オルダール軍基地に保護されたのは、夜中の1時だった。
ジャングルってのは、未知の生物が潜んでいるところだからね。1990年代に注目されたエボラ・ウイルスみたいのに感染したら大変だから、俺達が最初にされたのは念入りな全身消毒。俺は慣れているけど、金龍は驚いたらしい。その後俺はゆっくりとバスタイムだったけど、彼は散髪に傷の手当て、栄養剤の点滴。
俺はメシ食ったけど、金龍は食欲ゼロ。事情聴取は一眠りしてから、ということだった。
「コージ。君も医務室に泊っていくといいよ」
と、これまた人のよさそうな軍医さんが俺を誘ってくれる。
彼はニコニコして俺に愛想をふりまいた。金龍はすでに、文字どおりの爆睡中だった。
毛布から覗く顔の半分と手首は、包帯でぐるぐる巻きになっている。
「彼の顔の傷、もう少し手当てが早かったら、手術無しでも痕を残さず治せたんだけど」
と、軍医殿は残念そうだった。傷は、熱したナイフのようなのを押し当てられたせいだとか。その外にも、全身に火傷や鞭の痕、強姦までされたらしい。そりゃ、今は捕虜に対する扱いが厳しく定められているから、普通の軍隊に捕まればそんなこともないのだろうけど、赤十字も無視の秘密結社じゃ、何でもありだよな(^^;)
「まあ、形成手術をすれば、きれいに戻るけどね。取り合えず心配なのは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)だよ」
軍医殿が心配するのは分かる。でも俺の心配事は違うぜ。このまま黙って香港に送り届けるか、それとも、シギィが一度、香港に戻っている事を伝えるか…ああ、悩むっ!
俺は軍医殿の勧めに従って、大人しく寝る事にしたよ。時間は2時半を回っていた。とりあえずゆっくり寝て、難しい事はあとで考えよう(^^;)
さて翌日。俺は話し声で目が覚めた。腕時計は9時ちょっと前。
「おはよう、コージ。支給品持ってきたよ」
いたのは、補給担当の兵士だった。ウェリーという奴で、俺と同じ歳。彼は俺の荷物をベッドの上に置いた。
金龍の手元には、支給品のTシャツとジーパン、それと迷彩模様の巾着に入った生活用品一式があった。
俺は背伸びをしてベッドから降り、もう一度背伸びした。俺と目が合った金龍は、ちょっとはにかんだ。
「おっす♪」
俺の挨拶に、彼はますます恥ずかしそうにして応じる。へー、けっこう普通の人じゃん♪
「必要なモノがあったらこいつに何でも言えよ。武器以外は出てくるぜ」
と、俺はバックからジーパンとTシャツを引っ張り出した。
「まったく、君はいつも元気だね。コージは必要なものある?」
ウェリーの呆れ顔に、俺は肯いた。
「あるある♪靴下を支給してよ。それから、タオル一枚くれない?」
彼は、ワゴンいっぱいの荷物を持っていて、その中から俺のリクエストを引っ張り出してくれる。
「あ、そっちの彼はまだ着替えないで。先に診察するから。来てくれ」
と、軍医殿がカーテンから覗く。金龍は素直にそっちへと行った。彼を見送ったウェリーは、また俺を振り返った。
「そういえばセレブ少佐が朝食に招待したいってさ。コージ、あの彼と一緒に南カフェテラスに行ってくれ。それから、赤十字カウンターにも寄って。言付けがあるってさ」
「OK(^^)♪」
「コージ、いつオルダールに戻るんだ?僕、来月帰国するんだ。3週間の休暇でね」
「俺もその頃には帰れるかな。そういえば基地の近くに、新しいゲームセンター出来たんだ。新しいアトラクション、すごいんだぜ。レブ・ドールで3D対戦できるんだ。ウェリー、一緒に行こうよ」
レブ・ドールというのは、アニメに出てくる人型ロボットなんだ。これに乗って戦争するという、お決まりのストーリーなんだけど、けっこう面白い。そしてこのコックピットに乗った気分で対戦が楽しめるゲームが、最近の流行だった。
「それ、雑誌で読んだよ。やりたかったんだ♪」
と、彼は嬉しそうな満面の笑みで、身を乗り出した。
「ボーナス出るから、その時にメシおごるよ♪」
「おう、期待してるぜ。戻ったら、俺から連絡するからさ」
「うん、待ってる♪」
と、ウェリーは支給品を積んだワゴンを押して、楽しそうに行ってしまう。
ま、あいつは海外駐在専門の兵士だからなー。ゲーセンの案内くらいであんなに喜んでもらえるなんて、俺も嬉しいぞ(^^;)
俺が着替えを始めた頃、金龍も戻ってきて着替えを始めた。
そうだ、香港に行ったら計寸婆ちゃんに「飲茶」奢ってもらわなきゃ♪食う予定ばっかりだけど、育ち盛りだもんな(^^)
昨夜は気付かなかったけど、金龍は背が高く、スタイルがよかった。本当に、俳優できるんじゃないか?確か婆ちゃんの曾孫だって言ってたけど、曾孫ってことは8分の1は、あの婆ちゃんの血が混じっているんだよな…(^^;)うーん、遺伝って不思議だ。
俺達はセレブ少佐のご招待に預かる事にして、医務室を出たのだった。もちろん、難しいことは全部保留さ!
