<砂塵>
Tactics1 オルゴール動乱

<9>

「せっかく着替えたのに」

闇の中で、ヨハンがぼやく。

「俺、嬉しいよ。やっと参戦するんだなあ♪」

そう言ったのはランディ。

「日曜日から、どんなにこの日を待ちわびたことか。くうう、長かった」

「襲撃されて、よく喜べるな。お前、変態じゃないの?」

これは、ジェシー。

「どうせなら、ヤーブに襲ってもらえ。そのほうが回りへの被害が少ない」

これは俺のセリフ。

「男に襲われるのは、勘弁だぜ」

ランディが答えたその瞬間、パンパン!と乾いた音が響いた。

「4人仕留め…いないっ!」

「戦闘中に、そんなでかい声で喋ってる馬鹿、いねーよっ」

離れたところからマイクで喋り、敵を全然別の場所におびき寄せるという古典的な罠に引っ掛かったのは、敵の兵士4人。その4人を一斉にどついたのが、俺とヨハンとランディとジェシー。こんな罠に引っ掛かる奴、今時珍しいぞ。仕掛けるほうも仕掛けるほうだけどさ(^^;;)

「おりゃーっっ」

闇の中に響き渡るのは、怪力アーサーの声。どうやら相手を投げ飛ばしているらしい。

「アチョー!!」

と、これはもちろんサム。闇の中で聞く声は、個人識別にはいいけど、けっこう笑えるよ。暗闇で飛び道具は使わない事にしているから、みんな銃以外の武器。暗視スコープで確認できた敵を、片っ端からぶっ飛ばしていく。格闘が苦手なのは、誰だろう? みんな、強いんだよな。アーサーとランディは、怪力自慢だから、技もへったくれもない。手に触れた奴を、片っ端から捕まえてぶっ飛ばすんだ。

ジェシーとヨハンはもうちょっとスマートだな。一発必中で確実に相手を倒す、殺し屋ならではの技を使う。残りの俺、ファーダ、ヤーブはケンカ技の延長といったところ。

「とおっ!」

と、俺が「正義の味方風掛け声」で相手の頬にパンチを一発ぶち込もうとした時だった。

その右手をがっしり掴まれたんだ。ギョッとした途端、闇の中でけたたましい料理用タイマーが鳴り響いた。ファーダの言っていた「15分」の合図だった。

驚いた敵の動きが一瞬止まる。と、同時に庭に備え付けてある遠隔操作の小型照明弾が炸裂した。

部屋の中に明かりが差し込む。俺の手を掴んでいたのは、昼間の基地で出会ったあの黒髪の大佐だった。彼は俺の手首を握ったまま、ぐっと近づいた。

「レイは、絶対に渡さないっ!」

「コージっ!」

ヨハンが奴に向かってマグナムをぶっ放す。人相手に、こんな至近距離でマグナムか?…などと言っている場合ではない(^^;;)。弾は黒髪の大佐のこめかみを右から左に貫通し、壁にかかっている風景画に当たった。

赤い血と顔の一部が飛び散る。

「レイは絶対に、渡さない…」

俺は、悲鳴を上げようかと思っちゃったよ。普通は、銃弾を受けた衝撃で体は横に飛ばされて、喋る間もなく死ぬはずなのに、彼は足を踏ん張って、俺を睨み続けるんだもの。唖然とする俺と黒髪の大佐の間にヨハンが割って入り、大佐の手を銃のグリップで殴り付ける。彼は俺から離れ、2,3歩よろめいた。

「お前らなんかに、レイは絶対に渡さないからなっ!」

その時俺は、彼ら全員をはっきりと見たんだ。全員、昼間基地で見た顔だった。新品の戦闘服、ロックされてすぐには抜けないようになっている腰の銃、赤外線スコープもつけていない。あの暗闇の中、銃を取られないようにロックしておくのは分かるけど、傭兵の巣を襲うには、装備が軽すぎる。

彼らは、そのままで俺達をじっと見ていた。照明弾の明かりが薄れていき、当たりが闇に包まれかける…

「撤退!」

黒髪の大佐が叫ぶと同時に、窓ガラスが割れる。一方でファーダが、鋭くサムの名前を呼んだ。

ぱっと明るくなる。電気をつけたのは、ヤーブだった。サムは腕に、逃げ遅れた敵の一人を抱え込んでいた。が、その顔は蒼白だった。テラスに通じる窓は大きく割れ、新聞紙やコップが散乱している。

