<15>
アルベルト王子暗殺を誰が依頼して、誰が引き受けたのか。
引き受けたのがジェシーだとして、やめるように説得する時間は…
全てが、一晩で解決する訳が無い。
「どうしたらいいんだあっ!」
「落ち着け、コージ」
ファーダは、俺が提供した広場周辺の見取り図をペンでコツコツ叩く。
「冷静に考えろよ。俺たちに教えたってことは、ジェシーは暗殺する側じゃない。ただ単に、情報をリークしてきたと考えるべきだよ」
「うう…」
「もちろん、護衛する側でもないと思うけど」
「うううううう…」
「あいつ、そんなに親切じゃないもんな」
と、ランディ。そうなんだよな。
スナイパーっていうのは、どうも親切心に欠ける奴が多い、と俺は思ってる。
「それはともかく、情報の信頼度は高いだろ」
と、ファーダ。
「あいつは不親切だけど、信用は出来る。それに、ヨハン…アルベルト王子がどういうキャラクターを演じるつもりかわからないけど、捕まった国王の一派は、彼による粛正を恐れてるはずだもの。暗殺計画がないほうがおかしい」
「そうだよな〜」
俺は、頭を抱えた。
「無いわけがないもんな。だったらいっそのこと、室内で演説してくれりゃいいのに…。国会とか、王宮内会見室とか」
「んなことしたら、アルベルト王子って存在の信憑性が低下するだろ。なるべく大勢の前で生の声で話をしてもらわないと」
と、ファーダは溜息をつく。
「とにかくまあ、これでヨハンが殺されちゃったんじゃ寝覚めも悪いし、コージも、振られっぱなしじゃグレちゃうだろうし…。出来る限り、阻止の努力をしてみようぜ」
ファーダは、携帯の電源を入れた。
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「協力するのはいいけどよ、暗殺方法、分かるのかよ?」
と、招集に応じたアーサー。今はもう、夜の11時を過ぎている。
「ジェシーがリークしてくるんだから、狙撃だと思ってるんだけど」
と、ランディ。
「演台は、防弾ガラス張るって言ってたよ」
ヤーブが、筒から地図を出す。
「ブレストンから、当日の警備体制聞いてきた。昨日決まったモノだから、明日は多少変更されてると思うけど」
俺たちは、地図を取り囲んだ。
「コージ・オリジナルの地図のが見やすいな☆」
と、ファーダ。
「作戦用の下書きをコピーしたものだから仕方ないよ」
ヤーブが、肩をすくめる。
「それでもまあ、これとコージの地図を重ねれば、狙撃ポイントが絞れるんじゃないか? 狙撃だとしての話だけど」
「それと、ヨハンやジェシーみたいな、化け物クラスのスナイパーが関わらないってのが前提だな。そこまで考えると、何人いても足りない」
と、アーサー。
「エモノは、スナイパーライフルって想定しておきゃいいだろ。でかいので、演台だかバルコニーだかをふっ飛ばされちゃったら、それはもう諦めようぜ」
ということで、俺たちは、警備されてる場所以外で、人数分だけポイントを絞った。一人ずつ張り付いて、用心しておけばいい。
「うまく阻止できますかねえ?」
と、ヤーブ。
「阻止出来なきゃ、困るだろ。もちろん、スカされても困るんだけど。何かあってそれを阻止、っていう行動を取らないと、タダ働きになっちまう」
ファーダは、そう言って溜息をついた。警備代、どこに請求するつもりなんだろう・・・
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俺は、寒さを堪えてとある建物の屋上にいた。
「ちくしょう、さすがに寒いんだよ…」
他の皆も、寒さに震えているはずだ。といっても、もう日は高いし、演説の始まる11時まで、あと10分程度。人も集まっているし、にぎやかだ。
暗殺者は、そんなに長く同じ所には居ないから、そろそろ来るか、それとも、演説が始まってから、適当な時間に現れるか…
どちらにしろ、俺がいるここには、兵が二回、巡回に来ただけだ。もちろん俺は、ばっちり隠れているんだけど。
ここから演台は見えてるけど、狙うにはちょっと角度がキツイかもしれないし巡回コースにも一応入ってる場所だから、実際にここを使う確率は低そうだ。
際どい場所は、アーサーとランディがそれぞれ張り込んでいる。ファーダは群集に紛れているし、ヤーブは、俺とは反対の場所に居る。
無線は、事が起きるまで使用禁止になっているから、他の奴の様子も分からない。唯一無線を使えるファーダも何も言ってこないから、今のところ何もないんだろうな。
俺はマフラーを鼻まで引き上げ、双眼鏡を取り出した。
ガラス張りのバルコニーの中に、何か動きがある。そろそろ、王子様の演説が始まるらしい。ガラスの中で、官僚や軍幹部が一列に並び、ラッパの音が鳴り響く。
ほほう、皇室の方々ってのは、こんな風に登場する訳ね?
