特殊機械兵隊・外伝/ゼクセリアムの蒼
第7話
「どうもお待たせ」
カレウラ隊の茶室にそろったメンバーを、最後に来たカイトは見回した。全部で、28人居る。椅子は全員分あるが、テーブルの縁に座れるのは、12、13人ほどである。
「いろいろと聞いていると思うけど、ま、朝メシ時に、呼ばれた理由と内容から話すな。ゼクセリアム時間1時51分、インシヴィの領空において、MMPによる大規模な侵攻があった。被害状況は現在も確認中だが、敗戦という言葉を使ってもいい状況だと、司令官自らが説明した」
みな、シンと静まったままだ。
「詳細を言うと…」
カイトは、手元の端末を操作した。
「22番から下の、偶数番の戦艦は、8番を残してすべて撃沈された模様。したがって生存者も、8番以外だと、後方の10番艦以降の乗組員と、落ちた戦艦から出ていた戦闘機及び軽カラン(一人乗りの作業・戦闘用ヒトガタ兵器)の乗員ばかりだな。セクソーヴァより、すごいカレウラがいるみたいだぜ」
「……」
「戦線においては壊滅的な状況だが、インシヴィ惑星駐留軍や、ピノウ領空部隊の応援などによって、持ち直している。もちろん、インシヴィ星もまだMMPに渡ってはいない。ただし、補給路のある空域は、失われた。この辺の空域は、みんな頭に入ってるよな?」
正面の液晶に、インシヴィとピノウ、MMP配下のジルツ、そしてゼクセリアムの4星が入る領空図が映し出される。
「戦闘があったのがこの辺だから、どういうことか、分かるよな。とくに休学組」
名指しされたリースたちは、神妙に肯く。
「補給艦が{ゼ}衛生基地に戻るのは、事実上不可能だ。我々は、余剰の、しかも非戦闘員を抱えたままで、戦わなければならない。食料、燃料などにおいては、『ゼ』政府及びゲリラの援助があるから、まあ、困る事はない。問題は俺らの精神的な糧である故郷からの手紙や物資の遅滞… それと、カレウラ部品の欠乏だ」
「壊れたら、直せなくなるってことですか?」
と、休学組では最年少のカジオリ。
カイトは、肯いた。
「だが、普段通りに戦ってれば、そう心配はないし、今すぐ足りない、と言うわけじゃない。当面は、足りない部品は4番機をバラして使う事になる」
「……」
「そんなところだ。あとは、最悪の場合に直面してから考える。…次。今後の進路。ゲーリー、説明頼む」
「はい」
ゲーリーが、液晶の画面を切り変える。
画面には、今解放を進めている、ゼクセリアム最大の大陸、ゼクシムが映し出された。連邦軍が赤、MMP軍が緑で表示され、都市が白い丸印で示される。
「ここが、現在位置。こっちが、現目的地のペドムシティです。このままだと2日後早朝には到着の予定です」
と、彼は言葉を切る。
「本来は真っ先に、軍需工場のあるペタンを落としたいのですが… まあ、難しい選択ですね。上層も悩んでます。補給を絶たれた我々がここを欲しがってるのは、MMPに丸分かりですから。陽動的な動きも警戒しているでしょうからね。と、いうわけで…」
ゲーリーは、再び地図を変えた。ペドムシティの近郊が大写しになる。
「このままペドムシティへ行きます。この作戦の詳細については…」
ビーッッ!!
