俺は、ビル48階の司令室…というか、情報部室にいた。
「例の組織ですけど。多分、一部で統率が乱れているんだと思いますよ」
と、女性職員が俺に説明する。部屋の中そのものはとても静かだっだけど、ドアの向こう、または階下のほうで、銃声や爆発音が聞こえてくる。
「多少の犠牲のもと、調べた結果ですが…」
と、彼女はぞっとするような前置きをして、肩をすくめる。
「アルハンテリの黄金が、新種ドラッグのことだというのは、もうご承知のことですよね?」
俺は肯いた。財宝とか最終兵器という説もあるし確定はしていないけど、まあ、ドラッグってのがやはり妥当な線だろう。赤十字の、おっさんも言っていたし。
「アルハンテリの湧水を使って育てた、シェリンという花の種が、麻薬成分を含みます。といっても、実際のものがないので、全て憶測ですが、そのことを踏まえて推測するならば、彼らの主目的は、その水の成分を解明することだと思うんです」
彼女は、淡々と喋る。
「麻薬市場というのは、安定供給の出来る安価な商品が好まれますけど、新製品も好まれますからね。多分、そうした目新しさでシェリンを売ろうとしたのかもしれませんね。私の考えですけど」
「ああ。ある程度安くて、いわくでもついてりゃ、買ってみようっていう客は多いだろうね」
と、俺は賛成した。彼女も、肯く。
「アルハンテリの黄金がクローズアップされ、忍び込んできた人間が多くなる…その人間をただ殺していたのでは始末に困るし、捨てれば、ジャングルの獣や、はたまた衛生上よろしくないウイルスを招きかねない…。それで、人を卸すという、サイドビジネスを思い付いたのでしょう。どちらにしろ、薬を国外に出さなきゃいけないのですから、運搬の手だてはいくらでもあるでしょうから」
「もしかしたら、サイドビジネスのほうが儲かってるかもな」
という俺の意見を、彼女はにやっと笑って受け止めた。
「でしょうね。まあ、彼らにシェリンを投与しているようですから、宣伝も兼ねているのでしょう。シェリンと抱き合わせ販売なのだとしたら、けっこう儲けがあったとおもいますけど」
まあ、確かにそうだろう。薬は、固定客を取らなきゃ売れない。興味だけで買っていく客は、どうせ新しいモノ好きだ。新しいのが出れば、そっちに移ってしまうだろう。もちろん、常用しているのは、もっとメジャーな、昔ながらの商品なんだろうけどね。
怪しげな宗教に顧客を絞って、人身売買とシェリンを抱き合わせれば、安定した収入が得られるのは間違い無い。いつまで続くかは謎だけど。
でも、それまでにアルハンテリの湧水を分析すりゃいいわけだし…
と、ものすごい爆発音が聞こえてきて、ビル全体がビリビリッと震える。
「そろそろ、援軍が来ると思いますが…ミスターはどうします?」
と、最初俺を出迎えてくれた職員が聞いてくる。
「もう援軍が来ると思いますから、出かけるのはそれからのがいいとは思うんですが…」
俺は、時計を見た。明け方、4時20分。
「空港に張り込んでいる奴から、連絡は?」
「まだ入っていませんが、空港に、最初の便がつくのは6時以降です」
やれやれ…俺は、空いている椅子に座った。
「サムを迎えに行くのは、連絡が入ってからか、援軍が来てからにするよ…」
「そうですね。そのほうが…」
と、そこに一人の女性が来た。皆の視線も、集まる。
「お話中、すみません。今、空港にいる者より連絡が入ったのですが…」
「何か言ってたか?」
と、男性職員。話し掛けてきた女性は、居心地悪そうに口の端をきゅっと動かした。そして、俺の顔を見て…男性職員のほうもちらりとみる。
「何も言わずに、切れてしまったんです」
