23章 兄
マロンは困っていた。もはや、完全に部屋に入るタイミングを失ったのだった。
「ちょっと、ごめんよ。」
その声に振り向くと、大きな体で首の下に三日月の模様のある男が立っていた。深く澄んだ瞳が印象的な優しい顔をした男だった。
マロンが思わず扉の前から離れると、男はその扉を開いて中に入っていった。
マロンは、また部屋に入るタイミングを失った。
「やあ、来ましたね。」部屋に入ってきた男は見て、ミュウは話しかけた。
「ちょっと遅かったかな? なかなか決めてもらえなくてね。6ヶ月も待ってたよ。」
男は、ミュウの顔を見た。
「今度も金色のフェレになったんだね。アネキ。」
「アネキって、あなたはミュウの弟なの?」ぷりんが言った。
「そうさ。オレの名前はムウ。」
「ということは、あなたはミクのお兄さん? それとも弟?」
あタロウは言った。
「ミクの兄さ。」
ミクは、ムウが部屋に入ってきた時から、その事に気がついていた。
ミクは、徐々に思い出していた。あの時のジステンバ魔王との戦いの日々のことを。
あれは、本当に長く過酷な戦いだった。
多くのフェレ達が、自らの命と引き換えにジステンバ魔王の弱点を見つけるための貴重なデータを残し、また、多くのフェレ達がその弱点を証明するために貴重な命を失った。
こうした努力の果てに、鶏胚由来弱毒生ウィルスワクチンが効果的であることが発見された。
こうして、このワクチンを元に作られたキルトの鎧に守られたフェレ達の逆襲が始まった。
その逆襲軍のリーダーがミュウだった。ミュウは弟のムウ、妹のミク、剣豪のカノン、などと共に果敢に戦った。
ジステンバ魔王のモンスター達は、キルトの鎧には手が出せず、次第に撤退しついにフェレの国から追い出すことに成功したのだった。
フェレの国のフェレ達は、この戦いの勝利を記念して、美しい寺院を建設した。
そして、キルトの鎧を奉納し、御神体の「にし」を祀った。
また、再びジステンバ魔王が襲ってこないことを祈念して、拝殿の壁にこう記した。
< その者 金色の衣に包まれ 災い訪れる世に帰らん >
その寺院の完成を待たずに、ミュウ達兄弟は、みんなに黙ってロームの神殿に行った。
そして、グー神王に、ジステンバ魔王が再び襲ってくる事があったら復活させて欲しいことを申し出た。
グー神王は未来の平和を託して、ミュウ、ムウ、ミクは長い眠りにつかせた。
「思い出したようね。」
ミュウの声に、ミクは我にかえった。あタロウ、Coo、ぷりんの心配そうな顔が目に入った。
「いいえ。全部思い出していません。あの時に、どんな戦い方をしたのか。。。どうやって勝ったのか。。。」
「その時が来たらわかるでしょう。」
ミュウは静かに言った。
扉の向こうで、マロンはまだ立ちつくしていた。きっかけが欲しいと思ってあたりを見回すと、黒くなって甘い匂いがするようになったバナナの皮が落ちていた。
そのバナナを拾い上げようとした瞬間、黒い影が廊下を走って来るのが目に入った。
その影はすぐに大きくなった。
「ロイスだ!」マロンは部屋に飛び込んだ。
「ロイスだ! またアイツが襲ってきたぞ!」
Cooは身構え、ぷりんは戦いの声を上げた。あタロウは、タバスコの蓋をあけて、いつでもロイスの目にふりかけられる体勢をとった。
部屋に入ってきたロイスは、以前とは違って優しい目をしていた。
「怖がらなくてもいいのよ。」ミュウは、みんなに言った。
「私が呼んだのです。ロイスのジステンバ魔王の呪いを私が解放しました。」
ロイスは嬉しそうに尻尾を振っていた。
ミュウは、ロイスの背中にひらりと乗った。
「さあ、みなさん。ロイスの背中に乗りなさい。戦いの時がきました。」
誰もが信じられない表情で顔を見合わせた。
「さあ、もうクリスマスイブです。Coo、シナモンの笑顔を忘れましたか?」
Cooは、ハッとしてあわててロイスの背中に乗った。後のみんなもそれに続いた。
「ロイス、お願いしますよ。」
ミュウが静かに言うと、ロイスは弾かれたように部屋を飛び出したが、廊下に落ちていたバナナの皮に滑って思いっきり転んだ。