何だか緊張してしまう。
群集がわっとどよめき、俺は双眼鏡を動かした。
栗色のおかっぱ頭にメガネをかけた弱々しい男が、姿を現す。
陰気ではないけど、覇気の欠片もない。
あれがヨハンだとしたら、すごいよ。あいつ、変装の才能もあったらしい。
<16>
演説の最初のほうは、俺もよく聴いてなかった。
まずは、大聖堂の爆破や、ホテルの襲撃等などの謝罪。
それから、王だった両親は、叔父二人の共謀によって殺された事、そして、自分は忠義を誓うごくごくわずかな側近によって守られ、諸国の王家に匿われ、今まで生き延びていた事。
そんなことを、淡々と話し続けていた。
現国王の一家は、城に軟禁状態だとも語った。
「私にとっては仇ですが、この国にとっては、よき国王であったと言う事は、認めざるを得ないことです。それに、私の二人の幼い従兄弟たちに罪はありません。したがって、彼らの処遇を決めるには、もう少し時間と意見が必要です」
『す』のヨハンなら、眉間に一発、ズドンと処遇するんだけどねえ…
「大切なのは、今後のことです。今回の事件で犠牲となった方々、そして負傷した方々、そして損害を受けた建物には、国家ではなく、王家が、その財産を以って償うべきだと私は考えています。故に私は、王位に就く事はありません」
あれだけ騒々しかった人たちが、しんと静まってしまう。
「祖父が興し、父が安定させたこの国に対して私が為すべき事は、王制を廃止し、全てを民意に委ねる事です。私は、国民の犠牲や一部の者の私利私欲の上に立つ王であってはならないのです。死んだ父は、私の就任を望んでいるかもしれませんが、建国の父である我が祖父は、私の決断を心より支持してくれていると思います。王が居なくても安定した平和国家。それが祖父の理想だからです…」
その瞬間、俺の覗く双眼鏡の中のアルベルト王子に、ヒヒが入った。
「!」
SPが王子を突き飛ばし、ガラスの中は大パニックになる。もちろん、群集もパニックだ。
その一発を合図にしたかのように、防弾ガラスには無数の銃弾が撃ち込まれ、耐性を失って砕け散る。
『ポイントRとYだっ!』
イヤホンに、ファーダの声が飛び込んでくる。Rがランディで、Yはヤーブだ。俺は、屋内に走り込んだ。
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俺が、ポイントRについたとき、軍の装甲車両をはさんで、犯人らしき一群と兵士たちの間で銃撃戦が行われていた。ランディが、銃を持ったまま、木の影に入った俺のところに走ってくる。
「コージ、奴らの逃げ道、見当つくか?」
「装甲車で逃げられるところ?」
「おちつけよ、コージ・・・。あんな目立つモノで逃げるとは思えないぜ。とにかく、観客の警備に当たっていた警察官の中に、テロリストたちが混じっていたんだ。俺が見た限りでは、15人くらいかなあ。けっこう多いよ」
「装甲車じゃなきゃ、下水管しかないと思うけど、あれ、もとからあそこに停車してた車両だろ?軍の装甲車が、マンホールの上に停車するとは思えないね」
「15人が全員玉砕するつもりってこと? 嫌な世の中だねえ」
「ところで、他の奴らは?」
「反対側の並木のどこかだろ。こっち側は俺だけよ」
「ヤーブは?あそこからも狙撃があったんだろ?」