ああああああああ… 俺は、がっくりと項垂れた。
「装備、フルで用意出来る? 二人分」
「ご期待に添えるよう、努力してみます」
顔色の悪い男性職員は、さらに顔色を悪くして…というより、もう、顔色なんかないままで、溜息をついたのだった。
さて、俺はこの準備時間を使って、基地とファーダに、それぞれ地図と必要事項を送付するとしますか。間に合えば、今日中には敵陣が攻撃されることになるだろうからな。
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北の空に、銀色の飛行機が小さく見える。
「あれに多分、乗ってると思う」
と、俺は溜息交じりにそう言った。結局俺は、国連ビルを救援にきた兵士が、仕事を終えるのを待って空港に来ていた。
もちろん、きちんと正規の許可を貰って、ジープごと、空港の中に入り込んでいた。半地下の、荷物運搬用の通路で、俺達はじっと息を潜めていたわけさ。
「武装ヘリも、連絡すればすぐ来るはずだ」
と、援軍の隊長。ま、ヘリならビルの屋上からこの空港までひとっ飛びだから、本当に、すぐに来てくれるだろう。
敵だって、サム一人を殺すのに、飛行機を撃ち落とすような真似はしないだろうから、そういう意味で、俺達はけっこう余裕に構えていた。。
そこまで追いつめられてるとは思えないし、内部の指揮系統が乱れてたって、神経まで乱れてるとは思えない。
「俺達は、タイミング見て二人で脱出する。追いかけてくれなくていいから」
と、俺は隊長氏に言った。
「俺は、自分の依頼を果たすため。そっちは、テロリストから乗客の安全を守るため。そうしておこうぜ」
「了解」
と、隊長氏はにやつく。
そう言っている間に、飛行機は着陸体勢に入り、そして、俺は手探りで装備を確認した。
「コージ、幸運を祈る」
「俺もだ。気をつけろよ」
俺達は握手をして、武器を握り直した。
空港っていっても、それほど整備が進んでいるわけではない。内乱とかで建物は仮のモノだし、滑走路も、1本しか使えない。
飛行機は、滑走路に降り、スピードを緩めていく。そして、牽引されて向きを少し変えると、タラップが横付けされて扉が開く。
俺は、双眼鏡を取り出した。
さすが早朝の便。辺りも、そして客も空港従業員も静かだった。最初の便ということで、荷物の運搬車も、全然稼動していない。ビジネスマン風の男ばかりが下りてくる。もちろん、記者風のラフな格好で大荷物の人も数人…
おっと、いたいた。サムは、サングラスをしている。多分、金髪に不釣り合いな黒い瞳を隠すためだろう。なるほどね、あれなら外見は、まさに『外国人』。
と、その時だった。
マシンガンの乱射音が、朝の空港の静けさを破った。
何人も階段から転げ落ち…その中に、サムも居る。乱射音とともに、兵士たちが飛び出していく。俺も、サイドカー付きのバイクでその後を追った。もっとも、サイドカーのほうは荷物でいっぱいだ。
サムは、他の人とともに飛行機の下に付けた数台の車の影に隠れる。辺りは、大騒ぎだった。兵士たちはマシンガンを撃ってきたほうに向かって、撃ち放題。俺がサムの隠れたところに行くよりも先に、武装ヘリが3機も来て、機銃撃ちまくりだ。
それでも向こうからの銃撃は、止まない。
「サム! 俺の後ろに乗れっ!」
声をかけると、彼はギョッとしたような顔をしたが、ためらうことなく、俺の後ろに飛び乗ってきたのだった。
ジャングルの入り口で、サムは、一瞬の隙きをついて、俺に銃口を向けた。
「そりゃないだろ、サムさんよ。助けてあげたのに」
「助けてくれたのには感謝する。でも、ここからは俺の問題だ。手助けは要らない」
「助けてもらっておけよ」
