特殊機械兵隊・外伝/ゼクセリアムの蒼

第9話


「あいててて…」

「大尉、大丈夫ッスか?」

エムが、言いながらコクピットのハッチを開けた。

敵機が、南に飛び去っていく。フェルディストロムは大地に尻餅をつき、コクピットのある胸を空に向けていた。脚部に埋め込まれたエンジンから煙りが上がっている。

エムは自分が最初にコクピットから出ると、シートをずらし、奥のカイトに手を差し伸べた。

「出られますか?」

「おう」

カイトはエムの手につかまり、外に出るとヘルメットを取った。

「やれやれ… 壊すなって言っておいて、言った本人がこれだもんなあ」

「エンジンが冷めて、エネルギーを充填すれば、動けますよ。それにしても、カイト大尉ならではですね。あれだけ戦って被害これだけで済むの、他にはベルリン大尉とグリンシャー大尉だけッス」

「慰めてくれて感謝するよ…」

カイトは、エムの背中をぽんと叩いた。

「フレディへのお説教は、どうするんです?」

「しないとダメかな…」

「ヘゼウルに、そこまで任せたら気の毒でしょう」

「…だよな」

カイトは、溜息をついた。

ゼクセリアムの荒野に、夕日が落ちていく。フェルディストロムの上に居るエムとカイトの影は、長く伸びて大地に届いた。

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「カイト、怪我は? エムも、大丈夫か?」

空母に回収されると、まずグリンシャーが駆け寄ってくる。

「打撲程度で済んだ。そっちは?」

「カレウラのほうが、けっこう被害受けてるよ。まあ、良く耐えたなって感じ。カジオリが、けっこう頑張ってた」

「了解。あとで褒めとく。それよりさあ…フレディの事、どうしよう?」

「どうしようって?」

「色々とさ… 今夜、ベルリンとゲーリーとヘゼウルと、5人で話そうよ」

「いいぜ。あ、噂をすれば…」

カレウラが次々回収され、パイロットたちも集まってくる。

「おーう、ごくろうさん」

と、グリンシャーとカイトは彼らを迎えた。フレディもいる。

「輸送船は、何とか無事みたいだぜ。おつかれさん。それからフレディ、お前、突っ走りすぎだ。クードたちのガード…」

言いかけたカイトを、いきなりクードが突き飛ばす。

「おうっ?」

「…この、くされ王子っ!」

クードは続けて、フレディに平手を振り上げた。

「えっ…」

フレディは呆気に取られながらもクードの手をひらっと避ける。

「いきなり、何を…」

「何避けてんの、よっ!」

クードの回し蹴りが、フレディの脇腹に入る。

「はうっ…」

「何が王子様、何が操縦センスのある学徒兵よっ! あんた、言われた事も出来ないの?! 私の護衛ほっぽって、他の女の尻追いかけて、最低ねっ!」

カイトたち、回りの人間は唖然として見ているしかない。整備士たちも、遠巻きにしている。

「そんな自分勝手な行動が、ヴィムンの民を代表してるってわけ?! 言われたこともろくに出来ないで、自分のやりたい事だけやって、あんた、カレウラに乗る資格以前に、連邦軍人の適性、ないんじゃないの?!」

「僕を、侮辱する気かっ?!」

「そうよっ! 味方を見殺しにしようとしたんだから、侮辱されて当然でしょっ!」

「別に見殺しに…」

「言い訳するなんて、人間としても最っ低っ! ナナイ、行くよッ」

「く、クード、待ってよ、ねえ、クードったら…」

ナナイはカイトたちを気にしつつも、クードベイについていく。

「すげえ、クードが吃らずに、男を怒鳴ったよ…」

と、グリンシャーが呟く。

「…ぐっ、ぐはっ」

カイトは、くらりとよろけてエムにすがり付いた。

「カイト大尉?!」

「俺、もーだめ… 胃に穴あきそう」

「空きそうなだけで空いてないなら、心配はないだろう」

言い切ったベルリンを、カイトは恨めしそうに見上げた。

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いつもにぎやかなカイトたちも、今日ばかりは静かに食事をしていた。

