<13>
それから暫くの間、俺はぼんやりとした毎日を過ごした。
「コージって、カルボナーラにタバスコかけるのね」
向かいに座っているGF、シータに声をかけられ、俺は自分の愚行に気が付いた。
白いまったりしたカルボナーラソースに、タバスコが真っ赤な池を作っている。
「…どうしてもっと早く教えてくれないんだよ?」
「そういう食べ方なのかと思って」
「嘘つけっ(^^;;;)俺がいつ、シータの前でカルボナーラにタバスコかけて食ったんだよっ」
「嗜好が変わったんじゃなかったのね〜」
シータは美味しそうに、ナポリタンを食べている。俺は、タバスコの池をフォークで避け、食べ始めた。
「コージったら、なんだか元気ないわねえ。せっかく映画も夕ご飯も奢ってあげたのに」
「おごりには感謝してるけどね。俺にも色々と悩みってのがあるの」
「ヨハンに振られたの、そんなにショックだったの?」
「ショックだよ〜」
俺はスパゲッティにフォークを突き立てた。
「相方に振られたの、これで2度目だぜ!しかも、いっつも俺が振られるんだ。俺から別れを切り出した事は、一度も無いっ!俺の何が不満なんだっ」
「子供っぽいとことか」
「俺のどこが子供っぽいんだよ。確かに年上が好きだけどさ。俺は選り好みしないぜ。二回とも、向こうから組もうって声かけて来たんだ。それに俺は、自分が浮気しなくても、相手の浮気は大目に見てる」
「優しいところにつけこまれてんじゃないの?」
「うううっ…」
苦悩する俺に、シータはさらに追い討ちをかける。
「ねえ、2度ある事は3度あるとか言うの、知ってる?」
俺とシータは、顔を見合わせた。
「…わかった。最近付き合わなかった事の穴埋めをしよう…」
「コージったら、優しいっ♪(^^)私ね、最近ね、宝石がほしいの〜♪」
窓の外には、煌く街のイルミネーション。その向こうに、王宮博物館がある。
「…」
「なによ。嫌なら、何か買ってくれてもいいのよ」
「…俺、どうしていつも振られる側なのか分かるような気がしてきた」
「だいじょーぶっ♪私はコージのこと、ふったりしないからっ♪」
ああ、都合の良い男って、俺みたいなのを言うのかも。
シータっていうのは、本名、ラクシュミー・アナンタといって、インド出身の留学生。同じ大学に通っている。黒髪に、褐色の肌。一つ年下だけど、俺よりしっかりしてるよ。
まあ、腕組んで歩く程度に親しい、特定の友人といっていいだろう。
で、彼女は「シェルター」と呼ばれる女ばかりの窃盗団の一人なんだ。宝石から現金、果ては国家レベルの機密情報まで、依頼をすれば何でも盗んできてくれるが、誘拐だけはお断りというポリシーは持っている。
そこのボスと、ファーダの仲が、とてもよくないんだ。業界では有名な事実。
俺は彼女たちにビルの見取り図売ったりするし、彼女たちが盗んだ情報が、俺たちの役に立ったりするわけで、持ちつ持たれつの関係を築いてる。
と、俺は思ってるけど、向こうは俺をいいように利用しているだけかもしれない。
「王室の秘宝には手を出さないって、王室事務局と協定結んでいるんだろ。協定破りなんかして、いいのかよ?」
「なんか、国外脱出を企んでるらしいじゃないのよ。国王御一家って」
シータはアイスコーヒーを飲む。
「脱出ついでに国宝まで持って行かれたら事務局も困るでしょうから、先手を打って、安全な場所に一時預かっておいてあげようと思ったの♪」
「ほう…先手を打ってってことは、事務局に依頼されて盗む訳じゃないってことね?」
「そうよん♪」
「…一時預かりって、ボランティアなんだろうな?」
「ボランティアだなんて。どこかの貧乏神父と一緒にしないでくれる?」
「…」
そして俺は、シータに振られるというダブルショックを避けるために、博物館に忍び込む羽目になったのだった☆
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「単独で仕事して、いいのかよ?」
俺は、セキュリティーにダミーの配線仕掛けて、秘宝室に入った。
俺とシータのライトが、秘宝を照らし出す。
「ああ、いいのよ。私の担当だから」
「…自分の担当に、どうして俺を巻込むんだ?」
「私の担当だからよ。コージに手伝わせないで、誰に手伝わせるのよ」
シータは、要領よくケースを開けていく。監視カメラは、真っ黒の布をかぶせてある。
「アーサーだってヤーブだって、いいじゃんよ?」
「アーサーは中まで付き合ってくれないし、ヤーブは変態だもん」
「変態だけど、女性には無害だぜ」
「女より男がいいっていう女性差別的思考が、問題なのよ」
「…(--;)」