南カフェテラスというのは、比較的上級士官が多い。もちろん、接待とかでも利用するから、外部の人間もいるけどね。そしてセレブ少佐っていうのは、あのブレストンの同僚なんだ。
「ところで金龍、なんて名前なんだ?金龍でいいならそう呼ぶけど…」
俺の問いに、金龍は首をふった。
「いや、サディルっていうんだ。サディル・偉・龍(ウェイ・ロン)。サムって呼ばれるが…」
「随分エキゾチックだなー」
芸名みたいだよな(^^)。俺の名前も、日本人には「派手」と言われるけど、漢字を知らない外人さんには分かってもらえないんだよなー。
「コージ、こっちだ♪」
セレブ少佐が手を振る。俺達は彼のところに行った。テーブルの上には、オムレツにサラダ、スープのセットのほか、シチューにカレーにその他もろもろ、あふれるほどに乗っている。
「朝から豪華だなー」
「昨夜は二人とも、あまり食べなかったそうじゃないか。ええと、金龍だっけ?僕は漢字の名前が苦手だよ。コージだって、本名はコージじゃないんだろう?」
と、針金のように痩せている少佐は、外見に似合わずよく喋るんだ。けっこう年配なんだけどね。おもしろいオジサンだよ。言っておくけど、本名だってコージだぞ。もちろん、日本語なら「こうじ」だけどな。
セレブと金龍…サムは、俺の仲介で自己紹介をし合い、俺達は座った。
「さ、二人とも食べてくれ♪いくらでもあるんだから」
「いただきまーす♪」
俺は旺盛に食べはじめたけど、サムのほうは食欲は回復していないらしい。ぐっすり良く寝たとは言っていたけど、たかだか6時間程度じゃ、一ヶ月分の疲れは回復しないかな。
サムの食欲の内容は、オムレツちょっととコーヒーくらいだった。
「ところでコージ、ファーダ神父の許可、貰っているのかい?」
「このバイトのこと?」
「そうだよ。また、無許可なんじゃないだろうね?」
「もちろん無許可だよ。だから俺がここにいるんじゃねえか」
「それはそうだろうけど…」
と、セレブは苦笑する。
「ファーダっていうのは、俺のいるチームのリーダーなんだ」
俺はサムに説明した。
「リーダー?ファーダ(=神父さん)って、本名?」
「彼の本名は、誰も知らないんじゃないかな?でも職業は神父だよ。神さまへの奉仕とボランティアの精神で満ち足りてるヤツ。そんなんだから、人の生活態度にうるさいんだ。なにかっていうと懺悔しなさいって言うしね」
サムは、当惑したような笑みを浮かべた。
「でも彼の事、好きなんだろう?」
「そりゃもちろんそうだけど、うるさいんだぜ。サムも会えば分かるよ。金髪の天然くるくるパーマで、三つ編みしてるぜ。きれいな顔してるけど、食い意地と作戦はけっこうきたないんだ…」
ぽん、と肩を叩かれて、俺は黙った。セレブ少佐が気の毒そうな目で見ているが、その口元はいまにも吹き出しそうだった。サムも唇をかんで笑いを堪えている。
「おはよう、コージ。朝から元気だね」
その言葉と同時に、後ろから耳たぶにキスされ、俺は貧血しそうだった。金色のクルクル縮れた毛先が、頬を優しくくすぐり、暖かい手が俺の顎を撫でる。
「食前のお祈りは、したのかな?それよりも、お勉強さぼっていけないバイトをしていることを、神様に懺悔しないとね」
その声は、間違いなく今話題のファーダ・アトスンだった。ひええええ…
「ファーダ…いつからここに?」
「4日前、君が出かけた後だよ。もう、会いたくて会いたくてたまらなかったよ。君に、この言葉を言いたくてさ…」
黒い袖が、首に回される。
「コージ!こんなところで何やってるんだっ!懺悔しなさいっ」
ぎりっと首を絞められ、俺はもがいた。
「ファーダ待てっ。話せば分かるっっっ」
「いい加減にお仕置きだっ!この不良少年っ。神が許しても、俺は許さないぞ!」
「本気で絞めるなっっっ。くっ、苦しい…うう(@。@;)」
俺は本当に殺されるかと思ったよ。カフェテラス中の視線がこっちに向いているのは感じるんだけど、助けようとしてくれる人は、だれもいない。どうしてみんな、そんなにファーダを恐れるんだよ!!!
