<5>
翌朝俺は、便所の床を磨いていた。
児童保護施設に、そのまま泊ったんだ。ヤーブだけは、夜のアルバイト♪とか意味深なセリフを残して病院当直のバイトに出かけたんだけどね。
ヨハンとファーダは、男の手料理!とか言って朝食を手伝っている。アーサーは、布団干しだ。
「でもよう、ここ、大人いないの?」
俺の問いに、一緒に掃除していた子供が、顔を見合わせる。
「先生たちなら、研修会だよ?」
「研修会?」
「あ、旅行なんだよ〜」
通りすがったランディが、覗く。
「お前ら、手ぇ洗って配膳手伝えよ。掃除用具は、兄ちゃん達が片しておいてやるから」
子供たちは、わ〜いと元気よく行ってしまう。
「ここって、宗教団体の施設でさ。 先生たち、研修旅行行ってるんだよ。今週いっぱい」
「まさか、全員?」
「そ、全員。研修も順番でさ、全費用が本部持ちで、一回順番逃すと、次はもういつ指名してもらえるかわかんねーのよ☆」
「へええ…」
「で、ここ出身の俺とファーダが、留守番頼まれたわけ。ま、あと二日だからねぇ」
「…大変なんだな☆」
「大変なのよ。ビンボーだしさ」
「補助金、あるんじゃないの?」
「あるけど… 児童保護施設って、この国、ボランティア任せなんだよね。微々たるモノ。卒業生の寄付頼み」
俺たちは、モップを片付け手を洗って便所から出た。
「と、いうことでコージ。あと二日、ボランティア頼む! メシと寝るところは保証するからさ♪」
「…ランディの頼みを断わると…」
「ファーダが出てきて頼むと思う」
「そのほうが、断わり辛そうだな。ま、いいよ。と言っても、昼は俺も、情報収集行かなくちゃいけないしね」
ファーダが、情報収拾の締め日に指定したのは、3日後の日曜日だったっけ。
「昼は、ファーダが残ると思うけどね。あいつの活動時間って、夜だし…」
なんて話してて、俺たちはダイニングについた。ガキに混じって、ファーダとヨハンが配膳している。一仕事終えたアーサーは、座っていた。
「ああ、ご苦労さん。座っててよ。配るから」
と、ファーダ。ヨハンは、無表情で手伝っている。公爵さまと陰口叩かれてるとは言え、こういうのは、あまり嫌がらないんだよな、こいつ。
朝ご飯は、いたって普通のメニューだった。目玉焼きにシリアルに、サラダに…
「卵と野菜は、何とか自給できてるんだ」
と、ファーダ。子供たちが、いっただきまーすと元気良く食べ始める。
さすがに乳児はいないんだけど、5歳から15歳まで、男女合わせて50人余りいるんだそうだ。
親が傭兵とかの裏稼業に出かけたまま、戻ってこないという事情で来た子が多いらしい。公営の施設もあるんだけど、そこは乳児対象だし。
「卒業後は、自力でなんとかしてもらうしか無いんだよね〜。といっても、ここの卒業後は、みんな似たり寄ったりなんだけどさ。幸いにも、犯罪者になった奴はまだいないんだけど(^^;)」
と、ファーダは苦笑する。
「みんな、傭兵?」
「オルの軍属もいるぜ。他国の傭兵部隊に属する奴もいるし… たまに、頑張って事業やったり、サラリーマンしたりして、まっとうな生活する奴もいるけどね。少数派」
「それでも、努力次第で自分の将来が選べるんだから、いいんじゃないのか?」
そう言ったのは、ヨハンだった。
「まあ、傭兵稼業だってけっこう稼ぎがあるから、選ばない手はないが」
「…それは、お前だけだろ。ぼったくり野郎が」
と、アーサー。
「人聞き悪いな、アーサー。交渉上手と言って欲しいね」
交渉上手というより、ヨハンは安い仕事しないんだよな(^^;;;
「ファーダはヨハンの事、見習ったほうがいいぜ。お前、ボランティアとタダ働きは違うんだからな」
ランディに釘をさされ、ファーダは溜息をついた。
-----
そして俺たちは、銘々の任務をこなした。
俺は、王子様の行方の追求☆
手がかりが、少ないよ。報告会は、駅前のビジネスホテルですることになっていて、それが明日に迫ってた。
したがって、施設のボランティアも、情報収集も、今日一日しか時間が無い。
