翌日俺は、ヤーブと一緒にミルマ基地に行った。目的は、レイ大佐にホログラフィ・メッセージケースを返す事。基地は、とても開放的なんだ。公共区と非公共区の二つに分かれてて、公共区域には出入り自由。軍図書館や陸軍病院があって、公園になってるんだ。陸軍炊事部隊の経営(?)するレストランなんかもあって、安く食事が出来る。まずくはないけど、旨くもないんだよね。量だけは多いから、学生やサラリーマンには人気があるけど。
俺たちは、非公共区へのゲートに行った。この中に入るには、ゲート前の出入者管理事務所で手続きをしなきゃいけないんだ。もちろん、入るつもりはなかったよ。面会を希望すると、相手をここまで呼び出してくれるんだ。俺はヤーブに教わりながら面会申込書に記入した。面会目的は、「忘れ物を届ける」。
俺が出した身分証と申込書を見ると、事務官は気持ち良くOKを出してくれた。
「今これから連絡します。会えるかどうかは彼次第になるので、しばらくお待ち下さい」
俺とヤーブは、椅子に座って待つ事にした。平日の昼間で、まだ夏休み前のせいか、人は少なかった。
「後でファーダとサムと、待ち合わせすることにしたのか?」
「ああ」
と、ヤーブは、欠伸をした。
「そこのレストランで、飯でも食おうって言ってたんだ。ファーダとサムの調べものも、この辺りだからな」
「ふうん…」
俺が返事をした時、カウンターの事務官が俺を呼んだ。
「レイ・ヴァール大佐から、ここに来るという返事がもらえましたので、もうしばらく待ってみてください。10分くらいかかると思いますから」
俺は丁重に礼を言って、ヤーブの所に戻った。
「会えそうだ。10分したら来るってさ」
「ああ、研究施設からここまで、そんなものかもね」
ヤーブは、また欠伸する。
「参ったねぇ。昨日の酒が、抜けてないよ」
「あれだけ飲めば、当然だな」
と、俺は冷たく言ってやった。
「あ、昨日あまり飲めなかった事を恨んでるな?」
「「あまり」飲めなかったんじゃない。「ほとんど一滴も」飲めなかったんだ!」
「そうだっけ? それは、気の毒だったよね」
こいつ、しばいてやろうか… そんなことを話していたら、レイ大佐が走ってきたんだ。彼は事務官のほうをみて敬礼すると、すぐに俺のほうに来た。ヤーブが立ち上がり外にでていく。レイ大佐に警戒させないためさ。
レイは白衣のままだったが、それを脱いで腕にかけた。白衣の下は、軍の制服。そうして見ると、あの写真の人物にそっくりだ。彼は出ていったヤーブを視線で追う。
「よう、昨日は、大丈夫だったのか?」
「僕は、ね。コージこそ、無事に帰れたようだね」
彼は、心底ほっとしたように微笑んだ。俺は、例の視線に気付いたようなふりをして、ひなたでぼーっとしているヤーブを見やった。
「あいつは俺の、友人なんだ。ほら、そこの軍医大の出。だからここでの面会の仕方を、教えてもらうために付き合わせたんだ」
「あ、ああ…そうなんだ」
レイと俺は、椅子に座った。
「それでこれ。レイのだろう?昨日、あの場所で、俺の足元に落としていったぜ」
俺は、ケースを出した。
「ありがとう」
彼は、本当に嬉しそうだった。ケースを指で撫ぜ大切そうに懐にしまう。
「でもごめんよ。中、見ちまったぜ」
「別に、いいさ。見たから僕のだって分かったんだろう?」
彼は、ふふふっと笑った。
「あのコージの友人が、この中の写真を知ってたんだね。良かった。戻ってきて…」
と、彼はまたまた微笑む。
「でも、レイかと思ったよ」
俺の言葉に、レイは首を振った。
「彼らは僕の、両親なんだ。二人とももういないけどね」
「そうなのかあ。俺、あいつに…」
と、俺はヤーブのほうをちらりと見る。
「あいつに、この写真の彼のための慰霊碑があるって聞いてびっくりしたよ。レイとうりふたつだし、季節は夏だしな」