いきなり、警報が鳴り始める。
「緊急事態発生。戦闘レベルSpecial A。緊急事態発生。詳細は追って報告する。総員、SA配置準備開始。繰り返す…」
女性の声が、何度も何度も繰り返す。カイトたちが部屋から飛び出そうとした瞬間、浮遊空母が大きく方向を変える。
「うわっ」
固定された机と椅子はともかく、人間のほうは大きく揺さ振られて声が上がる。
「180度は回転したぜ?」
グリンシャーが、通路を覗く。
「ひでえ。今の運転で、みんな壁に張り付いてるよ」
「立っていられたら、賞金出るぜ。だけどSA配置なんて穏やかじゃないねえ。総員、気ィ引き締めていくぞ!」
カイトは、みんなに声をかけた。
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“緊急事態が発生した。先のインシヴィ領空戦を航行していた我が軍特殊輸送宇宙船が、これより北の地点に降下中。この船には、我が軍の機密が積まれているとのことだ。奪われれば、我が連邦軍が敗戦に追い込まれる可能性もあるらしい”
「ある、らしい、ね」
カイトは、コクピットで溜息をついた。司令官の事情説明は、続く。
“輸送船は、多少の損壊がある模様。この船の保護が、今回の作戦目的である。この船を狙って、MMPも動き始めている。覚悟して作戦に望んでもらいたい”
「それだけで、何とかしろって言われましてもね」
「詳細ファイル、電送されました。これ、司令部も何が積まれているのか全然わからないみたいッスよ」
エムは、カイトを見上げた。
「俺たち、どう動くんですか?」
「行ってから、考えるしかないって。通信、切り替えてくれ。…聞こえるか? カイトだ。どうやら詳細は、司令部でも掴み兼ねてるようだな。これじゃあ俺も、作戦が立てられん」
カイトは、カレウラ全機に通信を送る。
「とにかく、何があろうといつも通りだ。カイト班、ベルリン班、ヘゼウル班で分かれて動く。班長指示最優先。各自、自分のやることやりな。それから、さっき言ったとおり、部品が窮乏してるんだ。無茶して壊すなよ」
“その輸送船、危ない兵器積んでるってことはないだろうな?”
と、グリンシャーの声が通信機から響く。カイトは、肩を竦めた。
「さあね。俺の手元にも、そこまでのデーターは届いてない。着く頃には、判明するだろ」
“緊急の作戦て、いつもこんなに情報が乏しいんですか?”
と、フレディ。
「んなわけないだろ。今回は、それだけ切羽詰まってるって事だ。SA配置なんて、俺だってこれで3回目。ゼクセリアム来て初めてだよ」
カイトは、モニターを切り替えた。機体の状況を羅列した文章が、外の様子に変わる。
「敵に知れる前に、その輸送船を保護してあげたいよ。アイントンとドロウは、それぞれ衛星打ち上げられるようにしておけ。戦闘機部隊に連絡しとけよ。それからクード、索敵スキャンを早めに頼む。開始のタイミングは各自に任せる」
“了解”
“カイト、俺ら出るぜ。3隊、24機行く。残りのヒコーキは後攻だ。今回の作戦、もしかしたらハードな事になると思う”
「アスティ大尉?」
カイトは、ヘルメットの耳あたりに手を当てた。
「どういうことです?」
“俺もよくは知らんけど、俺たちが来る前に、噂って形で聞いたんだ。連邦軍は、すげえモンを開発した。それを、ゼクセリアムで試すってな”
「兵器って、ことですか?」
“いや、兵器じゃなくて、どちらかといえば、システムだって聞いたけどな。詳しい事は知らん。だが、俺が何で憶えてたかっていうと… 開発者が、ホルディオン博士だからさ”
「!」
“カイトこそ、親父さんに何か聞いてないのか?”
