特殊機械兵隊・外伝/ゼクセリアムの蒼
第1話
カイト兄さん!ほらっ!お父さんがね、買ってくれたんだ。
兄さんが乗っている、「フェルディストロム」だよ。
出撃前、空港まで見送りに来た弟・レイが持っていた模型人形のモデルが、今カイトの乗っているヒトガタのカレウラ兵器だった。15にもなって模型に夢中になっているレイが、カイトには異常な程に幼く感じる。
耳元で、ロックオン警報が鳴り響いた。
たかが模型とはいえ、決して子供向きではなく、大人でも手を出し兼ねるほどに高価である、というのはカイトも知っていた。
そして今、彼が乗って戦闘中のカレウラ「フェルディストロム」の模型が、とても人気があるということも…
「ミサイルです!」
前部のシートに座る相棒が、嗄れた声で叫ぶ。
「回避!」
胸をぐいっと引っ張られるような衝撃とともに、フェルデストロムが後方にホバリングし、その後に敵のミサイルが2発も着弾する。
「ったく、ミサイルばかり撃ち込みやがって…」
カイトは、マスクの下で唇を舐めた。見通しの悪くない荒野での戦闘だというのに、敵の姿が確認できない。
フェルディストロムは、連邦で最高性能を誇る兵器だった。他に、14機のカレウラがいて、今日の戦闘には10機が投入されていた。他の機とは、敵の見事なフォーメーションのおかげで、離れ離れになってしまっている。
カイトは25歳。カレウラの乗員としては年長組で、一番のキャリアを持つ。カレウラは1機につき2人の乗員が必要だから、連邦には現在、30人のカレウラ搭乗員が居る。
言い換えれば、ちょうど30人しか居ないのである。誰が欠けても、1機出撃できなくなる状況だった。そのうち、カレウラをメインで動かすパイロットは15人。残り15人は、歩兵用の人工生命兵士を転用している。カイトの前に座る相棒・EM(エム)/2264もそうだった。
「エム、敵の居場所はまだ特定出来ないのか?」
「これ以上は、まだです」
モニターの座標が更新されるが、今までの索敵状況と変化が無い。
「シーカーを打ち上げるか…。いや、もう少し様子を見よう」
カイトは計器のいくつかをいじり、再び頭の片隅で弟のことを考えた。
レイが見せてくれたあの高価な模型は、15歳という最年少での研究局配属が決まった事に対する、お祝いだったらしい。
玩具に金を出さない主義の父がその信条を曲げるほどだから、配属は、父にとっても誇らしいことだったに違いない。
なにしろ、オヤジは、副局長だしな…
父親との感情的な対立とか反発というのは、カイトはとっくに卒業している。士官生として初のカレウラパイロットに昇格したときには、あの父が、革のケースに入った銃にリボンをかけて持ってきたのだ。
あの父が、だ!
物欲に乏しいカイトさえも、それ一丁で、父に対する反発と偏見は解消してしまった。ただし父のほうは、放任の結果、自分と同じ研究者にならなかったカイトに懲りていたらしく、レイの進路については、全てにおいて彼が決めた。レイが父の決定に反抗したのか、異議無く受け入れたのか、カイトは未だに知らなかった。が、多分後者だ。
蒼いフェルディストロムの、高価な模型。
レイの事だ。毎日ピカピカに磨いて、俺の無事を祈っているに違いない…
射程に、何か引っかかった事を知らせるアラームが鳴り響く。
「来ましたよ、ホルディオン大尉」
エムが、囁くような声で言った。座標にも、赤い点が光っている。
「ったく、こそこそして、臆病な敵だと思いませんか」
「エム、俺のことは名前で呼べ」
「そういうわけにもいかないッス」
「長すぎるんだよ、その呼び名」
カイトは、操縦管を握り直した。
「呼んでるうちに、被弾しちまうだろっ!」
「イエス・サー!」
エムはどちらの呼称も使わずに返事をし、カイトの気持ちとうまく連動し、自分の操縦管を動かした。
10発ものミサイルの着弾と同時に砂埃が上がり、フェルディストロムの姿が、一瞬霞む。
敵機の「目」が、左右を見まわしている。
「ここだよ!!!」
カイトの嘲笑が聞こえたのか、敵機が上を向く…が、フェルディストロムはその顔を踏みつけた。
「こんなところで闇雲に撃ったら、視界が濁るッスよ!」
エムも嬉々として肩を揺すり、その勢いのまま敵機を地面に押し倒した。と、同時にフェルディストロムは飛びのき、敵機の頭が小さな爆発を起こす。