「日本の幽霊は、夏が活動期だったね」
レイは、面白そうに肩を竦めた。
「名前も同じだからね。軍医大出の人には、驚かれたりするよ。彼らの間では、20年目の復讐話なんてのが有名らしいから」
「ああ、あいつも言ってた。本人がもう生き返ったのかってね」
「でも父が恨み言を言って死んだのは、本当らしいから仕方ないね」
彼は相変わらず愛想いい。
「両親の形見はこれしかないから、どうしようかと思ってたんだ。来週、軍医大生が恐れる20周年の慰霊祭だし…。これをなくしたからって、化けて出られるのは、いくら父親でも嫌だからね」
「レイって、親父さんと同じ研究してるのか?」
「ちょっと違うかな。父の研究は、父の死で終わっちゃったから」
「引き継ぐ人もいないほど、難しい研究なの?」
と、俺は無邪気さを装った。レイは、肩を竦める。
「うん。父は死ぬ前に、関連した書類を全て廃棄しちゃったんだ。その一方で僕に、研究の重要な部分を封印したらしいんだけど…」
喋りすぎじゃないか?俺は心の中で警戒した。
「思い出せないんだよね。だからいつも、父と比べられちゃうよ」
いきなり、彼の白衣からタイマーのけたたましいアラーム音が響いた。レイは慌てふためき、アラームを止める。事務官たちがくすくす笑い、レイは肩を竦めた。
「時間だ。ごめん、コージ。実験中だったもんだから…」
彼は、俺の手を握った。細く、冷たい手だった。
「あの、よかったら電話番号教えてくれないか? このケース、本当に大切なものだったから、届けてくれて嬉しかった。お礼をさせて欲しいんだけど…」
「お礼なんか、いいよ。気ィ使うなよ」
「んん。せめて、食事でも… そこのレストランじゃないところでね」
俺は思わず笑った。
「じゃあ、奢ってもらおうかな。ええと、付箋でいい?」
俺は、栞の変わりに使っている付箋を出し、ペンで電話番号をかいた。
「家主の、ベルガーって名前で電話に出るから」
と、俺はそれも書き足す。
「俺を指名してくれ」
「ありがとう。僕のも教えたいんだけど、直通がなくて。とりあえず来週の慰霊祭の後にでも、予定しておいて。その前に電話するから」
「おう、期待しているぜ」
レイはその付箋を大切そうに財布にしまった。俺たちは立ち上がり、改めて握手する。
「じゃあコージ、また来週にね」
彼は、随分と名残惜しそうに俺の手を握り、微笑むとゲートのほうに歩いていく。ゲートは、関係者は自動改札のような機械にカードを通して出入りできるんだ。そのゲートの向こうに、制服を着た黒髪の男が立っていた。レイに少し似ている。その周りにも、数人の男がいた。レイは彼らを見て、大袈裟にため息をつく。そして振り返り、俺に手を振ってくれた。
俺も、手を振り返す。黒髪の男は俺をじろりと眺めたが、一応敬礼し、そしてレイの腕を掴んで無理するように引っ張っていった。
「あれは、司令部の人間だな」
ヤーブが、そう言いながら戻ってくる。
「襟章によると、司令部所属の大佐だ。かなり偉いぞ」
「…どうなってんのかね。ところで、聞いてたか?」
「おう、ばっちり」
俺とヤーブは、それぞれポケットに手をつっこんだ。俺は、隠しマイクの電源を切るため。ヤーブは、録音テープの電源を切るためにね。
「しっかし、暑いよな」
俺は、手で自分を扇いだ。時間は11時。暑いせいか、人通りはやっぱり少ない。
「ファーダとサムと、どこで待ち合わせしたんだよ?」
「そこのレストラン。飯は割り勘。待ち合わせは11時15分」
「ファーダに奢ってもらえるとは思ってないよ」
俺は、ため息をついた。俺達は、ふらふらしながら待ち合わせの場所へと行った。正確には、レストラン前。冷房のきいている空間がそこにあるのに、入らないで待ってるなんて…