「ファーダ、そのくらいで勘弁してあげたら?コージは、大手柄だったんだよ」
と、セレブがようやく助けてくれる。
「手柄を立てても、いけないバイトをしたという事実に変わりはないよ」
ファーダは仕上げに俺の後頭部を一発殴り、空いている椅子、つまり俺の斜向かいに座った。
「まったくコージは…昨夜は本当に大活躍の大手柄だったらしいな」
うわー、昨夜の出来事も聞いていたのか(^^;)
「そ、それはともかく、ファーダ」
俺は、出来る範囲でごまかす事にした。
「ここで何しているんだ?」
「慰問のバイトだよ」
なんだ、ファーダもバイトか…。しかし俺は、にっこりと微笑んだ。
「ええと彼、香港の、龍衆っていうチームのメンバーでね、サムっていうんだ」
そして次にサムに愛想を振り撒く。
「サム、こいつが今話していたファーダ。俺のボスだよ♪」
「よろしく、サム。宗教に関係なく、懺悔も悩みも聞くよ。今日も2回、ミサをするからぜひ来て」
と、ファーダはにっこり微笑んだ。サムは少し躊躇したが、彼の差し出した手を握る。
そうそう、仲良くしてくれ。友達が増えるのはいいことだよね(^^)
「でもコージ。お前はどうして大人しくできないんだろうな」
ファーダは俺をちらっと見る。
「昨日とバイトのことは…また改めて懺悔してもらう事にするか。サムがコージのおかげで助かったって言うし…」
「本当に、助かりました」
と、サムはそう言った。遠慮しているのか、香港に連絡したいと言い出さないあたりが、分別あるよな。俺の知ってるアジア系の傭兵は、ワイルドな奴が多いけど、こいつは何だかちょっと違う。育ちがよさそうというか、なんというか、大人なんだよな。それにさっきの「好きなんだろう?」というフォローには、本当、助かったっ!
「ファーダ。アルハンテリの黄金の仕事、するのかい?」
セレブ少佐の問いに、ファーダはため息をついた。
「依頼はあるんだけどね、考え中だよ。あまりヤバイ仕事はしたくないし、何しろ引き受けるには情報が少なすぎる」
「まあそうだろうね。こっちとしてもできる限りの情報は提供したいんだけどね」
少佐はため息をつき、ファーダにビスケットを勧める。
「コージが敵陣のだいたいの場所を調べてくれたから…」
あっ、馬鹿っ!少佐ってば、なんて余計なことをっ!!!
