特殊機械兵隊・外伝/ゼクセリアムの蒼

第2話


誰も口を利かないまま、夜が更けていく。機械兵隊の全員が揃っている専用のミーティングルームでは、銘々、好きな事をしていた。

ミーティングルームの隣りがロッカールーム、そしてその奥が個人の部屋と、艦内に置かれた戦機部のスペースである。適当に雑誌を開き読む者もいれば、手紙を書くものもいる。

反省会と報告会は済んでいるが、誰も寝に行こうとしない。

カイトは、報告書に行き詰まって背伸びをした。隣りで同じようにノートパソコンを叩いていたゲーリーも、顔を上げる。

「続き、僕が書きましょうか?」

「もう少し考えて、浮かばなかったら頼む。ところで、メイセムたちをやった機体、分かったのか?」

「まだ、確認とれてませんが、多分…」

と、ゲーリーは言葉を切り、パソコンのキーを叩く。

「MMPカレウラ隊3番機・セクソーヴァでしょう。真紅の機体です。搭乗員までは分かりませんけど、こいつだとしたら、相当手強いですよ。ゼクセリアム侵攻で、活躍してます。情報部によると、この戦績なら勲章も貰ってるんじゃないかと」

「ということは、搭乗員はいつも同じなわけだ?」

「ええ。同じでしょう。違いを示すデーターはありません」

「ふうん…」

カイトは、もう一度背伸びをする。

「…人員補給、何か言ってた?」

「もうそんな話かよ?!」

と、ベルリンが顔を上げた。握った手が震えている。室内の空気が凍り付く。

「今日死んだ奴の埋め合わせを、今日考えるのか?!」

「……明日なら、考えてもいいのか?」

カイトに聞き返され、ベルリンは黙ったまま彼と視線を合わせる。

「…昨日死んだ奴の埋め合わせを、もう考えるのかと、怒鳴るだろうな。俺は」

「そうやって、すぐに考え直してくれるとこ、好きだよ」

「……」

「気持ちはわかるよ。俺だって、考えたくないんだから」

と、カイトはノートPCの縁をなぞった。

「だけど、それはそれ。これはこれだろ。埋め合わせ考えるのが、俺の仕事。早いところ次を入れてもらわなきゃ、俺達のローテーションとフォーメーションが、どっちも苦しくなる」

