26章 過去


MSAPでは、使節団を乗せる特別機スキッパーが出発前の最終点検をしていた。その機内では、ポッチョ全権大使、ピエロ副大使、護衛役のぷりんとあづきが、それぞれの席でシートベルトを装着していた。
「Coo兄ちゃん、見送りにも来てくれなかったね。」あづきは、シートベルトの調整をしながら、ぷりんに言った。
「今日、大事なフェレが来るって言ってたじゃない。」
「でも見送りぐらいいいじゃない。まあ、お兄ちゃんが来たからって、別にどうってことないけど。」
「そんな言い方、やめなさい。」
「だって、なんとなくお兄ちゃんを見てて情けなくなるのよ。」
「あづきは小さかったから、あの日の事を覚えていないのね。」
「あの日って?」
「Coo兄ちゃんの目が恐かったあの日のことよ。」
ぷりんは遠い目をして話し始めた。

「ぷりん、しばらく戻れないから、くれぐれも気をつけるんだよ。」Cooは、幼いぷりんの頭を撫でながら言った。
「どれ位で戻るの?」
「そうだな、うまくいって2週間ってとこかな。」
「お仕事?」
「そうだよ。ぷりんは強い子だ。大丈夫だな?」
「うん。」

「でも、Coo兄ちゃんは、2週間たっても戻らなかった。」
「ひどいわね。」
「そうじゃないの。戻れなかったの。2ヶ月が過ぎて、突然電話がかかってきたわ。病院からよ。」

「お兄ちゃんの病室、どこですか!?」
幼いあづきをの手をひいたぷりんが、病院の受付で息を弾ませた。
「お兄ちゃん?」
「あ、Cooです。Coo兄ちゃんです。」
「ちょっと待ってね。。。。ああ、925号室よ。」
ぷりんとあづきはそれを聞くと、階段を一気に駆け上がり、925号室に飛び込んだ。
ベットには、すっかり痩せたCooが天井を見ていた。
「お兄ちゃん!!」
Cooは、ゆっくりとぷりん達の方に顔を向けた。

「その時のCoo兄ちゃんの目、とっても恐かった。なぜだか分からないけど、優しさをどこかで失ってしまったような、ひどく冷たい目だった。」
「そう言われれば、なんとなく覚えてるような気がする。」
「栄養失調だったんだって。それに何か胃腸系の病気にもなってたんだって。どこで何をしていたのか、誰も教えてくれなかった。お兄ちゃんも、何も言わなかった。私、なんだか聞いちゃいけないような気がして、今も聞いていないわ。」
「・・・・」
「きっと大事な仕事だったんだわ。だから、今はあんなお兄ちゃんでも、心の底では尊敬しているのよ。これでもね。」

スキッパーの機内アナウンスがあった。
「スキッパーへようこそ。機長のルンタです。副機長のツムジと共に、ジパン連邦までみなさんをお連れします。まもなく離陸します。穏やかなフライトになりますよ。」
みんなは、シートベルトを確認した。
スッキパーは緩やかに離陸し、青空に吸い込まれるように上昇していった。

Cooは、自宅のテラスで空を見上げていた。
「そろそろ離陸の時間だな。」
玄関でチャイムの音がした。Cooは、もう一度空を見上げた後で、玄関に出た。
軍服に身を包んだ一匹の大柄なフェレが立っていた。
「お迎えに参りました。」
「なんだ、早いじゃないか。」Cooは言った。「まだ着替えてないぞ。」
「待ちます。」

Cooは、クローゼットの奥から古い衣装ケースを取り出し開いた。中には、海兵隊特殊部隊の制服がきちんと折りたたまれて入っていた。
Cooはその制服を手際よく身につけた。そして、胸についた勲章を指で撫でた。我が身を犠牲にして勇敢に戦い、マーリングリスルの危機を救った優秀な兵士のみに与えられる栄誉ある勲章だった。Cooはその勲章をもぎ取ると、箱に戻した。

「待たせたな。銀嶺中尉。」
銀嶺は、Cooの軍服姿を見て敬礼した。
「しばらくぶりであります。Coo中佐。」
Cooはニコリと笑うと、銀嶺のみぞおちを軽く叩いた。
「何のマネだ。」
銀嶺は白い歯をみせて笑った。
「また懐かしい仲間が待ってますよ。草薙に、庵、それに琥珀もいます。相変らずみんなとんでもない奴等ですがね。」
「そいつは楽しみだ。さて、行こうか。」
「今度は惑星ジパンですね。また一緒に戦えて幸せです。車はこちらですよ。」
Cooは門を出ようとしたが、急に立ち止まった。そして、家を振り返った。
「ちょっと待っててくれ。」
Cooは家に入り、先ほど箱に戻した勲章を取り出して、あづきのドレッサーの上に置いた。そして、メモを残した。

あづき、よく頑張ったな。
これは兄ちゃんからのご褒美だ。

Cooはペンを置くと、グリンのベレー帽をかぶり直して家から出ていった。


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