特殊機械兵隊・外伝/ゼクセリアムの蒼
第8話
コクピット内は、計器の動く震えるような音と、索敵レーダーが2秒に1回鳴らす電子音だけで、静かだった。
「エム、冷静でいてくれよ」
「カイト大尉も、ね」
「そりゃ無理ってものさ。何とか、お前にセーブしてもらわないとね…」
「…ねえ、カイト大尉」
エムは、正面に気を配りながら話し掛けた。
「大尉は、信じますか? カレウラ戦機を操縦するのに、特別な才能がいるって話」
「信じるさ。戦闘機乗りや戦車使いにだって、特別なセンスが必要だもの。俺らにだって、そのくらいの適正項目があってもいいはずさ」
「…誰にでも、操縦出来るようにはならないのでしょうか?」
「なったら、困る。俺らの商売、あがっちまうだろ。それにな、エム。最強兵器が誰にでも使えたら、困るじゃん」
「…」
「戦争は、やりたい人間だけがやってればいいのさ。誰しもが参加する必要はない」
「大尉が言うと、シャレになんないッス」
「俺は、シャレも冗談も、言わないぜ」
“カイト、赤いのが行くぞ”
最前線の、グリンシャーの落ち着いた声が聞こえてくる。
「了解」
“本当に、突っ込んで来る。俺たちなんか、眼中に無いぜ”
「何機?」
“20機前後。真っ向勝負する気じゃないの?”
「…奪えなかったら、落とすつもりだろうな」
カイトは、右の手袋の口を引っ張った。
「全カレウラ機へ。幸運を祈る。生還すれば、配給チケットのご褒美出るからな」
前方で、ドウッという激しい音と衝撃波が発生する。
「カイト、来ましたっ!」
真紅のセクソーヴァが、先頭切って飛んでくる。
『どきなっ、蒼いのっ!』
「お前がどけよっ!」
フェルディストロムは、大剣を振り下ろした。
―――
「やつら、本気だ! 冗談言ってられん!」
ベルリンは、カイトとモーリスホートの防衛ラインを突破した3機のカレウラに立ち向かっていった。戦闘が始まったせいで、激しいノイズで計器がぶれる。
「リース、ラオス、赤線(ヘゼウル班)まで下がれっ!!」
“了解!”
ミサイルが、かすっていく。
「ヘゼウル、リースたちを…」
ザンッと音がして、ノイズが入る。
「通信ノイズ、除去しきれません。これ以上は無理です」
ロダの声が切迫している。
「ちぃっ」
ベルリンは、目の前の戦機に機銃を撃ち込み、離脱する。
「だからって、ノイズを撒き散らす事ないのにっ」
と叫ぶロダの声が、少し笑いを含んでいる。
「花火みたいなもんだ。それに王子様に、実戦を教えてやらなきゃならん。フェルに乗らなくったって、戦争が出来るってこともな」
ベルリンの言葉に、ロダは肩を竦めた。
―――――――
“畜生、こんなにいっぱい来なくったって、いいんじゃないの?!”
