ビールの歴史(オリエントからヨーロッパへ)

麦芽に関する記録が初めて記されたのは、古代メソポタミアである。80

00年以前にこの地に小麦と大麦が存在していたことが確認されている

。その模様を伝えるものに、5000年ほど前のモニュマンブルーの粘土

板がある。ビール造りは、シューメールからバビロニア、エジプトへ伝わ

る。エジプトではビールは広く人々に愛され、給料の一部として用いられ

た。ビールは飲料としてではなく医薬品にもなり、エジプト女性は、若さを

保つためにビールで洗顔していたという。やがてビールは地中海を経由

して、イギリスや北部ヨーロッパ、ゲルマンに伝わる。ゲルマン人のビー

ル好きは相当なもので、ゲルマン一族である北欧の神話の中でも、神々

はビールを痛飲している。その後ゲルマンはローマ化されてワインの味

を覚えても、ビールを捨てることは出来なかったようだ。ゲルマンの一族

のフランク族が西ローマにフランク王国をたてたが、このカロリング朝の

ピピンやカール大帝はビールの愛好家で遠征にもビール醸造技師を連

れて歩いたといわれる。紀元前600年ころの新バビロニア王国では、す

でに様々な添加植物に混じってホップが使われていたという。しかしホッ

プの優れた効用が認められるようになったのは14世紀頃からで、151

6年、ビール醸造の中心地バイエルン王ウイルヘルム4世は、王国のビ

ール醸造業者に対して有名な法律「ビール純粋令」を布告し、ビールは

大麦ホップ、水だけを用いて醸造することになった。

中世のヨーロッパではビールは宮廷や僧院を中心に醸造され、さらに各

都市にビール醸造のギルドができ、市民にも醸造権が与えられて、その

技術も次第に進歩し、各地で特徴のある地酒が造られた。18世紀にイ

ギリスではじまった産業革命の波はビール醸造も巻き込み、19世紀の

中頃には機械化が大いに進み、さらに科学面での大発見、大発明がビ

ール醸造産業を決定的に変革する。1873年、ドイツ人リンデはアンモ

ニア冷凍機を発明した。

暑い地方で生まれたビールはイギリスの代表的なビールであるエール

のような発酵温度も比較的高く、発酵中に大量の酵母が泡について表

面に浮かぶ上面発酵酵母により醸造された。一方、15世紀にバイエル

ン地方が発祥と言われる下面発酵ビール(発酵が終わると酵母が凝集

して沈降する)は新鮮できれいな香味が特徴で、19世紀以降、世界の

ビールの主流となるが、低温で長期間貯蔵醸造を必要とする。ラガービ

ールの呼び名もこれに由来すると思われるが、当然ビールの一番旨い

夏には製造できず、寒い冬に仕込んで、温度変化の小さな穴蔵に氷を

詰めてビールを貯蔵し、夏の需要に間に合わせるしかなかった。冷凍機

の発明はこの壁を突き破り、年間を通じて一定の温度でビールの醸造

が行えるようになった。1866年、パスツールにより低温殺菌法の開発

により、ビールは長時間保存できるようになり、1883年にはデンマーク

人ハンゼンが優良な酵母を純粋に分離、培養する方法を発明し、ビール

の品質管理、大量生産の道が開けるなど、多くの優れた技術が開発さ

れ、現在の隆盛につながっている。元に戻る