<砂塵>
Tactics1 オルゴール動乱

<1>

俺は、コージ。ハンティングという傭兵チームの地図読みをしている。本名は樹 神氏(いつき こうじ)って、ちょっと洒落てるんだけど、みんなはコージって呼ぶ。18歳の大学生さ。俺が住んでいるのは、オル・ダール公国の首都ミテレの外れにあるリセイア地区。首都っていっても、東京みたいに広くはないよ。国そのものが小ぢんまりしているからね。ミテレには6つの地区があるんだ。

オル国は軍事国家だから、総司令部が置かれた基地(ミルマ基地)と旧王宮(今は迎賓館)のあるアサード地区と、スラム街や安売りスーパーの多いクランド地区。そして高級住宅街や官庁のあるバワン地区。俺の住んでいるリセイアは、学生や、昔からの住人が多くいる中流階層主体のベッドタウンなんだけど、治安はそんなに悪くない。他の2つの地区も、リセイアと同じようなところさ。

リセイア地区の外れに、かなり広大な庭を持つ立派な邸宅があるわけで、ここに住むのが、この地区最大の地主、ヨハン・フォンベルガー公爵。公爵ってのは、ヨハンの態度と性格を揶揄した愛称で、地元の人は、ここを「公爵様のベルガー邸」って呼んで、近づかないんだ。ヨハンは、変人で通っているからね。

悲しいことに、こいつは俺の、一番の相棒なんだよね。ブランド大好きで金に汚い貴族野郎。あとでゆっくり紹介するさ。ここに居候「させていただいてる」のは、傭兵チーム「ハンティング(略してハント)」のメンバーで、俺を入れて7人。個性豊かな人間ばかりだけど、ケンカもせずにうまくやってるぜ。

このベルガー邸の敷地の隅に、小さな教会があるんだ。近所の人がベルガー邸に近寄るのは、この教会でミサがある時だけなんだよね。

日曜日の午前というのは教会が繁盛する時間なわけで、説教を聞き満足した人々が、楽しそうに家路に就く。それを見送るのが、神父のファーダなのさ。年は21歳。金髪は天然のきついパーマでクルクルしてる。それを三つ編みにして背中に垂らしているのがトレードマークなのさ。しかも性別不明の奇麗な顔をしているよ。おまけに優しいもんだから、近所の女子高生からお婆さんまで、幅広いファンをもっている。

「…やっと終わったのか」

と、俺の隣でアーサーが目を覚ます。俺達二人は、ファーダの野郎の日曜礼拝に出席していたんだ。教会の中はステンドグラスを通って色のついた、初夏の日差しが差し込んでちょっと神秘的だった。椅子や床が赤や青の光に染まり、マリア像は、淡い黄色の光に照らされている。アーサーは、銀の髪を掻き揚げた。

「良く寝たぞ」

「…いい根性しているな、アーサー。俺はファーダの野郎が恐くて、眠れなかったぞ」

と、俺はため息をつく。ミサの最中に居眠りしてるのがばれると、ど突かれるんだ。

「全く、何で仏教徒の俺が、ここで懺悔をしなきゃならないのかね」

「何でだ?」

アーサーの問いに、俺は再びため息をついた。

「いけないバイトがばれたからだろうな」

「テレクラか? 援助交際か?」

「アーサー… お前は俺を、何だと思っているんだ? 俺のするバイトといえば…」

「ああ、運び屋か」

「ちょっと違うぅ…」

本当は、脱出案内である。方向指示担当の俺は、道に迷わないのが特技なんだ。それで、危険地帯や国境付近に出かけていっては、亡命者や迷った脱走兵を案内して、金をふんだくっているのさ。ファーダはそれが気に入らないんだ。単独で、危ない仕事はするなって言ってさ。「日本から遥々留学してきて、親から仕送りふんだくって、チームで仕事して、おまけにそんな危ないバイトするなんて、不良だっ。懺悔しなさいっ」というのが彼の主張。奴はちょっと、まじめでお堅い。だからチームのリーダーなんだけどね。

