1487年、バイエルン公アルプレヒト4世は、ミュンヘン醸造業者に、「ビールを醸造するに当たっては、大麦、ホップ、水だけを使い、良心的に醸造を行い、いかなる混ぜものもしてはならない」と言う法令を出しています。これが完全に守られたかどうかは疑問ですが、1516年にバイエルン公ウイルヘルム4世は、「ビールは大麦、ホップ、水のみを使用すべし」と言う法令を出しています。当時は酵母について知識がなかったので、大麦(麦芽)とホップで麦汁をつくれば、自然に発酵してビールになると考えていたのでしょう。中でも有名なのは、1777年に、プロシアのフリードリッヒ大王と言われるフリードリッヒ2世の出したビール、コーヒー条例と言われる訓辞入りの法令です。フリードリッヒ2世は、プロシアの国民の嗜好が、火酒(蒸留酒)やコーヒーに移って、ビールが衰退したことに心を痛め、「ビールこそは自分達の先祖からの飲み物であり、輝かしい歴史はビールによって作られてきた。自分の臣民もこの父祖からの飲み物を飲んで、父祖の精神に帰り、プロシアの光輝ある伝統を受け継ごう」、と言うような格調高いものです。ビールの歴史に戻る