真っ黒な水、そこから除くゴーグルに銃口。みんなのライトが彼らに向けられて、どこかお間抜けな光景だったと思うよ。
奴等はざぶんっと立ち上がり、銃口を向けて水の中の階段を上がってくる。俺たちは、一歩ずつ後退さ。敵は5人いる。
「貴様、地図読みのコージだな?」
一人が、レギュレータを咥えたままのくぐもった言葉を発する。俺は仕方なく肯いた。サイトから発射される赤いポイントが、俺の喉や胸を動き回る。その頃になって、ようやく我に返ったかのように、ジッポの明りが次々消えていく。明るいままじゃ、こっちの人数が確認されちゃうからね。本当はもっとさっさと消さないといけないんだけど…(^^;)
「仕事中なんだ。スカウトなら、他の日にしてくれ」
「…」
俺の丁重なお断りにも、奴等はだんまりを決め込んでいた。仕方なく水から上がったところで、俺はそれ以上後ろには行かなかった。
「壁に向かって立て」
「仕事中につき、断わる」
赤い点が、俺の喉からずずずずず〜と額に移っていく。
あ〜、最低の仕事だ…☆
だけど、こっちにはジェシーがいる。奴ならば、ほんの少しのスキさえ作れば、絶対に何とかしてくれる…ハズ☆…だと思いたい(ちょっと弱気(^^;))
俺は、深呼吸をした。
「地図読みってのは単に道に詳しいだけじゃないんだぜ。危険なコースだろうが、安全なコースだろうが、どこを通ってもいいから、とにかく全員を無事に目的地に送り届けるのが仕事なんだ」
「では、任務失敗につき、君の評価が下がってしまうのは申し訳ないことだ」
レギュの下で、奴等が低く笑う。チャンスがあるなら、今この時だけだ!
バシッ!と、弾くような嫌な音がして、俺と向かい合っていた奴のゴーグルにひびが入り、溢れた血が漏れてくる。
「!」
どきっとしたその隙をつくように、彼らのうち3人がヒットされる。が、後ろに居た2人は、間一髪で汚水に飛び込んだ。それを追うように、皆の放つ銃弾が、水面に雨のように降り注ぐ。と、汚水の池の中ほどで、突然泡がごほごほと吹き出した。吐いた息をフィルターなんかにかけて、ある程度再利用する超軽量循環式の酸素ボンベのチューブが、破損したらしい。銃弾はそこに集中し、5秒もたたないうちに、人がひとり、ぷっかりと浮き上がる。
いつのまにか隣りに来ていたサムが、俺のベルトのフックから、手榴弾を取る。と、誰か―多分ファーダ――が瞬間的につけたライトのわずかな明りに、水面の一部がキラッと反射した。
サムが手榴弾を投げつけると同時に、俺達は脱兎のごとくそこから逃げたのだった。
―――
げしっ!ジェシーの肘鉄に、俺はうめいた。
「何だよう?」
「お前なあ、もうちょっと安全な道は通れないのかよ?」
「この人数と編成なら、充分耐えうるコースと思うけど?」
暗闇の中、俺はため息交じりに答えた。後方はサムとファーダ、そして俺とジェシーが先頭だった。そのすぐ後ろに、ファンソがいる。先回りされてたのは計算外だったよな。とはいえ俺だって、対策が無いわけじゃなかった。
「ったく、たいしたタイミングで、俺を信用してくれてるぜ」
と、ジェシーはしつこくぼやく。
「信用してるんだから、いいじゃねーか。助かったぜ」
「これでコージに何かあってみろよ。いくら俺でも、激怒モードのヨハンからは、逃げ切る自信はない」
「まあ、ぼやくなよ♪愛してるからさ」
そう言った俺を、ジェシーはしげしげと眺めてくる。
「な、何?」
「俺にまだ何か、頼みたいことがあるらしいな?」
「す、鋭いな…(^^;」
俺達は顔を見合わせて、にや〜っと笑った。ジェシーが鋭いのか、俺が単純なのか?