「うーむ…」
俺は、チリソースのかかったホットドッグをくわえ、地図を広げて、噴水の縁に座った。晴れてるけど、寒いよ。本当は、花壇の縁かベンチに座りたかったんだけど、満席だったんだ。ああ、お尻が寒いぜ…
このくそ寒いのに、この駅前公園の噴水は止まらないんだよな。ま、観光名所でもあるからね。晴れている日は、動いているよ。
俺たちが動き始めるより数日前に、入国している。間違い無い。列車で、しかも本名で、単身。
パスポートを調べた現場の役人は、気付かなかったけど、その後、軍と王家からの通報で確認を取り、本名で駅の税関を通過していた事が判明。
ばれたら危険だけど、偽造パスポートを作る必要が無い。これ以上に確実な入国方法はないよな。
だけど、駅から先の足取りがねぇ… 全然、掴めないんだ。参ったよ。
長身痩躯、栗色の髪、青い瞳にメガネ、そばかす。小さなぼそぼそした声。神経質で落ち着きの無い仕草。グレーのスーツに小さなケース。
目立ちそうで、目立たないんだよね。こういう奴って。
ああ、噴水から吹く風が冷たいよ。俺は、くしゃみをして地図をしまった。チリドッグを食って、ほっと一息。
コーンスープも買っておけばよかった… なんて思ったところに、公園横の大型バイクをぶっ飛ばすアーサーが、視界に入った。後ろにヨハンを乗せている。
王子様の命を狙う奴等の身元、確定出来たのかな?
俺に気付いてくれないかと思って立ち上がったんだ。と、その時だった。
俺は、本能でさっと身を引いた。何が起きたかはよく分かんなかったけど、とにかく一歩体を引いたんだ。
噴水の縁に、銃弾が当って石が砕ける。
「なにっ…」
といいかけて、俺は派手に、噴水に背中から落ちた。そりゃそうだよな。縁に立って一歩下がったら、つまずくよ☆
噴水の底が凍結防止にヒーターとなってて、手で触れると暖かいけど、水は冷たい。俺は、浮きそうになったのを慌てて息を吐いて沈み、縁に寄った。
深さは、70センチくらいある。
バシッ、バシッと銃弾が水面に突き刺ささって降ってくるのが見える。
こんな水中まで狙ってくるなんて、冗談きついぜ!
しかもこっちは、メチャクチャ厚着だ。沈んでいるのが辛いっ!
そろそろ限界なんだけど、狙撃がまだ続いている。
どうしようか…
「コージ!」
銃弾に混じって飛び込んできたのは、二本の足だった。
この革靴、ヨハンだ! 銃声が聞こえる。
「私の後ろに回って、水から出るんだっ!」
俺は慌てて、指示にしたがった。うわっ、服が水吸って、メチャ重いっ!
「コージ、こっちだっ!」
俺は、バイクの上から伸ばされたアーサーの手をつかんだ。さすが、怪力の持ち主。奴は、水分含んで重くなった俺を水から引き上げてくれる。
「ヨハン! いい加減、逃げるぞっ」
広場の一般人は、みんな伏せている。ヨハンは敵に向かって撃ちながら、水しぶきを挙げて俺たちのところまで走ってくる。
「乗れっ!」
「待って、俺の自転車!」
「忘れちゃいねえよ!」
ヨハンと俺と、3人乗りになったバイクを、アーサーは器用に操って広い噴水を一周する。
と、俺が狙撃された位置にあった自転車を、ヨハンが掴む。重さ、2キロないからな。片手で簡単。
アーサーは、そのままスピードあげて公園から走り出たのだった。
<6>
目の前に、持ち手の欠けたカップに注がれたコーンポタージュが置かれる。
俺は、例の施設のキッチンで、裸で毛布に包まっていた☆ヨハンは、ランディにズボンを借りてそれに着替え、コーヒーを飲んでいる。
子供たちは、シャットアウトさ。
「どこの情報屋、突っついたんだよ?」
怒りを通り越して呆れているのは、ファーダだ。彼は、空いている椅子に座った。
「馴染みばかりだよ、突っついたのは」
と、俺。
「だいたい、足取りを探って狙撃されるってのも、納得行かないんだよなぁ。俺が何をしたって言うんだよ?」
「だから、何をしたのさ?」
「してないって!」
と、俺はヤーブを軽く睨んだ。
