<1992.4.12 Kasairinkai>
ムウは、サイドライン中央に設置された時計をチラリと見た。
前半終了まで、あと5分。得点はゲットしていないが、相手にも許していない。
しかし、さっきからミスプレイが続き、相手の得点につながりそうな局面を、あやうく切り抜けてばかりの状態だった。
ムウは、審判にタイムを要求した。チームが、自陣ベンチに戻り、冷たい保冷剤入りのパックと、FERRETONE入りのボトルをミクと舞由から受け取った。
「どうした、みんな。ギズモがバラバラじゃないか。」ムウが溜め息をついた。
「それを言うなら、リズムやて。」まろんが、保冷パックを首筋に当てながら言った。「それはそれとして、ホンマにどないしてん? モケモケの尻の振り具合に力がないで。そんなことやから、ボールをこぼしてまうんや。」
「ツムジがきちんとパスしないからだ。」涼太が言った。
「おまえこそ、さっき簡単なボールを落として、相手ボールにしちまったのを忘れたのか!」ツムジが、涼太の肩を突いた。
「なんだよ!」涼太がツミジの肩を突き返した。「鼻クソがついてるみたいな鼻してるくせに、オレのせいにするな。」
「体中ミスプリントの涼太なんかに言われたかないね。」
「おいおい。みんな、頭を冷やそうよ。」源さんは、保冷パックを頭に乗せて、みんなの顔を順に眺めた。
みんな、保冷パックを頭に乗せて、黙り込んだ。
舞由は、重苦しい空気に耐え兼ねて突然喋りはじめた。
「チャンスの神様は、長く伸びた前髪しかない頭デッカチなんだって。」
みんなが、驚いて舞由を見た。舞由は続けた。
「だから、チャンスを後ろから追いかけても、ツルツルの頭に手が滑って、つかまえられないんだって。」
「じゃあ、チャンスの神様をつかまえるにはどうしたらいいのかしら?」ミクが小首をかしげた。
「追いかけちゃダメなの。」舞由はニコリと笑った。「落ち着いて待ち構えるの。そして、チャンスの神様が近づいてきたら、前髪をむんずとつかむの。」
みんなの顔は和らいだ。
「みんな、聞いたな。」ムウが言った。「チャンスの神様はスキンヘッドだそうだ。」
「あんた、ちゃんと話を聞いとったんか?」まろんが言った。
相手チームのホップステップスのベンチから、アッシュがその様子を冷たい目でじっと見ていた。
アッシュは、弱小チームのホワイトソックスから得点できないことに苛立っていた。それに、ホワイトソックスの足並みが狂い始めてきたのに、今のタイムで、連中の表情がほぐれてきたのが気に入らなかった。
「やるなら、前半の残り時間内だな。。。」アッシュは、そうつぶやくと、口の中でクチャクチャしていた毛玉をぺっとグラウンドに吐き捨てた。
審判のシュテルン・フライヘル・フォン・ハルトネッキヒ男爵がホイッスルを吹き、タイムの終わりを告げ、両チームがポジションについた。
試合が再開された。
ホワイトソックスの動きが戻った。ホワイトソックスは果敢に攻め、そして守った。
そして、チャンスが訪れた。
ドンピシャのタイミングのロングパスを源さんが放ち、ノーマークだったまろんがそれをキャッチした。
まろんは、ボールをしっかりと抱え込むと、猛烈な勢いで自陣までもけもけボールを運んでいった。
舞由は思わず立ち上がった。みんなの目は、まろんに集中した。
「トライ!!」まろんが叫び、審判もホイッスルを長く吹き、トライ成立を宣言した。
涼太がまろんに飛びついた。ツムジとムウも駆け寄って、まろんの尻を満面の笑顔で叩いた。
ミクと舞由は抱き合って飛び跳ねた。
しかし、源さんは、苦痛の表情でグラウンドに倒れ丸くなっていた。
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