サムは、敵の腕と首に腕を回していたが、敵はしぶとく体をくねらせて抵抗している。

「ファーダ…」

と、サムは動く敵を押さえつけたまま、蒼白の顔を上げた。

「何だよ?尋問が済むまで押さえててくれ」

「手伝うぞ」

アーサーとランディが、敵の肩に手を掛けようとした瞬間、サムは叫んだのだった。

「こいつ、首の骨が折れているんだっ!」

俺達は硬直し、敵は、サムの脇腹に一発、肘鉄を食らわせたのだった。

「キョンシーの分際で、いてえじゃねーかっ!」

多分サムは、切れたんだな(^^;)こいつは「妖怪」の類が苦手なんだ。

彼は「キョンシー」をぼこぼこに殴り続ける。それでもまだ、キョンシーはピクピクと動いていたが、俺を含めた他のメンツは、唖然としたままサムの暴力行為を見ていたのだった。

首の骨が折れているのに、激しく抵抗する敵。そいつを「キョンシー」と呼び、その中国最強の妖怪に対して力と技の限りの暴力を振るうサム…。シュールだ…(^^;;;

ふと、ヤーブが電話を取る。

「…あ、ブレストン?俺。ヤーブだけどさ、お前のところのキョンシーが一匹、うちの道士に退治されたんだ。死体を引き取りに来て」

電話の相手は、ヤーブの友人で軍の情報部員さ。いつも面倒な仕事を依頼してくる奴だ。そしてこういう時、死体の後始末をしてくれるのだった。

***

ブレストン中尉は、すぐに来てくれた。しかも重装備の軍車両で、10人もつれてね。

「中尉、これ誰?」

ファーダの冷ややかな問いに、彼は黙ったまま書類袋を差し出した。が、ファーダは受け取らなかったよ。

「口で答えてもらおうか。せっかく、神も悩殺できるボーイソプラノを持ってるんだから」

「…司令部付きの、技官だ。それ以上のことは、これを見てくれ。仕事のことも、書いてあるから」

ファーダは、しぶしぶと受け取った。そして死体(…といってもそれはまだ動いていたんだけど)は、頑丈な鋼鉄の箱に入れられ、台車で運ばれていったのだった。

「コージ、大丈夫か?」

ヨハンに肩を叩かれて、俺は我に帰った。

「ああ、大丈夫。おかげて助かったよ…」

だけど俺は、掴まれていた手首を見てびっくりさ。手首には、あの黒髪大佐の指の痕がくっきりと残っていたんだから。

「コージ!」

ヨハンが薄気味悪そうな顔をして、俺の手首に触れた。

「いってえっっっ!」

俺は悲鳴を上げたよ。これは絶対に、手首の骨にひびが入っているっっっ!!!

ヤーブの診断も、「骨にひび、全治3週間」だった。

「うん。はいってる。しばらく動かさないほうがいい」

奴は俺の手をそそっと握り、手首を固定してくれた。ひびなんて珍しくない怪我だけどさ、利き腕にひびいれたのは初めてだぞ。

くっそーーっっ、覚えてろよっ!ヴァイシャ!!!

と、それはともかく、俺達は部屋を片づけにかかった。そして雨戸(というより、中世の鎧戸といった趣だけど)を閉め、居間は再び開かずの間となる。

敵が最初に入り込んだ食堂は窓ガラス一枚だけの被害で、俺たちは雨戸を閉めてどうにか落ち着いた。

「ブレストンのくれた資料によるとだな」

と、ファーダは切り出した。みんなが飲むのはコーヒー。夜の襲撃に備えて、酒はなし。

「俺達を襲った黒髪の大佐は、イシス。姓はない。なにしろ、ヴァイシャの一人らしいからな。司令部ではトップの情報収集官。他にいた奴等も、半分はイシスと同類だが、半分はレイと同類。研究技官として、セイナネ教授の研究室に出入りしている」

