目次
[MUSICA MUNDANA No.82] 2007年11月30日発行
 
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           MUSICA MUNDANA NO.82
             Nov.30.2007
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             ◆ 目次 ◆

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 ◎ 音楽史
    ◆マショー◆
 ◎ 数学史
    ◆イギリスの学問の衰退◆
 ◎ Homepage Updated (Nov.25.2007)
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 ◎ 随想
 ◎ あとがき
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━━[音楽史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆マショー◆

 ヴィトリのかなり若い同時代人マショーは、彼と同様シャンパーニュの
生まれで、もう一人の諸王に仕える教会人であり詩人で作曲家であったの
ですが、ヴィトリより多作で広く旅した人です。ヴィトリは、アヴィニョ
ンの教皇に王の使節として送られましたが、マショーは、ボヘミア王、ル
クセンブルクのヨハネ (John)の秘書官として、1323年から恐らく 1337年
まで、プラハだけでなくポーランドにもリトアニアにもいたでしょう。彼
が、実際には、そう思われているほど多作でないとするなら、彼の作品は、
本来、彼自身による監修のもと編集された全集の写本に保存されたでしょ
う。

彼に「最後のトルヴェール」というあだ名を付けさせたのは、ほぼ 1340
年から 1370年頃までの間に作曲された世俗音楽でした。トルヴェールの
芸術は、あらゆる意味で極めて「人工的」でした。アイソリズムは、作曲
の知的基盤ですが、マショーは、作曲そのものの中に先例のない知性を示
し、一方でヴィトリの音楽の乾いた冷たさも避けています。

 しかし、14世紀半ばのイタリア世俗ポリフォニーに目を向ける前に、
私たちは、マショーによる二つの教会曲、一つは新鮮な方法での古い形式
への奇妙な後戻り、もう一つは中世の音楽の偉大な革新的指標ですが、そ
れについて考えなければなりません。「ホケトゥス・ダヴィデ(Hoquetus
David)」は、1世紀半後の作風での「ノートルダム・クラウスラ(Notre
Dame clausula)」です。「ホケトゥス」と「トリプルム」の印のあるアイ
ソリズムのテノール上の二つの声部は、いと聖なるロザリオの祈りの荘厳
さのためのアレルヤの詩「ソレムニタス(Solemnitas)」の最後のメリスマ
(「... clara ex stirpe David」)から形成されました。私たちは、そ
れが、かなり新しく導入された楽器によって演奏されたと想像できるかも
知れません。

 アイソリズム化とホケトゥス化も、ノートルダム・ミサ(Messe de Notre
Dame)では、著しい役割を演じていますが、その際立った重要性は、音楽
の壮麗さを別にして、一人の作曲家による知られている中で最も初期の通
常文への作曲であるという事実です。

━━[数学史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆イギリスの学問の衰退◆

 アルクィンの死後、カンタベリーの聖アウグスティヌス(オーガスタン)
(604年あるいは 613年)と共にブリテン島で始まった輝かしい時代は、そ
れが始まったのと同様突然幕を閉じます。デーン人の侵略が、知的発展を
促した安全な世界という感覚に終わりをもたらし、アルフレッド(848-900
年)が王位についた時(871年)には、こう嘆くだけでした。「教えを求めて
人々がこの島に来るという時代があったが、今では、私たちはそれを求め
ても海外に求めなければならない。」

しかし、アルフレッドの孫のアセルスタン(Aethelstan)が王位につきます
と、彼は学問の育成に非常な関心を示し、14世紀に書かれた詩には、こ
の強力な支配者の統治の時代に、ユークリッド(エウクレイデス)がイン
グランドに伝えられたという言及がなされています。

 アルクィンの最も有名な弟子が「ゲルマニア第一の指導者」(Primus
praeceptor Germaniae)、フルダ(Fulda)の修道院の大修道院長であり
(822年)、マインツの大司教であったマグネンティウス・フラバヌス・マ
ウルス (Magnentius Hrabanus Maurus)です。彼は若い頃、広く旅をし、
ベーダ(Beda)の著作に基づいて暦に関する価値ある論文を書き、当時の数
学のほとんどを含む学問であった天文学について称賛に値する知識があっ
たことを示しています。

 アルクィンの二番目の弟子で、フランスで教会が恵み深い影響を及ぼし
たその証人でもあるのが、オセールのレミギウス(Remigius of Auxerre)
でした。彼はベネディクト会の修道士で、ランス(Rheims)で学校のために
多くのことをし、パリには学校を創設しました。その学校から大学が発展
したと考えている者もいます。彼はカペッラ(Cappela)の算術の注釈を書
きましたが、それは数学になんら重要な貢献をしたものではなく、無駄な
論争と空虚な詭弁の時代に典型的なものにすぎません。

━━[随想]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆アドヴェント◆

 日本では、12月になると「師走」となり年末の慌ただしい季節の到来
ですが、西洋では、アドヴェント・シーズン(待降節とか降臨節)の到来
です。今年は、12月2日の日曜日がアドヴェントの最初の主日(日曜日)
ですね。

 というわけで、今回は、そのアドヴェントについて少々。

 アドヴェントとは?

 アドヴェントというのは、ラテン語の「到来」とか「出現」とか言う意
味の単語からできた言葉です。それは、我らが主イエス・キリストの誕生
を準備をする期間です。アドヴェントは、クリスマスの4つ前の日曜日に
始まり、クリスマス・シーズンの始まりの日です。それは、主の洗礼(公
現祭:エピファニー)まで続きます。アドヴェントの最初の日曜日は、ま
た、典礼暦(教会暦)の始まり、教会の「新年」を記念する日でもありま
す。

アドヴェントは、期待に胸膨らませ歓びの時ですが、また悔い改めの時で
もあり、偉大なクリスマスの祝祭の準備の期間でもあります。この季節
(シーズン)の典礼の色は悔い改めの徴である紫色です。それは、レント
(四旬節)の期間にも使われます。教会は、アドヴェントの間は静かな希
望の雰囲気を醸成するために、過度の装飾や騒々しい音楽、さらには結婚
式さえ避けます。

「典礼暦年の起源(The Origins of the Liturgical Year)」の中で、トー
マス・J・タリーは、380年のサラゴサ宗教会議の第4条の中にアドヴェン
ト・シーズンの始まりを見ています。567年には、ツールでの宗教会議で、
12月の断食が確立されます。そして、581年にメイコンの会議で、聖マル
ティヌスの祝祭日(11月11日)からクリスマスまで平信徒にアドヴェ
ントの断食を命じました。このことから、聖マルティヌスのレントという
名が付けられました。

 Richard P. McBrien編集の Harper Collins Encyclopedia of
Catholicismによれば、ローマ教会のアドヴェントの真の創設者は、604年
に亡くなったグレゴリウス大教皇です。グレゴリウスが4週間の季節を定
め、その季節の祈りとアンティフォンを作りました。ガリア(フランス)
では、その季節は、終末論的な要素で豊かにされました。ローマとガリア
との典礼が融合し、12世紀までにローマの典礼となっています。

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━━[あとがき]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 気が付けば、あと2日ではや12月。あと1ヶ月で2007年も終わり
です。何もしないうちに、また一年が過ぎてしまったと悔いてしまいそう
な私です。

 随想にも書きましたが、今年は12月2日からアドヴェントですね。ク
リスマスまでの期間は(そして、年末大晦日から新年までも)、私にとっ
て一年で一番大切に思われる季節です。よいクリスマスを迎えられますよ
うに。

 それでは。

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