<1992.4.6 Springhop>
フーロアカデミーのグラウンドでは、電球がいくつか切れた暗い照明の下で、ホワイトソックスの連中が練習をまだ続けていた。
「よしパスや! 今や!」
まろんの声が響き、ツムジが涼太にロングパスを放った。
しかし、それは大きく涼太の頭上を越えていった。
「どこに投げてるんだよ!」涼太が叫んだ。
「もう1度やろう。」源さんが言った。
「何度やってもムダさ。おれたちにはできっこねぇ。」涼太がボールを思いっきり蹴った。
蹴ったボールがバックネットに当たり、ガチャリと大きな音がした。
「おい。痴話ゲンガはやめろ。」ムウがなだめた。
「何が痴話ゲンカだ!」涼太とツムジが叫んだ。
みんな疲れていらだっていた。
源さんは、バックネットから転がってきたボールを拾い上げて言った。「もう1度やろう。このロングパスが決まるようになれば、勝算があるんだ。」
源さんは、ボールをムウに軽く投げた。
ムウはボールを受け取ると、指先でクルクル回して言った。「ポジションについてくれ。」
「今度はタイミングに気をつけてパスしろよ。ツムジ。」涼太がツムジに言った。
「そうだ。全てはタイミングが鍵になる。」ムウが言った。「ほんれ、ひらひら、ぷ〜、のタイミングだ。わかったな。」
「分かるかい!!」まろんが言った。
「今の突っ込みのタイミング、グーよ。」ムウが親指を立てた。
ボールを持ったムウを先頭に自陣に開いたV字型のフォーメションをとった。左ウイングには、まろん、涼太が、右ウイングには、源さん、ツムジのフォーメーションである。
○
ムウ
○ ○
まろん 源さん
○ ○
涼太 ツムジ
完成したい動きはこうだった。
○ ○
まろん 源さん
○ / ○
涼太 ツムジ
○
ムウ
源さんは右側に敵を誘導するようにやや右後方に向けてもけもけする。そして、サイドラインぎりぎりの場所で待つツムジにパスする。
○
まろん ○
○ ムウ ○
涼太 /ツムジ
○
源さん
ツムジは、パスを受け取ると十分に敵を引き付けた後で、反対側のサイドラインで待ち構える涼太に、ロングパス。
○
まろん ○
ムウ
○
源さん
○ <------------
|-----------○
涼太 ツムジ
敵は、右側に引き付けられているため、涼太はノーマークかそれに近いはずだ。涼太は、まろんにカバーされながら後方にもけもけと自陣のエンドラインまでボールを運び、「トライ」と叫ぶ。そして、みんなで合唱するのだ。「そしてお〜れは〜 やった やってやったぁ〜! そーしたーら でっきった でき〜あ〜が〜り〜な〜の〜だ〜」これで、3ポイント獲得。頭で考えれば簡単に思えるが、ツムジのロングパスが決まらないのが問題になっていたのだった。
ミクがホイッスルを吹き、ムウがボールをもけもけと運んで源さんにパスした。ボールは源さんからツムジに、そして、涼太へ。
失敗した。ツムジはグランドの土を蹴った。
ボールは、涼太の前方を通過し、誰もいないグラウンドへ飛びバウンドした。
そのボールは、舞由とモカの足元に転がってきた。
舞由はボールを拾い上げ、ムウ達に向かって歩いていった。そして、ふてくされた顔の涼太にボールを渡した。
「こんばんわ」舞由は言った。
「どうしたの? こんな遅くに。」涼太は驚いた。
「差し入れです。」
「なになに差し入れだって?」源さんを先頭に、みんなが走ってきた。
カップに珈琲が注がれ、みんなに配られた。
珈琲の香りと湯気が星空に溶け、みんな無口になった。
ツムジは、次こそうまくパスが通せそうな予感がして、涼太の顔を見た。涼太もツムジを見ていた。
2匹は同時に笑った。
その様子を見ていたムウもつられて笑って、派手に鼻から珈琲を噴いた。
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