しかし、待ってる時間はさほど長くなかった。すぐにファーダとサムが来たからね。
二人とも、汗だくだった。サムは相変わらず頭にバンダナ巻いてたよ。バンダナには、漢字で「氷」の文字… こいつ、わかってんのかな? でもまあ、もともと中国語とオル語のバイリンガルだから、わかっているとは思うけど… 勇気あるよな。もちろん、この国は日本と馴染みが薄いから、読める奴はそんなにいないだろうけどね。
「どうだった?」
「イマイチよく分からんね」
と、ファーダは肩を竦める。さすがに暑いとみえて、彼はトレードマークの三つ編みを、くるっと丸めてダンゴにしていたよ。奇麗な顔してるから、違和感ないけど…(^^;;;)
「うーん、似合うぜ。ファーダ」
すりよっていくのは、ヤーブ。
「そのウナジ、そそられちゃうよ」
「お前なあ…」
ファーダは呆れて、ヤーブの額をはたいた。ヤーブは、「真性ホモ」なんだ。仕事中は、性欲の「せ」の字も出さないんだけどね。
「いいじゃないか、擦り寄るくらい…」
「コージに擦り寄れ。何のためにお前とコージを組ませたと思ってるんだよ?ヤーブが好きなのは、年下だろ」
「俺をスケープゴートにすんなよっ!」
俺は思わず、叫んじゃったよ。そりゃないぜ。ヤーブは本当に、迫ってくるんだもん。
「ファーダ、お前って話がわかるなあ。嬉しいよ。コージの事は、俺が必ず幸せにするからな」
俺の肩をそそっと抱いたヤーブの手を、俺はつねってやったよ。全く・・・
「くだらんこと言ってないで、飯にしよう」
シビアなのはサム。彼はそう言ってレストランの方を指した。それで俺達は、飯を食う事にしたのさ。
セルフサービスの、旨くもまずくもない、ボリューム満点のランチは、けっこう食べ応えがある。レストランは、まだ空いていたけど、普通のサラリーマンや大学生もけっこういる。
「サム・・・お前って、どうやったらそんなに食えるんだよ?」
ヤーブの言葉に、Bランチのセットを食っていたサムは、ニヤリと笑った。そのトレイの横には、きれいに食べ尽くされたAランチのトレイが置いてある。俺もヤーブもファーダも、まだ一人前を半分ほどしか食えてない。
だいたいサムは、細いんだ。痩せてるけど、人の3倍は食べている。凄みのある無表情な顔で、中華街で買ってきた、杏仁豆腐のお買い得パックを夜中に一人で食ってたりする。
「燃費、悪すぎるよ。基礎代謝がたかけりゃいいってもんでもないだろ」
と、ヤーブ。
「ひがむなよ」
サムはそう答え、ファーダのトレイからチキンソテーの皿を取り上げる。
「どうせ、残すんだろ」
「うん、まあ・・・」
と、ファーダが諦め顔で肩をすくめる。もっとも、ファーダが残さず食べられるのは、作戦中のレーションくらいだ。
「それでさ、いきなり、メシの不味くなるような話で悪いんだけど。俺、食い終わったし・・・」
ファーダは、コーヒーをすすりながらしわくちゃのメモを取り出す。
「居間の修理費なんだけどさ。調度含めて、470万シバルだって。ヨハンにはまだ言ってないんだけど」
俺たちの手が、止まった。
「軍から依頼をうけたっていったって、軍はそんなに支払ってくれないんじゃないかな・・・。今回の仕事との因果関係もまだはっきりしてないのに」
と、俺。
「そうだよ。それに、最終的に小机を瓦礫に変えたのは、ヨハンだぜ」
と、ヤーブ。
「小机分はヨハンが弁償しろよ!なんて、俺は言えません」
ファーダの言葉に、サムが頷く。少し沈黙した後、俺たち4人は、一斉に溜息をついた。
<6>
「仕事の話なんだけどさ。どうもよく分からん」
と、ファーダは歩きながら、話し始めた。俺たちは、食事当番のヤーブにつきあって、買い物をして帰ることにしていた。
