特殊機械兵隊・外伝/ゼクセリアムの蒼
第3話
「あああ、先に寝たいよ…それから反省会っての、駄目?」
「だめです。また警報で起こされたら、困ります」
クードベイが、ボード用のマーカーをカイトに投げ渡した。
「次は、大尉の番ですからね」
彼女は18歳だが、カレウラとの適応能力を見込まれて来た一般志願兵である。軽い吃音があり、それで士官校を落とされ、仕方なく志願という方法で入隊したのだという。
セミロングの髪をツンツンした二本のお下げにして、お世辞にも色っぽいとは言い難い。彼女の入隊のおかげで、セクハラ対策を徹底させるという手間があったものの、それでもカイトは、彼女を「掘り出し物」と評価していた。
クードベイは、吃音を出さないように、そして分かりやすく、さっきの戦闘についての情報を皆に説明した。
「これと、昨日の戦闘データで見る限り、赤いのは、接近戦に弱いですね。全く馴れてないと言えるかもしれません。ゼクセリアム侵攻で活躍したようだけど、その時には連邦軍、カレウラを出してないし」
「確かに、俺とは組み合わなかったですよ」
と、ムースが鼻息を吹く。
「昨日、俺しか乗ってないから、絶対組まれると思ったのに、遠隔のミサイルばかり使いやがって…」
「それも変な話だよな。昨日のムースとの戦闘は、組合にはちょうど良かったはずだ。これだけの戦績を上げてるなら、相棒が、もっとサポートしてくれるんだろうし」
と、ベルリン。
「今日、カイトと取っ組み合うより、昨日、ムースとの戦闘で練習しておくべきだとは、思わなかったのかな」
「普通なら、戦闘能力の落ちた奴と一回やってみるよな」
と、グリンシャーも相づちを打つ。
「で、カイトはどう思ったよ?」
「…先に言っておくけどな、クード」
カイトは、椅子の背から体を起こした。
「セクハラ的表現と思考が混じっているのは、勘弁してくれよ」
「な、な、何ですか?」
クードベイが、怪訝そうに眉を潜める。カイトは、肩を竦めた。
「ビリー・クロムレム少佐は、女だよ」
「は?」
ミーティングルームの時間が、一瞬止まる。
「カイト大尉、それ、本当ですか?」
と、ドロウが呆れたような声を出す。
「女って、女?」
「そう。女。間違い無い。音声を変えているし、ビリーと名乗りはしたが、100%間違い無い。あれは、女性パイロットだよ。だから、組み合いに慎重だったんだ」
「でで、でも」
と、クードベイが反論する。
「ビリーは男の名前だし…」
「俺が、上層から“ホルディオン”の姓を名乗るなと言われているのと同じだろ」
「でも、女性でも、そそ、それに、組み合い、私だったら…」
「ああ。クードはためらわないで来る…。だから、組み合わなかった事だけを理由にするのも何だけど、女であることに間違いはない。それに、パイロットが女性だからこそ、カレウラにあれだけのパワーを持たせたのかもしれない」
「なるほどな…」
ベルリンが肯く。
「今後、馴れてくれば、そういった弱みは見せなくなる可能性があるな…」
「戦いにくいッスね」
と、エム。カイトは、肩を竦めた。
「そう? 俺、戦えるよ。敵は敵。性別も何も、関係ないさ…」
だが、ミーティングルームを困惑が流れる…と、その空気を破るように、壁に取り付けられた内線電話が鳴った。ゲーリーが取る。
「ああ、はい。分かりました。お願いします…」
彼は、受話器を戻した。
「補充、決まったんだそうです。それの資料を、いまこっちに届けてくれるそうですよ」
言ってるうちに、女性秘書官が入ってきて、ゲーリーに封書を渡して礼儀正しく出て行く。ゲーリーは、その封書を開け、中の書類を取り出してめくる。
「…こういうの、追い討ちって言うんですかねえ? どうぞ」
彼は、書類の束をカイトに渡した。
「…追い討ちっていうか、嫌がらせじゃねえのか?」
「カイト、何だよ? 女性なら、歓迎するぜ。野郎よりな」
と、グリンシャー。カイトは、肩を竦めた。