「敵機モニター破壊! さあ、降参するなら今のうち…」
バスッと音がして敵機のハッチが開くと、フェルディストロムの制動を担当していたカイトは、その機体を後ろに退かせた。
カレウラの持つ大型銃の弾が、フェルディストロムの左腕をかすっていく。
「奴等、目視で戦うつもりか?!…」
「ちくしょう、やっぱりキノ兵士を使っていやがる」
憎々しげにそう言ったエムを、カイトは斜め上部にある後部座席から見た。キノ兵士は、脳にキノストーンを埋め込んだ、即席の強化兵士である。犠牲となっているのは二級市民と、人工生命兵士だ。
操縦管を握るエムの手が震えている。
「…エム、奴等のコクピットを拡大しろ。“パイロット”だけ、戦死してもらう」
カイトの言葉に、エムがちらりと振り返る。
「本気ッスか?“パイロット”の席は、後です。拡大したって、額しか見えてませんよ。そんなピンポイント、無理ッス…」
「貴様、誰と組んでるつもりだ?!」
カイトは声を荒げた。
「やると言ったらやるっ! 俺は自分のプライドを、あんな風には使わないっ!」
「…了解っ!」
エムが、握った操縦管をぐっと押し倒す。
フェルディストロムは、前傾姿勢で敵機に突っ込んだ。敵機の銃弾が、フェルディストロムの盾と腰に一発ずつ当り、一次装甲が砕ける。
「パラシュート、開きなっ!!!」
フェルディストロムは盾で敵機の肩を押し、右手で前部シートをもぎ取り後方に投げた。白いパラシュートが開く。
「貴様みたいなパイロットが、一番気に入らないッスよ!!」
エムが叫ぶ。フェルディストロムは、敵機のキノ兵士を投げた右手で背中の大剣を抜くと、コクピットに取り残された敵機パイロットに突き立てた。
「お疲れ様です、大尉!」
整備士が叫ぶ。フェルディストロムは空母のデッキに方膝をつくと、そのハッチを開いた。カイトとエムがそこから下を覗くと、さっき下に置いた敵のキノ兵士2人が運ばれていくところだった。
甲板員が、両手でバツをつくってカイトたちを見上げる。
「助けられなかったらしいな」
「…使い捨て、ですからねえ」
「降りよう。戦況報告は、彼らにお任せ、だ」
カイトは、昇降機に飛び移った。エムもそれに続く。
「みなさん、ご苦労様でした。ホルディオン大尉、4機も倒すなんてお手柄でしたね」
特殊機械兵隊の秘書官・ゲーリーが、重そうに抱えたミネラルウォーターの瓶を、カイトたち戻ってきたパイロットたちに一本ずつ渡した。ミネラルウォーターの支給は、出撃したカレウラ1機に、一本しかない。
「一緒に行った奴等のうち、ベルリンたちのチームと連絡がつかなかったんだが…」
と、カイトは受け取った瓶をあけないまま、エムに渡した。
「ベルリンには、先に戻ると伝えてあるが、奴等と連絡、ついているのか?」
「ええ、4番機(サザニウム機・フロング中尉&ゼクリイ)が大破したようです」
ゲーリーは、慎重に、そして極めて事務的な口調を崩さずに答えた。
「ドロウ少尉と、ヘゼウル少尉の両2機が、回収補助に行っています。さっき、見つけたと連絡が入ったんですがね…」
と、彼は中途半端に言葉を切った。
「とにかく、ご苦労様でした。他の2機も、哨戒に出てます。誰か戻ってきたら、また呼びます。休んでて下さい」
艦は砂漠を緑地と砂漠の境の空中を、ゼクセリアムの首都に向かって航行中で、砂埃がすごい。
カイトたちは、ぞろぞろとパイロット用のロッカー室へと向かった。
皆、だまってシャワーを使い、制服に着替える。そして、身支度の済んだものから、また黙ってベンチに座った。
「カイト、ミーティングするのか?」
そう聞いた同僚のグリンシャーを、カイトはちらっと見上げて溜息をついた。
「しない。ドロウたちが戻ってきてからでいいさ。何度もやるの、かったるい」
「同感」
と、グリンシャーもベンチに座った。
「しかし、最近の敵カレウラは、能力が格段に上がったと思わないか? あれは、パイロットじゃなくて、キノ兵士の能力だよな」
と、彼。それに何人もが同調する。
「反応速度と判断力、上がりましたよね。PS2(ペスツー)が上手くやってくれなきゃ、今頃は僕も大破してましたよ」
リーステレルという新人パイロットが、上着のボタンを留めながら、カイトと背中合わせに座った。
「僕がヘボッてる間に、カイト大尉は4機もおとしたんですねえ…」
「ペスツーと組んでたのに、一機だけかよ?」
