「あーあ、神様仏様。お金を稼ぐっていうのは大変な事でした。楽して70万シバルを手に出来ると喜んだ僕が馬鹿でした。どうかお許し下さい」
俺の言葉に、ファーダが振り返った。
「浄財、受け付けてるけど?」
「苦労した報酬、そんな無駄遣いしてたまるもんか」
言った途端にファーダの蹴りが尻に入った。ジャングルブーツの蹴りは、結構痛いぞ!
とにかく、専用車で中に乗り込んだらすぐ、扉は閉められてしまった。暗闇を、オレンジの電球が点々と続いている。運転はアーサー。M60はヨハン。後ろを見張るのはヤーブ。ファーダは、アーサーの隣で照明を担当していた。そして、ナビゲーターは俺。時速7キロ程度で進む車の上で俺達は、慌てて毛皮のふさふさがついた防寒具を着込んだんだ。あうう、寒いっ!吐く息なんて、真っ白だぜ。俺達はそれぞれ装備と銃の位置を確認し、手袋をはめた。
「あ、これあげる♪こんなこともあろうかと思って、スーパーで買ったんだ」
と、アーサーが妙に嬉しそうにみんなに一つずつカイロを配る。この遠足気分がハンティングの良いところなんだろうなぁ(^^;)
俺達はフードを被り、スキー用のゴーグルをはめた。極寒の地のミッションなんて、俺は初めてだぜ。
「それはともかく」
と、ヨハンがカイロを揉みながら振り向く。
「ファーダ。侵入者について説明してもらおうか」
「あ、ああ。あれ」
ファーダは肩を竦めた。
「ブレストンにこの前、さりげなく脅しかけといただろう?そうしたら教えてくれたんだよ。俺達が黒髪の大佐に襲撃された当日から、ほぼ毎日二人ずつ、見回りに行った兵士が戻ってこないってね。一般の工事関係者は無事らしいんだけど…昨日には、行方不明者の捜索と慰霊祭前の警備を兼ねて、20人の警備兵がここに入っていったんだけど、誰も戻ってこなかった。侵入者の仕業らしい」
「冗談きつい…」
と、ヤーブが呟く。
「あの主任は言わなかったけど、今朝、陸軍の歩兵小隊1隊15人が、ここに入っている。未だ戻っていないし、連絡も取れていない。つまり、施設警備兵28人、陸軍歩兵15人。合計43人が行方不明」
くっそー。あの主任さんの報告より、15人多いってことかよ。
「彼らの捜索は、無報酬か?」
と、ヨハン。ファーダは、ため息をついた。
「報酬については、生存者がいれば交渉出来ると思うよ。でも問題は」
「工事用ルートから最下層に行かなければならないということだろう?」
そう言ったのは、アーサーだった。
「技術者用の直通通路があるはずなのに、それを使わずに、2時間もかかるこの道をいかなきゃならない。それは行方不明者を捜索するばかりでなく…」
「そうだ」
ファーダは、肯いた。
「レイ・ヴァール大佐が、このルートで中に入り込んだからさ」
「それ以前に、スパイの話はどうなったんだよ?」
俺の問いに、ファーダはへらっと笑う。そして俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「コージ君。その話は忘れたまえ」(これはヨハンの真似か?(^^;))
彼の言葉が終わると同時に、俺達は通路の突き当たりに到着した。突き当たりとは、もちろんエレベーター。金網で囲まれ、周囲の壁が丸見えの超恐ろしいタイプだ。俺、こういうの苦手。入り口を 開けるのは、ボタンじゃなくてレバー…古風だよなあ。
「これで地下7階までいかれるぜ。そこから次のエレベーターまで徒歩15分。目的の最下層は、18階になるな」
と、俺は、地図を閉じた。
「地図、覚えたのか?」
と聞くのはファーダ。
「うん、覚えたよ。この建物の構造も大体分かった」
「コージの暗記力と方向感覚には、いつもながら感心するよ。それで、このエレベーターを使うのは安全なのか?」
「ロボットに対する安全性としては、このエレベーターが一番らしい。地図に記された安全地帯は、エレベーター内と各階休息所、それから最終区だけだ。だけど、銃持った人間がいないというわけではないし、何よりも」
と、俺は地図を胸のポケットにしまった。