ヘゼウルが、8惑星語で叫ぶ。索敵レーダーに、敵の赤い点が、いつもより随分多い。
“フレディ、ヘゼウル少尉がシリル語じゃない言葉で喋っても、気にしなくていいよ。どうせ、くだらねえグチだから”
“リース、聞こえてるッ。お前、憶えてろよ。カードの負け、まとめて支払わせるぞ”
“あっ、それはちょっと…”
「どちらかというと、腐ってるんじゃないのか」
フレディは、吐き捨てるように言った。
「戦闘中だというのに」
「結果重視のチームの部隊ですから」
ムースは、自分の仕事をしながら、答えた。
「それに、親衛隊と比べるのは間違ってます」
「…軍人は、国民が憧れる存在だ」
「子供が憧れるのは制服と兵器で、人間性ではありませんよ」
「…」
「戦場で、潔癖さを強調しては駄目です。戦争って、汚いんだから」
「汚れを払拭するために、騎士道がある」
「戦場では、単にルールと言いますけどね。そろそろ、取りこぼしが出てくるはずです」
グワンッと音がして、衝撃波が吹き抜け機体が揺さぶられる。
「何なの?!」
「一番機の放出したエネルギーです。セクソーヴァと接触したんです!」
“フレディ、クードたちのガードを頼む。前には出るな。こっちは、お前の事までかまってられん”
ヘゼウルの声だ。切迫している。
フレディの居る位置より遥か前方で、敵カレウラ機と空中戦を繰り広げている。
「我々もそこまで出ます!」
“クードたちの護衛しろって…”
ザッと音がして通信が切れる。
「自分だって、参加したいのにっ!」
フレディは、椅子の肘当てを拳で叩いた。
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「行かせるわけには、いかないんだよっ!」
カイトたちフェルディストロムは、セクソーヴァの正面に回り込んだ。
「何か知らんけど、大切なモノらしいしっ!」
“ええい、どけっ!”
セクソーヴァが、左腕に取り付けた砲口を、フェルディストロムに向ける。
「これでもね、学生の時はバスケで鍛えてるんだよっ!」
カイトはセクソーヴァの右に入り込み、その左腕に剣での一撃を食らわせた。
“ああっ!”
「そんな艶やかな悲鳴上げると、女だってばれちまうよっ!」
“うるさいっ! これ以上は、貴様に構えんっ!”
一撃された反動で急下降したセクソーヴァは、地面すれすれで体勢を立て直し、そのままカイトの足元をすり抜ける。
「あ、逃がしたっ! エム、全機に警報出せっ! 俺が追いかけるっ!」
「了解っ!」
フェルディストロムは、セクソーヴァを追った。セクソーヴァは、ベルリンたちをかわし、輸送船に迫る。
“野郎、これ以上は来るなよっ!”
リースとペック、ラオスの機体が、セクソーヴァの前方を横切る事でそのスピードを緩めさせる。
“学徒兵が、目障りなんだよっ!”
“学徒だろうと、立派にお務めしてるんだっ!”
リースが、果敢にもセクソーヴァに切りかかるが、それは盾にはじかれ、機体がバランスを崩す。
“うわっ… あぶねーじゃねーかっ!”
“ペック、ラオス、よけてろっ!”
サーマルロンの操るカスケームが、セクソーヴァに向かって急降下しながらその機体に機銃を浴びせる。
“そのスピード、まだまだ遅いんだよっ!”
セクソーヴァのビリーが、そうなじりながら避けるが、肩の装甲が吹き飛んだ。
“肩だけかよっ!?”
「それでいいっ!」
カイトは、彼らの輪の中に突っ込んだ。
「足止め感謝っ! 元の位置に戻れっ! 」
セクソーヴァは、カイトの剣をまた盾で受け止め、輸送船の方へ退く。
いくらカイトたちが頑張っても、敵機のが多い。リースたちも、一人一機は受け持っている。
「まったく、なんだってこんなに執拗に…」
ぼやいたカイトの耳に、クードのキンキンした声と、ナナイの悲鳴が飛び込んでくる。
“フレディっ! あんた私の護衛でしょっ!”
“クード、敵機っ! ”
“あんたのこと、絶対恨んでやるっ!!!!!!!”
「何を騒いで…」
言いかけたカイトの視界に、フレディの操るハドロム機の姿が映る。ハドロム機は、かなり近くまで来ていた。
目の前の敵機と戦いながら、こっちに近付いてくる。
「フレディっ! 俺の近所に、んなも引っ張って来るなよっ!」
カイトはヘゼウルの姿を探したが、彼も忙しく戦っている。
「ああ、俺がなんとかしなきゃいけないのね… クード、ちょっとの間、自分で頑張れっ!」
セクソーヴァと激しくチェイスしながら、カイトはようやくそれを引き離し、クードと相手の敵機の間に割り込み、機銃をぶっ放した。敵機は装甲を吹き飛ばされ、バランスを失って墜落し、クードたちのローズレッドが後退していく。
輸送船は辛うじて無事だが、浮力を失いだんだんと高度を落としていた。
“奪えないなら、落とすっ!”