「どっちにしろ、王室事務局だって、そろそろ動き出すはずよ。宝石の類にまで気が回るとは思えないけど…」
シータの声が、尻切れトンボ状態になって、彼女は口を噤んだ。
「…でも、ニセモノが展示されてるってことはありそうだよな」
宝石の鑑別は専門外だけど、俺にも、ケースの中に陳列されている宝石類がニセモノだと分かったよ。
「先手を打たれたみたいだな」
「…そういう話は、聞いてないわ」
「お前ら内部で、連絡の行き違いがあるとは、考えにくいけど…」
「これだけ多くの宝石が摩り替えられたなんて言ったら、イルミネーション用の石だって、相当量が動くはずよ。国内の光モノの動向を、私たちが掴めない訳が無い」
「…とりあえず、帰ろうぜ。そこのドーナツ屋で、お茶しよう」
「そうね」
シータは、気を取り直したように肩を竦め、そして、憂さをはらすかのように、銃でカメラを撃ちまくる☆
「ちょっと待てっっ!シータ、カメラには、破壊センサーも…」
俺の制止のが、遅かった。センサーが働き、けたたましい警報が鳴り出す。
「逃げるわよ♪」
シータは、楽しそうに走り出したのだった☆
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翌日、新聞には間に合わなかったみたいだけど、テレビのニュースでは、博物館の宝石泥棒未遂のことが盛大に取り上げられていた。
盗まれたモノは無し、ただし、手際の良さから手慣れた複数犯の模様…
シータたちは単独でも、複数に見せかけるような工作をするし、俺は手慣れてない。
と、文句言いたいところだったけど、まあやめといた。
詳細も、ニセモノとも書かれてなかったけど博物館は当分閉鎖になったらしい。
炭化したトーストをかじりながらそんなニュースを見ていたら、電話が鳴った。
着信音からすると、シータだ♪
「はい、コージ…」
『ちょっとおっつ!』
彼女は、耳元で力一杯怒鳴った。
「うわっ」
『どういう事なのよっ!』
「どういうことって、何が?」
『コージの嘘つきっ!あそこに並んでたのがニセモノだって、知ってたのね?!』
「はあ?」
俺は、呆気にとられて言葉が出なかった。
「って、何のことだよ?」
『あの貧乏神父が、偽モノの仲介をしてたのよっ! この前のコージと一緒の仕事に、絶対絡んでるに違いないわっ!あの時のごたごたに便乗して、コージたちが摩り替えたんでしょっ!もう、コージなんか信用しないからっ!ばかっ』
そして電話は、俺の持つ受話器までが砕けそうな勢いで、切れたのだった。
<14>
教会…
「この、俗物神父っ!」
俺は、久しぶりに会ったファーダの襟を掴んだ。
「何だ何だ?」
慌ててのけぞるファーダの黒い修道服の下から、ジーパンとスニーカーを履いた足が覗く。
「坊主が、何でこんなモノを下に着てるんだよっ」
「だって、所詮はバイトだもん。お金は貰えないんだけど、毎晩夕ご飯がでて…」
「そんなことは、どーでもいいっ」
俺は、ファーダの襟を掴んだまま、ガクガクと揺すった。
教会、といっても礼拝堂じゃなくて狭い控え室の中だ。俺とファーダと、ランディしかいない。ランディも修道服着てたけど、はっきり言って似合ってない。
「まあまあ、大奮発してココアフロート作ってやるから。落ち着けよ」
と、ランディが冷蔵庫からバニラアイスのカップを出す。
「…何で、そんな贅沢品があるんだよ?」
「夏が近いからねえ。信者さんから、差し入れされることもあるワケ」
夏が近いっていったって、今はまだ3月の始めだ。雪だってちらつくくらい寒い。
にも係わらずランディは、手際良くココアフロートを3つ作った。
「コージも、ファーダ殺しは後にして座りなよ」
俺はファーダから手を放し、椅子に座った。ファーダも、ゼエゼエ言いながら座る。
「この前の教会爆破の影響でさ、人手も物資も足りないんだよ。それで、善意の寄付に頼っているんだけど…」
ランディは、クスッと笑った。
「おかげで、普段は寄付されないようなモノが手に入るんだ。俺らみたいな生臭でも俗物でも貴重な人手だっていうんで、お目こぼしも多いしさ」
「ちぇっ」
俺は、ストローの蛇腹を曲げた。
「ったく。ファーダたちがささやかに贅沢してる間に、俺はフラれたんだぞ」
「だからって、俺の首を絞めるのは何でだよ?」
と、ファーダ。
「ファーダのせいなんだよ。この前の王子様事件の頃にファーダ、イミテーション用の宝石の仲介をしたろ」
「よく知ってるね。したよ。イミテーション用の宝石を手配してくれっていう依頼があってさ。俺、そっちの売買もやってるから」
「誰に頼まれたのさ?」