「クード…。ダイエットやめたの?」

「一時中止したの」

クードベイは、旺盛な食欲で、大盛りのカレーを食べている。

「ああ… 俺、食欲なくなってきた」

カイトは、スプーンを持ったまま溜息をついた。

「んじゃ、貰ってあげますよ♪」

と、隣りのラオスが声を掛ける。

「…お前、もう規定の分量食ったのか?」

「さっき、お代わりしてきましたよ。カレー好きだから、よかった〜♪んじゃ、遠慮無く」

「…サラダもつけてあげよう…」

と、カイトはサラダも押しやる。

「隊長、いい人っすねっ♪」

「あ、ラオスだけ、ずるいっ! 隊長、ヒイキじゃないですか!」

アイントンとリーステロルが騒ぐ。

「…お代わりの権利もやるから、分けて食えよ…」

「やったあっ♪」

「…欠食児童っていうんですよね。ああいうの」

と、ゲーリーが呟く。

「各自が乗っているカレウラの熱効率と比例してそう」

「フェルが大破で、カイトの胃も大破だしよ」

グリンシャーはそう言って、笑う。

「ところでよう、ゲーリー、あの輸送船の中身、分かったの?」

「まだですよ。整備部がさっき、呼ばれましたけど… 全員に知らされるのは、今夜遅くじゃないですかね?」

「ふうん…」

「被害は、どうなんだよ?」

「怪我人はいますけど、死者はないですね。戦闘機が7機、落ちましたけど」

と、ゲーリー。カイトは、水を飲んで溜息をつく。

「あれだけの戦闘で、まあまあってとこか」

「数字で見ればまあまあですけど」

と、ゲーリーも溜息をつく。

「うちの被害は甚大ですよ。整備部が嘆いてましたからね。文句はぜひ、カイト大尉にって言っておいたんですけど」

「余計なことを…」

「おうい、カイト!」

整備部のゴーラフ部長が、いきなり声を掛けてくる。カイトは立ち上がり、身を引いた。

「うわあっ! ごめんなさいっ! すいませんっ! 申し訳ないですっ! 今後は壊さないように乗りますっ」

「…別に、文句言いに来たわけじゃねえんだが…?」

「え?」

二人は黙って顔を見合わす。

「ちぇっ、謝って損しちまったゼ。紛らわしい事すんなよ」

「いい根性だな、カイト。先輩に向かってその態度」

「飲み比べで俺に負けた人間は、もはや先輩ではありません」

「てめぇっ! 絶対に、肝臓整備が終わったら決着付けてやるからなっ!」

「まあまあ、ゴーラフ部長、また、γGTPと血圧が上昇しますよ」

と、ゲーリーが困惑の笑顔でなだめると、ゴーラフはふう、と溜息をついて、やや肥満ぎみの体を揺すった。

「ったく。輸送船の中身が分かったんで、呼びに来たんだ。メシ食い終わったら、全員で格納庫来いや」

「全員で? 中身って何だったんです?」

「見に来てからのお楽しみだ。急がなくていいからよ、しっかりメシ食ってから来い」

ゴーラフは、カイトの肩をバンバン叩いて行ってしまう。

「…大尉って、凄いですよね。あのゴーラフ部長とタメ口利くんだもの。そういう人が、どうしてカレーを食べれないほどの胃の痛みを感じるのかなあ」

「リース…、胃の痛みが直ったら、お前の分のメシで返してもらうぞ」

「ええっ? 褒めてるのにっ?」

「どの辺褒めてるんだよっ!」

「ああ… 珍しく静かに食事が出来ると思ったのに」

騒いでる彼らを見て、ベルリンが溜息をついた。

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「ほらよ。輸送船に乗っかってたのは、これだったのさ」

ゴーラフは、ずらりと並んだ銀色の筒を指し示した。司令官をはじめ数人の幹部も居る。

「何です、これ。何かの動力?」

カイトの問いに、ゴーラフは笑った。