「残念なことに、野郎だ。名前、フレッディ・パステイラ。階級、少佐」
「パステイラって…聞いた事があるような」
「だろうな。去年、世襲性で就任した、ヴィムン惑星政府の首相の姓名さ。フレッディは令息だ。卒業してない士官生にもかかわらず、少佐殿だと。年齢は20」
「…来年、卒業かよ。待ちきれないのかね?」
「人手不足だろ」
カイトは、書類の束をゲーリーに返した。
「ま、その点は文句言えねえよ。休学中の士官生は、ここにもいるもんな」
何人かが、苦笑しながら顔を見合わせる。
「でも、少佐ってのは頂けないね」
ベルリンが、分別くさい表情でそう言った。
―――
「冗談ポイですよ、本部長。断わってくださいよ」
カイトは、モニターに向かって溜息をついた。話のネタは、配属される首相令息のことである。
「私だって、遠慮申し上げた。もっとも、君とは違う理由でだがな」
モニターの向こうにいる特殊兵隊本部長も、やつれた顔で溜息をつく。現場を知らないから、時としてカイトとぶつかる事も多いが、カイトからみれば、彼は比較的話の通じる上司だった。
機械兵隊幹部、と称される5人は、会議や食事などで本部長と接しているから、彼に対してさほど悪い印象は持っていないようなのだが、他の面々にとって彼は、「現場を知らずに勝手な事ばかり言っている無能」と、評判は芳しくない。
しかしその本部長が、「君とは違う理由で」などと本心を言うのは、相手がカイトだからである。カイトは、苦笑いを浮かべた。
「心中お察ししますよ。俺だって、同じ心境ですから」
「君にとっては、令息だろうが何だろうが、部下の1人にすぎんだろう」
「そりゃもちろんですよ。だからって、少佐殿に何かあったとき、本部長だけが責任取るわけじゃないでしょう?」
「まあ、私だけが取ることになると思うよ。辞令には、私のサインも書いてある」
と、本部長ははあ、と声を上げて息をつく。
「そんな事になったら、俺とゲーリーで嘆願書書きますよ。カレウラ部隊の隊員全員の署名添付して。でもね、俺が問題にしたいのは、彼が俺達とやっていける人格の持ち主なのかということです。護衛官10人連れてくるなんて、どう考えたってその答えはNOでしょ」
「私だって、それを指摘したとも。だけど、首相令息だからの一点張りだ」
「誰がです?」
「ヴィムン政府と、上層部さ」
「本人じゃないのが、救いだってことですか?」
「いや…。本人にはわたしももちろん会ったのだが、何ていうか、まあ、育ちのいい好青年だな。しかし…」
と、本部長はにやついた。
「なんていうか、ヴィムンの惑星の人々っていうのを強く意識しているよ。彼らの為に、自分は精一杯戦いたい…それはもちろん正当な理由なのだが、彼は、だからこそ彼らの為に、自分がフェルディストロムに乗るべきだと言うのさ」
「全然、意味わからないんですけど?」
「ヴィムンは、シリル15惑星の中で唯一、王政によって惑星が支配されている特殊な国だ。その星の王子様が、エース以外の機に乗るなんて由々しき事なわけさ」
カイトは溜息をついた。惑星の中の各国においては、王政のある国も多い。珍しくはない。だが、惑星ひとつが、一人の王によって統治されているのは、ヴィムンだけである。首相は皇太子であり、今度赴任してくるフレディは、王孫にあたる。
「それなら、連邦軍じゃなくてヴィムン軍に参加すればいいのに」
「ヴィムン王族は、そうするのが習わしだったんだが、まあ、その王子は、自分も最前線で戦いたいと言い張るのさ。お飾りでいるのは嫌だって」
「現場の迷惑に思いが至らないのが、偉い人の欠点ですね」
「今のは、遠回しの嫌味のようだな」
本部長は、そこでようやくニヤリと笑った。
「わたしと並んだ辺りにいる管理職の面々は、わたしに同情してくれてるから」
「騒ぐのは、遥か上のほうばかり・・・と?」
「そういうことだ。大尉、戦死させない程度に鍛えてやれ。精神的な重傷を負わせて帰還させるのは、有りだと思ってる」