「もう少し行ったところで、ケリつけちまおうぜ」
と俺は、非常電話のある所で立ち止まった。少し広くなってて、非常用工具や食料、ライトの類なんかが置いてあるんだ。なにしろ広いからね。迷うことをある程度考慮してあるんだ。とはいえ、もちろんこんなポイントはいくつもない。俺達が下水道に入ってからは、ここが一ヶ所目だった。ただ、ここで戦闘することは想定されてないから、武器の類はない。
ファンソが、工具や電池を取り出して、皆に配る。その間に俺とファーダは、電話を掛けることにした。ジェシーとサムは、見張りに立っている。
「コージ、あとどのくらいで出られるんだ?」
「距離は、3キロってところだ。時間のほうは、なんとも言えないね。20分で出たいとは思うけど」
俺の返事に、ファーダは肩を竦める。
「この先の危険度は?」
「水の中からズドン、ってなことのない道を選ぶよ。ただ一ヶ所だけ、避けて通れない貯水槽があるんだ。そこのパイプを一本、タイミング良く壊せればなんとかなると思うけど…」
ファーダは、ふっとため息をつき、俺の口調を真似る。
「なんとかなるとは思うけど…、奴等との距離を縮める必要があるから、危険だ…と言いたいわけだな?」
「まあ、そういうことだ(^^;)」
「……」
ファーダは、十字を切った。
「で、コージ。この電話が盗聴される可能性は?」
「無いね。サービスポイントはここより先にしかない。通る度に破壊して、道標にしようぜ」
「それはいいが…どこに電話するんだ?」
「九龍中枢に決まってんだろ(^^;)」
俺は、受話器を取ってファンソに渡した。彼は電話の相手に、諦めの滲んだ口調で、下水を通って逃げてることを告げる。暫く話した後、彼は俺に受話器を返した。
「幸い相手は、お前も知ってる野郎だ。頼み事があるなら、しておきな」
「?」って、確かに相手は、知ってる奴だった。
『で、何をしてるんだね、君は』
電話の向こうでヨハンの口調でそう言ったのは、ヤーブだったんだ!
「何やってるんだよ?!」
『何やってるってのは、御挨拶だな、コージ。俺達はもう、待ち合わせの場所に着いたんだぜ。それに、上海語が理解出来るのが、こっちのメンツじゃ俺だけだったんだよ』
「なる…」
たしかに、そうだった。ヨハンは、日本語以外のアジア系語学にはめちゃくちゃ疎いし、アーサーもランディも、話せるのは欧州の言葉くらいだろう。
アーサーはイタリア国籍だから、イタリア語話せるけど、ランディは駄目。そのかわり、ランディはヘブライ語とかラテン語とか、すっげえ怪しい言葉しゃべるけどな☆
で、俺とヤーブのやり取りは、上海語だった。
『なあなあ、俺達はどうしようか?ご要望があれば、そこまで出向くけど?』
と、ヤーブ。俺は一瞬迷い、ファーダの顔を見た。
「下水道じゃあねぇ…コージが都合いいように、やってもらうしかないよ」
ファーダは受話器に口を寄せ、ヤーブにも聞こえるようにそう言った。
『そりゃそうだ。コージ、どうする?』
「そっち、アンテナ立てられる?」
俺の問いが、ヤーブには一瞬理解できなかったようだった。
『アンテナ?ええと…ヨハンに聞けば分かるのか?』
「ヨハンより、アーサーかも。ヨハンには」
俺は、ちょっと言葉を切った。うーむ。言うべきか、言わぬべきか…と、悩むまでもなく言うべきなんだよね。俺は、深呼吸した。
「ヨハンには、俺が、守って欲しい…と言ってたと伝えてくれい(^^;;;」
『けっ☆ごちそーさま」
ヤーブはそう言って、くすっと笑った。
『で、結局、どうする?』
「アンテナが立てば、俺等を追跡できる。」
『じゃあ、適当なところで合流すればいいな?』
「ああ。アンテナと俺の追跡方法は、アーサーが詳しい。合流ポイントも、アーサーなら想像つけられると思う。ただ俺も、そのポイントでどうやって奴等と決戦するかは、イマイチ決まりきってないんだよね。だから、困ってるんだけど」
「なあ、奴等を出し抜くというか…奴等の後ろに出るとかさ、そういうのって駄目なのか?」
と、ファーダが首を傾げ、俺を見る。
「道すがらコージに聞いた話だと、この下水道って、壁が動いて道が変わるんだろ?それならば、奴等の知らない道を辿るのも充分可能なわけだ。結局、マップが役立たないのはお互い様だから、追跡用の信号出してるほうが不利にならないか?」
その言葉で、俺の頭には素晴らしいアイディアが閃いた。ジェシーに手伝ってもらうつもりでいた「イマイチ決まりきっていない決戦方法」に、あいつが好きな「高難度」という言葉がつけられる!
