此処彼
(ココア)
cocoaをキイワードとした情報整理
報知・交換・整理・提供
此方の情報に、関心を持っている御方はcocoa≠ェキイワードであったので此処彼≠ニした。
知足=A足るを知るというが、足らざるを知って不満、知る≠アとに、半力を使いやってみる。
知らなかったことが、たんとあることを知ってはいたが、知ることを知っておもしろくなった。
それらを知って、「それがどうしたの。」(『エ・アロウル』というらしいが)との思いもよぎるが、此処はこだわってみるのである。
広辞苑に収載されているいわき≠源としている人物に関心
広辞苑の編集方針で、収載範囲は、「わが国の人名は、物故者に限った。」とあった。
いまのところ、広辞苑で収載を確かめられたのは、五人である。
広辞苑第四版までは四人で、第五版で五人になった。
詩人の草野心平は、昭和元号最後の年の昭和六十三年十一月十二日に亡くなっていたが、広辞苑第四版(1991.11.15発行)には収載されなかったが、広辞苑第五版(1998.11.11発行)に収載され、くさのしんぺい【草野心平】詩人。福島県生まれ=B
祐天上人にあっては、広辞苑第二版(1969.5.6発行)で、ゆうてん【祐天】江戸中期の浄土宗の僧・・・・陸奥新倉の人となっていて、広辞苑第四版(1991.11.15発行)、広辞苑第五版(1998.11.11発行)では、磐城の人≠ニなっている。
天田愚庵にあっては、広辞苑第二版で、あまだぐあん【天田愚庵】明治の歌人。福島県の人となっていて、広辞苑第四版、広辞苑第五版では、磐城生まれ≠ニなっている。
八橋検校は、広辞苑第二版で、やつはしけんぎょう【八橋検校】江戸初期の筝曲家。磐城國平の人≠ニなっていて、広辞苑第四版では、近世筝曲の祖。広辞苑第五版では、近世筝曲の創始者。磐城平(一説に豊前小倉)の人≠ニなっている。
大須賀乙字は、広辞苑第二版で、おおすがおつじ【大須賀乙字】俳人。福島県の人≠ニなっていて、広辞苑第四版、広辞苑第五版では、福島県生まれ≠ニなって東大卒≠ニ加筆されている。
広辞苑に収載の人物から、福島県いわき市生まれを範囲として抽出には、知っている名前からでの検索となる。
福島県生まれ=A福島県の人=A磐城生まれ=A磐城の人=A磐城平の人%凾ナ表されて、磐城國平の人≠ヘ、昭和三十年五月二十五日発行の広辞苑第初版(1955)からの記載であろうが、広辞苑第二版で、と江戸時代・明治初期の國名を使っているのがおもしろい、福島県石城郡の人≠ナもよかったのだろうが。
広辞苑 第五版に収載されている磐城の人
やつはしけんぎょう【八橋検校】近世筝曲の祖(1624〜1644)
ゆうてん【祐天】僧侶(1637〜1718)
あまだぐあん【天田愚庵】歌人(1854〜1904)
おおすがおつじ【大須賀乙字】俳人(1881〜1920)
くさのしんぺい【草野心平】詩人(1903〜1988)
所有しているのは、次の三冊だげなので、その範囲でしらべた。
広辞苑第二版(1969.5.6 発行)
広辞苑第四版(1991.11.15 発行)
広辞苑第五版(1998.11.11 発行)
2003年11月12日記 桃太郎