「アーサーだって、いつもは教会になんか来ないじゃないか。今日はどうしたんだよ?何を懺悔しに来た?」

「…それはやっぱり、窓ガラスを割ったことではなかろうか?」

「…リビングの窓を割ったのは、お前だったのか」

ファーダが俺達の座る椅子の横を静かに通り過ぎて行き、俺達は黙った。

教会の中に残っているのは、神父のファーダと俺とアーサー、そして数人である。

「コージ、あの集団は何だ?」

アーサーが、前のほうで密やかに談笑している数人を顎で指す。

「あの人たちは、来月ここで結婚式をあげるカップルと、その家族」

「じゃあ、あの男は?ファーダがほら、話し掛けてる」

ファーダは、黄金色の髪の青年に、笑顔で話し掛けていた。彼は俺達の3列ほど前の席に座り、ファーダの問いかけに照れているようだった。まだ若く、鋭く、きれいな顔をしている。男だってのに、髪型はボブだぜ。でも、それが妙に似合っている。身長は高そうだが、腺病質で弱々しい。

「あの美青年は、最近あそこのミルマ基地に転勤してきた研究職の大佐たってさ。散歩してて見つけたこの教会とファーダか気に入ったんだと。以来ここ2ヶ月間、日曜のたんびに、散歩がてら礼拝しに来るぜ」

「ほう。研究職の大佐、ね。さすが毎週、懺悔しているだけあるなあ。教会の事情通だな、コージは」

「…」

アーサー、お前それ、誉めているのか?確かに毎週懺悔しているが、俺の次に懺悔回数が多いのは、お前なんだぜ。

「いつも、悩ましい顔をしておいでですね。ワタシでよければ、ご相談にのりますよ」

と、ファーダはにこにこして美青年に話し掛けている。美青年は、首を振り、立ち上がった。

「いえ、ご心配なく」

しかし彼は、心配せずにはいられないくらい青褪めている。そして、無理したように微笑んだ。

「もうすぐ、転勤なんです。ここに来るのは今日が最後だから、そのせいです」

おいおい、お兄さん。嘘ってのはもう少し上手につくもんだぜ。研究職の士官には普通、転勤ってのはないんだから。だから転勤でミルマ基地に来たというのも、嘘のはずだ。ただ、軍人であるのは間違いなかった。時々、軍服で来てたからね。軍事国家のこの街は、軍服姿の人間も、けっこう普通に歩いているんだ。アーサーも俺と同じ事を考えたようで、軽く肩を竦めている。ファーダだって彼が嘘つきだと気付いたはずだが、さすが顔には出さなかった。

「それは、残念です。でも、ミルマ基地に来た折には、ここにも立ち寄って下さいね。このワタシにも、あなたのお話を聞いてあげることは出来ますから…」

美青年は躊躇するかのように一瞬顎を引き、それからいきなり、ファーダの耳元に口を寄せたのだった。

「!」

ファーダが、ギョッとしたように目を見開く。美青年は、無言のまま踵を返し、足早に教会から出ていった。

「美青年同士が戯れる図…だったと解釈してよいのだろうか?」

と、アーサーがつぶやく。それが聞こえたのか、ファーダは俺達の方に来た。

「アーサー、お前、寝てただろう?」

「さすが。よく気付いたな」

二人の間で火花が散る。こういう時は、中立を保って大人しくしているのがいいのさ。アーサーは、にやにやと笑った。

「ところでファーダ。いまの美青年には、なんて告白されたんだ?」

「意味深だぜ」

と、ファーダは俺の方もちらりと見る。

「話なら硝煙の匂いがする時に… だってさ」

「そりゃ、どういう意味だ?」

アーサーは、首をかしげた。俺達が傭兵やってることを知ってるのは、同業者ばかりのはずだ。

「彼は脅迫者ってタイプじゃないと思うけど・・・。 とりあえずコージ、あの青年の身元を洗い出した方がよさそうだな。再三嘘をついていることは、間違いないんだから」

ファーダはそう言って、不安そうに眉間をしかめた。

「ヨハンとランディと一緒に、彼のことを調べてくれ。名前はレイ・ヴァール。それに間違いはないと思うから」

俺は仕方なく、返事しておいた。逆らわない方が身のためだもの。どうせ無駄なことになると俺は思ったのだが、それは大きな間違いだった。

俺達ハンティングはレイ大佐のおかげで、大事件に巻き込まれていったのさ。

<2>

俺とアーサーがベルガー邸に戻ったとき、屋敷に居たのはサムだけだった。彼は、頭にいつもスカーフを巻いているから、ハゲていると噂されている。でも若いぜ。20才だからな。

