ラーガの古典体系と中世 [理論][ラーガ][ターラ][カラジャ][ラーガ音楽]

 宗教が次第に復興していく時代に続いて、7世紀の初め、インドは再びヒンドゥー教になった。この世紀のヒンドゥー教寺院の彫刻には、新しい楽器が刻まれている。その中に、アイホール(Aihole)の銅鑼(kamsya)、アウランガバード(Aurangabad)の振鈴(hand-bell)(ghanta)、そしてマヴァリプラム(Mavalipuram)の重要なツィター(vina)の原型で、二弦のものが含まれている。インドの外、ボドブロール(ジャワ島)では、AD800年頃、移住したヒンドゥー教徒が巨大な寺院を建立した所だが、そこで発見された素晴らしいレリーフには、他の資料とともに、インドが今や、ツィターやリュート、フィドル(ヴァイオリン)を好み、古代の弓形ハープを捨ててしまったことが示されている。
 そのうちのいくつかの楽器は、大きさはどうあれ、合奏とは結びつかなかった。合奏音楽は、極東でそうであったように、インドの宮廷及び寺院の中では、その場所を見いださなかった。反対に、今日でもしばしばそうであるように、インド音楽の基盤は、声なしに楽器が演奏されるときでも、歌であり、ずっと歌であり続けた。そうした蓄積から生まれた小さな音階は、規定された限界の中で、個人により大きな自由が与えられ、多くのパトロンの庇護を求めて、長い距離を旅しなければならなかった音楽家達に、十分に適合した。
 古典体系の基礎は、上で述べたバラタ(Bharata)(BC2世紀)の作品の中にすでにあった。しかし、中世、特に8世紀から17世紀まで、それによってとられた形態に関する証拠として、私たちは、マタンガ(Matamga)のブリハド・デーシ(Brihad deshi)(8世紀)、ナーラダ(Narada)のナラディヤ・シクシャ(Naradiya Sikusha)(10世紀)、そしてサルンガデーヴァ(Sarngadeva)のサンギータ・ラトナーカラ(Samgita Ratnakara)(「音楽の宝庫(大洋)」)に目を向けなければならない。これらの理論の論文は、それぞれの時代に流行した音楽の実践に基づいており、ナラダやマタンガの年代は、ここで与えられているものより数世紀遡るかも知れない。

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理論

 インドの理論は、音の完全なサイクルを表すものとして、オクターヴ(サプタカ(saptaka):文字通りの意味は「七つ一組」すなわち七つの音程)を認識している。その基本的な分割は、二つの分離型テトラコード(アンガ(angas):文字通りの意味は「四肢」)すなわち四度の音程(ギリシアのピタゴラスの音楽理論参照)である。この基本的分割の中に見いだされる数学的比率は、中世を通じて、ヒンドゥーの寺院建築に見られるものと密接に結びついている。西洋の音階と同じように、7つの主な音(スヴァラ(svara))すなわち音程がオクターヴの中に認められ、その音の名は、初期インドのソルファ体系(サ、リ、ガ、マ、パ、ダ、ニ)(日本では、ドレミファ音階=訳注)の中に縮約されている。
 オクターヴは、更に二つのシュルティ(srutis)すなわち大きさはほとんど同じである半音より小さな微分音程に分割される。このシュルティ(広く 1/4音と呼ばれている)は、半音階のように、旋律に平行的には使われない。しかし、二つ、三つ、四つと様々に組み合わされて、様々な音階(グラーマ:ギリシア語のガンマ参照)を形作る。音高は、音階によって正確に定められている。この体系は、ヨーロッパの等しい音律(平均律)に調音された12音の半音のように、音程の少ない体系では表現し得ない方法で、正確な音調が表現できる利点がある。
 古典の理論では、二つの基本的な7音(サンプールナ(sampurna):文字通りの意味は「完全な」)音階があり、また6音(シャーダヴァ(shadava))と5音(アウダヴァ(audava))の形もある。シュルティの音程のつながりとして書かれたこれらの音階は、今日次のように解釈されている。サ・グラーマ(Sa grama=サ音階)4,3,2,4,4,3,2(西洋の長音階、4,3,2,4,3,4,2参照)マ・グラーマ(Ma grama=マ音階)4,3,4,2,4,3,2。音階の始まる音によって、西洋の音楽と同じように、明らかに7つの旋法(音階)を持つことができる。サ・グラーマとマ・グラーマの二つの音階から、理論的に14のムールチャナ(murcchana=拡張)が形成された。インドの理論は、明瞭さを求め、常にあらゆる理論的可能性をこのように探求している。しかし、インドでの実践は、常に必ずずっとシンプルである。実際、14の可能なムールチャナのうち、7つだけが、ジャーティ(jatis=類)と呼ばれる18のより複雑な構造に適する基盤となると見なされている。それぞれのジャーティ--7つの主なジャーティと11の混成のジャーティがある--は、すでに音階以上のものである。それは、それ自身の音の内部構造、特別な音の強調、その他分類された特徴を持っている。事実、それは一種の胚細胞であり、古代ギリシアの旋法(τροποι)に匹敵する。