「あの親父が、俺に機密を漏らすわけがない。だけど… 親父は、システムと名のつくようなモノを開発する仕事はしてないですよ?」
“だよな。だから、印象に残ってたんだが… MMPは情報早いからな。内容をすでに知ってる可能性もある… おっと、信号が点滅はじめた。また、後でな”
「ああ… 気をつけて」
“おうよ”
通信に雑音が入り、漆黒の戦闘機が次々と飛び立っていく。
「大尉、アスティ隊長、何を言ってたんです?」
カイトの受け答えしか聞こえていないエムが、心配そうに振り返る。
「…輸送船の中身の話だ。ホルディオン博士が開発したモノが入っているという噂があったらしい」
「何です? それ」
「知っていたら、上層に申告してるさ。親父とは、せいぜいメシ食うだけの仲だ。そんな深い話はしたことない」
と、また通信が入る。司令部からだ。
「知ってるわけ、ないですよ。司令官だって、あのカタブツを知ってるでしょうに」
カイトは、聞かれるより先に、司令官にそう答えた。
“念のための質問だ。悪気も無いし、知っているとも思ってない。形式だけさ”
と、司令官はサバサバとした口調で答えた。
「噂としてなら、司令官のほうがよくご存知なのでは?」
“確かに、噂は聞いている。その機密をゼクセリアム戦で試すらしい、という話だ。だが私自身は、輸送船が来ることさえ知らなかった”
「何だって、こんなタイミングで輸送しようなんて思ったんです?」
“MMPの作戦と偶然同じタイミングであったか、もしくはその輸送船を巡っての戦いだったか…。私は、前者と思うがね”
「…でしょうね。タイミング悪かったんでしょうね」
カイトは、溜息をつく。
「ご希望なら、はた迷惑なホルディオン博士に鉄拳制裁加えますよ。帰還後にね」
“開発者に罪はないさ。カイト、そろそろ輸送船だ”
「了解」
[[輸送船確認。座標・12・34・98。確認願います]
先に出た戦闘機隊からの通信が送られてくる。
“確認しましたあ”
と、ナナイの声が続く。
“索敵開始。全カレウラ及び戦闘機部隊、戦車部隊、司令部に情報を送ります”
クードの冷静な声が聞こえる。
“概算ですが、MMP軍の戦力は、カレウラ18機、戦闘機65機、戦車21台。空母3隻、護衛艦8隻。敵・偵察小型戦艦がすでに輸送船と並走しています”
「分担決めた」
と、カイトは、ゴーグルを下ろした。
「ベルリン班、輸送船の保護に全力を尽くせ。俺の班は、迎撃専門に動く。ヘゼウル達も、ベルリンたちの近くで作業しろ。輸送船への乗り込みを許可する。リース、手があいたら、ベルリン班を手伝え!」
“了解!”
ベルリンたちの返事が聞こえてくる。
「こちら、カレウラ隊・カイト・ホルディオン。ピンクラベルのベルリン班が輸送船護衛に動く。輸送船甲板への着陸もありうる。イエローラベルのカイト班は、迎撃。戦車部隊、援護頼む」
カイトは、司令部と戦車隊のゾルドム隊長に通信を送った。
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「手があいたらって、あくことあるんですかね」
リーステロルは、ゴーグルの上から額に手を当てた。
「羨ましいですねえ、リース。隊長に、すっごく信頼されてるじゃないですか」
と、相棒のペスツーが茶化す。
「この信頼が、カレウラ隊への就職内定が出たってことだといいんだけど」
「リース、卒業したら、この部隊を希望してくれるんですか?」
「希望するもなにも、こんな自堕落な軍隊生活、カレウラ隊以外の、どこで通用するのさ?」
「まあ、難しいですねえ…。おっと、出撃指示が出ましたよ」
「了解。その、機密兵器とやらを拝みに行こうじゃないの」
リースは、14番機の動力を起動させた。
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緑色に塗装された、ラクビーボールのような輸送宇宙船艦は、ゆっくりと下降してくるところだった。1000メートルほど離れてMMPの浮揚偵察戦艦が並び、激しく砲を撃ち合っている。
カイトたち、肩に黄色の目玉模様を描いた戦機は、背中のブースターを使ってその戦艦の後方に飛んでいき、じきに目視で見えなくなる。
「ヘゼウル、俺たちはあの偵察戦艦を撃沈する。輸送船は任せるぞ」
カタパルトから撃ち出された2番機のベルリンは、早口で喋った。飛んでいるときは、戦闘機に乗っている感覚と変わらない。胸にGがかかり、視界がいきなり開ける。
「ベルリン、ロックオンされてます」
ロダの言葉と同時に、警報が鳴り始めた。
「この2番機グアーマは、連邦カレウラ隊で一番装甲固いんだ。盾で受けろ」
「そんな簡単に… きますっ!」
艦砲が、2番機の盾に当る。
「その程度じゃ、落ちないんだよっ!」
2番機グアーマは、敵艦のブリッジめがけて急下降をしかけた。全ての砲口が、慌ててグアーマを狙う。
「遅いっ!」
肩に装備された機銃が、主砲を吹き飛ばす。
煙りを吹き上げ、ゆっくりと墜落していく戦艦から、最後のあがきのように砲撃が繰り返される。
“MMPの兵士は、とっとと脱出しないから始末悪いっ!”