「サム、他の奴等は?」

「メシ食いに行った」

彼は、無口なんだ。口を開くのは、聞かれたことに答える時と、メシを食う時だけだもの。チャイナとオル・ダールのハーフで、エキゾチックなんだぜ。髪は金髪、瞳は黒。左の頬に、うっすらと火傷の痕が残っているから、これが無口さに凄みを加えている。初対面の人には、ちょっと近寄れないかもね。彼は、ソファに座って優雅に新聞を読んでいた。

「お前は、行かなかったのか?」

アーサーの問いに、サムはフン、と鼻を鳴らす。

「さっき起きたばかりだ」

結構なことだよな。俺とアーサーなんて、ファーダに暗いうちに叩き起こされてさ、教会の掃除したんだぜ。

「昼飯、どうしようかな。カップメンとか、あったっけ?」

キッチンに行こうとする俺を、アーサーが引き止める。

「何にもないぜ。夜中、俺とサムとヤーブの3人で食っちまったもん」

サムが、うんうんと肯く。お前等…(--;)。と思っても仕方ない。食ったモン勝ちだ。

「ちぇっ」

と、俺は舌を打った。

「それじゃあ仕方ない。外に食いに行くか。アーサーとサムは、どうする?」

「行くよ。何食おうかな」

アーサーはそう言ったが、サムは黙って立ち上がる。とりあえず、一緒に来る気があるらしい。その時、教会を閉めたファーダが、戻ってきた。やつの教会は、日曜日にしか開いてないんだ。彼は、リビングの扉を開けて俺達をぐるりと見まわした。

「他の連中は食事か? 行くなら、俺も一緒に…」

その瞬間だった。俺達ハンティングにとって、結成1年目にして初めてという出来事が起きたんだ。

それは、ヒューという細い口笛のような音から始まった。常人には分からなくても、俺達はそれが何の音か、はっきり分かったよ。ここにいた中で一番素早いサムが俺の腕を掴んで引っ張り、入り口にいたファーダを突き飛ばして床に伏せる。アーサーはソファの後ろに飛び込んで、耳をふさいだ。

ガラスを割って飛び込んできたのは、迫撃砲弾だったんだ。凄まじい衝撃音が轟き、床と家具が吹き飛ぶ。

「…アーサー!」

一番最初に我に返ったのは、ファーダだった。彼は飛び起き、素早くアーサーのいるところへ駆け込んだ。が、扉からソファまで、ファーダの後を追うようにして、機関銃が床に点線を引いていく。

「いててててててっ」

アーサーは、 頭をさすった。

「何か、あたったぞお」

「これだな」

と、なんとか無傷でソファの裏に飛び込んだファーダが、分厚い雑誌を爪先で突つきながら、銃を取り出す。
アーサーの頭に直撃したのは、ヨハンがこよなく愛している「今年の最新ブランド大図鑑」だった。ファーダの黒い服は、埃で白くなってしまっていた。俺とサムも、廊下の陰から銃を構えて様子を探る。

ヨハンの大切なリビングは、悲惨極まりない状況だった。彼の大切な虎革の絨毯には、巨大な穴が空いているのだ。ファーダがそれを見て、苦々しい顔をしながら十字を切った。

「ヨハン、怒るだろうな」

と、俺がささやくと、サムは肩を竦めて、

「怒る気力があればいいが」

と答えた。それは言えている。

アーサーがソファの陰から灰皿を蹴り出すと、銃弾が撃ち込まれ、ガラスの重厚な灰皿は、粉々に砕け散ってしまう。

。あーあ、これも高価なものなのに…

***

廃虚と化したリビングの真ん中で、ヨハンは俺とアーサー、そしてサムとファーダを青紫の瞳でじろりと睨んだ。

「迫撃砲をぶち込まれたのは分かった。だが、わたしが聞いているのは、何故迫撃砲がぶち込まれたのかということだ」

見えない相手をようやく撃退して、ほっとしていたところにヨハンたちが帰ってきたのである。部屋に入ってきたヨハンたちの顔は、いろんな意味で見モノだった。

医者で比較的寛大なヤーブと、楽天家の副官ランディは、まず口笛を吹いた。

「こりゃすごい。何があった?」

「ベルガー邸に迫撃砲打ち込んで、ヨハンにケンカ売るなんて、根性あるなあ」

ヤーブっていうのは眼鏡を掛けていて、くすんだ金髪はぼさぼさだけど、ちょっとインテリっぽい顔をしている。まあ、21才で医者してるくらいだから、飛び級重ねたインテリなんだけど、嫌みなところはない。気のいいお兄さんってところだな。

