目次
[MUSICA MUNDANA No.81] 2007年10月30日発行
 
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 「MUSICA MUNDANA No.81」をお届けします。

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           MUSICA MUNDANA NO.81
             Oct.30.2007
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             ◆ 目次 ◆

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 ◎ 音楽史
    ◆ロバーツブリッジ写本(その2)◆
 ◎ 数学史
    ◆ヨークのアルクィン◆
 ◎ Homepage Updated (Oct.25.2007)
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 ◎ 随想
 ◎ あとがき
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━━[音楽史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆ロバーツブリッジ写本(その2)◆

 この写本で注目すべき点の一つに、ムシカ・フィクタ(musica ficta)、
中世とルネサンスの音楽研究をずっと厄介なものにしてきた臨時記号を
「暗示する」ものを挿入するというあの実践を伴うもののことですが、そ
の扱いがあります。

 例えば、筆写者は、B音にフラットが挿入されている部分で、不快な減
五度を避けるためにBを半音下げるのではなく、Fを半音上げるという扱
いをしているところがあります。これは、その当時の音楽家の実際的な解
決法であったのでしょう。他にも、彼は、5度が特に鍵盤で効果的である
ところでは、自由に臨時記号を書き足したりしています。

 ところで、ロバーツブリッジ写本の筆写者が、この2つのモテトゥスを
なぜ選んだか、推測さえできます。一つは、当時話題となっていたからで、
もう一つは、それが特別なカテゴリ、政治的なものであったからです。

「Tribum/Quoniam secta latronum/Merito」は、恐らく、絞首刑にされた
端麗王フィリップの大法官アンゲラン・ドゥ・マリニ(Enguerrand de
Marigny)のことで、その没落を世の人々は歓んでいたのでしょう、それは、
とても気に入られていた作品で、フォヴェールの他のどのモテトゥスより
多くの資料に出てきます。一方「Firmissime/Adesto/Alleluya」は、論争
がないと言うことでユニークですが、モテトゥスが国家の祭典のために書
かれることはよくありました。

━━[数学史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆ヨークのアルクィン◆

 数学史上、次に偉大なヨーロッパの学者はアルクィン(Al'cuin)(735-804
年)です。ベーダ(Bede)の死の年に生まれ、ベーダほどの学者ではありませ
んでしたが、活動家であり、教会においてだけでなく国家においても優れ
た才能を見せました。彼はイタリアで学び、ヨークで教鞭をとり、そして
シャルルマーニュによって彼の野心的な国民の教育プロジェクトを支える
よう招聘され、ツールのサン・マルシャル(St.Martin)修道院長となりまし
た。

彼は算術、幾何学、天文学について著述し、彼の名は1000年の間、教
科書の著者たちに影響を及ぼし続けたあるパズル問題の大全集と結びつけ
られていますが、これらの数学の楽しみの書と彼がどれほど関係があるの
かは不確かで、その繋がりにはかなりの疑問が、ライデンのある写本の最
近の研究からは投げかけられています。この写本は、11世紀前半に年代
付けられシャバネ(Chabanais)の古代の館のアデマール(Ademar)あるいはア
イマール(Aymar)という名の修道士によって書かれたかインスピレーション
が与えられたと考えられています。

彼は、988年に生まれ、1030年に聖地へ赴く途上没した人物です。彼は歴史
家また論客としてかなりの名声を得ており、学問的な配慮なしに大量の資
料を集めていたように思えます。これらの問題は、イソップの寓話集、恐
らくBC7世紀、サモス島でイソップによって始められたのでしょうが、
3世紀頃バブリウス(Babrius)によって書き換えられ、中世にはさらに一層
改悪されたその寓話集の中世版の一部である可能性が高いものでした。

アルクィンのものとされる問題は、ここに見いだされ、恐らく、他の何百
もの人たちがそうであったように、アデマールにも興味を抱かせた寓話の
中世版から、アルクィンがそれらを集めたのではないかという疑念が生じ
ますが、それを否定する十分な根拠はまったくないように思えます。アル
クィンの文学が、これがそうであるという直接の根拠は全くないのですが、
一連のパズル問題を彼が書いたことを示しているのは確かです。当時の単
調で面白みのない教育から解放するために十分楽しい書物を編纂しようと
いうのは、彼の考えの中にずっとあったでしょうから。

 10世紀から11世紀の小君主たちの絶えざる個人的な戦争は、フラン
スを数学その他の知的発展の分野を貧しいものにしました。そして、それ
故に、この2世紀は注目すべきものをほとんど生み出しませんでした。

━━[随想]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆十三夜◆

 中秋(旧暦8月15日)とともに、お月見の風習がある十三夜(旧暦9
月13日)ですが、中秋の名月が中国から伝来したのに対し、これは、日
本独特の風習だそうで、一説には宇多法皇が九月十三夜の月を愛で「無双」
と賞したことが始まりだとも、醍醐天皇の時代(延喜十九年:西暦919年)
に開かれた観月の宴が風習化したものとも言われています。

 一般に十五夜に月見をしたら、必ず十三夜にも月見をするものともされ、
片方のだけの月見は、「片月見」といって嫌われていたそうです。

 また、十五夜はサトイモなどを供えることが多いため「芋名月」と呼ば
れたりしていますが、十三夜は「栗名月」とか「豆名月」と呼ばれます。
これはお供えとして栗や豆を、神棚などに供えるからだそうです。

(以上参照:十三夜 - http://www.echizenya.co.jp/mini/colum/13.htm)

 ところで、十三夜の月は、十五夜や十六夜の月に比べると、まんまるの
お月様に見えないように思うのですが、どうですか。そんな月を、名月と
言って愛でる日本独特の風習、ふと、徒然草のこんな一節を思い出しまし
た。

「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨にむかひて月をこひ、
たれこめて春の行衞知らぬも、なほあはれに情深し。・・」(第137段)

 ここに、ふと日本人の感性を見る思いがします。徒然草では、月が見え
なくてもという話になっていますが、十三夜の月は、まだ満月とは言えな
い月を美しいと愛でるわけですね。何も完全なものだけが美しいのではな
い。そこには、独特の美意識が働いているように思えます。

 最後に、樋口一葉の「十三夜」から一節を紹介しておきます。

「 今宵は舊暦の十三夜、舊弊なれどお月見の眞似事に團子をこしらへて
お月樣にお備へ申せし、これはお前も好物なれば少々なりとも亥之助に持
たせて上やうと思ふたけれど、亥之助も何か極りを惡がつて其樣な物はお
止(よし)なされと言ふし、十五夜にあげなんだから片月見に成つても惡
るし、喰べさせたいと思ひながら思ふばかりで上る事が出來なんだに、今
夜來て呉れるとは夢の樣な、ほんに心が屆いたのであらう、自宅(うち)
で甘い物はいくらも喰べやうけれど親のこしらいたは又別物、奧樣氣を取
すてゝ今夜は昔しのお關になつて、外見(みえ)を構はず豆なり栗なり氣
に入つたを喰べて見せてお呉れ、・・・」

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━━[Homepage Updated]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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━━[あとがき]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 随想で十三夜を取り上げました。

 中秋は雨で月を見ることはできませんでしたが、十三夜は雲一つない空
に月が煌々と輝いておりました。

 「中秋の名月、十年に九年は見えず」と言う言葉があるそうですが、そ
れに対して、十三夜は「十三夜に曇りなし」だそうですね。今年は、まさ
にその言葉通りでした。

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