『コージ?考えて見りゃ、ファーダの言う通りだぜ?とりあえず、合流ポイントのマップ位置を教えろよ。あとはこっちで適当に…』
「いい考えが閃いた♪アンテナが立った頃に、アーサーに直で連絡するよ。俺達もそろそろ、場所変えないとヤバイからな。とりあえず、合流ポイントでは敵側に向いたセキュリティは破壊する。九龍コア側から来てくれ」
『了解。何か欲しいもの、あるか?』
「いや、大丈夫。電池やライトは、ここから先のサービスで補給していくよ。一ヶ所に長居しすぎた。切るぜ」
『ああ。幸運を祈る』
俺は、受話器を置いて、そのコードをナイフで切った。くるくる巻いたコードが、だらりと垂れ下がる。
俺は、このセーブポイント…ではなくて、セーフティポイントの入り口に、小さなセンサーを取り付けた。敵がこれに引っかかれば、俺のナビシステムに印がつく。
指定したポイントまでは、無事に行けるだろう。問題は、そこからだった。
俺が指定した合流ポイントは、無人の浄化施設なんだ。それこそ野球が出来そうなドーム型の空間に、暗闇の中、正確な広さがわからないほどの巨大な池、つまり貯水槽が二つ。
俺の前に立つ壁に堰き止められているのが、第1貯水槽さ。水深にして5メートル程度になるのかな? ようするに、何らかの原因で地下の水が溢れた時、このドーム状の空間全てが、貯水タンクになるってわけさ。
壁際に掘っ建て小屋風の管理室。とはいえこの管理室は、臨時の場合しか作動出来ないように操作盤が鉄板で覆われて鍵かけられてるんだ。だから、問題外。無線装置と仮眠室くらいはあるけど、俺はそこに入らなかった。
水の流れる音だけが響き、結構ブキミ。浄化施設を取り巻く無数のパイプ、ブーンと低くうなるモーター音。それこそ、ばいおはざーど砂塵編、なんてのが作れそうな趣だ。
貯水槽には九龍コア方面から流れてきた水がそそぎ込み、何日間の間か、そのままそこに溜まる。やってることは浄水。細菌による水の浄化を進めるんだ。それから順次濾過され、また細菌分解。そして、雨水くらいのレベルになった水を消毒施設に回して、再び下水とか、マシン用の水としてコアで使うわけ。再生率は92%程度らしい。
俺は、振り返った。俺達がくぐった高さ2メートル四方の正方形の入り口が、小さく見える。俺は小声でみんなにこう言った。
「ここで、決着をつける」
「…のはいいが、撃ち合いには向かないぜ」
と、ジェシー。
「どうするんだ?」
「詳しい位置関係を説明してる間はないから…」
と、俺はナビシステムを取り出した。そして、耳に固定したイヤホンから、細いワイヤーを引っ張り出した。これでも、マイクなんだ。この通信機の向こうに、アーサーがいる。
「要するに、この壁の向こうにある水と一緒に敵を流してしまいましょうと、そういう事なんだ。ルートのほうは、俺とアーサーで調整する」
「水のほうも、アーサーのところで流せるのか?」
と、ファーダ。
「いや、流せない」
と、俺。そして、しん、と沈黙。
「…で?」
ファーダは、俺を呆れたように眺めた。
「その辺が、この作戦の危険な部分だと?」
「そういうこと。要するに、テロ防止のために、ドームを解放している状態では、この貯水槽は手動でしか動かせない部分が多いんだ。テロリストたちに、自分たちも水に流される覚悟をして貰おうということさ。このドームを完全に密閉して、水の漏れない状態になると、コアから水流の操作が出来るんだけど」
と、俺はため息をついた。もちろん、溜まった水を少しずつ流し出すのはコアからじゃなくちゃ、出来ない。
「奴等だけを閉じ込めるのは、かなり無理な技だし、危険だ。だから他のフロアへの被害も最少にするために、このドームに出入りできるルートを、ここから20メートルの地点で壁を動かすという方法で、奴等を閉じ込めようと思う。それで、爆破するなりバルブを開けるなりして、ここを水浸しにしちまおう」
俺達は、壁の横にある階段を使って貯水槽の上に登った。闇色の水が、しんとして溜まっている。この中には、水の汚れを分解する細菌だのバクテリアだのがうじゃうじゃと…
うわぁ、考えるだけでぞっとする☆
俺達の登った貯水槽の奥には、もう一段貯水槽が乗せられてるような格好になっている。天井まで20メートルもそびえ立ち、こっちから見ると半円筒って感じ。その壁面にそってハシゴが2本並び、白い塗料で「第弐貯水槽」と書かれてある。全部で、どのくらいの水量になるんだろう?
