<砂塵>
Tactics1 オルゴール動乱

<15>

こんな近距離での敵との睨み合いなんて、辛いぞ。俺達はもちろん、黒髪大佐たちも、誰も動かなかった。

銃を構えてるのは俺達のほうだけだけど、この距離で撃って、この距離で撃ち返されたら、避けようがないぜ。と、その時だった。いきなり、エレベーターのドアが吹き飛んだんだ! ヨハンがM16めちゃくちゃに撃ちまくる。

こうなると、何もかもが瞬間芸だ。俺は自転車の前輪にフックを引っかけてそれを担ぐと、扉が吹っ飛んだエレベーターの暗い穴の中に、飛び込んだのだった。

続いて、というよりも同時に、サムとファーダ、ヤーブが飛び込む。3メートル四方はあろうかという正方形の穴の中…この中を落ちてくんだから、気分悪いったらありゃしない。

地下10階という工事用マークが見えた瞬間、俺はベルトからワイヤーアンカーを発射させた。それがうまい具合に壁に引っ掛かり、俺は取りあえず落下を止めたのだった。

「地下15階を爆破するっ!」

というサムの声が反響し、俺の近くに引っかかったサムのワイヤーが、がすごい勢いで伸びていく。レイヴァールの乗ったエレベーターがいるのも、そのあたりらしい。俺は上を見上げた。アーサーが飛び込み、俺の横をワイヤーを発射しながら落ちていく。

「コージ、自転車のワイヤーを伸ばせっ!」

と、アーサーが叫ぶ。俺は壁を蹴って自転車と位置を変わると、そのワイヤーのロックをはずした。

自転車が、アーサーの所に向かって落下していく。俺はその後を追って、やはり自分のロックをはずしてオイルに汚れた壁を伝っていった。と、降りていくエレベーターの上部がいきなり爆発する。

「あちちちちちちっっっ」

というのは大袈裟だけど、熱い爆風が吹き上がってきて俺は思わずワイヤーのロックを掛けて止まった。爆風が納まった瞬間、いつのまに居たのか、ファーダが俺の腕を掴んでくる。

「降りるぞっ!ヨハーンッッ!いい加減に来いっ!」

たたたたたたっっっと軽快な銃声とともに、ヨハンが上に向けて銃を乱射しながら落ちて来る。こんなこと出来るの、お前だけだ…(^^;)

ファーダは俺の腰に腕を回し、ワイヤーのフックをはずすように操作した。

壁に引っかかっていたフックの爪が引っ込むと同時に、ワイヤーが、ほら、掃除機のコードのように俺のベルトに引き込まれていく…支えを失った俺は、ファーダに全体重を掛けることになった。ファーダは、自分のワイヤーの真下にぶら下がっていたわけではなかった。壁のわずかな凹凸を利用して、右手を負傷した俺の救援に来てくれてたわけ。ほんの一瞬だけ、ファーダは俺の体重を支えてくれた。

「あれっ?」

と、ファーダ。彼のその言葉に「え?」と聞き返した瞬間だった。ファーダは足を滑らせて、俺達は振り子のように壁伝いに振られていったのだった…(^^;)

「うわーーっっっ」

俺達はステレオで悲鳴を上げ、迫り来る向かいの壁に足をついた。と、跳ね返っとたんに思いっきりどつかれる。どついたのは、同じようにワイヤーで引っかかっているヨハンだった。

「何やってんだよ…」

呆れ顔の彼は、ファーダのアリスバックを掴つかんだ。

「ファーダ、一気に降りるぞ」

言い終わらないうちに、二人はものすごい勢いで降り始めた。

ちょっ…ちょっとまってくれっっっ!自分でコントロールできないのは、恐すぎるっっ!俺はファーダに抱えられたまま、硬直しちゃったよ。自慢じゃないけど、ロッククライミングも壁面降下も、俺は苦手なんだから…

なんて考えた瞬間、地下7階の出入り口…俺達が飛び込んだあの四角い出入り口が、カッと光って大音響を轟かせた。

粉塵が振ってくる。

「コージ、自力で着地しろっ!」

叫ぶと同時に、ファーダは俺から手を放したんだ。

おーいっっっ、だから、俺は、降下が苦手なんだって、言っただろーがよっっ!