「内緒」
「…じゃ、俺から話すから、気が向いたら、教えてくれ。昨日の王室博物館の宝石強盗未遂、知ってるだろ」
「ああ、何も盗らずにカメラに乱射しただけのね」
「あれ、俺と友達のした事なんだ」
「は?」
ファーダとランディが、呆気に取られた顔で俺を見る。
「…忍び込んだのはいいけど、ケースから出すまでもなく、展示してあった宝物の大半がニセモノだと気が付いた。それで同行者が腹いせに乱射したんだ。そして今朝。そいつから連絡があったわけ。あのニセモノの宝石に、ファーダが絡んでるってな。おかげで、もうコージのことなんか信用しないって怒鳴られた…」
「そりゃ気の毒に。でも、何だってコージが宝石泥棒なんかするんだ?」
「泥棒をした訳じゃない。館内を案内したんだ」
と、俺は正しく言ってやった。
「あああ、もう、ヨハンには振られるわ、今回の相方にもどやされるわ…」
「でも俺、無罪だよ」
と、ファーダ。
「仲介しただけだもん。依頼してきたのは政府関係筋で、イミテーション用の石は、シェルターの奴から買ったものだし」
「………」
俺は、沈没しかけたよ。
「昨日の俺の相方、シェルターの一人だぞ」
ファーダとランディが、顔を見合わせる。
「ってことは、俺から依頼されて揃えたイミテーションの使い道に、シェルターの彼女たちも全然気付かなかった訳? そりゃ、間抜けな話だわ。怒るはずだ」
「何だよっ!」
俺はテーブルをドンと叩いて腰を浮かせた。
「内部の連絡不十分が原因じゃないかよっ! 俺は全然悪くないじゃないかっ!」
「というセリフは、昨日の相棒に怒鳴ってやらないと」
と、ファーダ。
「…怒鳴ったら、気分は晴れるが命はない」
「シェルターの女に、そんな強いのいたっけ?」
と、ランディ。
「強くない奴はいないと思うぞ」
ファーダは溜息をつき、俺に座るように促す。
「ま、宝石も王家も別々の仕事だと思っていたからね。それに俺も、依頼について余計な詮索はしなかったしさ。イミテーション用の石の横流しなんて、珍しい事じゃない。とくにシェルターだって、博物館のすり替えのためだとは思わないだろ。すり替える予定に、あの女たちが気付かないわけないもんな」
彼は、肩を竦める。
「そういうわけで、まあ、白状すると、俺に依頼してきたのは王室事務局、というよりか政府の筋なんだ。このまえの、王子様騒動への対策かと思ったりはしたんだけど」
「あいつら、事務局や政府と、国宝には手を出さないって協定結んでいるぜ」
と、俺。
「…つまり、シェルターの奴等に、王室事務局が石の横流しを直接依頼してたら、博物館の展示品をすり替える為だと、バレてしまうかもしれないんだよな」
と、ランディは、ココアにアイスを足し、言葉を続けた。
「依頼が『間接的』なら、まあ、正確な依頼主や使用目的が判明するまで、時間は稼げるよね」
「…で」
俺は、ストローでアイスをつついた。
「ホンモノは、誰が持っているんだよ?」
「ヨハンに聞いてみればいい。あいつが知らなきゃ、国外脱出が噂されてる国王陛下御一家だろ」
ファーダはそう言って、俺と同じようにストローでアイスを沈める。
「このままコージが振られたんじゃ俺も責任感じるから、シェルターの奴には、俺のほうから言い訳してやったっていいけど…」
というファーダの、ありがたいけど成功率は著しく低そうな申し出を遮るように、テーブルの上の携帯が鳴った。
ファーダのらしい。ファーダはそれを取った。
「はい、ファーダ… おい…」
俺とランディは動きを止め、ファーダを見つめた。
「…ああ、ああ。そうだけど…だけど、おい、何だってそんな事を、お前が俺たちに教てくれるんだ!? まさかその仕事、引き受けたんじゃ…!あっ、おいっ!」
電話は、切れてしまったらしい。
「どうした?」
ファーダは、電話を切ってテーブルに置いた。
「ジェシーからだ。明日、アルベルト王子が暗殺される予定だと言うんだ」
「明日?」
「明日は、アルベルト王子が、指針演説をするはずだ」
ランディは、新聞を広げた。
「王宮広場、午後一時から。ジェシーの奴、それを引き受けたのかよ?」
「それに答えないで、切っちゃったんだ」
と、ファーダ。
「嘘だろ? だってジェシーは、一番最初に、俺に、王子様探しは引き受けても、王子様殺しは絶対に引き受けるなってアドバイスしてくれたんだぜ?!」
俺はむきになって言った。
「ヨハンだって、ジェシーは事情を知っているはずだって言って…」
「ジェシーは、仕事については確実だ。コージみたいに、私情は挟まない」
本当の事を言い切ったファーダを、俺は見つめるしかなかった。