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MUSICA MUNDANA NO.71
Dec.30.2006
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◆ 目次 ◆
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◎ 音楽史
◆クラウスラからモテトゥスへ - モンペリエ写本◆
◎ 数学史
◆ハルン・アル・ラシド - アル・マムン◆
◎ Homepage Updated (Dec.25.2006)
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◎ 随想
◎ あとがき
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━━[音楽史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆クラウスラからモテトゥスへ - モンペリエ写本◆
ペロティヌスのものとされるクラウスラは、「Judea et Jerusalem」の
中の「et Jerusalem」の部分のようなオルガヌムのパッセージに起源があ
ります。そこでは、単旋律聖歌は、限りなく引き延ばされるのではなく、
一音ずつの歩みでペルフェクチオへと動きます。いわゆる「ディスカント」
様式のそうしたパッセージは、ポリフォニー的な作曲を解体され、新しい
もので取り代えられました。
しかし、たとえ、クラウスラが代用のパッセージとして創られたものだ
としても、それは急速に、教会用のコンドゥクトゥス同様に、教会の礼拝
の相応しい場所に挿入され、それ自体完全な曲として自らを確立していき
ます。そして、急速に新しい次元を獲得したのです。初めは単一の音節で
歌われました。やがて、それ自体に言葉が付け加えられ、こうしてポリフ
ォニーのトロープスとなりました。ポリフォニーのトロープスは、少なく
とも聖マルティアリス(マルシャル)の時代から跡づけることができます。
しかし、言葉を伴うクラウスラ、すなわちモテトゥスは、音楽様式 -
例えば、単旋律聖歌は、モード・リズムのどれかに基づく短く繰り返され
たパターンに解体されている - だけでなく、言葉がもともとあった音楽
に初めに付け加えられたという点でも異なっています。また、コンドゥク
トゥスの場合と同じように、多くのラテン語のテキストが、大法官
(Chancellor)フィリップ(Philippe)によって与えられていたことが知られ
ています。
事実、その二つのジャンル、クラウスラ、すなわち初期のモテトゥスと
コンドゥクトゥスは、決して関連がないわけではありませんでした。クラ
ウスラ、すなわち初期のモテトゥスに、他のパートがドゥプルム(あるい
はモテトゥス)同様に付け加えられるとき、それらは同じモード・リズム
であり、モテットの場合には、コンドゥクトゥスとちょうど同じように、
同じ言葉に合わせてでした。
モンペリエ写本
13世紀のモテトゥスは、ポリフォニーが世俗(音楽)で用いられるよ
うになる主な媒介手段として著しい成果をあげた、12世紀の教会音楽と
世俗音楽との著しい統合でありました。その系統は、民衆に普及していた
詩華(文)集に跡づけられ、その発展は多くの重要なコレクションの中に
跡づけることができます。その中で最大のものは - 起源はパリですが -
モンペリエ医学部(Montpellier, Faculte' de Medecine),H196(一般に Mo
として知られる)ものであり、その初めの6つの分冊は、1280年頃、7分
冊目は 1300年頃、8分冊目は 1310年頃に年代づけられています。
第1分冊は、6つのオルガヌム(二つはペロティヌスによるもの)と一
つのコンドゥクトゥスと奇妙なホケトゥス (hoquetus)様式の3つの曲を
含んでいます。しかし、残りの写本はほとんどすべてモテトゥスでできて
おり、2−6分冊だけで 200曲以上あります。これは、明らかに非常に教
養のある聖職者、あるいは世俗人としてはパリ大学の一員であるといった
ソロの演奏家の愉しみのための音楽だったでしょう。ラテン語のモテット
のいくつかは、教会音楽ですが、それほど多くはありません。
━━[数学史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ハルン・アル・ラシド - アル・マムン◆
ハルン・アル・ラシド
ハルン・アル・ラシドは、「アラビアン・ナイト物語」で私たちはよく
知っていますが、彼は学問の偉大な擁護者でありました。彼の影響のもと、
ユークリッドの著作の一部を含む学問に関するいくつかのギリシア古典が
アラビア語に翻訳されました。実際に、中世ヨーロッパがユークリッドを
初めて知ったのは、アラビア語訳によります。彼の統治下に、ヒンドゥー
の学問がバグダードに流入するという第二の流れもありました。特に医学
と占星術の分野においてですが。
アル・マムン
ハルン・アル・ラシドの息子、アル・マムン(al-Mamun)(809-833年統治)
もまた、学問の偉大な擁護者でありました。実は、彼は単なる擁護者以上
でした。というのは、彼はバグダードに天文観測所を建て、そこで自ら観
測を行ったからです。彼は、また、子午線の一度の長さ(the length of a
degree of the meridian)を決定する目的でなされたメソポタミアでの二
度の測地調査を指揮監督したとも信じられています。彼の命によりギリシ
ア古典の翻訳は続けられます。プトレマイオスの「アルマゲスト」は、ア
ラビア語に訳され、ユークリッドの「幾何学原論」の翻訳は完成されます。
天文学は、この時期、宮廷で数学を好意的に扱う最大の学問でした。一
方で占星術と一方で数学と結びついて、天文学は、数学という学問を確立
するのに十分役立つ教えを持ち込んだのです。
アル・マムンの優れた統治のもと、数学的天文学について著述し、そう