「下に降りていく手段は、このエレベーターと二つの非常用階段ということだな」
階段の一つは、エレベーター添いについている。もう一つは、途中で通り過ぎたんだ。
「エレベーターは地下7階にいるな。どうする?」
ヨハンは車から降り、エレベーターを呼ぶためにボタンを押した。ヒュウウウ、と動力が動く音がして、エレベーターが上がってくる。
「どうするかを決めるポイントは、3つだな」
ファーダは、そう言いながら照明をおとした。辺りは、トンネルの中のようにオレンジ色の闇になる。アーサーは車をバックさせて、エレベーターの横の、階段入り口に止めた。そこにヨハンは戻り、手早くM60を構える。 俺とファーダ、ヤーブは、車から降りるとその横で、到着するエレベーターを、銃を抜いて待ち構えた。
「ポイント1は何もないけど嫌な予感。2は、乗れたとしても途中の階で待ち伏せさているという予想。3はエレベーターの中に障害物があって、乗りたくても乗れない状況」
エレベーターが近づいて来て、俺達の緊張が高まる。3の可能性は、あまり考えたくなかった。どちらにしろ、こんな状況で逃げ道のないエレベーターを使うことはない。階段で行くに決まっている。それでも俺達はエレベーターをここに呼ばなきゃならなかったんだ。
シュウゥ、と空気圧が抜けるような音がして、エレベーターが到着する。俺達の側からは中が見えなかった。手動のはずの扉が、開く。
「エレベーター内ハ、安全デス。安全確認済ミ。ドウゾ乗ッテクダサイ」
なかから聞こえてくる、エレベーターの親切な音声…しかし1分もすると、
「安全ノ為、手動デ扉ヲ閉メテ下サイ」
と、扉を閉めるように促すひよこの泣き声のような警告音が響き始めた。
「…」
M60の銃身と壁の間にいたヤーブは、ベルトからスモーク弾を一つ取って振った。俺達はOKと、奴に合図をおくった。ヤーブはスモーク弾の栓を抜くと、2秒待ってからエレベーターの中に放り投げた。
バシュッ!と音がして煙が立ち込める。
「危険。危険。施設内デノ武器ノ使用ハ禁止デス」
煙とともに中から出てきたのは、一つ目のセンサーと電気を発するための長い金属棒、そしてキャタピラを持った身長1メートルの警備用ロボットだったんだ!
俺たちの足元に広がる、この黄色と黒の虎縞模様の安全地帯には、ロボットは入れないんじゃあ…
「バッチ感知」
ロボットは、俺達のほうを向いた。体全体に飛び散った黒い染み、キャタピラに巻き込まれたままの戦闘服の端切れ。
「バッチ感知、バッチ感知、バッチ感知」
ロボットは同じ事を繰り返す。そしてその後ろから、同機種のロボットがぞろぞろ出てきたんだ。確かに車が積み込めるほどの大きな作業用エレベーターだけど…
彼らは、真ん丸目玉のセンサーで、俺たちをじっと見つめた。
「バッチ感知」
「バッチ感知」
「バッチ感知」
「バッチ感知」
「バッチ感知」
「バッチ感知」
一番最初に出てきたロボットの黒く丸いセンサーの中で、赤い光がすごい速さで瞬いた。
「故障、トラブル発生。原因ハ不明。バッチ感知、バッチ感知、バッチ…」
金属の棒が、一瞬青く光る。と、同時にヨハンがM60をぶっ放したのだった。ロボットが吹っ飛び、続けてどん、どんと凄まじい爆発音が響いた。エレベーターの、金網製の扉が吹っ飛んで、爆風と共に死体が投げ出される。ヤーブが投げた手榴弾の爆発が、何か他のものの爆発を誘発したんだ。
「バッチ感知…」
キャタピラの壊れたロボットたちが、センサーだけ俺達に向ける。
「乗れ!」
アーサーが車を急発進させ、俺達は飛び乗った。階段の扉を突き破り、車はかなり広い非常階段を、猛スピードで降りていったのだった。
<12>
地下4階と5階の間の踊り場で、俺達は一息ついた。
「コージ、あそこは安全地帯じゃないのかよ?」
と、文句を言うのはヤーブ。
「そんな事言ったって、地図にはそう書いてあったんだ」
俺は、無線機の電源を入れた。
「こちらハンティング、応答せよ。こちらハンティング」
“ファーダ? コージ?一体どうしたんだ?爆発音が外まで聞こえてきたぞ!”