「させるかっ!」
フェルディストロムとセクソーヴァの大剣が激しくぶつかり、周囲に衝撃波が広がる。
「カイトっ! エネルギーが残り少なくなってますっ!」
エムが叫ぶ。と同時に、帰還を促す警報が鳴り始めた。
「帰還用のエネルギーを全部回せっ! エネルギー砲は封印!」
「了解っ!」
セクソーヴァとの戦闘に入ってきたいハドロム機が、視界の端に見える。
「フレディ! こっち来るなよっ! 輸送船を危険にさらす気かよっ!」
ハドロム機は、完全にセクソーヴァに狙いを絞っている。
「カイト! ローズレッドが!」
クードの操る8番機が、2倍の重量はありそうな敵機と戦っている。
「どうにもならんっ! クードとナナイを信じるだけだ! フレディ!8番機を助けてやれよっ!」
フェルディストロムと剣を交えていたセクソーヴァは、フレディの接近に気付き、フェルディストロムから離れる。
“15番に乗ってるのは、ヴィムンの孫王子なんだってなっ!”
「もうばれてんの?!」
カイトは、セクソーヴァに向かって機銃を撃った。
「フレディ! 離脱しろっ! 赤いのは遊んでくれないぞっ!」
カイトの警告が言い終わらないうちに、セクソーヴァの剣がハドロム機の盾を粉砕する。
ハドロム機はバランスを崩し、輸送船の側面に最接近する。
“落ちろっ!…うわっ”
黄色い光が、セクソーヴァの剣を砕く。
セクソーヴァの2打撃目を間一髪遮ったのは、グアーマのエネルギー砲だった。
“邪魔者めがあっ!”
“悪い、カイト! ガス欠だ☆”
グアーマは、セクソーヴァを威嚇するように飛行してその場から離脱していく。
「一発で終わりなんて、うそだろぉっ!」
カイトは、セクソーヴァに向けて剣を振り下ろした。
グウアッと鈍い音とともに再び衝撃波が広がる。
輸送船は、その巨大な銀色の船体を激しく震わせる。地面まで、あと50メートル無い。
“ちくしょうっ!”
カイトの剣を盾で受けたセクソーヴァは、盾を腕から分離させ、体勢を整えて突っ込んできたハドロム機を避けた。
今まで盾がついていた腕を、セクソーヴァは輸送船に向ける。その腕から、何発ものエネルギー砲が撃ち出された。
「ビリー、てめぇ俺達の苦労を無駄にするなよっ!」
カイトは弾道に飛び込むと、盾をセクソーヴァに向ける。
赤い光がセクソーヴァの腕から幾筋も吹き出し、そのうちの何発かがフェルディストロムの盾に当り、残りは輸送船の側面に穴を開ける。
砲撃を受け止めた反動で、フェルディストロムが輸送船に叩き付けられた。
“隊長っ!”
敵機を落として飛んできたサーマルロンのカスケームを見て、セクソーヴァが砲撃をやめる。
“くそっ、出来る奴が来やがってっ!”
輸送船の、攻撃を受けた部分から火が吹き出す。
“隊長っ!! 奴は俺が追いますっ!”
カスケームとセクソーヴァが交戦し始めた。
「サーマ!輸送船からもっと離れろ! 巻込まれるなっ!」
言っているカイトも、危険な状況だった。エムが、最後のエネルギーを使って大地すれすれに飛ぶ。
輸送船は底の部分を大地に激しくこすり付けながら、ついにゼクセリアムの大地に到着したのだった。