彼は、ふっとため息をついた。

「軍は、ヴァイシャを売り飛ばすスパイがいるというけど、そのスパイは、本当にヴァイシャを売ろうとしているんだろうか?」

「何を今更、そんな」

と、ランディが呆れる。

「ここまで来て、軍がガセネタ流してるとは思えないし、現に「買い手」だって割り出してあるんだぜ」

「俺が言いたいのは、そうではなくて…」

ファーダは、黙り込んでしまった。そして顔を上げる。

「ヴァイシャル少将の復活。レイ・ヴァール大佐の出生とあのメッセージ・カード。不死身のヴァイシャと、嫉妬深いセイナネ教授。ヴァイシャを売り出そうとするスパイと買い手。そんなことを外部の俺達に頼む軍。それから、ヴァイシャル少将の言っていた、全てのリーヴァを破壊するということ…。結びつきそうで結びつかない」

「どうして?」

と、聞くのはジェシー。皆、同じ心境に違いない。ファーダは一体、何を悩んでいるんだろう?彼はぼんやりしているようだけど、仕事に関することについては、妙に鋭いんだ。

「ヴァイシャが俺達を狙った理由は分かったけど、少将が俺達を挑発した理由が分からないじゃないか。セイナネ教授とあの少将は、仲間同士じゃない。セイナネのやり方に不満があったんだ。セイナネに不満のあるヴァイシャル少将は、俺達に何をさせたいんだろう?それから軍は俺達に、少将をどうして欲しいんだろう?」

ファーダの言葉に、俺達は顔を見合わせてしまった。その俺達の前に、彼は持っていた資料を置いた。そしてそれには、こう書かれていたんだ。

“午後6時以降、レイ・ヴァール大佐の所在不明。護衛官7人死傷”

<10>

「あれ、ファーダ。ランディたちは?」

水曜日の朝、大学から集合場所に行った俺は、開口一番そう言った。教授にフロッピーを貸してくれと言われて、届けてたんだ。電子メールで送ろうと思ったのに、だめだって言うし…早い話が、教授はあまり、電子メールとの相性がよくないのさ。とんだ手間だぜ。

集合場所というのは軍の輸送車両で、後部のホロの中にはファーダとヤーブ、そしてヨハンとアーサーだけがいたんだ。俺を入れて、5人。ランディ、ジェシー、サムの3人がいない。

「彼らには、ちょっと別の用を頼んだんだ。コージ、早く着替えちゃえよ。あと15分で慰霊祭が始まるよ」

ファーダはそう言って、念入りに銃を点検する。俺は端っこに行って戦闘服に着替え、みんなと一緒に装備のチェックを始めた。なんだか妙に、重装備なんだ。

「ファーダ、俺達これから、ジャングルにでも行くわけ?」

「ジャングルというより、未開の大地といったところだな。これらの装備は、地下世界の探検用。この基地の地下には、リーヴァの飼育場があるの、知ってるだろう?」

リーヴァの飼育場というか、この国の3分の2の電力を補う、甲虫リーヴァを利用した発電所があるんだ。もっとも、この国の多くの住人が、原子力発電所だと思っているけどね。もちろん俺だって、リーヴァなんか見たことない。

「そこに、潜り込むんだよ。レイに、破壊されちゃかなわないから」

装備は、軍の仕事をする場合、ほとんど全部支給される。自前のものはチーム用の揃いの戦闘服と、個人装備の武器位だな。

戦闘服は、場所と作戦に応じて何着かあるんだ。今回の服はグレイで無地の、市街戦用だった。それに黒のベストとブーツ。帽子もあるんだけど、これがまたHUNTのロゴ入り野球帽。けっこう格好いいんだぜ。

個人の荷物は、標準よりも重装備だった。ファースト・エイド・キットに無線、小型バッテリー、標識用のスプレー。非常食、浄水機能付きの水筒、etc。

武器のほうはライフルに、弾が何と一人当たり1000発だ。手榴弾、催涙弾、発光弾に信号弾、22口径が2丁。そして各自の愛用武器。

「コージ、自転車持ってきたか?」

と聞くのはアーサー。

「ああ、外に止めてあるけど?」

「これ、自転車に積んでくれ」

ヨハンはそう言って俺の前に、一式2キロもあるサバイバルキットを3つと、固形燃料、そして防寒具をどさっと置いた。

「リーヴァのいる部屋まで行く通路は、気温マイナス2度だってさ」

「…それは、先に言え」

俺は立ち上がり、戦闘服の下に自分の防寒具を着直したのだった。

しかし今、地上は初夏!はっきり言ってかなり暑いっ!