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ラーガ

 更に丹念に練り上げることによって、ジャーティはラーガになる。古典体系の真の基礎であるラーガ(文字通りの意味は「色」「感情」)は、多くの特徴を備えた旋律の型である。例えば、ラーガは、二つのテトラコード(すなわち、オクターヴ音階の二つの「四肢」)を用いなければならないし、どの与えられたラーガも、とりわけ、その特定の音階(その下降の音階は上昇の音階とは異なっているかも知れない。)によって、特別の音(ヴァーディ(vadi))や四度や五度の音程に全音と対照的に与えられた強調によって、頻繁に現れるある音や音程によって、特徴的な旋律のパターンによって、旋律が主としてある音高の範囲(tessitura)によって、また、音と音との間の特別な動きの型によって、定義される。これらの型は、重要なガマカ(gamaka)、すなわち「装飾技法」を含んでいる。ガマカ、それは、スライド、エコー、トリルその他の洗練された豊かな技法を含んでおり、インドの旋律の魂であり、古代の極東の幾分厳格な旋律より繊細で柔軟な性格を与えている。歌でのガマカの使用は、いくつかの著しく困難なテクニック(技法)を要求する。それは、西洋の音楽家によって研究されるに値する十分価値を持っているだろう。
 それぞれのラーガは、実体は技法的なものよりはるかに多くのものを内包している。それは、大きな可能性を秘めた音楽的美学的有機体である。すべてのシュルティの音、音程、旋法その他の要素の質と雰囲気(ムード)とを長く観察し分類し、聴衆に引き起こされる感情やムードを呼び覚まし、持続させるようジャーティやラーガを配列するのに十分な経験を積み、インドの音楽家達は、慎重にその知識を獲得した。事実、それぞれのラーガには、紛れもなく異なったエトスがあり、美学的観点から見れば、ラーガの音楽は、思想や感情の異なった色調を表現する音楽である。
 このようなものとしてのラーガは、マタンガ(Matamga)(8世紀)によって初めて述べられたが、ある一定のムードを呼び覚ますことのできる音楽という考えは、それよりもはるかに古い。マタンガは、あるラーガを、彼の時代には、もうすでに時代遅れのものとして描写している。古代のジャーティは、同様の考えに基づいている。九つのムードが、すでに古代のアーリア人によって、根本的なものと認められていた。(ラーマーヤナ、c.400BC)これら初期の定住民は、必然的に先住民達の季節の農耕儀礼の多くを採用した。そして、彼らの六つの季節それぞれに歌われた歌が、春の歓びや秋の陽気な祭り騒ぎのような季節に特有なムードを明確に表現できたのは当然のことであった。事実、初めに六つの包括的なラーガがあった。疑いなく、アーリア人以前の多くの儀礼の音曲は、祭りとともに受け継がれ、アーリア人達によって編曲改作された。この過程がどのように進行したかの足取りは分かっていないけれども、多くのラーガは、先住部族民の旋律に源を発していたに違いない。マタンガのブリハト・デーシ(Brihat desi)(desi=地方の)という題名そのものが、そうしたものであることを示しており、その証拠は、今日でもいくつかのラーガの名称に保存されている。例えば、アレクサンドロス大王と戦った勇敢なマラヴァ族(Malavas)にちなんだマルヴィ(Malvi)や、今日でも南部にいるドラヴィタ族にちなんで付けられたドラヴィタのように。
 マタンガの目的、また、他の理論家達の目的は、明らかに、これらすべての旋律の特質(宗教的歌のものも同様)を技法的及び美学的に、一般的な枠組みの中に集めることであった。美学的な局面は、その体系の真の存在理由(raison d'etre)であった。私たちは、この線に沿って、その発展を跡づけることができる。例えば、特定のラーガが、それぞれの時間に割り当てられ、朝の礼拝や夕べの陽気な祭り騒ぎのような特別のムードを高める目的で歌われた。論文や伝承は、ラーガについて一致していないのだけれど、すべての場合、共通した一つのファクターがあるように思える。短調的な要素(より多くの半音低い音)は、より静謐な時間のラーガ(暑い日の真夜中)に、長調的な性格のものは、6時から真夜中までの間に歌われた歌にしみ込んでいる。ラーガは、ずっと生活の儀礼の中の異なる時間の儀式として適切に描かれてきた。この意味で、私たちは、ラーガを正しく利用することで流れ出る恩恵と、間違った時に敢えてそれらを歌った人々に伴う不幸とを説明する詳細な神話体系を理解することができる。このように、何世紀にもわたって、音楽をムードや時間や季節だけでなく、天や星座や惑星、曜日や元素や色、鳥の声、人間の肌の色、性、気質また、人間の生涯の時期と関連づけるような、すべてに対応する体系を発達させてきた。
 用いられるラーガの数は、異なる時代、国の異なる地域によって様々である。それらは、古代タミールの間では、11,991にも達したといわれる!しかし、普通は、結局は、小さな数の部類に帰することのできる132であると考えられ、この中の半分が、普通一般に用いられている。

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ターラ

 

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