38章 ウラン


虎は、コクピットの脇に貼った愛妻ウランの写真を見た。
予定日を過ぎても、まだベビー誕生の知らせがない。しかし、虎はウランとお腹の子供達を信じていた。子供達は、自分の準備が整ったらウランに知らせることを。そして、ウランはその合図を見逃さずに産婆のコジジの用意した寝室に向かい、大切な我が子を光あふれる世界に無事に送り出すことを。

子供達の住む世界は、幸せな世界でなければならない。戦争も、公害も、自然破壊も、飢餓も、ココロナキ星人もいない、平和な世界でなければならない。
虎の護衛する3機の垂直離着機8in1に搭乗したゼンジやニマメ、そして健太は、新しい政府の樹立宣言のテープを携えている。このテープはどんなことがあっても全世界に流さなければならない。
たとえ我が身が犠牲になろうとも。スーパーの袋が体にからみついて苦しくてたまらなくても。
虎は、そんな思いでウランの写真と垂直離着機8in1を交互に見つめた。

ウランは里帰り出産のため惑星アタミに帰っていた。
「ウランさんや。どんな感じかね?」産婆コジジは、ウランの大きく垂れ下がったお腹を見ながら言った。
「昨日はおしるしがあったから、あぁついに産むのね、なんて覚悟したんですけど。」ウランはお腹を撫でながら言った。「もう少し遅れちゃうかも。」
「あせらなくてもよい。ところで、その手に握っているものは何かね?」
「安産のお守りです。タンボさんが送ってくれたの。」
「いいものを貰ったね。」
「はい。」ウランは、手の中のお守りをしばらく眺めて、そっと握り締めた。

ウランは、コジジの目元にコジジの疲れを感じとった。
「コジジはずっと付き添ってくれているけど、もう少し後になるような気がするの。今のうちに食事にでも行ってちょうだい。」
「そう言えばお腹がすいたのぉ。」コジジは目を擦りながら言った。
「コジジには、いざという時に助けてもらう必要があるわ。カツ丼を2杯食べて体力をつけておいて。」
「そうさせてもらおうかの。何かあったら呼ぶんじゃぞ。いいな。」
「分かりました。コジジが頼りだわ。」
コジジは、念のためにウランの体をチェックした。そして、産室から出て行こうと扉に向かった。
「コジジ。。。」ウランがコジジの背中に呼びかけた。
「産まれそうか!」
「いえ、そうじゃないんです。私、きちんと産めるかしら?」
「もちろんじゃとも。」コジジはニッコリと笑った。
「それに、きちんと育てられるかしら?」
「ウランは顔を近づけると唇を噛む癖はあるが、とても優しいフェレじゃないか。だいじょうぶ。必ずうまくやれる。」コジジは、ウランの頭を撫でた。
「でも、私はオッパイが7つしかないんです。もし、8匹以上産まれたら。。。」
「みんな交替で飲めばいい。さあ、今は幸せな事だけ考えなさい。」
「はい。」
「2時間したら、また様子を見に来るからね。」

コジジが去った部屋で、ウランは静かに横たわって星空を眺めた。
輝く星々に星座の線を頭に描きながら、ウランの心は女から母へと変わっていった。


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