「王子様が、バステレル・ミテレの駅に降り立った後のことを調べていただけだぜ。けっきょく、手がかりがなくてさ。ま、あそこで地図見て、次の対策講じてたら、あれだよ」
「あまり、遠距離からの攻撃ではなかったよ。上手でもない。二人は、倒した」
ヨハンが不機嫌そうにそう言って、テーブルの上に銃弾を置いた。
「一個だけ、拾えた」
「…軍に鑑定頼んでも、あまり役にはたたないよな。でも、狙撃者は何人いたんだ?」
と、ファーダ。
「多分、3人だろう。近くの、民家の屋根から二人、逆方向のビルのベランダから一人」
「何でコージを狙ったのかねえ?」
ランディが、溜息をつく。
「つまり、こっちの動きとメンツが、敵にばれてきたってことじゃないの?」
と、ヤーブ。
「王子様と、どうしても接触してほしくないんじゃないか?」
「まあ、そうだろうなあ…」
「とにかく、こっちもボランティアで手が離せないからね…」
ファーダはこの状況で、微かに笑う。
「あまり、笑える状況じゃないんだけどね… 集めた情報の交換は、明日の夜にしたい。俺も、もう少し時間かかりそうだし… でもね、大丈夫だよ、ヨハン」
「…?」
「俺もね、仲間を狙撃されて、黙っているほど優しくないから」
「慰謝料の交渉だけすればいいのかな、わたしは」
と、ヨハン。ファーダは、肯いた。
大人の会話はいいけれど、俺の被害は甚大だ!服はどうでもいいけど、俺の、手書きのスペシャル地図・最新版がぁ…
ま、写しがあるから、いいんだけどね(半泣)
------------
夜、研修会に行っていた施設のスタッフが戻ってきて、ファーダとランディは、俺たちを友人だと紹介した。多分、どういう類の友人かばれてるんだろうけど、スタッフの面々は何も言わなかったよ。
女の人ばかり、6人。ま、シスターってとこだね。
彼らと一緒に夕飯食って、ミサに出て、俺は神様の御加護を要求しておいた。
日本の神様はお賽銭が必要だけど、こっちの神様はお賽銭いらないもんな(^^;)
まぁ、タダだから効果も薄いし、それ以前に、異教徒の俺の願い事が叶う確率は低いだろうなあ。
もちろん、日本の神様だって当てにならない。中には、この賽銭泥棒!と呼びたくなるような輩が多いという知識は、俺の実体験をベースにして積み重なっている(笑)。
「泊っていってもいいんだよ?」
と、ファーダ。
「着替えの必要もあるし、一回帰るよ。服、明日逢った時に返すから」
俺は、ファーダの服を借りていた。
「急がなくても、いいよ。とにかく、風邪引かないようにな。明日の夜は、無理しなくてもいいんだから」
「大丈夫。駄目なら、ヨハンに頼むから」
お泊まりは、ヤーブ一人らしい。アーサーも、車の手配があるからと言って自宅(どこにあるか知らないんだけど☆)に帰っていき、ヨハンは俺の家に来る事になっていた。
じゃ♪と俺たちは施設泊り込み組のファーダ、ランディ、ヤーブに手を振った。
―――☆
「俺は、風邪引きそうなんだぞ!」
「だから、どうして私が床で寝なければならないのだ。客だぞ」
「もはやヨハンは、客とは言えません(--;)」
「良い度胸だな、コージ」
ヨハンは、俺の前にホットミルクを置く。人んちの台所の勝手を知ってて、客って自称するのは図々しいぞ!
帰ってきた俺たちは、順番にシャワー浴びて、ようやく一息ついたところだった。
「しかし汚い部屋だな。掃除してるのか?」
「してるよ。だからこうして、こたつが置けるんだぜ」
俺の返事に、ヨハンは暫く考えていた。
「…なるほど、そういう言い方もあるな」
「だろ♪」
「…」
沈黙。
「…なんてわけ、ないだろっ!とっととミルク飲んで、寝たまえっ!」
「きゃいんっ(泣)」
俺は、こたつの中でヨハンの蹴りを食らい、慌ててミルクを飲んだのだった☆
---
うとうとと時間がすぎていく。結局俺たちは、セミダブルの俺のベッドで一緒に寝ていた。
言っておくけど、このベッドはこのアパートの備品で、サイズは俺が選んだわけじゃないからな!