声の主は、あの主任さんではなくて、ブレストンだった。
「ブレストン、なんであんたが…」
“一体どうしたんだ!”
俺は、ファーダを見上げた。彼は肯いただけだった。
「コージだ。何があったかは見れば分かる。一階の出入りは可能だ。保証する。ただし、警備用ロボットは故障していてバッチを感知してくれない。エレベーターは破壊された。死体を積んでいたぞ」
“……”
「ロボットは、合計何台いるんだ?」
“電源が入っているのは50台だそうだ”
「了解。1階のエレベーターで、15台前後破壊した。俺達は、エレベーター横の階段から地下に降りている。地下7階に到達した時点で、もう一度連絡を入れる」
“…了解した。目標は確認出来たのか?”
「…ああ、多分ね。これから追いつめる。以後の連絡は、俺コージが、専任で行う」
俺は、無線を切った。目標、つまり侵入者のことは確認できていなかったんだけど、これはただの張ったりというわけではなかった。経験と、感かな(^^;)目標は第一エレベーターの終点である7階、つまりここが一つの大きなフロアなんだけど、ここにいるという確信が俺達にはあったのさ。つまりここが、一般工事関係者が入れる最後のフロアだったんだ。これから先は、民間業者じゃなくて軍の施設管理部の技術者の管轄になるわけ。ここを通り過ぎれば、機密性は高いけど、セキュリティは緩む。ここが突破できれば、あとは楽勝♪…のはず。
逆にいえば、地下の施設がまだ爆破されていないということは、レイがまだ地下7階より上にいるということだ。
広い階段の中央部分は、実はスロープになっていて車が昇降できるんだ。かなり急なんだけど、そこはさすが専用車。単純な造りながらうまく出来ているんだよな。
俺達は、そのまま地下7階まで降りていった。他の階には、立ち寄らなかった。そこまでは安全だったよ。階段室からフロアに出て、辺りを見回す。エレベーター前の黄色と黒の縞縞の安全地帯には、凍り付いた死体が、4つあった。死体と、ロボットの残骸の山。
「一番最後に入った歩兵小隊だな」
と、ファーダは呟いて十字を切った。
「エレベーターで降りたところを、蜂の巣にされたらしいな」
彼らは、油断していたのだろうな。たいしたことはない、自分たちは大丈夫だと。
「だけど、弾薬がないぜ。武器はあるけどな」
と、俺は彼らの荷物をあさった。凍り付いてて苦労したけど、弾倉は一個もない。
「いくら弾を集めたって、無限じゃないさ。いつかは尽きる」
ヨハンはそう言って、ファーダと同じように十字を切る。さすがスナイパー。含蓄ある言葉だぜ(^^;)
「それに、歩兵は15人のはずだ。階段とエレベーターに分かれたのかもしれない。そうすると、生き残りがいる可能性も出てくる」
「ああ。進もうぜ」
アーサーの声で、俺達は再び車に乗り込んだ。そして地下7階の、広い割にこちゃこちゃとしているフロアを進んでいった。
「ファーダ、誰かいるぞ」
ヨハンの声に、車は停まった。20メートルほど前方の壁の一部から、明かりが漏れている。
「あそこは、工事関係者用レストランだ」
俺は思わず立ち上がった。
「工事関係者が入る日は毎日、あそこで飯を出してくれるんだ。仮眠も取れるしシャワーもある。端書きにそうあったぜ。食料がかなりあるらしいから、生き残りが非難しているかもしれない」
「レイの寝床かもしれないしな」
と、シビアなファーダ。俺達は注意深く車を進め、明かりの手前2メートルの位置に車を停めた。
「アーサー、ここで見張り頼む。ヨハンは俺と来い。ヤーブ、コージは援護を」
ファーダはささやき、先に扉のところへ行く。扉は、デパートの入り口のような強化ガラスのものだった。そこから明かりが漏れていたんだ。
俺達は、せえの、で中に踏み込んだ。細長いテーブルが何列か並んでいて、50人くらいは収容出来そうだった。誰もいないけど、暖房がきいていた。ここは避難所になるから、基地の総電源が落ちないと、暖房も切れないんだろうな。ここで働いている料理人はきちんと片してから非難したとみえ、さほど広くない厨房も、散らかっていない。
「コージ、アーサーを呼んできてくれ。俺達は安全を確認してくるから、ブレストンに連絡を取っといて」
「分かった」
ファーダたちは、俺の渡したレストラン見取り図を持って注意深く行ってしまう。俺は外で待機しているアーサーを呼びに行って車を中に入れた。アーサーはすぐに発進できるように準備していたが、俺は彼の足元で、無線機の電源を入れた。
「こちらハンティング、コージ。応答せよ」
“コージ?ブレストンだ。無事か?今、7階にいるのか?”