「本部長のそういう所、ホント好きですよ。そういう上司の下で働ける幸せを、他の奴等が感じてくれるといいんですがね」
「君の努力にかかってる」
「了解しました。本部長の援護射撃、期待してます」
2人は他の話を暫くし、通信を切った。
「はあ、参ったね。下手すれば、総攻撃受けるってのに…」
カイトは、モニターの電源を切った。旗艦に居候する各隊の通信専用のこの部屋は、器材や何やらが持ち込まれてごちゃごちゃして、さながらプレスルームと化している。
もちろん、通信社の特派員も居るわけで、今朝方の戦闘を記事にして送っている記者が数人居る。カイトは、彼らに捕まらないうちに部屋から出た。
「カイト大尉、聞いてますか?」
通りすがりの、艦橋付きの秘書官がカイトを見かけて立ち止まる。
「やあ、何を?」
「ゲーリー秘書官が、探してましたよ。血相替えて。深刻そうでしたよ。多分、茶室にいます」
「ああ、了解。ありがと」
茶室は、カイトたち特殊兵隊のミーティングルームのことだ。カイトは、深く溜息をついた。
―――
「本部長、何か言ってましたか?!」
ゲーリーは、本当に深刻な顔をしていた。カイトに、噛み付かんばかりに迫ってくる。
「…それを答える前に、君の報告を聞きたいんだが…」
カイトの、本部長を真似た口調に、ゲーリーは露骨な嫌悪を顔に出した。
「その言い方、本当に頭に来ますよ。本部長が今ここに居たら、僕は彼に、スカタンって言って、襟章叩き付けてやるでしょうよ」
「…俺の返答が気に入らなかったら、俺にそうやっていいから、とにかく何があったのか、言えよ」
皆が、興味深げに集まっている。ゲーリーは深呼吸し、抱えていた書類をカイトに突きつけた。
「これです」
「かいつまんで、口頭での説明も頼む」
「…要するに、茶室を、フレッディ・パステイラ少佐に明け渡せと、そういう命令書です」
「…」
カイトは、肯きながら書類をめくった。確かに、そのような事が書いてある。
「で、俺等はどこで寝ろと?」
「艦長と、要相談っ!」
「あ〜、寝不足の頭が痛んできた」
と、カイトは前髪をかきあげた。
「やっぱ、反省会の前に寝とくんだったな…ゲーリー、これ、艦長にも行ってんの?」
「ブリッジから回ってきた書類です」
「お膳立ては?」
「今夜、会議がありますよ。各隊・隊長クラス以上の」
「…俺は、寝るわ。仮眠する。会議の時間になったら、起こして」
「ちょっと!」
ゲーリーは、立ち上がろうとしたカイトの腕をつかんだ。
「本部長は、何て言ってたんです? パステイラ少佐のこと、言いに行ったんでしょう?」
「…」
皆が、期待した顔で自分を見ている。多分みんな、本部長に襟章を投げつけてやろうと心の中で準備しているのだろう。カイトは、両手を広げた。
「要らなかったら、怪我させて送り返していいってさ」
「へ?」
「断わりきれなかったんだとさ。あれは多分、断わろうと相当努力してくれたんだよ」
「え…」
「と言う事だ。俺等は受け入れるのみ。ただ、茶室の件に関しては、俺が努力してみるわ。無駄でも恨むなよ」
「はあ…」
「じゃ、お休み」
カイトは書類をゲーリーに返し、部屋を出ていった。
「…あれは相当、怒っているな」
と、グリンシャー。
「まあ、怒っているだろうが…本当に、本部長が返品を認めるなんて言ったのだとしたら、俺は本部長を改めて見直すよ」
ベルリンは、机に肘をついた。
「モニターでカイトの機嫌を読んだとしたら、やはり部長は、タダモノではないな」
―――――
結局、ミーティングルームは、明け渡さない事になった。
誰かが、特別待遇の無いほうが好感度が上がると、ヴィスム王家に進言したらしい。
「押して駄目なら引いてみたってカンジ」
と、カイトは溜息をつく。
「俺、最近溜息多いよ。煙草、また吸い始めようかな〜」
「やめとけ。王子様がお吸いになる空気が汚れる」