と、俺は溜息をついた。
「ここからシギィのとこまで、結構あるぜ」
「………」
「俺に案内されたほうが、いいと思うけどな。奴等の仕掛けたトラップまで、ほぼ全部把握してるぜ。無傷で、敵の秘密基地入り口まで、送ってあげるよ」
それでもサムは、俺に案内してもらうことを、まだ迷っているようだった。
「ここでサムと別れたら、婆婆の奢ってくれたせっかくの中華料理が、消化不良起こしそうだしな。年寄りを失望させると、寝覚め悪いだろうしさ」
「……」
「それに軍は、今日の昼過ぎにも行動を起こすぜ。そうなったら、サムにもチャンスはなくなる。どっちみち俺は、下準備として、敵の基地まで行かなきゃならない。どうせだから、一緒に行こうぜ、ということさ」
サムは、銃を下ろした。
「本当に、手助けは要らないぞ」
「心配すんなよ」
と、俺は微笑んだ。
「俺は地図読み専門で、戦闘技術は二の次だから。案内は俺がしてやるけど、護衛はサムに、任せるわ」
ようやくサムが微笑む。
ただし俺は、サムに内緒で、ファーダたちに定時連絡入れさせてもらうけどな…
俺達は、国連で用意してもらった装備を整えると、バイクを乗り捨て、ジャングルの奥へと進んで行った。
蒸し暑い。が、日はあまり差さない。ジャングルの中は静かで、鳥の鳴き声がたまに聞こえてくる程度だ。
「傭兵も軍隊もガイドも、ここのジャングルから、全て撤退するように命じられている。だから、いきなり敵と遭遇ってことはないと思うよ」
と、俺は言った。あとは、敵の仕掛けた罠だけ避ければいい。
昼頃になって、俺達は目指す場所の1キロほど手前にきた。
「ここからは、トラップ多いぜ」
俺は、言いながらサムにゴーグルを渡した。
「これ掛けて見てみな。レーザートラップが、見えるから」
「……すごいな」
サムは、ゴーグルで前方を見ながら呆れる。膝の高さくらいに、まあ、侵入者探知のレーザーが、ぴーんと放出されている。
「これに気ぃ取られてると、古典的なのに引っかかるんだ。ダブルで、無駄なく仕掛けてあるからな。ここからは、俺の足跡についてきて」
サムは、神妙に肯いた。
「トラップを掻い潜っていくのまでが、地図読みの仕事だとは思わなかったな」
「ふつうはここまでしないけど、これが俺の売りだからね。確実に送って、確実に戻る。それが俺のモットーだし」
俺達は、ひそひそと喋りながら進んで行った。
「コージは、どうして地図担当になったんだ?」
「知らない場所があるの、嫌だったんだ」
と、俺は正直に答えた。
「ガキの頃から、知らない場所とか、行かれない場所があるのが、すごく嫌だった。知らない場所で不安になるのも嫌だ。だから、この役回りを極めることにしたんだ。それに地図読みは…」
俺は、サムをちらっと振り返った。
「少なくとも味方なら、誰もが必要としてくれるからな」
「……」
「置いてきぼり食うのは、ごめんだ。そういう意地の賜物」
「チームの目的が達成されるんなら、俺のことは、使い捨てでもいいと思ってる。死んで英雄になるのも、悪くはない」
それは多分、サムの本心だろう。俺は、返事の代りに肩を竦めておいた。
俺達は、それきり黙って先に進んだ。で、俺はこれからの段取りを考えていた。サムと別れたあと、あまり待たずにファーダたちと合流できればいいんだけど…。しかも俺は、あまり詳しいことを聞いてないんだよな。
まあ、いつも通りに動けば、そう間違いはないのだろうが…
数メートル先に、少し開けた空間が見える。俺は、サムに合図を送って屈んだ。
「あそこだ。構造、把握してるか?」
「逃げたときは夢中だったからな…。だが、だいたい憶えている」
と、サムは目を凝らすようにして敵のアジトを見ている。
