における芸術を指しているのかも知れない。

 欧米・アジア・アフリカで気になることは、欧米のユダヤ人(アシュケナジー)が、東洋系ユダヤ人(セファルディ)を、頭が悪くてのろまでなんにもできないと言っていることには聞き捨てならないものがある。イスラエル国に於いては、頭がいいのは白いユダヤ人の特性と考えられていたらしい。イスラエルでは、東洋系ユダヤ人があらゆる面で「差別」されている。「差別」ゆえに国を建国したにもかかわらず、現在イスラエルでは「反差別組織」が結成されているというのは、歴史の皮肉ではないだろうか。

 さて、ユダヤ人が金銭に卑しいという固定観念はどうだろうか?

[10話でーす] /welcome:

 シェークスピアの「ベニスの商人」のシャイロックがユダヤ系の人の典型なのだろうか?

 キリスト教世界でない日本では、実際にその人がユダヤ系の人かは問題でなく、欧米人として対応してきたと思う。アメリカ人とかフランス人とかイギリス人とか言う区別をしてきたのである。しかし、日本人がユダヤ系の人の特質として理解しているとしたら、すべて欧米のキリスト教世界の受け売りがほとんどだろう(欧米の著作の翻訳による)。

 この問題は、なぜユダヤ系の人が迫害されたのか、と言う問題と強く結びついている。

 ユダヤ系の人が「問題」になったのは、キリスト教世界の中であって、その他の世界のユダヤ系住民は、ほとんど迫害を経験してないことに注目しなければならない。キリスト教世界では、ユダヤ系の人は一つの民族とみなされたが、他の世界ではユダヤ教として宗教的存在とされた。つまり、アラブの世界ではキリスト教徒やイスラム教徒の「アラブ人」もいるように、ユダヤ教徒の「アラブ人」もいるのである。それは宗教の違いだけで、言葉も文化も共有していた。「ユダヤ人」という別個の民族がいるなどとは、誰も考えていなかった。

 ユダヤ教の世界から誕生したキリスト教が、ユダヤ教から独立していく過程で、人間全般を、ユダヤ人と非ユダヤ人(異邦人)に分け、ユダヤ人の宗教をユダヤ教、非ユダヤ人の宗教(あるいは非ユダヤ人に予定されている宗教)をキリスト教に区別した。このキリスト教世界は、内部に「ユダヤ人」を区別し、差別し続け、キリスト教世界に広まると同時に、この差別の構造も広まっていった。その差別に一役買ったのが、イエスはユダヤ人によって十字架にかけられ、殺された、と言う話である。

 一方マルクスは、ユダヤ人が生き残ったのは、資本の生成の過程で一つの役割を果たしたからだ、と述べている。

 キリスト教世界では、ユダヤ系の人が土地を保有し農業に従事すること、そして公的職業につくことを禁止してきた。そのため、ユダヤの人々は、金融、学問、芸術、宝飾品、商業などの分野に集中することになった。一説では、ユダヤ系社会はこうした部門でのギルド的役割を果たし、それらの職に就くためには、ユダヤ社会の一員になることも必要だったという。しかし自国資本の成長に伴い、キリスト教社会がこうした分野を必要とするにつれ、ユダヤ系の人は「金銭に卑しい」と、やっかみと蔑視をこめていわれるところとなったのだろう。そののち「イエスの殺害者」という言葉が用いることによって、ユダヤ系の人が迫害の対象となっていったのである。そのはしりが例の「十字軍」によるユダヤ系住民の大虐殺だった。しかしこうしたことは、ヨーロッパのキリスト教社会で起こったことで、アジア・アフリカでは未知のことだった。

 次回は無謀にも「聖書の矛盾」でしゅ。

[11話でーす] /welcome:

 現在のイスラエルには、神の約束した地はすべて手中にしなければならない、と考える人々が存在し、その人々の動きが占領地政策や入植地建設などと強くかかわっている。しかし、問題が残る。聖書の中では、「約束の地」の範囲がたえず異なって記述されており、どれが本当の「約束の地」か分からないのである。あるところでは今のレバノンを含むといい、他のところではユーフラテスからエジプトの川までと言われている。

 聖書を信仰の書と考えるだけでなく、史実の書と考えるなら、多くの矛盾と向き合わなければならない。異なる時代と場所で書かれた多くの本の集大成である聖書は、各所の記述が矛盾している。しかし、天地が六日間で創られたことも史実と考える人々も実際にいる。アメリカなどでは、進化論が聖書の記述に反するとして、学校教育から排斥される動きもあると言うから、大まじめな話である(わが国ではどうでしょうか?)。

 キリスト教社会の中でユダヤ系の人は、ゲットーに隔離されるようになった。やがてフランス革命を契機として、ヨーロッパの各国はこの人々を解放したかに見えたが、今世紀にはいると、ユダヤ系の人のキリスト教社会の同化が大きくなった。ナチス台頭前のドイツでは、この人々が圧倒的に主流になっていったのである。

 しかし民族主義の波の中で、「ユダヤ人」をヨーロッパから排斥する運動が起こった。それを受け止めたのが「シオニズム」だったのである。「ユダヤ人」を西欧の内部に巣くうオリエント的なもの、あるいはイエスの殺害者として差別、迫害してきたヨーロッパは、植民地主義とこの差別を組み合わせる。植民地主義の庇護のもとに、シオニズムは、「被差別者の追放」を、「民族の故郷への帰還」というレトリック(修辞法)に置き換えたのである。

 さて、話を進める前にイスラエル建国の骨子である、「シオニズム」について語らねば画竜点睛を欠く、かと思うので、次回は、さーっとおさらいをしてみましょう。

まずはユダヤ人について

中東関係その3 中東関係その2 中東関係その1

アラビアのロレンス 英国の三枚舌外交 ユダヤ・ゲットー

富裕なユダヤ人 フランス革命

ロスチャイルド 差別・迫害