「犯人全員、落ちたんじゃないかな。俺、見たし」
ランディは、ヤーブが見張るポイントになっていた建物の屋上をあごで指した。騒がしく、屋上にも大勢の人影が見える。
と、その瞬間、足元に機銃がぶちこまれる。俺とランディが持ってるのは、上着の下にも隠せるくらいの銃だ。俺たち二人は、慌てて逃げ出した。
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銃撃戦は、狙撃から6分経過した今も続いている。
「ちぇっ」
ランディは、舌打ちして携帯電話を切った。
「ファーダの野郎、装甲車の向こうの奴らをどうにかしろ、だってさ」
「・・・俺たち二人で?」
「そう。特殊部隊は、今作戦会議の真っ只中だってさ。ファーダたちは、残りのテロリストを追いかけてるみたいだ」
「・・・」
装甲車は、「本日新国王陛下演説のためおやすみ」の小さなカフェの前に止まっているわけで、テロリストの皆さんは、雨戸を破ってみんな中に入ってったようだった。
「玉砕する気にしては、往生際わるいな」
と、俺。
「人間、そんなもんだよ」
ランディは、地面にべったりうつぶせになって、15メートルほど先の、装甲車の下を見ている。
「特殊部隊は、屋根か裏口だろ。俺たちは正面突破でいこうぜ」
「あーあ・・・ファーダがファーダなら、その相方も相方だよな」
俺は座って木に寄りかかると、リュックからランディの喜びそうなものをいくつか取り出した。
「ほら、ねずみ花火に爆竹に、それから・・・ランチャーがあるけど」
「・・・さっきのセリフ、そっくりそのままコージに返してやるよ。おまえとヨハンって、敵陣にこんなもの放り込むのか」
ランディは、ねずみ花火を摘み上げた。
「仕事は楽しくやらないと」
「・・・ま、そうだわな」
彼はおもちゃ製のアルミ砲弾の中央のくぼみに、爆竹をつめた。
「こんなんでいいかな。飛ぶと思う?」
「うん。導火線は2本あるから、消えちゃうっていう失敗はないと思うよ」
俺は、ねずみ花火のほうを用意してランディに渡す。
「特殊部隊がボケじゃなければ、この騒ぎで突入するだろ。人質いねーし」
ランディは、普通の弾をつめたランチャーを歩道に置き、乱雑に畳んだバンダナ隙間に詰めて水平を保ち、照準を合わせる。そして起き上がり、足で銃身を押さえた。
「装甲車の下はくぐると思うけど、バリケードは吹き飛ぶかなあ」
言いながら奴は引き金を引いた。プラスチック弾が地面をすべるようにして走り、装甲車の下に突っ込む。と、どんっと音がして装甲車の裏で窓ガラスがぶっ飛んだ。
「ようし、次!」
続けざまに弾が2発発射され、建物の中で、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっという乾いた音が響き渡った。薄い煙も窓から流れ出る。
二人ほどが飛び出すが、3メートルも走らないうちに足を撃たれてすっころぶ。カフェの裏側では激しい怒号と銃声、爆発音が聞こえてくる。
「・・・解決したかな」
俺とランディは、リュックに残った荷物を突っ込んだ。
「解決はしただろうけど、どこの誰かは確かめられなかったぞ」
俺の溜息に、ランディが肩をすくめた。
「どこの誰かは、他の奴らが確かめてくれるさ。たぶん、な」
俺たちは、自転車でそこから離れたのだった。