ランディは、ハードボイルド系。まだ初夏だっていうのに、こいつはもうタンクトップ姿だった。セミロングの茶色の髪を後ろで束ねているんだけど、髪の毛を下ろしているところは見たことないな。筋肉もりもりで、やることも言うことも豪胆なんだ。

ヨハンはいらいらを押し隠し、冷静にネクタイを直す。日曜日だっていうのにこいつは、ルイ・フェローのスーツをきちんと着こなし、磨き上げられたジョン・ロブの革靴を履いていた。腕にはもちろん、ロレックスの時計が光っている。栗色の髪も奇麗に撫で付けてあったよ。顔も貴族らしくつんと澄ましていて、ちょっときつめ。性格もきついんだけどね。ま、そんなに悪い奴じゃない(と思う)よ。でもね、この屋敷の住人は俺達だけでメイドってのがいないから、ヨハン公爵は自分でアイロン掛けをして、自分で靴を磨くのさ。

「何があったと言われてもね」

と、ファーダが肩を竦める。

「いきなりこれだもの。どうしてなのかは、俺達のが聞きたいよ」

「…じゃあ、どこかで誰かの恨みを買った覚えのある奴は?」

「恨みを買うような奴っていったら、ヨハンだけじゃないのか?」

ランディは、辺りを見回しながらそう言った。こいつは大抵、一言多いんだよ。

「借金に高い利子をつけたりしたんじゃないの?」

「わたしがそういうふうに見られているとは知らなかった。では、今からそういう人間になることにしよう。ランディ、お前に金は貸してないから、部屋代を倍額はらってもらうことにする」

「ちょっとまて。それとこれとは別だろう」

「別ではない!」

ヨハンは、埃の積もった小テーブルを握りこぶしで叩いた。
その衝撃で、テーブルの上の花瓶が、カラカラカラっと崩れた

「この部屋を直すのに、金がかかるじゃないか! 犯人に修理代を肩代わりさせることが出来なかった場合は、君たちの部屋代を3倍に値上げするっ。いいな!」

「い、いいわけない!」

「お前、部屋直す位の金はあるだろうが! 金持ちなんだから!」

俺達が騒いだからって、ヨハンがこの理不尽な値上げを思いとどまるわけがない。

「金は、貯めるものであって、使うモノではないっ!」

ヨハンが再びテーブルを叩くと、今度は、テーブルそのものがガラガラと崩れ、ヨハンの足元には、超高級な瓦礫が一山できあがった。その迫力に、俺たち居候は、ごくりとツバを飲んだ。

ヨハンは右手をぐーにしたまま、俺たちをギロリとにらみつけた。

「直したいのは、この部屋だけじゃない。廊下はランディとコージのラジコンカーレースで傷だらけだし、アーサーはこの前、車庫に車入れ損ねて、壁を崩した。教会にいたっては、地代も取ってない」

「………」

「ヤーブとサムからは被害を被ってないけど、家賃は平等に値上げするべきだろうが・・・
文句があるなら、出て行ってくれたまえ」

こうなるともう、誰もヨハンに勝てない。仕送りのある俺はともかく、みんなけっこう貧乏しているようだし、何だかんだ言っても、ここの家賃は相場の3分の1なんだもの。一部屋がとてもしかも広くて、トイレとシャワーがついていて、迫撃砲にはさすがに太刀打ち出来ないけど、セキュリティーも万全だしな。出て行けるはずがないんだよねえ。

「よし。わかった」

と、ファーダは肯く。

「ヨハン公爵閣下のため、なんとしてでも犯人を捕まえようではないかっ!」

ファーダは指揮官だけど、一番貧乏なんだ。収入があると、ボランティア活動につぎ込むからね。しかも、幼なじみのランディと違って稼ぐことが苦手ときた。ここを追い出されたら、彼は間違いなくホームレスだろう。

そういうわけで、指揮官のファーダが一番立場弱いんだもの。話はあっさり決まってしまった。

これで犯人が捕まえられず、もし捕まえたとしても、弁償させられなかったら、俺たちどうなるんだろ☆


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