「ああ。7階のレストランにいるが、安全確認中だ。安全なら、ここで暫く休む。地上に変わったことは?」
“今のところ、ないよ。ただ、一階は完全に制圧できた。このまま制圧を続けていって大丈夫か?”
「地下1階から7階までは、俺達もノン・ストップだったから詳しいことはわからない。ただ、ロボットにはその後遭遇していない。破片はあったが、だいたい3機分だった」
“分かった。こちらは、可能な限り各階の制圧を続けていく”
「了解」
俺は無線を切った。ちょうどその頃、ファーダたちも戻ってきたんだ。
「ネズミの死骸もなかったよ。それよりコーヒーでも飲んで、少し休もうぜ」
車を、入り口の横の壁際に止めると、俺達は毛布を敷いて座った。ほっとするよ。俺は無線の内容を報告し、それから厨房から持ち出したレトルト食品や缶詰を開けた。持ち込みのサバイバルキットの食事より、よっぽど美味いよ。俺、作戦の真っ最中に暖かいハンバーグ食ったの初めてだぜ。もちろんレンジでチンしてさ。
もちろん俺達は、気を抜いてるわけではなかった。手早く食事とトイレを済ますと、俺達は車の上にあがった。明かりは、落とさなかった。今までずっとついていた明かりが消えてたら、侵入者が変に思うだろう。
「予定よりも速いペースで進んでいるから、もう15分休もうぜ」
皆、賛成さ。気が張り詰めたままなのは辛い。たとえ15分でも、ほっと出来るのはいい事だもんな♪
俺達は、ほっと力を抜いた。ヤーブとアーサーが、何か小声で冗談を言い合って笑う。ファーダは口を微かに動かし、声を出さずにお祈りを唱え、ヨハンは仕事中の、しかも休息中にしか吸わないという煙草を取り出して火をつけた。俺は、電子手帳サイズのナビシステムを取り出し、これから先のルートを考え始めた。仕事してるように見えるかもしれないけど、俺にとっては立派な息抜き。走りながら行く方向を決めるより、こうやってゆっくり座って、何通りものルートを考えるのは、楽しいんだ。RPGみたいなもんだね。あっち行ってこっち行って、こう行って…
10分も経っただろうか。俺達はどきっとして体を起こした。足音が聞こえる。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……
ゆっくりと、外の通路を歩いている。俺達は、銃を構えて臨戦態勢を取り、アーサーは運転席でハンドルを握った。
足音は、ガラスの入り口前で止まった。俺達の車は、ついたてで一応隠してあったし、外から見えないのは確認してある。だけど俺達の緊張は、ピークに達していった。
気配は、ドアの前から動かない。
ヨハンが、人差し指を一本だけ立てた。
気配は一人分、一人しかいないという意味だ。
扉の外には、確かに誰かいる。床の影が躊躇しているかのようにゆらゆら揺れる。
まるまる一分は経っただろうか。
「コージ、ここにいる?」
それは、レイの声だったんだ!!!