「俺達が逃げられるのは、この上の…あのドアだけ」
と、俺は20メートルくらい上にある、扉と金網の足場を指差した。そこに行くのは、ハシゴだ。
「水が限界水量に達すると、自動的に全ての扉が閉まってしまう」
「ふむ」
と、ファーダは肩を竦めた。
「そこまでいくほどの水量はなさそうだけど…危険なことは危険だな。奴等に『水』を用心させないとすると…うーん」
「俺の示せる可能性はその程度。あとは、ファーダの司令にまかせるよ。そのほうがいい」
「わかった。最後に肝心なことを教えてくれ」
と、ファーダは言いながら、ジェシーの腕を掴んだ。
「で、こいつのことは、どうやって危険にさらすんだ?水を、こいつに流し出してもらおうっていうんじゃないのか?」
「まあね、そうなんだ」
俺は、ドームの奥にある、天井まで20メートルもそびえる貯水タンクにライトを向けた。ビームのような光が、いくつか並んだバルブを照らす。
「あのバルブをひねって俺達の足元にある第1貯水槽に、水を流すんだ」
「簡単じゃねーか」
と、ジェシーは言った。
「手榴弾があるさ。そいつを仕掛けて、俺がハシゴからそれをヒットすりゃいいんだろ」
ジェシーの言葉に、ファーダは吹っ切るように微笑んだ。
「面白そうじゃねーか。ミスター・ファンソ、あんたは部下を引き連れて、先にあのドアに避難しててくれ。俺達は、下準備にとりかかる。コージ、奴等との距離は、どのくらいあると思う?」
「えーと、10分あるかないかだよ。俺の予想通りに、向こうが追いかけててくれればの話だけどね」
とはいえ、だいたい予想通りと言っていい。俺のナビシステムには、奴等がセーフティポイントを通過したという信号が順調に届いてたし、それはアーサーにも届いてる。アーサーは、メカ担当だからね。コアの設備と俺のと対のナビシステム使って、俺達の現状を把握してくれているはず。
「ミッション・スタート!」
ファーダは、いつもの調子でそう宣言した。ファンソたちは、危なっかしくハシゴを登っていく。俺は、残りの手榴弾2つを、ファーダに投げ渡した。奴とジェシーは、奥にそびえ立つ巨大な貯水槽に向かって、水の上に渡された金網の細い橋の上を駆けていく。俺は放水部分のセキュリティがどうなってるのか確認するために、さっきまで居た下に降りた。サムがついてくる。
「サム、ファンソたちに…」
「いや、手伝うよ。ここの説明書きは、外国人の侵略を用心して、中国語になっている部分が多い。君も語学に強そうだけど…俺が訳したほうが早くて正確だろう」
そりゃそうだ☆俺は、肯いた。
「ここでうろつけるのは、あと3分程度だ。その間に、この貯水槽のバルブを、少し開けちまおうぜ。足元濡れてたほうが、敵も動きにくいだろうから…」
と、俺は何ヶ所かある放水口のバルブを指し示した。
『コージ、コージ』
と、トランシーバ・モードにした携帯から、ファーダの声が聞こえてくる。
『こっちは、なんとかなりそうだ。ファンソの部下の1人が、手榴弾をけっこう貯え持っててね…今届けてくれた。それから、そっちはどうだ?』
「一つ開けといて、床を濡らしておこうかと思ってるトコ」
『オーケー。敵が入って来る前に、上がって来いよ』
「了解」
俺は、バルブの横に屈んだサムをつついた。
「どう?」
「メンテナンス用のこのスイッチで、バルブのロックがされるようだ」
「了解。じゃあ、俺はあっちからロックしてくるから、入り口に一番近いのだけ、ちょっと垂れ流しておこうぜ」