「日曜の襲撃の件なんだけどさ。詳しい事は今夜、みんながいるところで話すけど、あれだけ大掛かりな襲撃なのに、武器が動いた形跡がないんだよな。少なくとも、俺らの知っている武器入手ルートを使って手に入れた迫撃砲じゃないらしい」
「じゃあ、俺とレイが銃撃されたのは?」
「あれも、軍の特殊工作班が動いているって話は事前に知ってたんだけど…」
ファーダは俺をちらっと見て大袈裟に肩を竦め、両手を広げた。
「何かやりそうだから取りあえず注意しろって意味で、コージの携帯に連絡入れたんだよ。だから俺達も、ニュース速報でピザ屋前で銃撃戦があったと知るまで、コージたちを襲うための活動だったとは思わなかった」
「何て゛特殊工作班なんて忙しいセクションが、民間人の狙撃をするんだよ? 昨夜の俺達の憶測が正しいとしたら、狙われたのは、大佐と一緒に居た俺じゃん」
と、俺はファーダを恨めしげに見上げた。
「どうしてくれるんだよ?」
「どうにもならないな。神様のなさることだし」
「…日本じゃそういうの、天神様の言うとおり♪って言うんだぜ」
俺はため息をついてそう答えた。
「天神様?」
聞き返したのは、サムだ。
「玉皇大帝?」
玉皇大帝といえば、道教の最高神だ。俺はサムを見て肩を竦めた。
「そんなに偉くないよ。多分、菅原道真サンのことだから。早い話、受験生のための神様だよ。信者の受験生は選択問題で悩んだ時に、〜♪どれにしようかな、天神様の言うとおり、なのなのな♪〜と歌うのさ」
すっげー大嘘…(^^;) 俺みたいなのが、日本の間違った姿を世界に伝えているのかもね。でも、面白いんだもんな。サムとファーダ、ヤーブは顔を見合わせるしさ。
「コージの言う日本ってのは、どのくらい信憑性があるんだ?」
と、ファーダはサムを見る。サムは、俺を見て、にやにやっと笑った。
「何があっても不思議はない。日本人は、腐った大豆食ってるんだから」
「何言ってんだ、香港人! お前らだって精進料理と称して、ゲテモノ食うじゃねえか」
「ゲテモノは食っても、あそこまで腐った物は食べない」
サムは、フン、とやる。俺は受けて爆笑しているファーダとヤーブをちらりと見ると、サムの袖を引っぱった。
「サム、知ってるか? ヨーロッパ人は、ブドウの搾り汁を腐らせて飲んでいるんだぜ」
サムも、ワインが苦手なんだ。奴は露骨に嫌な顔をしてファーダたちを振り返った。
「マジかよ・・・」
「ゲテモノ食ってるアジア人に言われる筋合いはない!」
俺達は、ファーダとヤーブにヘッドロックされたのだった。異人サンと暮らしてて何が大変かっていうと、食事だもんな。俺は慣れたけどさ。ファーダたちも、俺に会うまでは日本食を知らなかったっけ。
刺し身を夕飯に出した時は、みんな唖然としていたよ(今じゃ、醤油掛けてワサビ塗って食ってるけど(^^;))。
だけどみんな、そのままの納豆は食わないのに、お好み焼きに入っている納豆は食うんだ。
俺はそれが一番不思議だぜ。
俺達は、ゲテモノ談義に華を咲かせて広場に出た。昨日俺が、銃撃に巻き込まれたところだ。そこに向こうから、ヨハンが来たのだった。
「やあ、バスから君たちを見かけたんでね」
と、彼は中央駅のほうに走っていくバスに視線を向けた。俺達のアジトには、ここからだとバスか徒歩で駅まで行って、そこから路面電車で15分なんだ。ヨハンは、綿100%のシャツの襟を注意深く整えた。
「ランディは?」
ヤーブの問いに、ヨハンは悪戯げに首を傾げた。
「大収穫があってね。それの裏付けに行ったよ」
ヨハンとランディってのは、接点なさそうなのに、仲がいいんだ。情報収集も早いしね。
「ヨハン、昼飯は?」
「食べたよ。ランディお勧めの、ファーストフードをね」
ファーダが、意外そうな顔をする。ヨハンがハンバーガーにかぶりつく姿を見たことがあるのは、俺とランディだけじゃないかな?
