Chap.9 ハーフタイム

<1992.4.12 Kasairinkai>

前半戦が終了し、両チームはベンチに戻った。
「おまえ、またやったな。」ちくたが、タオルで口についたFERRETONEを拭っているアッシュに言った。
「何をさ?」
「見てたよ。退場になったらどうするんだ。」
「うまくやるさ。」アッシュは肩をすくめた。
「もうやるな。やる必要はない。」
「さぁ、どうかな。」
「オレがパワーで押し切ってやる。」
「ああ、やってくれ。」アッシュは、これで話はお終いだといった仕種で、タオルを頭からかぶった。
ちくたは溜め息をついた。「オレにとっても大事な試合なんだ。」

ちくたには、病弱な兄がいた。腫れた顔をして、ひっそりとスーパーの袋に潜り込んで嘔吐を繰り返すぷぅ兄さんの姿を見るたびに心が激しく痛んだ。
なんとかしたかった。そのために、金が必要だった。
ちくたは、持ち前のパワーで昼夜問わず一生懸命に働いたが、兄弟2匹が生活するのにやっとの金しか稼げなかった。
何かでっかいことをやらなきゃ、金は貯まらない。ちくたは、丸くなって眠っているぷう兄さんの背中を見ているうちに決心した。
「銀行を襲おう。」

ちくたは、仕事をサボって銀行の下見に行った。銀行の警備システムや、行内の様子を観察しているうちに、銀行強盗は非現実的なものに思えてきた。
ちくたはがっくりと肩を落として、銀行から出ようとしたときに、歓声が聞こえてきた。
ちくたは驚いて振り向いた。それは、待ち時間の暇つぶし用に流しているテレビの音だった。 テレビのアナウンサーの興奮した声は、モッケーの世界大会であるFML杯で、ブレイズが優勝したことを告げていた。
ちくたは、テレビの前に行き、ブレイズが優勝のトライを決めた瞬間のリプレイ映像を、ぼんやり見つめた。やがて、その目が大きく見開いた。
「優勝賞金、100,000,000円だって!!」

銀行から飛び出したちくたは、その足でハイスクール時代のモッケー部だった連中の家を次々に訪れた。
ほとんどの連中は、ちくたの話を馬鹿げた夢だと笑い、相手にしなかった。しかし、風助、長江いたちんフェレの助、そしてレイの3匹は、ちくたと一緒に瞳を輝かせた。
こうして、社会人モッケーチームのホップステップスが、メンバー不足であったが結成されたのだった。

あの日、河原でアッシュと出会ったのは幸運だった。名門チームのブラックノーズでプレイしていたアッシュが加わったことで、ちくたの夢は、また一歩現実に近づいた。

「手こずってるな。」風助が、ちくたの肩を叩いた。
「ああ。だが、もうホワイトソックスの好きにさせねぇさ。」
「見ろよ。アイツら、1つトライを決めただけで浮かれてやがる。」
「後半戦は、涼太をマークしろ。」
「涼太?」
「背番号35番だ。あいつのスタミナは底知らずだ。それに、パワーもある。後半戦は、涼太がキーマンになるだろう。ヤツを抑えればホワイトソックスは得点できねぇさ。」
「了解。」風助はニヤリと笑った。
「風助。おまえ笑うと更に極悪非道な顔になるな。」
「ほっといて!」

後半戦開始のホイッスルが鳴った。
ホワイトソックスのベンチでは、ムウ達が円陣を組んでいた。
「18番のアッシュのタックルは強烈だから、気をつけて。」源さんが言った。
「それに、ちくたのゴリ押しにも注意だ。」涼太が言った。
「よし。みんな、行くぞ!」ムウのかけ声で、みんなはポジションに向かって走った。
「勝てるかしら?」舞由が、ベンチから走り去るチームの背中を見送りながらミクに囁いた。
「さぁ。」ミクが素っ気なく答えた。
「さぁ、って。。。」
「舞由ちゃんも心配だから聞いたんでしょ?」
「そうだけど。。。」

スタンドでは、モカとぱぱんぃの相変らずの応援が始った。
モカの太鼓の音につられてスタンドを見上げた舞由は、あタロウの姿を見つけて驚いた。あタロウは、モカとぱぱんぃが騒いでいる場所を避けて座っていた。
あタロウは、舞由の視線に気がつくと、笑顔で手を振った。
ダンスパーティーの時と同じ優しい笑顔だった。
舞由の返した笑顔も、ダンスパーティーの時と同じ、ぎこちないものだった。
あタロウが、何か言ってる。舞由は、あタロウの口の動きに合わせて小さく声を出してみた。
「か・て・る・よ・・・」
そして、あタロウはVサインをした。
舞由は、今度は最高の笑顔をあタロウに見せることができた。


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