することで三角法(trigonometry)の研究を進めた者たちがいます。その中
で、次の学者たちが特に名をあげるに値するでしょう。その才能のためと
言うよりはその精神のためにですが。
アル・タバリ(al-Tabari)は、プトレマイオスのテトラビブロス
(Tetrabiblos)の注釈を書きました。アル・ネハヴェンディ
(al-Nehavendi)は、天文表の準備をしました。アル・メルヴァルディ
(al-Mervarrudi)は、ダマスクスとバグダードで天文観測を行いました。
(830年頃)アル・アストルラビ(al-Astorlabi)は、バグダードに住んでい
て(830年頃)、天文学と測地学について著述し、アストロラーベその他の
天文観測の器具の製作者として名高い。メッサハラ(Messahala)はユダヤ
の占星術師で、後のラビ・ベン・エズラ(Rabbi ben Ezra)(1150年頃)と
チョーサー(1400年頃)の著作に影響を与えたように思えるアストロラー
ベに関する論文を書いています。(800年頃)そして最後に、ヨーロッパで
の名を使うとアルフラガヌス(Alfraganus)(833年頃)は、日時計や天文学、
「アルマゲスト」について著述しています。
━━[随想]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆零の歴史(その4)◆
http://www-history.mcs.st-andrews.ac.uk/history/HistTopics/Zero.html
プトレマイオスは、紀元 130年頃書かれた「アルマゲスト」の中で、空
の場所を示す0とともにバビロニアの60進法を使っています。この時ま
でには、プトレマイオスは、数字の間にも終わりにもその記号を使ってい
て、少なくとも空の場所を示す零は確実に確立していたと信ずる誘惑にか
られます。しかし、これは起こったこととはまったく違うのです。例外的
にほんの数人の天文学者が、その記数法を用いただけで、最終的にそれが
確立するまでに、さらに数回使われなくなるのです。零の場所の考え(ま
だ一種の句読点記号と考えていたプトレマイオスによっては、確実に数字
としては考えられていない)は、インドの数学に次に現れることになりま
す。
さて、舞台をインドに移しましょう。そこで、数詞と数体系が生まれ、
今日私たちが使っている高度で複雑な数体系に進化したと言うことは不公
平ではないでしょう。もちろん、インドの体系が何かをそれ以前の体系に
負うていなかったということはできません。多くの数学史家は、インドの
零の用法は、ギリシア人天文学者たちによる使用から発展したと信じてい
ます。非常に非合理的な仕方でインド人の貢献をおとしめたいと思ってい
るような歴史家だけでなく、インド人が零を発明したとあまりにも極端に
思われる主張をする歴史家もいます。例えば、ムヘルジィー(Mukherjee)
は[R Mukherjee, Discovery of zero and its impact on Indian
mathematics (Calcutta, 1991).]の中でこう主張します。
…数学の零の概念は、…またインドでは 17000年前から精神の形で存在
していた。
確かなことは、紀元 650年頃までには、数字としての零の用法が、イン
ドの数学に入ってきていました。インド人たちは、また、位取り記数法も
使っており、零は空の場所を示すのに使われました。実際、インドでは紀
元 200年という早い時代に数字の中に空の場所を示す記号があった証拠が
ありますが、これを後の時代の偽作だと退ける歴史家もいます。この後者
の用法を先ず検証しましょう。それは上述の発展に繋がるものだからです。
━━[催し物情報]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◇特別陳列関連行事
「特別陳列「旅と祈りの道−阿波の巡礼−」展示解説1」
阿波の歴史における巡礼といえば、四国遍路を思い起こすことが多いと
思いますが、西国や坂東、秩父の観音霊場巡礼、六十六部廻国巡礼など
も行われていました。また、観光を兼ねて伊勢や高野山などへの参詣が
行われることもありました。こうした阿波の巡礼にスポットを当て、歴
史の中の道と人との関わりについて考えてみたいと思います。
○日 時 1月28日(日)13:30〜14:30
○場 所 博物館 企画展示室(1階)
○講 師 大石雅章(鳴門教育大学教授)
町田 哲(鳴門教育大学助教授)
長谷川賢二(博物館学芸員)
○対 象 小学生から一般 ※申し込みは必要ありません
(直接会場へおこしください)
徳島県立博物館の催し物情報は、以下のサイトをご覧ください。
http://www.museum.comet.go.jp/
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「知」とIT/ビジネスへのTIPS
金融と経済/「人生」のボスに、 自分がなる為のAtoZ
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━━[Homepage Updated]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ホームページ update情報
落書き帖第187号
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━━[あとがき]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2006年もあと残すところ2日となりました。皆さん、如何お過ごしでし
ょう? お変わりございませんか?
個人的には、昨年は、いろいろなことがありましたが、来年は、これま
でといくらか違う生き方ができればなあと思っている私であったりします。
さてさて、どうなりますことやらですが。
それでは、皆さん、良いお年をお迎えください!!
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