Chap.8 それぞれのゴール

<1992.4.12 Kasairinkai>

源さんの異変に気がついたのはミクだった。ミクは、足元に置いてあった救急箱を掴むと、源さんに向 かって走った。
ミクがグラウンドに飛び込んでくる姿を見て、グラウンドの連中は、やっと源さんが倒れていることに気がつき、駆け寄った。

ムウが救急箱の蓋を開くのを横目で見ながら、ミクは源さんの様子を素早くチェックした。
どこにも出血はない。
「どこが痛むの?」
源さんは、やっとの思いで声をしぼり出した。「腹が。。」
「お腹がどうしたの?」
「。。。減った。」

嘘だった。
源さんは、さっきのパスと同時にアッシュから強烈なタックルを食らっていた。そして、源さんは気がつかなかったが、その際に、アッシュは巧みに源さんの腹部を殴りつけていた。
苦痛に苦しみながら源さんは考えた。交代メンバーのいないホワイトソックスにとって、自分の負傷はチームの士気低下になるばかりか、下手をすれば棄権試合となる。
棄権試合でも負けは負け。それは、モッケー部が廃部になることを意味した。

源さんは、ノロノロと立ち上がった。そしておどけた表情を作って言った。「まぁ、試合中にモノを食うのはルール違反だしな。我慢すっか。」
「我慢しなさい。」涼太があきれ声で言った。
「ところで、ムウさんよ。」まろんがムウに言った。「それは何のマネや。」
ムウは、首につけるラッパ状のエリザベスカラーを救急箱から取り出して首に装着していた。
「見ての通りだ。」ムウが言った。
「だから、なしてそれを装着してるんや。」
「いや、その。。。場を和ませようと思ってな。」
「正直に言ってみろ。」
「。。。面白そうだったから。。。」
「面白かったか。」
「ちょっぴり。」

「大丈夫か? 試合を再開しても構わないか?」審判のシュテルン・フライヘル・フォン・ハルトネッキヒ男爵が、源さんに聞いた。
「もちろん。」源さんは、その場で跳ねてみせた。「ほら、この通り。」
腹に激痛が走ったが、うつむいて顔を隠してごまかした。
やっとの思いで顔を上げた源さんは、アッシュの姿を探した。アッシュは、遠くから源さんを見ていた。
源さんは、アッシュに向かって叫んだ。「ナイスタックル!」

アッシュは驚いた。なんておめでたいヤツなんだ。アッシュはそう呟きながら無理に笑顔を作って源さんに親指を立ててみせた。
アッシュにとっても、この試合は重要な意味があった。
アッシュは、過去にナゴヤフェスティバルで乱闘事件を起こして流血事件に発展させてしまったことがあった。それが原因で、チームから除籍され、ブラックノーズのユニフォームを脱いだ。
少しばかり気が短いだけで不良のラッテルを貼られ、冷たい目で見られ続けられたアッシュにとって、モッケーは自分を表現できる唯一の場だった。ボールを抱えてグラウンドを走る時、アッシュの心は解放され風となった。
チームを除籍され、モッケーをやれない苛立ちとあせりから、刺激を求めてビターアップルに手を出したアッシュの生活は荒れ、目的もなく街を徘徊してはつまらない喧嘩ばかりしていた。
そんなささくれた毎日に疲れ果てたある日、河川敷でモッケーの練習をしているチームと出会った。
それが、ホップステップスだった。

アッシュは、あえてブラックノーズ時代の時と同じ背番号18番をもらった。18番を背負って、ブラックノーズをモッケーで打ち負かすことが、アッシュの目標となった。
その目標に向かって走るアッシュにとって、勝ち知らずのクズチームだと思っていたホワイトソックスに負けることは、絶対に許されないことだった。

審判のホイッスルが響き、まろんがフリーキックをした。ボールはゴールポストに当たり追加得点にはならなかった。
「ドンマイ、ドンマイ!」ムウがまろんの肩を叩いた。
「頼むから、首につけたものを早くとりなさい。」まろんが静かに言った。

ここで、前半戦が終わった。


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