敵の基地は、自然の洞窟の、半地下の空間を利用しているんだ。地面がすこし膨らんでて、少しって言っても高さ10メートルくらいはあるんだけど、そこに、大きく横に広い裂け目がある。まあ、地面から顔を覗かせて口を開けているゴーレム…。そんな趣き。
例の湧水は、その中さ。
中は、洞窟の中ということが感じられないくらいに広く、壁から天井から、全て舗装してあるんだ。外から見たら洞窟だけど、中に入るとれっきとした要塞だな。
ただし、守りはそんなに固くないし、侵入されることは想定していないみたいで、セキュリティも甘い。入ってしまえばけっこう楽なんだ。
って、サムに逢う前、一回入ったんだ。ほんの少し、下層のほうには行かなかったんだけど。でも、捕まったやつらの死体には出会わなかったんだよね。
俺は、中への侵入方法をサムに教えた。
「あとは、幸運を祈るよ」
「…コージ、君はどうするんだ?」
「国連軍がいつ行動するかがわからないけど、証拠が欲しいはずだから、いきなり空爆ってことはないだろ。まあ、ファーダたちと合流できるまで、適当に隠れてるよ」
「…気を付けて」
サムは、片手を軽く上げる。
「…じゃ、またな」
俺はそう答え、サムとは反対の方向に移動して行った。
地図読みの利点は、「俺に」都合のいい道が通れるということ♪
ファーダたちとの合流まで、あと10分足らずだ。
待ち合わせの場所に、あいつらちゃんと、来られるんだろうな?
俺は、通信することにした。いきなり顔を覗かせて、脅かすと文句言われるし…
「コージだけど、今、どこ?」
“待ち合わせのポイントにいるよ。サムは?”
「2分前に、無事潜入したのを見届けたよ。いま行くから、いきなりズドン、は無しだぜ」
話しながら、待ち合わせた大木の陰まで行く。
ファーダたちは、それぞれ座ったり寄りかかったり…怠惰な格好で俺を待っていた。
「随分、警戒心薄いな…(^^;)」
「不意打ち食らうほど、気ィ抜いてるわけじゃないさ」
と、ファーダは通信機を切って立ち上がった。
短期決戦だから、みんな身軽。銃を背負って弾倉を腰に付けてる程度。これで敵地に乗り込むつもりなんだから、すごいよね。
「しかも、相変わらずの軽装で…。ここまで、どうやって来たんだよ?」
「ヘリで、途中まで送ってもらったよ。あとは歩きだったけど、ここのジャングルは、歩きやすいからね…。まあ、5分くらい前についたばっかりなんだけどさ。ところで、サムにはちゃんと、発信機くっつけたんだろうな?」
「それはもう、抜かりないよ。なんつったって、ゴーグルにくっつけて渡したんだから」
「おおっ♪賢いなぁ(^^)」
と、ランディが俺の頭をぐりぐり撫でて、ガスマスクを渡してくれる。。
「あと10分もすれば、多国籍軍が攻め込んでくるぜ。落下傘で来るってさ」
ヤーブがそう言って時計を見る。
「じゃ、行こうか」
と、ファーダは銃のスリングを肩に掛け直す。
「作戦の目的は、サムを生かしたまま保護すること。出来ればサムの用が済んだあと」
聞きながら俺は、慌ててヨハンが突き出してくれた腕時計を見て、自分の時計を合わせた。他の奴等は、時計合わせ、済んでるらしい。
「目的が達せられなくても、死亡の確認をする。死体回収は軍に任せる。引き取りは後日。俺達は今から、軍の到着を待たずに攻撃をする。あと約10分、持ちこたえてくれよ」
「軍、待たないの?」
と、俺。
「ああ。狼煙上げといたほうが、奴等も来やすいだろうからね」
狼煙…ねえ☆
「コージ、基地の正面まで案内しろよ。もう、トラップは無視でいい。さあ、行こうか♪」
俺は肯き、敵のアジトの正面…さっきサムと別れた場所まで、走り出した。