「なっにぃぃぃ?」
と、ファーダの視線が俺のほうに向けられる。
「一人で、そんな危ない事を…」
「いや、だから、その、俺はそんな危ない事はしてな…」
「アルハンテリに一人で手を出す事が充分危ない事なんだっ!」
俺は、テーブルの下で、思いっきり足を踏みつけられたのだった。恨むぞ、少佐…
「でも、何でコージが調べるんだ?オル軍のスパイ衛星はどうしたんだ?」
「一応は頑張ってもらってるんだけど、何しろ地下に作られているようなんだ。かなり大掛かりな組織によるものだと思うね」
「対組織戦はしないぞ」
「もちろん報酬は高いよ」
ファーダとセレブ少佐は、黙ったまま見詰め合った。
「高いって、どのくらい?」
「このくらいだが…」
少佐は、ファーダの耳になにやら囁く。
「…セレブ。本気で考えさせてくれ…」
ファーダぁぁぁ…、それはないんじゃないか?まあいいけど、あまりめんどい仕事は受けないでくれよ…俺はこの仕事が終わったら、香港でおいしい中華料理食ってオルに帰るんだから…
でも内緒のバイトがばれた手前、これは口に出せないんだよな。
ファーダは、ビスケットをかじってため息をついた。
「黄金の事は、もう少し情報が集まった時点で考えるよ」
「ああ、考えてくれ。欧州代表は、“ハンティング”だよ♪」
と、セレブ少佐はファーダに言った。ファーダはあんまり、お世辞に乗らないぜ…(笑)
「ところでサム、食事の後に少し事情を聞きたいのだけど、いいかな?もし無理なら、夕方でもいいよ」
セレブの言葉に、サムの顔色がふと変わる。何かを思い出しているようだった。
彼の額には一瞬にして汗が浮かび、ガーゼをあてがった頬に手をあてた。
「俺は…」
俺達の間も、一瞬にして凍り付くほど緊張してしまう。
「サム」
その危うい事態を打開したのは、ファーダだった。彼は斜向かいのサムの手をぎゅっと握る。サムは、はっとしたように顔を上げた。
「無理はしないほうがいい。君はまだ、具合が悪そうだよ。…そうそう。この基地から、沖縄行きが毎日1便でてるんだ。そこから香港直行便が日に1便♪急ぐかもしれないけど、香港まで2日かかっちゃう(^^)」
ファーダ…よく分からん奴…(^^;)サムは、驚いた顔でファーダを見ている。
「民間でも同じだけどね。ところで沖縄、行った事ある?米軍のプライベートビーチ、綺麗なんだよ(^^)」
「ビーチ?」
「そ♪本国に戻るにしろ、次の任地に行くにしろ、乗り換え便は翌日だから、到着した日はビーチで半日、泳げるんだ。だからオル軍の沖縄経由便は、人気高いんだよ」
「……」
サムは、急にほっとしたようだった。そして、微笑む。
「想像つかないな…。新香港には、民間人のためのビーチはないから」
「なかなかいいもんだよ♪(^^)♪なにしろね…」
と、2人はほのぼのと、海水浴の話なんか始めた。そこから、香港の話や宗教の話、戦歴の話…。そのころには、サムは取り乱さなくなっていた。遠慮がちに、ぽつぽつと、ファーダに戦の話をしている。セレブ少佐が、俺に肩を竦めて笑った。
やれやれ(^^;)まったく、どうなるかと思ったゼ。
それはともかく食事の後、ファーダはミサをするとかで、教会施設のほうに行ってしまった。サムも一緒にね。そして俺は、赤十字のカウンターへ。
「コージ。今夜空いてる?」
と、途中ですれ違ったウェリーが話し掛けてきた。奴は相変わらず、でかいワゴンを押して、あっちこっちに色んなモノを補充して回っているらしい。
「今夜?このまま何もなきゃ、空いてるぜ。帰るのはどうせ、明日以降だから」
「じゃあ、地下の小競技場に来いよ。部隊対抗のミニバスケやるんだってさ(^^)。補給部に混じってよ」
「補給部〜?いいけど、おまえのとこ、運動神経パーばっかりじゃん」
「だ〜か〜ら、加わってくれよ(^^;)酒も飯もでるぜ。トトカルチョもありだってさ♪」
「ええっ?本当か?行く行く♪(^^)何時?」
「5時半からだよ。サムも一緒にどうぞ。2人が入ってくれれば、1回戦突破も夢じゃないしさ♪♪」
ウェリーは、みょーに嬉しそうだった。俺が加わるの、そんなに嬉しいか?(^^;)
「で、賞品何?」
「新型のライトと、コンパス。それから、アーミーナイフにジッポだってさ。全部新品。試供品なんだけどね(^^)」
「試供品でも、新型だろ?俺のナイフ、切れ味悪くて…んじゃ、5時半に地下でな」
「おう。待ってる」
奴は片手をあげ、行ってしまう。それを俺は、呼び止めた。
「ウェリー!…ファーダのミサ、行かないのか?」
「物資の整理が滞ってるんだ。夕方のミサには出るよ。じゃ」
俺は、なんとなく奴がエレベーターに乗り込むのを見送ってから、歩き出した。
赤十字に言付けって言ってたよな。なんだろう?
