第12話〜奇跡〜


 俺は泣いていた。 体中に管を通された親友の肢体を前にただただ泣いてい た。

 敬愛する叔父の変わり果てた姿を見るなり、和博は理性を失ったのか吼える ように泣きながら屋外に飛び出した。 止めたが間に合わなかった。 まるで待 ちかまえていたように車が和の身体を空高くはね上げたのだ。 ナンバーは無か った。 コンクリに叩き付けられた親友を、まるで何かを確認するかのように車 中よりドライバーが降りてきた。 俺は憎きドライバーを渾身の力を込めて殴り 、とっさにカズの”宝物”を首からむしり取りポケットに押し込んだ。 奴には 見えていないようだ。 ドライバーはあわててどこかに逃げていった。でも、そ んなことはどうでもいい・・。
 医者の宣告は残酷なものだった。 脳幹が完全に破壊されていると・・。  生命維持装置で、命を保つことはできるが二度と目覚めることは無いと。 これ から訪れる銀色の世界も、桜色に染まる季節も、暑い恋の季節も、儚さに酔いし れる季節も見ることもなく、ただただ痩せ衰え命の火が消える日を待つ、それが 和博に残された運命だと・・。
 俺は生ける屍と化した親友に泣きながら語りかけた。 幼い頃の話、夢の話 、恋の顛末・・。 決して聞こえるはずが無いのに語りかけた。 語りながら俺 は思った。 いたずらに時間を稼ぎ、痩せ衰えて死なせるよりも・・今すぐ・・ ・・。 俺は和博の顔に手をかけ、そっと人工呼吸器を外した。 そして・・。

 声が聞こえる。 いったいどれほど眠っていたのだろう。 嗚咽する声が聞 こえる。 何かブツブツ言いながら。 ・・・・・・ノリミチだ。 何泣いてる んだよ。 何もお前が泣くことはないのに。 本当は俺の方が泣きたいくらいだ ・・・・。

「うっ 二度と目覚め無いなんて・・もうお前のギターで歌えなくなるなんて ・・ひっうぐっ、頼むよ起きろよ・・寝てる場合じゃねえよ・・起きてくれーー 」

何だって? 二度と目覚め無い? 僕が? 僕はたった今目覚めたところだ。  お前の声も聞こえている。 何いってんだよこのやろ、僕は飛び起きてノリミ チをどつこうとしたが、動かない。 身体が動かない・・。 この時初めて自分 の身体が管だらけだというのに気がついた。 不愉快だ。 痛みは無いが全身に 妙な違和感が蔓延る。

「ううっ、こんな姿にされて・・・御免よ・・今・・今楽にしてやるから・・ 」

ノリミチの考えそうなことだ。 意志を伝達する術を無くした僕としては反対 のしようがなかった。 お前前に言ってたよな、俺は太く短く生きたいと。 ・ ・・辱めを受けてまで生きるよりは・・いっそ親友の手で・・。
 口を塞いでいる鬱陶しいものを外した親友の手が2.3度額を撫でた後、そ の手が喉に食い込んだ。ふと、その手が外れ、胸に慣れた重みを感じた。

「うひっく・・、これはお前の宝物だもんな・・」

青い石をかけてくれたようだ。 再び喉に指が食い込んだ。 その瞬間、走馬 燈のようにどうでも良いことを思い出してしまった。 そーいや、コイツに貸し た諭吉さん二人とプレイボーイまだ返して貰ってないぞ、近所の空手バカツイン ズの阿久津元太に貸したK1のビデオとAVもまだ返して貰ってない、げ、女傑 の阿久津夏姫嬢にまだ告白してない、ラブレター引き出し入れたまんまだ、俺達 まだ一度もライブしてない、せめて死ぬ前に一度くらいライブを・・第一このま ま死んだらノリミチ、殺人犯じゃないか、だめだだめだ、やめろ、やめてくれぇ っ!
            祈りは天に届いたらしい。
 ・・・・・・部屋に青い閃光が放たれた。 やがてそれは、全てを癒すよう な青い光りに包まれた。

「ばかやろぉっ!! 何やってんだよぉっ」

 親友は、蘇った僕の顔を震える両手で確かめるように包むと、やがて僕の身 体にしがみつき、ごめんごめんと号泣し続けた。 僕は泣き崩れる親友を責める 気もせずまるで幼児にそうするように、よしよし、とあやし続けた。


(SUM)


<PC−VANサークル「カフェテリア」#2226より転載>

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