「そうだな」

「…1人は、何とかすると言ってます」

と、ゲーリーが慎重に口を挟む。

「フロングとゼクリイの分は、無理でしょう。カレウラは余っていませんから」

「まあいいさ。補充は期待してないよ。ほらほら、用事の無い奴はとっとと寝な。ベルリンも、グリンシャーも、俺に付き合わないで寝ちまえ」

ほっとした空気が流れ、みんなぽつぽつと立ち上がる。

「じゃあカイト、悪いが先に寝かせてもらうよ」

と、ベルリン。

「どうぞ〜。お休み」

「お休み…」

皆、カイトとゲーリーに敬礼し、ミーティングルームを出て行く。最後に残ったエムは、ムースの腕を引っ張った。

「寝ようぜ、ムース。カイト大尉、俺、今夜はムースの部屋で寝るッス」

「おう、人のベッドでおねしょはすんなよ」

「了解。では、お休みなさい…」

彼らも出て行くと、部屋の中はがらんとして広く感じる。

「ゲーリー、本部長は、何か言ってたか?」

「なんてことだって言ってましたよ」

ゲーリーは、掛けていた眼鏡を置いた。

「それ以上は、言う事ないんじゃないですかねぇ? 現場、知らない人だし」

「来てくれないかねえ?」

「で、こうしたミーティング風景でも見てもらいますか?」

「問題、有りだな。それも」

と、カイトは肘をついた右手に顎を乗せた。

「なあ、ゲーリー。俺等これで、いいと思う?」

「ずいぶん弱気ですね。僕はようやく、あなたのやり方に我慢が出来るようになってきたというのに」

ゲーリーは、言いながら含み笑う。

「最前線で戦っててこの戦績なら、いいんじゃないですか? 反省会と報告会も、定着してきたし」

「書記が優秀だからな」

カイトは、ゲーリーに笑みを返した。


遠くで、警報が鳴っている。遠くで…

「寝たばっかりなのにっ!」

カイトは、飛び起きた。時計はまだ、明け方にも達していない。

「ああもう、何なのかな〜」

ロッカールームには、それでもまだ、半分も集まっていない。

「おはよ」

「何か、さっき水柱上がってましたよ」

と、ペックが、相棒のフィフィにヘルメットを投げ渡す。

「フィフィ、ファイブ(ペックの乗る12番機)を立ち上げといて」

次々にメンバーが集まってきて、たいてい、相棒のほうが先に着替えてカレウラ格納庫に向かっていく。

「眠れなくて、ミーティングルームから外見てたんですけどね」

と、ペックはブーツに足を突っ込んだ。

「やばそうな感じ、あったか?」

と、ベルリン。

「出撃令は、出そうかなと。そう思ってたら、警報なりましたから。先に行ってます」

ペックと入れ違いに、ゲーリーが飛び込んでくる。

「カレウラ隊の襲撃のようです。2番艦と4番艦の防衛ラインを突破。急いで下さい」

彼の言葉に、みんなの着替えの速度が上がる。カイトは、ゲーリーと一緒に一番最後に部屋を出た。

「例の、来てるか?」

「と、思います。大尉が相手しますか?」

「状況による。とりあえず、昨日の反省会通りさ。データー、取るのみだ」

「了解。お気を付けて」

カイトは、おう、と手を上げて答え、カレウラのコクピットに上がった。

「大尉、例の赤いの、どうします?」

エムが、カイトに声を掛ける。

「来てるみたいッスよ?」

「データー取りに専念したいね。出るぞ!」

カタパルトががくんと動き、目の前の信号が点滅する。

カイトたちのフェルディストロムが出たのは、一番最後だった。

「ドロウ、ベルリンの指揮下に入ってくれ。7、8、9、番機は旗艦の護衛に」

「了解」

ベルリンたちのチームが、左のほうへ旋回していくのが見える。

「カイト、ベルリンの奴、大丈夫かね? 無理するんじゃないか?」

と、グリンシャーが、カイトの前を横切っていく。

「多少は発散すればいいさ。それより、俺は赤いのに絞る。グリンシャーは、他の奴等を頼んだ」

カイトは、マスクを引き上げて手袋をはめ直した。

「敵討ちは、しておかないとね」

「2000メートル向こう、北東です。赤いのが居ますが、索敵範囲ぎりぎり」

と、エム。

「追いますか?」

「来るのを待つ。それまでは、他の相手だ。俺等は昨日、4機も潰してるぞぅ。マークされまくりだ。気ぃ、入れとかないとな」

「もう充分、マークされてるッスよ!」

戦車隊が、出てくる。彼らは踏み潰されないように、カレウラから十分に離れている。ベルリンたちのチームが、敵のカレウラと接触したらしい。炎が見える。反対側のほうが、明るくなった。夜明けが近い。

「戦車隊から、進撃ルート電送されてきました」

「おう、フェルディストロムに、叩き込んどけ。俺達じゃあ、注意しきれんからな…」

“カイト!!!赤いのが行ったぞ!”