と、俺は階段から一番遠いバルブへ向かった。バルブは、壁にならんで点々と、7つくらいあった。非常放水用というか、メンテナンス用だよな。ちょっとした水位調節用で、実際に使うことなんかないんだろうな。
床は、水が流れやすいように少し傾斜してて、この下にもある排水溝に水が流れ込むように所々穴が開いてある。といっても、そこに全部水が流れるわけじゃないんだが。もちろんここに漏れた水は、ポンプで吸われて第1貯水槽に戻る。
ピピピピピピピ…と、アーサーが送ってくれた警戒音が耳の中に鳴り響く。敵が近い。
入り口は、敵を入れるためにもちろん開けっ放した。
「ファーダ、敵が予想以上に早い。待避する…」
言いながら俺は、サムのほうに向かって走り出した。俺の足音と敵の足音が重なる。
「いたぞ!」
上に避難したファンソたちが気付き援護してくれるが、階段を上がるには余裕がなさ過ぎる!
「ファーダ!ジェシー!やってくれ!」
携帯に叫び、俺とサムは間一髪で、管理室に飛び込んだ。ドーン、ズズン…と地響きがする。俺とサムは、管理室の2階に駆け上がった。この2階が、ちょうど第1貯水槽の上に出られるくらいの高さだ。あの爆発で、水が吹き出したとは思えない。案の定、敵は俺達の後を追って、管理室の扉をぶち破ってくる。俺は管理室内1階の敵を、そしてサムは貯水槽に直接登る……襲撃が予想より2分も早くて俺達が登り損ねたあの階段を登ろうとする奴等に向かって応戦する羽目になった。手榴弾は、ファーダに全部渡しちまって、一個も残っていない。が、敵は管理室内から俺達を追いつめるのは諦めたようだった。総勢20人くらいいる。小隊どころじゃない☆
階段の手すりと、その脇に置かれた掃除用具箱という限りなく頼りない盾の影から、俺達2人は防戦一方だ。それでも上からファンソ達が援護してくれるからまだいいけど、陥落も時間の問題だぞ!
俺達の脱出路は、自分たちの後ろにある避難用のハシゴだけさ。といったって、それの終着点にドアはない。ドームの天井をぐるっと一周する足場につながっているだけ。
と、ファーダとジェシーが、ハシゴを登っているのが見えた。その途中で、ジェシーが何発かマグナムをぶっ放した。大きな発射音がして、敵の注意も少しそれる。
ジェシーの弾が、何か効果的に命中したらしい。ゴゴッと、岩石が崩れ落ちるような低い音がして、銃撃は止んだ。と同時に俺は、サムと一緒にハシゴに飛びついた。天井まである縦長の第2貯水タンクに亀裂が入り、水が吹き出したんだ。
一瞬にして俺達は胸まで水に浸かり、慌ててハシゴを登りはじめた。敵は、素早いのが何人か管理室の建物の屋根に登り、何人かは吹き出した水に飲み込まれる。が、間一髪で入り口横のハシゴに飛びついた奴も居た。
警戒音が鳴り響き、赤色灯が回転する。扉の外に流されていった奴は悲惨だ。20メートル先で道は塞がれてるからね。
警報とともに、入り口の扉が閉まりはじめる。
サムは振り向きざまに屋根の上の何人かをヒットする。
「時間て、こんなに早く進むっけ?!」
俺は、サムに怒鳴った。
「初体験だよ!」
と、サムはニヤリと笑う。
「こんなスリルも時間の経過も」
サムに促され、俺は先にハシゴを登りはじめた。敵のことなんか構っちゃいられないし、向こうだってそれどころじゃないだろう。
頂上まで上り詰めると、こっちは一息つけた。が、屋根やハシゴに移った奴が、はるか上のファンソたちにむかって機銃をしかけてる。貯水槽が壊れた瞬間の水の勢いだけは凄かったけど、あとはそんなでもない。深さは6メートルくらいか?