ドロウの声が通信機から聞こえてくる。
“敵艦より、戦闘ヘリ及び脱出用輸送ヘリが飛び出す様子です。反応があります”
と、サーマルロン。
「戦闘ヘリは、叩き落とせ。脱出ヘリは逃がしてもかまわん」
ベルリンは、戦艦から離脱して下がる。
赤や青、黄色といった光が飛び交い、閃光が瞬く。地上は戦闘で巻き起こった粉塵で、白くかすんでいる。
“輸送船甲板確保! 俺とクードがここで待機する。リース、ベルリンの指揮下に入れ。ベルリン、取りこぼしは俺とフレディで処理します”
ヘゼウルの声だ。
「了解した。リース、ラオスと組んでくれ。代わりにペック、俺と同じラインまで出ろ。全部落とそうと思うな。フレディとヘゼウルにも、回してやれ」
“もったいないっすよぉ”
ペックの、不満そうな声が聞こえてくる。
「気持ちは分かるが、まあ、ちょっとは回してやれよ。でも、手は抜くな」
“手ぇ抜かなかったら、俺、取りこぼしたりしないっすよ”
頼もしい事を言って、ペックとフィフィの12番機が、ぐんと下降して戦闘ヘリに向かっていく。
「ラオス、リース、お前たちは輸送船と一緒に下降しろ」
そう言って、ベルリンもペックの後を追った。
――
「今回は、あの一番機の相手をしてらんないんだ」
セクソーヴァのコクピットで、ビリー・クロムレム少佐は前髪を払いのけて改めてゴーグルをつけた。
「あの輸送船の中身、欲しいからね」
そして、自分の前のシートを一瞥する。
「しっかりやるんだよ、ナンバーサード。貴様の代わりは、沢山居るんだよ。しっかりやらないと、外に捨てるよ」
シートに座らされている物、それは、黄緑色の液に浸かった人の脳だった。
――
“グリンシャー、聞こえるか?”
「おうよ」
グリンシャーは、照準を合わせながら返事をした。カイトからの通信だが、班の全員に聞こえている。
名指しで来る時は、何かを任せられるときだ。
「俺に、何をさせたいのよ?」
“なんで分かるの?”
「付き合い長いからねえ」
“じゃあ、話は早い。グリンシャー、この班の指揮頼む。あの赤いの、絶対に俺たちを突破してくるだろうからな”
「なんでわかるのよ?」
“あの輸送船の中身さ。MMPに、情報が漏れてるらしい。としたら、あの赤いのと、その他諸々が絶対ムキになってやってくるさ”
カイトが、自信ありげにいうときは、たいてい当る。
「そうだろうけど、その中身ってのはなんなの?」
“ホルディオン博士が作った凄いもの、だってさ。持ってるほうが、勝つんだと。だけど、司令官たちを含めて、俺たちのほうは誰も中身を知らない”
「問い合わせくらい、してるんだろ?本部に」
“昨日の戦闘で、ノイズ出てるってさ。惑星間通信の回復に、2日はかかる見込みだとさ。したがって、開けてみないとわからないワケ”
「そんな怖い事、やだねえ…」
“俺は、赤いのとその護衛機、最大で4機までマークする。救援はベルリン班に頼むから、グリンシャーたちは最前線に専念してくれ”
「了解した。あんまり無理するな。モーリス、少し後方下がってろ。もしカイトが、4機以上相手する事があたら、手伝ってやりな。でも、ベルリン班の領域に入ったら、もういい」
“了解です”
「それじゃあまあ、命は賭けないで、なるべく穏便にいきましょうや」
グリンシャーは、パンッと両手で頬を叩いた。