まあ、冬だし、寒いしね。もちろん予備の布団があれば、ヨハンは喜んで、俺と別の場所で寝るよ。どうも俺は、他人に迷惑な「ねぼけぐせ」があるらしいんだ☆
うとうとしながら感じたのは、背中をくっつけあってるヨハンが起きている、ということだった。身動きはしないけど、多分、起きている。
眠れないのかな…
電話のベルが鳴っている。ヨハンが寝たまま手を伸ばして取った。
「はい、イツキ。コージなら今寝てますが…」
と、彼はがばっと起き上がった。俺は眠りが浅かったせいか、ぱっと目が覚めたよ。
「ああ、そうだ。ヨハンだが… 落ち着いて話せよ… うん、うん。分かった。距離的にそれは無理だな。努力はする。切るぞ」
ヨハンは片手で俺を揺すり、もう片手で電話を置く。
「誰から?」
「最初ランディ、次がヤーブ。児童施設の裏の…いや、表か。そこの教会で、銃撃戦らしい。警備の兵とテロリスト… ファーダが、様子を見に行っているらしい。ランディはともかく、ヤーブが取り乱してる以上、大事だと思うね」
俺たちは、30秒で服を着替え、自転車を抱えて部屋を出た。時計は、2時半。
「5分で来いって言われたが」
「10分は、かかるぞ!」
自転車にまたがり、漕ぎ始める。
「非常時に備えて、スパイクタイヤにして正解」
「手伝った甲斐があった」
空気が冷たくて、さすがに人通りがない。
「最短距離、行くぜ」
「そうしてくれ。長時間の立ち乗りは辛い」
俺は、終電が行ったあとの線路に向かった。
---
5分で来いっていうのは、無理すぎる。各駅電車で、30分かかるんだぜ。
俺たちは線路を利用して、例の児童施設までぶっ飛ばした。
といっても、かなり手前から何があったのか見えた。あの施設の表側は、大きな教会だ。しかも、王家御用達の。観光名所でもある。
照明弾が炸裂して、教会をライトアップする。
ドン!という派手な爆発音も聞こえるあたり、そうとう激しいことになっているらしい。
空に立ち込めた煙が、雲になって月にかかっている。
教会前は、警察や消防、軍の車両でごった返している。そこの交通整理に引っかかったときだ。
ドウッ!!と、今まで以上にすごい音がして、教会の壮麗な屋根が吹っ飛び、火の手が上がった。怖いもの見たさの見物人や教会を取り囲んでいた警官達が、一斉に逃げる。
俺たちは、その混乱のスキに裏側の施設のほうに向かった。
その建物も、半分が吹っ飛び、最上階の3階から炎が吹き出していた。かけつけた頼りなさそうな修道士やら近所の人やらがホースで水を撒いてたけど、三階建てでL字型の施設が半分崩れ、だんだんと火が広がる。
「コージ!ヨハン!!」
俺たちに気付き、ヤーブが駆け寄ってくる。アーサーもいる。
「何、これっ!?」
「わからない。とにかく、子供たちがまだ助け出せてない。ファーダが、中に戻って…」
「マジなの?!」
「それを追いかけて、ランディも行っちゃったんだ」
「ああ、もう! マスクある?!」
俺は、ヨハンに自転車を押し付けた。
「コージ?!」
「行ってくる。内部の状況、俺、知ってるから!」
「知ってるって、ちょっと…」
と俺たちが騒いでいるところに、消防士数人が、中に人がいるかどうか聞きにきた。
「施設のガキと、保育士さんが、まだいる!」
俺は、懐からExtricationGuide(脱出案内人)の証明書を引っ張り出した。
「軍属だ。マスクと帽子を貸して欲しい」
「えっ?!」
消防士は、さすがに驚いたようだった。でもまあ、軍属っていうのは、効いたらしい。
「では、これを…」
一人が、救助者用に持っていたマスクと、不燃毛布を貸してくれた。けど、言われたよ。
「一人では駄目です!」
ああ、やっぱりね。でも、ここで逆らうと、救助が遅れる。
「じゃあ、誰か来てよ! 俺は先に、行ってるぞ!」
俺はそう言って、建物の中に走っていった。