Chap.6 試合

<1992.4.12 Kasairinkai>

カサイリンカイスタジアムのグラウンドに引かれた白いラインが、春の陽射しに照らされてやけに眩しかった。
サイドラインに並べられたパイプ椅子に座る舞由の心臓は、次第に高まっていた。
並んで座っているミクは、涼し気な顔で、クリップボードに何かを書きつけていた。フォーメーションの最終チェックをしているようにも見えたし、単なる落書きにも見えた。

舞由は、大きく深呼吸をして、スタジアムの観覧ベンチをぐるりと見上げた。ベンチは、パラパラとフェレが座っているだけで、誰もが退屈そうに見えた。
「つまんない試合だと思うなら、見に来なければいいのに。」舞由がつぶやいた。
ミクは笑った。「ギャラリーは少ない方がいいわ。」
「どうして? 大事な試合なのよ。」
「だからこそよ。ギャラリー多いと、緊張しすぎちゃうのよ。あの連中。」
舞由は、センターラインに並び、対戦相手のホップステップスに闘志を燃やした視線を送っているムウ、まろん、涼太、源さん、ツムジの顔を順に見た。
みんな、いい顔をしていた。

差し入れをしたあの夜に、舞由はモッケー部のマネージャーになることを決めた。
みんな、喜んでくれた。舞由は、自分の居場所ができたようで、それがとても嬉しかった。
あの日から5日間、舞由は練習を見守り、清潔で軟らかいタオルと、ぱぱんぃ特製の珈琲を運んだ。
そして、モッケー部の存続を賭けた試合が、今始ろうとしていたのだった。

場内アナウンスが流れた。
「ホワイトソックスのメンバーを紹介します。背番号29番、まろん。85番、ツムジ。64番、源さん。35番、涼太。25番、ムウ。」
場内から、パラパラと拍手があった。
「続いて、ホップステップスのメンバー紹介です。背番号86番、風助。71番、長江いたちんフェレの助。18番、アッシュ。14番、レイ。54番、ちくた。」
拍手は圧倒的に多かった。
ミクの手が、マユの手を優しく包んだ。「リラックス。」
舞由は、知らずのうちにスコアブックを強く握り締めていたのだった。

審判のシュテルン・フライヘル・フォン・ハルトネッキヒ男爵がポケットからコインを取り出して言った。「両ツームのキャプテンは前に。」
ムウとちくたが歩み寄った。
男爵がコイントスをし、ホワイトソックスが最初のマイボール権を得た。
みんながポジションにつき、ムウがボールを低く抱え込み、試合開始のホイッスルを待った。

スタンドから、突然声援が聞こえてきた。

「ガンバッテ〜ガンバッテ〜し〜あいっ!(ドンドン)
 フンバッテ〜フンバッテ〜と〜らいっ!(ドンドン)
 ガンバッテ〜ガンバッテ〜し〜あいっ!(ドンドン)
 フンバッテ〜フンバッテ〜と〜らいっ!(ドンドン)」
声援の主はモカだった。
モカが、大きな白いシーツに「がんばれホワイトソックス!」と汚い字で書いた旗を振り、太鼓を叩いきながら声を張り上げていた。
そのモカの声に合わせて、店のエプロンをつけたぱぱんぃが、奇妙な振りで踊っていた。
モカとぱぱんぃの目はうつろだった。

審判の男爵はしばし呆然としていたが、気を取り直して試合開始のホイッスルを力強く吹いた。


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