俺達は連れ立って、夕飯の献立なんぞを考えながら広場の出口に向かった。駅前のスーパーで買い物をする予定だったのさ。その時だ。
俺達はまた、あのヒューという吹き損ねた口笛のような音聞いたのさ。
ヒューという音の小ささからは想像出来ないくらい、ドオオオオオンというでかい音が響き渡る。しかも石畳の広場には大穴があいて破片と塵がちらちらと落ちてくる。
「やれやれ。ランディにも味あわせてやりたかったよ。このスリル」
間一髪、広場の中央付近に立っている銅像の後ろに飛び込んだ俺達に、ファーダはそう言って目をくばませた。
思わずにやけたとたん、ヨハンは俺の首を締め上げた。
「君は一体、何をしてるんだ!」
「うげげっ… 俺は無実だっ…」
「じゃあ、どうして狙撃されるんだっ!」
「俺のが知りたい〜」
俺をがくんがくんと揺するヨハンをヤーブがようやく止めてくれる。
「説教は静かな部屋で、一対一でやるのが効果的なんだよ」
あまり有り難くない制止の仕方だけどな。だけどヨハンは納得して、肯いた。
「コージ、あとで覚えていたまえ」
「だから、俺のせいじゃないんだってば」
その時また、銃撃。ビシッ、ビシッと弾が銅像に穴を開けていく。
「あーあ。俺、このお姉さん好きなのに」
と、ヤーブが、銃撃で顔全体が歪んだ銅像を見上げた。薄い衣服を纏った女神の像は、日本で言うところのお地蔵さんなんだ。第3次世界大戦当時、ここに戦災孤児院があったんだけど、空襲で焼けて、0歳から15歳までの子ども300人と、20人の保母さんが焼け死んだわけ。その跡地が現在、広場になっているのさ。
この国じゃ、教科書にもでている話だ。
「こうも度々銃撃戦やってたら、慰霊の女神も頭にくるだろうなあ。ところでどうする?」
と、ファーダがため息をつく。
「どうするって?」
俺が聞き返すとファーダは、肩を竦めた。
「どうって、もちろん、どれにしようかな♪、だよ。このまま軍か警察が助けに来てくれるまで一般市民を装ってじっとしているか、それともなきゃ、俺達「ハント」を気安く襲撃してくれるお礼をするか、知らん顔して買い物して帰るか、三者択一だな」
「やっぱり、礼儀正しくお礼するべきじゃないか?」
そう言ったのはヤーブ。
「夕飯は、みんなでカップラーメンでも食うか。補充、したんだろ」
という俺の言葉に肯くのはサム。
「夕飯はそれでも仕方ない。お礼参りを優先するべきだろう」
と、ヨハン。全くもう、みんな好きなんだから…
「じゃあ、決まりだ。コージ、ダウンタウン経由で家に帰るぞ」
「了解」
俺は頭の中で、アジトにまで行くコースを数通り考えた。ルートの確保が、俺の役割だからな。安全かつ近道を使って目的地まで案内する…これが地図読みなのさ。
「ダウンタウンに入るまでは、俺が先頭を行く。入ったら、コージとサムに続け。ヨハンは二人の援護。俺とヤーブは後方を行く」
俺達は、懐から各自愛用の銃を出した。おっと、サムだけは別だな。サムは愛用の銃と、それからサックを出して両手の指にはめ込んだ。
「行くぞ!」
タイミングを計って、ファーダが走り出す。この瞬間がたまらないよ。俺達は、互いに援護しあって銅像やベンチの陰から陰へと移りながら広場を駆け抜けた。