「…ベルリン、冗談はそれらしい顔で言えよ…」
「俺は、いつだってまじめだ。冗談なんか、言わん。それよりカイト、来たぞ」
補給艦2隻が、カイトたちが乗る空母にゆっくりと近付いてくる。カイトたちは、デッキからその様子を見ていた。
銀色の大型艦数隻が、空母を囲んで伴走する。
「あんな大きいのが来るってことは、当分ここに居ろってことッスね」
と、エムが余計な事を言う。カイトは、もう一度溜息をついた。
「そういうことだろうな。当分ここに居られるだけの物資を運んできたんだから」
「艦内倉庫の半分は、王子の護衛が詰め込まれてるのかもしれん」
「ベルリン…冗談になってないって。それ」
補給艦の周囲を、さらにグリンシャーたちのカレウラが哨戒している。特殊兵隊のメンバーで、艦内に残っているのは、カイトとサブのベルリン、そしてゲーリー、エムの4人だけである。ベルリンの相棒ロダは、単独でカレウラに乗って出ている。
主任以上の役職に就く者に集合を報せるサイレンが鳴り響く。
「行こう。王子様がおいでだ」
4人は、集合場所へと走った。
主任以上に招集と言っても、みんな誰かを連れてくるし、現にカイトも、余分を2人もつれている。そのため、集合場所はやや混雑していた。
新兵や交代要員が、横付けされた船から下りてくる。
「新入りを引き取る隊は、こっちへ!!」
拡声器で、誰かが振り分けしている。
王子様は、目立っていた。が、本人は控えめに立っているつもりらしい。王子様の周囲に、軍の制服は着ているが、SPらしき男が4人も立っている。
「あれだな…」
艦長が、彼に何か言っている。が、途中でカイトたちを見つけたらしい。急に嬉しそうな顔をする。
「カイト大尉、来たまえ」
カイトたちは、王子様の前に立った。
「彼が、フレディ・パステイラ少佐だ」
外観は、そう嫌な印象はない。白っぽい金髪に、アイドルでもやっていけそうな顔をしている。カイトは、彼に手を差出した。
「カレウラ騎兵隊隊長のカイト・f・ホルディオン大尉だ。よろしく」
「連邦軍軍事防衛大ヴィスム分校より13日付けで配属された、フレディ・パステイラです」
彼は、階級を省いて名乗り、カイトの手を軽く握り返す。
「よろしくお願いします」
「…こっちが、副隊長のベルリン。こっちが秘書官のゲーリー。俺の相棒、エム。他の奴等は、残らず哨戒に出ている。補給業務が終わったら降りてくるから、紹介はそのときだ」
「はい。お願いします」
「それから…」
カイトは、パステイラ少佐を眺めた。
「後ろの付き人は、帰せよ。荷物は自分で持ちな」
SPたちが、少佐の反応を待っている。
「部屋は、お前さんの相棒になる、ムースと一緒だ」
「しかし、SPも一緒でよいと…」
「上のほうはそう言ったかもしれないけど、それじゃこっちは困る。だいたいフレディ、お前、カレウラに乗るつもりなんだろ」
パステイラ少佐の眉が、ぴくっと動く。
「それとSPと、どう関係が?」
「カレウラの搭乗定員は、2人だ」
「…僕は、少佐です。何のために階級を頂いてきたか、大尉はご理解できていない…」
「テメエのそういう態度に頭に来ても、おいそれと手ぇ挙げないようにするためだろ!」
カイトは、少佐の襟をつかんだ。フレディが、ぎょっとして腰を引く。
「あ…」
「まさかカレウラ・コクピットに、SP乗せるわけじゃないだろ?」
「それはもちろん…」
「だったら、SPは必要無い。最前線で戦う気があるなら、尚更だ。ついでに言っとくけどな、戦死者出して、みんな気ィたってる。お前さんと同じように、士官校休学して来ている奴等もいるけど、彼らは正式な階級を受けてない」
「……」
「人間関係うまくやりたかったら、階級は忘れろ」
カイトは襟から手を放した。艦長を始め周囲が、身動きせずに立ちすくんでいる。
「どうする?フレディ」
「…SPは、帰します」
「よく出来ました。花丸モノだね。じゃ、こっちだ」
カイトは艦長に敬礼すると、踵を返した。