「いや、れっきとしたカレウラ・エンジンさ。軽量、小型化されたものだ」

「これが?」

皆がざわめく。大きさは、従来のエンジンの三分の二程度しかなく、しかも、筒に納まって中が見えす、両端からわずかな配線が覗いているにすぎない。

「これが、ホルディオン博士が作ってたものだってよ、カイト。」

「でも、親父はこんなの、専門にはしていないし…」

「まあ、見ろよ」

ゴーレフに指示され、整備部員がモニタの電源を入れた。

「博士が、カイト宛てにビデオレター送ってきたぜ。親展じゃなかったんで、検閲ついでに俺たちはさっき、見せてもらっちまった」

皆が集まる。

モニタに映し出されたのは、レイだった。

『ハッピーバースディ♪兄さん。レイです。送ったもの、見てくれた? カレウラの新型エンジンを造ってみたんだ。もちろん、カレウラ製作企業との共同作業だよ。各社の担当者が僕の出した設計を気に入ってくれて、予定よりスムーズに開発できたんだ。機種によって多少取り付けが違うんだけど、性能はほぼ同等に調整してある。

一番大きな利点は、エネルギー効率の増加。今までと同じ量のエネルギーで、約20倍、10時間以上カレウラを稼動させておくことが出来るんだ。戦闘能力は変わらないし、エネルギーを利用する粒子砲の使用回数も、大幅に増える。軽量化もしたから、そうだね… これは機種にもよるんだけど、最大で15%軽くなるはずだよ』

しんと静まり、誰も口を利かない。

『空中戦では、かなり有利になると思うよ。システム事体に大きな変更はないから、大丈夫。ただ、僕がシミュレーションした限りでは、感覚的なモノが大分違うんだよね。他のテストパイロットの人たちも、感触が少し変わったって言ってたし…。それが一番の心配かな』

「…」

『帰還したら、皆の感想が聞きたいな。クードとナナイの感想が、一番聞きたい。ただ、ローズレッドはもともと軽いから、軽量化されたことに実感は湧かないと思うんだけど。その二人には、くれぐれもよろしくね♪ 』

『それから、フロング中尉とゼクリィ、残念なことになっちゃって… 僕もみんなにまた会えると思ってたから、…うん。それで、4番機なんだけどね、4番機としての作成は、もうないと思う。新しい戦機の構想があるんだ。4番機のデータが残っていれば、それを生かせると思う。でも、ずっと先の事になっちゃうな』

レイは、ぶるっと頭を振って微笑んだ。

『大丈夫。データーは、ヴァーチャルでいくらでも揃うもの。みんな、くれぐれも無事で、元気に帰って来てって、伝えてね。じゃあ、カイト兄さん。ぜひ無事で。手紙、楽しみに待ってます』

そして、映像は終わる。

「すっげえ…」

カジオリが、呟く。それは、全員のどよめきを呼んだ。辺りがわっと騒々しくなる。

「すごいよ、これ!」

「20時間も戦わないから、その分を粒子砲に使ったら、弾数無制限みたいなもんしゃないかよ!」

「次の戦闘じゃ、MMPはびっくりするぜ!」

わあわあと喜ぶ声が、カイトには遠くに感じられた。

一体なぜ、レイが?

「カイト、出来た弟さんを持って羨ましいぜ!」

ゴーラフに肩を叩かれ、カイトは我に返った。

「ゴーラフ部長…」

「他にもな、色んなモノがあってよ。宝船みたいなもんなんだぜ。まあ、実際に全部確認して使うのには、一週間くらい掛かっちまうんだけどな。でもまあ、うちの戦力は倍倍倍増だぜ!」

「………」

「もっと喜べよっ!これ全部を戦機に積み込むには、ま、2、3日徹夜覚悟だけど、まあ、そのくらいの手間賃は負けといてやらあ」

「あ、ああ」

カイトは肯き、微笑んだ。


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