足元に撃ち込まれる銃弾、俺達が追いかけるファーダの金の三つ編み、周りにいる仲間たちの荒い息遣いと銃声、汗と硝煙の匂い。
「今更言うのも何だけど」
と、ダウンタウンに通じる細い路地に飛び込んだファーダは、弾倉を変えながら俺にウインクして見せた。
「俺達全員が狙われてるらしいな。どうしてだろう?」
「ハンティングだからじゃないのか?」
と、ヨハンは乱れた前髪を念入りに直した。彼はおしゃれだけど、戦闘服を着るような作戦中は身だしなみは気にしないんだ。もちろん香水もつけない。髪を直すのは、かなり余裕がある証拠だよ。
「取りあえずコージ、サムと一緒に先に走れ。余裕があったらサム、一匹捕まえてくれ」
「了解」
俺はそれを聞きながら2度3度と屈伸した。他のみんなは余裕の顔して弾を込め直す。みんなの準備が整うまで、約20秒。俺とサムは、思い切りよく薄汚い広めの裏通りに飛び出した。
銃弾が耳もとをかすめ、崩れかかった屋根の上を見えない敵の気配が走っていく。その気配に正確に銃弾をぶち込むのはヨハン。彼はヤーブとファーダの援護を受けて、屋根の上のスナイパーを倒し、俺とサムの行く手を確保してくれる。これでジェシーもいると、俺とサムは走る事だけに専念出来るんだよね。もちろん今は、銃を撃ちまくりで走っている。
突然サムが、ヨハンにストップをかけた。ヨハンと俺は、前方への銃撃をほんの一瞬止める。その瞬間、サムは地面を蹴り、俺には姿を確認出来なかった敵に向かって行った。その時の声、これがすごいのさ。サムは俺達が「雄叫び」と呼んでいる声を上げた。いわゆるほら、カンフー映画で主人公が上げている気合の声さ。
「ぅアチョオオオオオオーーーっ」
その声とともに敵は顔面に連打を食らい、脇腹に一発、回し蹴りがクリティカルヒット。そして踵落としの流れるような連続技。全く気の毒だぜ。これを見る度思うけど、俺は絶対、サムを敵には回さないぞ。
サムは、叩きのめした敵を肩に担いで、崩れかった土壁の後ろに飛び込んだ。俺達も後に続く。そして俺とヤーブは、声を上げちまったよ。
サムに叩きのめされてぐったりしている男は、さっきレイ大佐を取り巻いていた司令部員の一人だったんだから!
「冗談きついぜ、コージ」
と、ヤーブがため息をつく。
「こいつ、お前のお友達のお友達じゃん」
「なんだとっ」
俺に掴み掛かってきたのは、ヨハンとファーダだった。
「誤解だってば!」
俺は慌てたよ。二人とも、本気なんだもの。
「ヤーブ!もっと言い方考えろっ」
「他に、なんて……」
ヤーブは口を噤み、人質の血に汚れた頬に触れた。
「血で感染するなよ」
と、ファーダ。
「…血じゃない。これは、赤いオイル…」
ヤーブの呟きが掻き消えたその瞬間、人質の彼は、くわっと目を開けたんだ。
瞳は赤く、微かな白で濁っている。
「撤退っ!!!!!!」
同時にファーダが叫び、俺達はそこから飛び出した。銃弾が足元を狙って追ってくる。俺達はまるで、悪戯がばれた悪ガキよろしく、秩序も列も気にせずに、とにかく走ったのだった。