Chap.2 フーロアカデミー

<1992.4.6 Springhop>

フーロアカデミーは、フェレットの幸福を脅かす全ての敵と戦う戦士を育成する目的で、1963年に設立された。
卒業生は、ココロナキショップやココロナキカイヌシを撲滅すべく、あらゆる場所において勇敢に戦っている。

フーロアカデミーには、こんな不思議な伝説があった。
宇宙の遥か彼方にジパンという名の惑星があり、その惑星にも今から3000年前にフーロアカデミーがあったという。
惑星ジパンのフーロアカデミーで、万物に向けての惜しみない愛と、決して諦めることのない不屈な闘志と、真の勇気を学んだフェレット達は、精神のレンジを広げて宇宙の声を聞くことができたと伝えられている。
そして、彼らは宇宙から与えられたミッションを遂行すべく、大船団の宇宙船で遠い惑星に旅立っていったとされている。

舞由は、この伝説が気に入っていた。舞由は、感情表現学の講義のノートをとる手を休めて、窓の外を眺めた。
戦闘機実習の練習機が、危なっかしく離陸して雲一つない青空に舞い上がっていった。きっとパイロットの練習生は、後部座席に座る教官に頭を叩かれている頃だろう。
空は飛びたいけれど、戦闘機は嫌いだった。舞由には、戦闘機が破壊の象徴に思えて、言葉に出来ない悲しみにとらわれてしまうのだった。
戦闘機を必要としない世界。それが舞由の願いであり、その世界を実現するために自分に何ができるだろう、といつも考えていた。
平和の戦士を育成するフーロアカデミーの存在を知り、衝動的に入学してみたものの、舞由は自分がここで何をしたいのか、何ができるのかが分からなかった。
また一機、練習機が飛び立った。

「と、いうわけで、感情を表に出し過ぎることは、時に致命的な武器になりますので、TPOをよく考えることを覚えておいて下さい。」
ぷりん教授の声に、舞由は我に返り講義に戻った。ちょうどその時に感情表現学の講義の終わりのチャイムが流れた。
ぷりん教授が笑みを残して立ち去り、みんなが帰り支度をしていると、1匹の学生が教壇に駆け寄り声を張り上げた。
「ちょっと、みんな聞いてくれ。」
みんな手を止めて注目した。
「ありがとう。オレ、元輝です。ちょと提案があるんだ。入学したばかりで、お互いのこと、まだ分からないだろ? だから、親睦の意味でダンスパーティーをやろと思うんだけど、どうかな?」
みんなの顔が輝いたのに元気づけられて、元輝が続けた。
「それじゃ、今日の夜7時からアメリカンハウスってことでいいかな。自分の都合のいい頃に集まって下さいな。だいたい11時位までやってるから。せっかくだから、たくさん集まってくれると嬉しいです。以上です。」

「ダンスパーティーって、パートナーはどうするのよ。」チョビが舞由に囁いた。
チョビは、舞由のハイスクール時代の同級生だった。
「舞由はどうする? 行くの?」
舞由は少し考えて答えた。「行かない。だってみんなのこと知らないもの。」
「バカねぇ。お互いに知らないから今日のパーティがあるのよ。」
「そうか。」
「私は行くわ。ねぇねぇ、どう思う? あのフェレも行くのかしら?」チョビは、バカ話で盛り上がっている男の子のグループを目で示した。
「あの、鼻毛が長くてハヒハヒいってるロンゲのフェレ?」
「ジョーダンでしょ!! 違うわよ。頭にブーメランみたいな模様のあるフェレ。あタロウ君って言うの。」
「そう。」舞由は、あタロウを見た。知的で整った顔に意思の強さと優しさが同居しているような、不思議な魅力を感じた。
「聞いてきてあげる。」
チョビは慌てて止めようとしたけど、舞由は既にあタロウに向かって歩き出していた。

「あの。あタロウさんですか。」
「あ、はい。」あタロウは驚いて舞由の顔を見た。
「今日のダンスパーティー、行きますか?」
「え?」
「あの、さっきの話の。。。」
「ああ、あれね。君は行くのかい?」
「分かりません。」
「ボクは行くよ。」モカが会話に割り込んだ。
「君の名前は?」あタロウが笑顔で言った。
「舞由です。」舞由は、あタロウからまっすぐ見つめられて、落ち着かない気持ちになった。
「そう、舞由ちゃんか。そうだ、一緒に行こうか?」
「ボクも行くよ。」モカが言った。
「そんな、困ります。」
「どうして困るの?」
「ボクは困らないよ。」モカが言った。
「あタロウさんは、チョビちゃんと行って下さい。」
「チョビちゃん?」
舞由は、向こうでソワソワした顔で見ていたチョビを呼んだ。
「チョビちゃんです。」舞由はあタロウに紹介した。「彼女と行ってあげて。」
「ちょっと、舞由!」チョビは赤い顔をして舞由に言った。
あタロウは、舞由の顔を見つめた。「舞由ちゃんは行かないのかい?」
「私は。。。」
「ボクは行くよ。」モカが言った。
あタロウは、舞由の顔をしばらく見つめていたが、突然に優しい声でチョビに言った。「チョビさん、ボクと一緒に行ってくれますか?」
「はい!」チョビの顔が輝いた。
舞由は、どうして自分が胸が痛むのかが分からなかった。
「それじゃあ、舞由ちゃんはボクと行こうよ。」モカが言った。
舞由は、モカの鼻毛がヒクヒクと動いているのを見て、ダンスパーティーに行く気を急速に失っていった。


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