Chap.3 ダンスパーティー

<1992.4.6 Springhop>

ロックンロールのビートに身を任せてスマートに踊るあタロウとチョビの姿を、舞由は壁にもたれて見つめていた。
屈託のない表情のモカの誘いを断ることもできず、舞由はダンスパーティに参加したのだった。
舞由が「今は踊りたくない」と言ったら、モカはあっさりと引き下がって、さっきから怪しげに身をくねらせて楽しそうに1匹で踊っている。
そのモカの姿を見るのが、舞由には辛かった。どうして、あんなに見事にリズムを無視して踊れるのだろう。
曲が終わった。しかし、モカはそれに気がつかずに、まだ踊っていた。
舞由はいたたまれない思いで、化粧室の方に歩いていった。

カウンターでは、男達がギャルの品定めを楽しんでいた。
「おい、あの娘なんかどうだい?」八兵衛が言った。
「どの娘や?」アカメが、首を伸ばして探した。
「ほら、あの軟らかそうな毛並みの。」
「ああ。琴ちゃんか。」
「知ってるのか?」
「あの娘はあかんわ。あんまり毛並みが柔らかそうだったんで、さっきついつい触ったんや。そしたら、ワンタッチ1000円やて。」
「金をとられたのか?」
「そや。でも、今は毛の抜け変わりの時期やから言うて、600円に負けといてくれた。」
「600円か。。。」
「待てぃ! 財布を取り出してどないするつもりや!!」
「だから、600円を。」

化粧室では、女の子達が鏡に向かってルージュを引きながら、お喋りを楽しんでいた。
「ろくな男がいないわよね。」小梅が小指ではみ出したルージュを拭き取りながら溜め息をついた。
「あら、そう? さっき声をかけられた男は、まぁマシだったわよ。」
「え! ポッチョ、声をかけられたの! どんなフェレ?」あづきが聞いた。
「どんなフェレって言われても。。。確かゼンジとか言ってた。」
「ゼンジ!」あづきは目をクルクル回した。「アイツ、何て呼ばれてるか知ってる?」
「え?」みんながあづきに注目した。
「鼻ピンのナンパ氏。」
大爆笑だった。
舞由は、黙って手を洗うと、化粧室から出た。
背後に、小梅の声が聞こえた。
「この服サイテー! オヘソ出ちゃうぅ〜」
「小梅が大きいのよ。」ポッチョの冷静な声だった。

曲はチークに変わっていて、あタロウとチョビは、体を寄せて踊っていた。あタロウは、舞由の姿を見つけると、チョビの肩越しに舞由に笑顔を見せた。
舞由も笑顔を返したが、ぎこちない笑顔だったことが悔しかった。
舞由は、また壁にもたれて、踊るカップル達をぼんやり眺めた。

「楽しんでないみたいだけど。」
舞由は驚いた。
「オレ、ゼンジ。君は?」
舞由は言葉が出なかった。
「次の曲だけでいいから、一緒に踊らないか?」
「私、踊れません。」
「教えてあげる。」
「私、連れがいるんです。」
「誰?」
舞由は、チラリとモカを見た。モカはハヒハヒと荒い息遣いで、目はうつろの状態だった。舞由は、とっさにあタロウを指差してしまった。
「ああ。あいつか。でも、もう誰かと踊っているよ。」
「彼女とは今の曲だけ。次は私と踊るの。」
「そう。」
「彼が踊りを教えてくれるの。」
「そう。」
曲が終わった。
しかし、あタロウとチョビは、笑いながら何かを話していて、舞由の方を見向きもしなかった。
次の曲が始り、あタロウとチョビは、また踊り始めた。

「嘘がヘタなんだね。」ゼンジが言った。
舞由は、ゼンジの頬をぶった。
「おまけに気も強いらしい。」
舞由は、こみ上げる涙をこらえながら、アメリカンハウスを飛び出した。

舞由は、パーキングエリアに停めた黄色のオープンカーに隠れて泣いた。
どうして、あタロウ君が私と踊ってくれるって嘘をついたのだろう。チョビは、あんなに楽しそうだったのに。
舞由は、どうしてこんなに涙が出るのか分からないまま、声を殺して泣き続けた。

後ろから青いバンダナが差し出された。振り返るとモカだった。
「おいしい珈琲を飲ませる店、みつけたんだ。」モカが言った。
舞由は、バンダナを見つめていた。
「今から行かないか。もし、よかったらだけど。」
舞由はバンダナをおずおずと受け取った。
「どうして。。。」舞由は、モカの顔を見る事ができなかった。
「踊り疲れちゃった。」モカが笑った。
舞由もつられて笑った。涙をバンダナで拭うと舞由は言った。
「珈琲が飲みたい。うんと熱いやつ。。。」


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