5.神の死

 

 大学院に入ってからの彼についてはよく知らない。詩はもう書いてよこさなくなっていたし、私も自分の仕事に追われていたせいでもある。
 ただ、ある時「酒を飲むことが多くなった。」とか「京都は嫌だ。」とか書いた手紙を寄こしたことがある。どうしたのかなと思って、人を通してたずねてみた。その頃、友人には「京都には怨念が漂っている。」と、冗談とも本気ともつかず話していたそうだ。「大阪にアルバイトに行っているみたいですよ。」下宿のおばさんは言っていた。
 どういう事情であったのかは定かではない。古い歴史のある町だけに、過去の歴史の中で、権力を巡り様々な陰謀が繰り返され、恨み辛みが渦巻き、その怨霊が市中を漂っていると感じるものがいても不思議はない。あるいは、現実に何かあったのだろうか。例えば、お金に困っていたとか。
 そうこうしているうちに、彼が訪ねてきた。
 「いろいろお世話になりましたが、大学院やめようと思っています。」
というのである。
 いきなりで驚いたが、彼のいきなりには、もう慣れていたので、
 「そうか、やめるのか。」
と返事しただけであった。人には、それぞれの生き方があるだろうと思われたからだ。それに、私も、もう大学退官の時になっていた。
 話を聞いてみると、田舎に帰って働くという。どんな田舎で、両親がどんな仕事をしているのか詳しくは尋ねなかったが、以前、家に対して強い不満を漏らしていたことを思い出すと、何らかの決心をしたのだろう。
 「詩は書いていますか。」
気になる質問をぶつけてみた。
 「もう書けなくなってしまいました。」
彼は答えた。
 神と乙女への憧れはどうなってしまったのだろうと、私は気になったが、修士だけは終了するように忠告した。
 数日後、彼から便りが届いた。四国に帰っているという。そして、「これが最後の詩です。」と言って、一編の詩が書かれてあった。

				神の死

			我は神の遺体を担ぎ
			遠き海の見えるところまで歩いていった
			そして神を横たえ
			一人静かに土を掘った
			波の音だけが
			我が胸の悲しみを知るかのよう
			寂しげに挽歌を歌っていた
			我は神を地中に葬った
			神はこの世ならぬ黄金の光りを放ち
			その眼は永遠の中に沈んでいた
			神は不滅であり永遠である
			我が心我が魂に
			すべてを投げかけて
			死へと静かに旅立って行った
			おお人類よ
			汝らは自らの手で神を葬った
			歓びの声をあげ汝らは・・・
			我はその遺体を掘り返し
			今人知れぬところへ導き
			一人神の死を悼んだ
			太陽は水平線の彼方に
			燃えるような光りを放ち
			海を空を炎で満たし
			神を天上へと見送った
			ああ神よ我らを許したまえ
			生けるものの罪深きを
			墓標の前にうずくまり
			我はあらん限りの涙を流した

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