グリンシャーの言葉に、ペスツーが肩をすくめている。
「いいえ、ペスツーと組んでたから、一機落とせたんですよ」
「威張るなよ」
カイトは、苦笑いを混ぜた溜息をついた。
「まあ、無事に帰ってくるのが第1さ。データだけでも取ってこれれば、上出来。今の出撃の反省会は、それぞれ相棒とやっておけよ。さて…と」
カイトは、入り口付近に居たもう一人の新人に声をかけた。
「デッキに、偵察に行ってきてくれよ。まだ待つようなら、メシ食ってこよう」
「了解」
新人は、すぐに部屋から飛び出していく。が、1分もたたないうちに戻ってきて、青褪めた顔を覗かせた。
「ドロウ少尉たちが、あと10分ほどで着艦するそうです。フロング中尉とメイセム軍曹、死亡だそうです」
部屋はしんと静まったまま、誰も、もの音ひとつ立ててない。カイトは再び、溜息をついた。
「…今、無事が第1って言ったばかりだってのに。メシは、当分お預けだ。行くぞ」
カイトは、立ち上がった。
副隊長のベルリンが、憮然とした顔で、デッキに上がってきたカイトたちを振り返った。
「フロングが、しくじった」
広大なデッキに、4番機はない。哨戒に出ていた機も、戻ってきている。しかし、メイセムの操縦する15番機が、ここに戻ってこられたのが不思議なほどに壊れていた。
皆のつくる輪の中央に、緑の死体袋が3つ、並べられている。
そしてそのひとつに、メイセムの相棒だった7764(通称・ムース)がすがり、大声で言葉にならない事を喚き散らしていた。
「もうひとつは、ゼクリイか?」
と、カイトは当然の事を聞いた。が、ベルリンは穏やかに肯く。
「俺を、責めないでくれよ。カイト」
彼は、そう言いながら下を向く。
「お前と通信していた時は、何事も無かった。あの時話していたとおり、フロングたちと連絡がとれなくて… まあ、探したのさ。そしたら、これだ。敵は、救護と確認のために機から降りたメイセムを撃ち殺して、ムースが1人で、一生懸命戦ってた」
「…」
「俺と、近くに居たラオスで敵機と戦ったけどね。真っ赤な戦機だった。今まで相手していた奴等と、レベルが違うよ。逃げられたが、こっちもエネルギー残量か少なくて… 結果、見えてたからな。だからカイトたちじゃなくて、ドロウたちに来てもらった」
「…妥当だな。」
カイトは肯き、ムースの腕をつかんで立たせた。
「ベルリンたちは、中で少し休んできな。俺達が、こっちのことやっておくから」
「カイト…」
「誰も責めないさ。だけど、反省会はばっちりやるぜ」
と、カイトはウインクし、ムースの腕をベルリンの相棒・ロダに渡す。
「ムースも、喚いてないで落ち着いてきな。事情はあとで聴いてやるから」
ムースはしゃくり上げ、ロダに引きずられるようにして行ってしまう。それに続き、ベルリンたちものろのろと中に入っていった。
「ムースは当分、再起不能っぽいな」
「報告、どうしますか」
ゲーリー秘書官が、感情の無い口調でカイトに聴いた。
「本部には事実だけ、完結に伝えておいてくれ。詳細は、夜までに俺が仕上げておく。チェックはまかせるから。あとは、あいつらの面倒見といてくれ」
「了解しました」
ゲーリーは、小走りにベルリンたちを追っていく。カイトは、溜息をついた。
「クードベイとナナイは、15番機からデータ引っ張り出してくれ」
30人中ただ2人の女性は、肯き、15番機に登っていく。
「ドロウ、ヘゼウル、4番機は、どうなんだ?回収の見込みは?」
「回収ドーリーでも連れてきゃ、なんとかなりそうです」
と、ドロウが鼻の頭を掻く。
「最悪でも、コクピットは回収できると思うんですけどね」
「グリンシャー、ドーリー出してもらってくれ。ドロウとヘゼウルは、悪いけどもう一回、グリンシャーと一緒に回収に行ってくれないか?」
「了解」
「もう一機、連れてくか?」
「そうですね。お願いします」
「じゃあ、リース、行ってくれ。手順は、ペスツーが知ってる」
「了解」
リーステロルとグリンシャー、ドロウとヘゼウルの4機が、ドーリーと共に離陸する。カイトは、残ったメンツを見回した。
「モーリス、サーマは、それぞれ機体損壊状況を確認してくれ。エム、総括頼む。俺は、死体検案に立ち会ってくる」
「死体のほう、俺行ってもいいッスよ?」
「相当酷いぜ、あれ。だからまあ、俺が行くわ」
カイトは、ヒラヒラと手を振って中に入っていった。