「地下には、専用車で行く。毛皮のくっついたジャケットなんかは、そっちに積んであるんだ。コージも、その荷物と自転車を、専用車に積んでおいてくれ」

と、ファーダ。俺の自転車は、特別なんだ。重さは1.5キロだけど、折り畳み式で背中に背負えるし、荷物も運転手込み200キロまで積める。だけどその荷物は、車輪の上に「荷台」を取り付けて積むんだ。ママチャリみたいであまり格好いいもんじゃないけど、仕方ない。

荷物が積めて、軽くて丈夫。おまけにペダルを漕げば発電機にもなるし、何しろ人力で動くんだもの。みんなにいいように使われてるんだよな。俺のコージ丸(ちゃんとステッカーも貼ってあるぜ♪)…

俺は渡された荷物を積み、補助輪を取り付けた。そして、ファーダの言っていた専用車にスロープを使って乗せた。専用車といっても、つまりは自動車だ。大きさは普通の車より少し縦長で、その姿は床板とタイヤ8つを組み合わせたもの。よく言えばオープンカーだな。一応鋼鉄の弾除けがついていて、一番前にM60が設置できるようになっていた。中央左側の運転席に至っては、ハンドルとサイドブレーキ、アクセルがついているだけで、手すりに座って運転するようになっていた。

人の運搬用といっても、乗るのは何も知らない工事関係者なんだろうな。お偉い技術者のためではないようだ。俺は運転席の横に自転車を置き、補助輪とスタンドで固定した。そして積んだ荷物のバランスを直す。

軍車両の周りは幕が張ってあり、俺達の様子は見えない。しかし、それ以上に今年が20年目だから、慰霊塔のまわりの警備は大統領の護衛よりも厳しくなっていた。ま、大統領はいなかったけど、オルダール軍総司令官と、陸海空のそれぞれの大将殿が参列していたから、仕方ないけどね。

慰霊祭が始まる。

慰霊塔は、軍医大と軍の研究棟のちょうど中間辺りにあった。どちらにしろこの一角は、実験動物や献体の慰霊広場になっているらしい。その中でもヴァイシャル少将の塔は、立派だった。高さは2メートルほどの円錐で、大理石造り。その表面にはプレートがはめ込まれている。ヴァイシャル少将の偉業をしるしてあるらしい。

俺達5人は、一番後ろのほうの幕の陰から、情報部の面々と一緒に式典の様子を見ていた。くどいようだけど、空は快晴、季節は初夏。あっちいんだな、これが(^^;;;)

ヨハンとファーダは表情一つ変えないばかりか、汗も出さない。俺とアーサー、ヤーブなんて、汗だくだよ。

軍医大生たち40人余りは、神妙な様子で慰霊塔の前の椅子に座っていた。その両側にお偉いさんたちと、軍服に白衣の研究技官がずらりと並んでいる。

「コージ。あの慰霊塔の下に、少将の遺骨が安置されているんだ」

と、ブレストンが教えてくれる。

「その後死んだタシェリ少尉や、ヴァイシャなんかも、安置されているよ」

「じゃあ、けっこうにぎやかなんじゃん」

「まあ、賑やかといえなくはないけど…」

と、ブレストンはため息をついた。

「そうそう、あれがセイナネ教授だよ」

俺達の視線は、一斉にブレストンの示す方向に向いた。

居たのは、飛びっきりの美女。鳶色の鮮やかなパーマヘア、スレンダーな体つき、縁なし眼鏡に真紅の口紅…42歳にはどうしても見えなかったよ。

「ちっ、相変わらずの化粧お化けだな」

ヤーブが、忌々しげに呟く。

「あのババアのせいで、俺の全科目A達成の夢がっ…」

なんて勉強好きな奴…(^^;;) 俺も成績は悪くないけど、全科目Aってのはないな。何しろ俺の弱点は世界史。人類最古の文明から現在まで、約5000年。50世紀分もあるんだぜ。50世紀分の昔話なんか、いちいち覚えてられるかよ。ちなみに、音楽も苦手だったっけな。

とにかく、セイナネ教授は不機嫌な顔で、挨拶の数々を聞いていた。

慰霊祭は、順調だった。医大生が、例の処分一覧を読み上げていく。続いて大学長の挨拶。そして老獪な司令官。

「今年は、君たちもよく知っている20年目に当たる。結局我々は、未だにヴァイシャル少将の研究を復活させることが出来ていない。これでは少将も、さぞ無念であろう。彼は、この20年を歯がゆい思いで見ていたことと思う。ヴァイシャル少将の復活宣言は、20年目の今年こそ彼の研究を復活させられるという予言なのだと信じたい…」

突然、パンパン!と乾いた音が響き渡った。参列者達が一斉に伏せ、司令官の周りを兵士たちが取り囲む。が、俺達は木の蔭に隠れただけで伏せはしなかった。兵士たちの走り回る音の合間を縫うように、銃弾は連続的に続き、美男子揃いと言われる医大生たちは、椅子の間に伏せていて、あまり格好よくない。それにしたって、一体どうなっているんだ?