5メートルの深さの貯水槽が、ちょうどひたひたになるくらいの深さで、そこまで登れた敵は一安心ってところだ。金網の通路は、水面より50センチくらい上にあるし。
こっちからも、ファンソたちの援護はしていた。足場の定員がいっぱいなのと、手榴弾を打ち抜く角度の都合で、ファーダとジェシーは、まだハシゴの途中に居た。
「俺達も向こうに…」
といいかけて、俺は唖然とした。ドームの天井をぐるりと囲むようについていた足場。そこが、第2貯水槽を壊した時の衝撃で一部ぶっ飛んでいた。反対側は、距離がありすぎる。つまり、山手線で新宿から渋谷に向かうのに、池袋方面の電車に乗るような距離感。
こうなったらもう、ファンソたちがいるところに直接…
と、思った瞬間だった。彼らがいる足場が、ぐにょっとへこみ、分解したんだ!
「うわっ!」「ファンソ!」
俺とサムは、ギョッとして叫んじゃった☆が、ファンソたちは危機一髪、脱出口に飛び込んだ。でも、大変なのはファーダとジェシー。
素早くハシゴの裏に回り込み、落ちてくる足場をやり過ごす。ハシゴの先端は入り口前の足場じゃなくて、壁に固定されていたからハシゴそのものに被害はなかったようだった。
と、その時、再びタンクが壊れて水が吹き出したんだ。これでもう、敵は壊滅。だけど、安心は出来なかった。なにしろ、警戒水域に近いことを知らせる警報が、鳴り出したんだ。
「ちっ!こうなったら何としてでも向こうに…」
と、俺が覚悟を決めた時だった。扉に群がるファンソたちを押しのけ、ヨハンとヤーブ、そしてランディがが現われたんだ!
「コージ!避けろよ!」
ランディの怒鳴り声が聞こえる。
「ヨハン、発射準備!3発とも撃て!」
ヨハンが、角度を少し上加減にグレネードを撃つ。その弾は、ちゃんと鉤になっていて、見事ワイヤー2本とロープが俺達のいる足場の手すりに引っかかる。俺とサムはそのロープを固定し、俺はフックを取り出して予備をサムに渡した。ワイヤーを結び付け、ロープを通し、一直線に30メートル向こうの脱出口へ…
ドウッ!と、再び水が吹き出す。
「警戒水域を越えました。全脱出口が、3分以内にロックされます」
女性の美しい声で、警告が繰り返される。
ちょっと待ってくれ!3分は短すぎる!もう、下は見ないことに決め、サムに背中を押された俺はロープに抱きついて足を絡めた。サムがそれに続く。
「引くぞ!」
ぐっと引っ張られて前進が楽になる。
「1分前です。警告します。総員待避」
してるって!頑張ってるにも関わらず、あと5メートルってところで、タイムリミットが訪れた。
「全脱出口を閉鎖、ロックします。危険ですので扉から離れて下さい」
「もうちょっと待ってくれ!」
叫んだ俺の上に、サムが重なり、何と奴は、自分の膝あたりでロープを切ったのだった!
「うそっ!」
だけどサムは、慣性の法則とか自由落下の法則とか、物理学的なモノを思いっきり無視した。ロープという体の固定を保ったモノを失った状態で、彼は壁に飛びついたのさ。
俺達の手の指が扉の下のところに引っかかる。と、同時にファーダたちが俺達を引っ張りあげてくれた。
「全脱出口、ロックしました」
俺達の後ろで扉が完全に閉まる。
「つ、辛すぎる…」
「この格好が…な」
サムは俺にそう言って、にやりと笑った。フックに通していたワイヤーは扉に挟まれ、俺達は、2人まとめて扉に繋がれたような状態だったのさ☆
「じゃ、コージの無事も確認したことだし、帰るか♪」
と、ヨハン。
「待ていっ(^^;;;これを何とかしてくれっ」
良かった。合流できてほっとしたよ。これでとりあえず、俺達は無事にここから脱出できるだろう。超豪華中華料理食って、あああ、ゆっくり寝たいよ☆