エレベーターは、地下15階と16階の間に止まっていた。言っておくけど、このエレベーターってのは、壁に造られたレールを伝ってるんだ。縦に動くモノレールってところだな。だから、揺れも振動もないし、映画にあるように、巨大な、ロープを巻き上げるための装置やら何やらがあるわけじゃない。

つまりエレベーターの上は、何もないわけだ。あるのは、サムが作った穴だけ…俺はそこをよけて着地し、待ち構えていたヤーブに支えられて扉が無くなってしまった15階に飛び出した。さっきの地下7階のエレベーターホールのように、そこは狭くて閉じられた空間だった。警備員室には誰もいなかったけど、ここは温かだった。25度くらいはありそうだ。そしてここで、サムとアーサーとレイヴァールが、派手なストリートファイトを繰り広げていたのだった。

***

何をしたらいいのか、一瞬躊躇して立ち止まった俺に、レイヴァールの視線が動く。

「隙ありっ!」

サムの蹴りが、レイヴァールの脇腹に決まる。と、レイヴァールの胸元からあのケースが飛び出した。

ポロロン…と、オルゴールが鳴りかける。俺は思わずスライディングして、それを引っ掴んだのだった。ヨハンとファーダ、そしてみんなの着地をサポートしていたヤーブが出てくる。レイヴァールは脇腹を押さえたまま、捕まえようとするサムの腕からするっとぬけ、そのまま、跳ねるようにして後ろに下がった。

全員の動きが止まる。

「それを取ったってどうにもならないのに、レイは一体何を考えているのか…」

レイヴァールは低い声で笑い、俺達を見返した。

「やはり、この体は素晴らしい…。これだけ動いたって、全てが正常に機能している…」

彼は、ニッと口元を歪めた。

「壊れかけていたあの体に比べれば、遥かに居心地もいいし快適だ」

針のようにまっすぐな金の髪が揺れて、オレンジの非常灯を反射する。

「扉は開けておこう。レイがそこから、出て行かれるように…」

レイヴァールの後ろで何かが落ちて、カツーンと甲高い音を立てた。

「ゲームが終わったら、そのケースは返してくれよ、コージ君…」

落ちたのは、暴動鎮圧用、つまり屋外で使うための催涙弾だった。彼の足元から、真っ白な煙が吹き出す。

俺達は、かなり慌てたよ。このタイプは、20秒から30秒程度、ガスを噴出しているんだ。俺達がひるんだ隙に何かが派手に爆発して、催涙ガスも大半が吹き飛んだ。

「ちくしょー、泣けるぜっ」

ヤーブが、簡易ガスマスクの下で鼻をすする。視界が開けるが、レイヴァールの姿がない。

「逃げられた!」

と、ファーダが叫ぶ。さっきの爆発は、レイヴァールが止まったエレベーターのレール部分を爆破したらしい。続けて、どんっ、エレベータの「箱」が落下した派手な音がする。ファーダはその穴に手榴弾を一個放り投げた。投げたのは一個なのに、爆発音は2回聞こえてくる。鏡を使って下を覗いたファーダは、力いっぱい舌打ちをした。

「ちぃっ、あの野郎、ふざけんなよっ!絶対捕まえるからなっ!」

彼の言葉使いからお上品さが失せていくのは、彼が切れ始めた証拠なんだ。よくまあここまで、切れてなかったよなー(^^;)

「とにかく」

と、ファーダは落ち着くように深呼吸する。

「コージ、ここはどういうフロアなんだ?説明してくれ。各自は装備の点検。ここで不要なものは全部置いていくぞ」

「ここは、研究室が集まってる階だよ。この扉の向こうの端に、研究者たちが使うための、専用エレベーターがあるはずだ」

「これを爆破するだけのものは、もうないぞ。予備の火薬を使うか?」

と、サムの言葉にファーダは首を振った。

「ここから一気に降下する」

また降下…ああ、俺のほうが心臓発作起こして死にそうだよ…

みんな手早く、毛皮のふさふさがついた防寒具を脱ぎ、いらないものを外していく。俺は、自転車の荷台から全ての荷物を降ろし、それを折りたたんでアリスバックの上から背負った。ヨハンは、背負っていた小型無線機を下ろす。