「スナイパーは、あのビルの上じゃ…」

と、こういうことに関しては超人的な感をしているヨハンが、医学部の屋上を銃口で指し示す。が、ファーダはその銃を押さえた。

「あれはどうでもいい。行くぞ!」

と、ファーダが低く叫ぶ。

「え?行くって…」

「地下に行く!」

アーサーの問いを遮るように彼は答え、混乱の中を一目散に走り出した。こうなったら俺達は、いつものごとく彼の三つ編みの先を追いかけるしかない。

「ファーダ!?」

ブレストンが驚いているが、振り返っている余裕はなかった。

***

到着したところは、慰霊祭会場から2キロ離れた、地下動力炉の工事用入り口だった。慰霊祭での銃撃の喧騒と混乱はここまで聞こえてこなかったけど、兵士たちはけっこう慌ただしく走り回ってた。有事の際に守らなきゃいけない場所ベスト3は、指令塔、武器庫、それとこの地下動力炉だもんな。

工事用のハッチは、材質はなんだか知らないけど、呆れるほど分厚く重々しかった。警備の兵士も多いしさ。

「これを必ず持っていて下さい」

主任らしい兵士が、俺達にコインほどの大きさのバッチを二つずつ配った。

「一つは予備ですが、必ず二つとも服の内側に付けておいてください。内部の警備システムは、このバッチに対しては攻撃をしてきません」

「攻撃…」

アーサーが、呆れたように肩を竦める。主任さんは、それに答えるように首を振った。

「攻撃といっても電撃ですから、警備兵が到着するまで2.3時間、動けなくなる程度です。侵入者がこのバッチを持っているとは思えませんが…」

「侵入者だあ?!!!!」

俺とヨハン、アーサーとヤーブは、思わず叫んだよ。ファーダはごめんよ♪、とウインクして見せた。

「それについては道中話すよ。それより、その警備用ロボットって、何かあった時は壊していいんですか?」

「壊すのは、車輪程度にしておいて下さい」

と、主任さんは情けない顔をする。

「とにかく、これが内部の地図です」

ファーダは受け取った地図を、そのまま俺に渡した。

「とにかく、何事もなければ最下層まで2時間で到着します。無線の周波数は合わせてあります。気をつけて下さい」

「了解。ところでこの中に、警備の兵は?」

ファーダの問いに、主任さんの太い眉毛がぴくんと動いた。他の兵士の顔も険しい。暫く沈黙した後、主任さんは重々しく呟いた。

「昨日…中に入った警備兵20人全員と連絡がとれません。彼ら20人を合わせると、この一週間で合計28人が地下動力炉工事用ルートから戻ってこないことになります」

…それは、ないんじゃないか?ブレストンはそんなこと言わなかったのに…(^^;;;

兵士数人が、例の専用車を持ってきてくれる。それには既に、M60が搭載され、鉄鋼弾が木箱で積まれていたのだった。

「うわー、この前の香港ミッション以来だな。M60なんて…」

ヨハンが、さすがにうんざりしたように呟く。俺だってうんざりだよ。M60なんて。俺達は機動力が売り物の、市街戦専門の歩兵小隊なんだぜ。こんな重い武器は、滅多に使わないよ。俺達の標準装備じゃないぜ。

「それと、2日間用のサバイバルキットが10、積んであります。生存者がいたら、渡して下さい」

と、まだ30歳前半くらいのその主任さんは、必死の顔をする。

「わかりました。生存者の位置は、その都度コージから知らせます」

ファーダはそう言って、十字を切ったのだった。

俺達が専用車に乗り込むと、扉が開けられた。天井までの高さが10メートル、幅が15メートル、配管とコンクリがむき出しの通路が続いている。その片側の壁に、オレンジ色の電球が点々としていてけっこうブキミだった。そして俺達を優しく包んでくれたのは、幽霊の万国共通アイテム、「まとわり着くような冷気」だったのさ。


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