赤十字のカウンターってのは、捕虜についての情報や、疫病、医薬品補給、有事の対策マニュアルの作成なんかを扱っているんだ。俺達みたいな脱出案内人に仕事を紹介してくれたり、そのまた逆に、軍の要請に応じて案内人を手配したりもする。
「コージ・イツキだけど…」
と、俺は受付けに座っている綺麗な受付嬢に声をかけ、Guidの証書を見せた。
「ああ、本部より言付けを承っています。中にお入りください」
中に入れてくれるっていうと…何か、嫌な予感…(^^;;;
事務室内は閑散としていた。俺のガイド仲間は、大方出払っているらしい。
「よ、コージ」
と、声をかけてきたのは、赤十字ベトナム駐留軍担当主任だった。けっこうオジサンなんだけど、でっぷりと太ってて愛想がいい。
「じつはなあ、すごいもんが見つかったんだよ」
彼は俺を、端っこにあるディスカッション・コーナーに招き入れた。
「これなんだけど…知っている顔は、あるかい?」
奴は封筒から、A4サイズはあろうかという大きな写真を何枚か出して俺に渡した。
「ほれ」
「………………………………」
俺の目は、文字どおり点々になったね。なんていったって、生首の写真なんだもの。そして背景が生々しかった。何か、うーん、黒魔術か何かのセットがあり、その上に乗っかってるのとか、大きな器に、臓物と一緒に入っているのとか、天井からシャンデリアのように吊ってあるのとか…うげげ…
「知っている顔、どう?あるかい?」
「全部知ってる顔だ。‘知り合い’ってほどのものじゃないけどな。あんただって、こいつらのこと、知ってるんじゃないのか?」
「……知ってるさ」
彼は、俺が机に放り投げた写真の表面を撫でた。
「このジャングルに入っていったきり、戻ってこない連中なんだからな」
「これは一体、どういうことだ?」
俺の問いに、彼は元気のない咳払いをする。
「今年に入ってアメリカで摘発された、複数の新興宗教団体から見つかった死体さ。男ばかりだが信者じゃないし、自国民じゃないらしいって言うんで、FBIがインターポールに身元の割り出しを依頼したんだ。そしてインターポールは、赤十字の脱出案内人担当者宛てに、これを送ってきたってわけさ」
「……」
「今年は行方不明になるガイドが多いと聞きましたが、知ってる顔はありませんか、ってね」
彼は、もう一度咳払いをする。
「このジャングルに巣食う秘密結社ってのは、どうやら生け贄用の人間を卸しているらしい。バチカンにも、そうした情報が入っているそうだ。悪魔を信じる者たちが、実際に人間を生け贄にしている。そして、その人間を手配してくれる大掛かりな組織があると」
「……それで、俺に何をしろと?」
「全てのExtrication Guidをジャングルから引き上げる事にした。最終脱出組は来週初めになる。その後、国連のベトナム駐留軍で結社に攻撃をかける。そこでコージ、君に軍の水先案内を頼みたい。結社の基地まで行って戻ってこれたのは、君と…サム・偉・龍だけだ」
「……ちっ。ファーダと出くわしちまったから、あんまりヤバイ仕事は出来ないぜ。どっちにしろ、先約がある」
俺は、立ち上がった。
「どうせ作戦が始まるのは、来週なんだろう?それに俺、国連が動き始めた事を相手に脅しをかねて言ったぜ。下手するともう逃げてる」
「逃げないさ」
彼は、自信ありげにそう言い、ニヤっと笑った。
「彼らは、逃げないよ。何しろアルハンテリの黄金が、あるんだから」
「…国連も赤十字も、黄金が何なのか、知っているのか?」
「ああ。といっても、知っているのは本部と、ここでは俺だけだが」
「何なんだ?」
「霊泉♪」
「……くだらね〜。まじめに聞いてて損した。んじゃな」
「まてっっっっ」
奴は、行きかけた俺の服をがしっっっと掴む。
「まじめな話なんだよ、コージ。そこら一帯でしか採れない、“シェリン”というケシの一種で、奴等ドラッグを作っているようなんだ。そのシェリンというケシは、その泉…アルハンテリの黄金の泉で育てたものに限り、常習性をもつ麻薬になるんだ。シェリンの製造方法は、第3次世界大戦で失われたはずだったんだ。それで国連もインターポールも無視していたんだが、見つかった死体から、大量のシェリンが検出されたんだ」
俺は、まじまじと奴を見返した。
「麻薬と同じか、それ以上の作用があるのか?」
「ああ。間違い無い。データーは少ないが、大量生産されれば新しいドラッグとして、瞬く間に全世界に流れるだろうな」
「……」
「ドラッグも生け贄も、大量生産されるのは困る」
「………作戦開始前に、連絡くれ。それまでに先約を片付けておくから」
俺は、赤十字カウンターを出たのだった。
あーあ、嫌な予感的中(^^;)ファーダに何て、言い訳しようか?