「コージ、ブレストンに最後の連絡入れとけよ」

ヨハンの言葉にしたがって、俺は無線機の前に屈み、無線機の全電源をいれた。

コージッッッ”

とたんに聞こえてきたのは、ブレストンの大声…

「よお、ブレストン…」

“一体どこにいるんだよっっっ一体何をどうしてるんだっっ!さっきっから、爆発ばっかりじゃないかっっっっ!”

「俺達は、全員無事だぜ。たいした怪我もないしな。それから、レイヴァールを見つけたぞ。奴は先に最下層に降りていった。イシス大佐たちは、手榴弾で吹き飛ばしたぜ。死んだかどうかは確認してないけどな」

「不吉なこと、言うなよ…」

と、ヨハンが愚痴る。

「あいつらのことは、マシンガンでメッタ撃ちにして、手榴弾ぶつけて来たんだぜ」

「…(^^;)とにかく俺らも、後を追う。連絡はこれが最後だ。じゃな」

俺は電源を切った。

「各自、残弾数の確認しておけよ。ゲームが終わるまで、補給はないぜ」

と、ファーダはアリスバッグではなくて、SMGを背負う。一方でサムは、M16のほうを背負って、SMGのほうをスリングで肩に吊るした。そして手には、例のごとくメリケンサックが光ってる。よく体力あるよなー。俺達は、30秒ほどで装備を必要最低限にして立ち上がった。

「それじゃ、行くぞ…」

と、ファーダの言葉に全員がエレベーターのほうを向く。そして、決定的瞬間を見たのだった。

「レイヴァール!」

決定的瞬間…それは、いわゆる“ドップラー効果”というのを実証しながら落ちていく二人のヴァイシャだった。

「…」

うう、ほんとに気分悪ぅ――――――い…。

素早くアーサーが、置いていくはずのM60を、落ちていった彼らに向かって撃ちまくる。だからアーサー…普通、固定して使うようなものを、そんな…まあ、重さは5キロちょいだから持って撃ってもいいんだろーけど…(^^;)

「アーサー、もういいっ!階段で行くぞ。ヤーブ、そこに一個放り込んでいけよ!」

ファーダは、階段室の扉を開けて、階段を駆け降りていく。地図読みの俺も、先頭グループにいなきゃ…と、俺も後に続いた。最初の踊り場に辿りついた途端、ズズン、と爆発音。ヤーブが投げ込んだ手榴弾だ。これで、あの落ちていった奴等、今度こそ…

で、一方階段を降りている俺は、手すりが右だから、辛いの何の…

「コージ、あのケースは?」

俺の後ろは、ヨハンだったらしい。

「持ってるよ」

「貸してくれ」

俺は、手袋の甲に差し込んでおいたケースを、階段を駆け降りながらヨハンに渡した。

「それがどうした?」

「オルゴールの音が聞こえるんだ」

「????」

俺には聞こえないぜ?だけどヨハンは、こう言ったのだった。

「あれ?このカードから聞こえてくる音じゃないや…」

おい…(^^;)息を切らせて、ジャングルブーツで階段駆け下りてて、オルゴールみたいなか細い音が聞こえるわけないだろうが…

なんていっているうちに、俺達は最下層…地下18階についたのだった。

作戦が始まってから、2時間7分がすぎていた。

<16>

階段室から出た俺達が見たのは、合計3発の手榴弾で吹き飛んだエレベーターの残骸と煤けた壁に、大量の赤いオイル。そして、仰向けに倒れている二人のヴァイシャ…

彼ら二人は下半身と腕を無くし、特に一人は頭が半分吹き飛んでいた。

「レ… こ…こ」

彼らはピクピク体を震わせ、何か言っている。

「行こう。後で助かる可能性だってあるし…」

ファーダは、注意深く大扉に近づいていく。

「それにこいつらが生きているんだ。イシス大佐だって、きっと生きているぜ」

扉は、今までのものよりも高くて、幅があった。地下18階のこのフロアだけ、天井の高さが違うらしい。

“IDトパスワードヲ、オ答エ下サイ”