ベルリンの絶叫が、コクピットに響く。

「迎撃する!」

フェルディストロムは、スキャナーを二発打ち上げた。

「グリンシャー、チームの指揮を任せる!クードベイ!ナナイ!お前ら8番機は、俺等の戦闘データとっとけ!ムース!処理しろ!!持ち時間は、15秒っ!」

「13秒で頑張りますっ!」

ムースの震える声が響く。カイトは、苦笑した。

「15秒でも、キツイと思うけどな…来たっ!!」

装甲を真紅に塗った騎兵が、フェルディストロムめがけて来る。

バンッと凄まじい音と衝撃が、フェルディストロムの盾と敵機の剣から発した。

『居たな、蒼いの!俺は貴様を相手するためだけに投入された、MMPカレウラ隊3番機・セクソーヴァのパイロット、ビリー・クロムレム少佐だ!』

「ご丁寧に、挨拶どうもっ!」

フェルディストロムは盾を押し返し、その場から50メートルほど離脱した。

「連邦軍中央司令部傘下・特殊機械兵隊カレウラ隊1番機フェルディストロムだ」

『知ってるぜ。その模型、すっげえ売れてるんだろ。パイロット。貴様も名乗りな』

「…カレウラ隊隊長・カイト・H/フィリィ。階級は大尉。よろしくな」

カイトは、操縦管を握り直した。

「相方のほうは、トップシークレット。でもな、俺達が裸になって写真集かなんか出しちまったら、模型より売れるぜっ!」

フェルディストロムが振り下ろした剣が、セクソーヴァの剣と交差する。

『速いっ!』

「うちの隊は、いい男揃ってるぜ! きっとあんたも、写真集が欲しくなる!」

『無駄口、多いっ!』

「余裕だよっ!」

ブッと通信が切れる大きな音がして、マイクがオフになる。

「大尉、ムースから処理データ届きました」

エムが、振り返る。

「昨日の破壊記録と今の2打をミックスした、最新版ッス」

「でかしたぞ、ムース。それにどんどん、情報重ねていくように言え。俺にもデータ回せ」

「了解」

「いくぜぇ、ビリーさんよ…。手加減はしない」

右側のモニターに、ムースが送ってきたデータが映る。

「更新は、30秒毎です!」

「20に設定を直せ。来るぞ!エム!対ショック!!!」

セクソーヴァが剣を振り上げ、空いた左手で、フェルディストロムの剣を持っている右手首をつかんだ。

フェルディストロムは盾をセクソーヴァの前にかざし、間一髪で剣を受け止めた。

「パワーは向こうのが上!」

「分かってる!アイゼン!ブースト!!」

カイトは、フェルディストロムの腰を後ろに引く。踵から拍車様の支えが降り、機体の後退を防ぐ。背中のブースターが点火し、フェルディストロムはセクソーヴァの剣を押し返した。

「黒星、付けてやるよっ!」

フェルディストロムは、掴まれていた右手を力いっぱい横に引っ張った。

『何!?』

「今日は特に、負けられないんだよっ!」

バチッと火花が飛んで、セクソーヴァの指が引き千切られる。

『あっ!!!!』

「食らえっ!」

フェルディストロムの剣が、セクソーヴァの右腕を切り落とし、盾に食い込んだ剣を振り払う。

「もう一発、食らいなよっ!!!」

剣の柄での一発がセクソーヴァの顔に食い込み、敵機はふらっとよろけた。

「エム!ミサイル発射!!!」

4発のミサイルが打ち出され、セクソーヴァの胸の装甲を吹き飛ばす。

『離脱っ!』

セクソーヴァは、肩から煙幕を吹き出して飛び上がった。と同時に、フェルディストロムも煙幕から離れる。

「野郎!!!」

5番機と12番機、そしてモーリスホートの11番機が後を追う。

「深追いするな!奴のシステムまでは壊れてない!」

カイトが叫んでいる間に、エムがフェルディストロムを後退させていく。

「7番機、9番機、護衛願います!」

「くそう、エム、損壊率を出せ!」

「カイト!そのまま下がれ!こっちのほうもカタがついた!」

グリンシャーの声が通信機に飛び込んでくる。

「大尉、これで充分です!後退願います!」

8番機のナナイの声もする。

「大尉、セクソーヴァがムースの索敵範囲を超えました。あとは戦車隊が追尾します。全機に後退命令を!」

「了解!全員後退!ベルリン、戻れ!9番機、このまま哨戒を頼む」

「俺も哨戒出来ます」

アイントンが操縦する10番機・ボーストが、フェルディストロムの前に出る。

「ヘゼウル先輩、俺、行ってきますから。サーマ先輩、お供します!!」

「よし、行ってきな」

フェルディストロムを支える7番機のヘゼウルが返事をする。

「俺はカイト大尉の帰還をサポートする。頼んだぞ」

そのやり取りを聞きながら、カイトは体の力を抜いた。

「ったく、見事な連携だねぇ、うちの若い奴等は」

「いい事です。帰還作業は俺がやっときますから、大尉は一息ついてていいッスよ」

エムは、ピッと電子音を鳴らし、全コントロールを自分のほうに移した。

「損壊率、そっちのモニターに出します」

「頼む」

カイトは、マスクを取った。

「起動・戦闘時間35分…エネルギー残量、2分の1、帰還分除く…か。相変わらず、燃費悪いな。ま、仕方ないねえ…」

彼方の空が、朝日で赤く染まり始めていた。


戻る第3話へ