機械音声が天井から響く。ええ? そんなの聞いてないぞ!俺達がたじろいでいるってのに、ファーダは一人冷静だった。

「IDはレイ、パスワードはレイヴァール」

“…ID、パスワード、確認イタシマシタ。ドウゾ、オ通リ下サイ”

うっそお…(・・)唖然としてる俺達に、ファーダは振り返って微笑む。

「ほら、こんなもんだよ」

それはともかく、扉はゆっくりと開いていく。俺は思わずつばを飲んだよ。中から、明るい光がぱっと溢れてくる。そして俺達は、呆れるほど無防備だった。開いた扉の中に、銃も構えないで吸い込まれるように入っていったんだから。

中は広く、白い照明だった。そして中央には、ホルマリン漬けの瓶を巨大にしたような、というか、巨大なインテリア水槽というか、そういった趣の円筒が3本、まるで柱のようにそびえ立っていた。円筒の直径は、3メートルくらいある。

その中には透き通った淡い緑の液体が満たされ、時々泡が昇っていった。そして、円筒のちょうど中央の当たりに浮いているもの…

ダンゴ虫が丸まったような、直径2メートルはあろうかという透明の球体の中を赤い液体が巡り、中央で心臓みたいのがバクバクと動いていた。これが噂の……リーヴァ?

「ようやく、ゴールしたぜ」

と、ファーダ。

「やあ、早かったね」

にっこり微笑むレイヴァールは、中央の柱に寄りかかった。その足元で、様々なライトがちかちかと輝く。

アニメで見るような、超高度機械文明に出てくるような…そんな感じだった。そしてこの部屋には、セイナネ教授と、慰霊祭で見た遺伝子研究室の面々、そして軍のお歴々、総勢25人余りがいたのだった。

***

俺達より少し遅れて、ブレストンと数人の情報部員が、反対側の大扉から駆け込んでくる。

「情報部…!?」

と、セイナネ教授たちがぎょっとする。

「ここに入れるのは、技官だけのはずよっ」

ようやく聞けた教授の声は、甲高くて毒々しい。

「非常時ですからね、教授」

と、ブレストンが肩で息をする。よほど急いで来てくれたらしい。

「ブレストン。これでいいんだろ?俺達ハンティングは、スパイの諜報活動を邪魔したぜ。客は、こんなところまで来れないし、機密も守った」

ファーダは、金をよこせと言わんばかりに手を出した。

「スパイの諜報活動って…」

俺の問いにファーダは、肩を竦める。

「そうさ。セイナネ教授以下、遺伝子研究室のメンバー15人だ。20年前、ヴァイシャル少将が秘密裏に行っていた『ヴァイシャ』の研究を倫理違反だと告発し、逆に処分を受ける羽目になった奴等だよ」

「処分?」

と、俺達は呆気に取られた。だって、心臓手術に失敗した人たちが処分を受けたんじゃなかったっけ???

「ああ。読み上げられた処分者は30人。うち手術を担当した外科医師は15人。そして残り15人が、彼ら。全員が偽名で読み上げられていたけどな」

「なんで彼らが処分を受けるんだよ?!」

声を上げたのは、ヤーブだった。

「俺達は毎年、現役教授たちが受けた過去の処分を聞かされていたのか?」

「そういうことだね」

答えたのは、レイヴァールだった。彼の後ろで、不気味な球体が時々、軋みながら動く。

「ファーダ…だったね。君の言っていることは正しい。が、ひとつ訂正するならば、わたしが当時、本当に秘密裏に行っていたのはヴァイシャの研究じゃないということだな。わたしが秘密にしていたのは、「レイの作製」だったんだ」

彼は、腕組みをし、薄気味悪く笑った。

「イシスたちは、試作品だよ…。22体、作ったんだ。セイナネが、4人殺したけどね」

レイヴァール少将の言葉に、セイナネ教授が大きく息を吸い込んだ。


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