2.旅立ち

 

旅立ちとは 常に孤独なのです 誰一人として それに付き従うことは 許されぬのです
すべての人は 理解とは程遠いのでした ただひたすら 一人で歩くこと以外に 何の道も見出せないのでした 傲慢であったかも知れません けれどそれが真実に思えたのです 多くの人達のなかでうち騒ぐよりは 孤独なうちに沈んでいるほうが
 

世の中にまじらぬとにはあらねども ひとり遊びぞわれはまされる 良寛
 

私の知った人生でした それ以上何が語れましょう いくら楽しく騒いだところで この憂愁だけは 取り除くことはできぬのです 宴のあとの空しさは 更に深く 人の心を傷つけるのです
 

信じてみようと思います 難しい哲学は分かりません イエスが語ったというならば そのまま信じてみようと思います
 

難しいことを勉強しようとしたって 私にはできないのですから できる限りあるがままの 私の心をこうやって 書き留めておきたいのです
 

秋が語り始めると 本当に静かになるのです 魂の奥までしみわたるような
まだ銀杏の木は青々としています けれど時はその木の葉を 一つ一つ数えていくことでしょう
 

孤独な旅立ち 淡泊な日本の心しか携えられぬ 自分の哀れを感じていました もっと何かを求めていた もっと強い何かを けれどそこには時の経過が感じられるだけでした
 

ラモーのハープシコードの曲でした 秋風にとけて 人は秋を知るのでした
一度呼んでごらんなさい 「神様、神様」って 何も気づきませんか 馬鹿ばかしいとお思いですか それなら私を一人にしておいてください
バッハのチェンバロでした 秋が歌っているようでした
 

幼児性ゆえに人から疎んじられていても ただ一つの真実に向かっていたい 地上の美しさが流れるところに 心の安らぎが生まれる
 

無情 世のはかなさ 持つことの 物であれ精神であれ
悟りをもつことの哀れさ―誰問迷悟跡
 

信じて生きることの強さ それなら私は初めから 何一つ信じてはいなかったのです
神を信じようと信じまいと それは別に問題ではありません ただ人の心であってほしいのです けれど世は矛盾を引き起こします 美しさを装う人の群れ
 

京の秋は美しい ことに夕暮れ時は美しい 街を歩けば 青空が行く手に広がり 肌寒い空気のなかで 人は魂の本源に 触れた気になるものだ 静けさが漂っている
 

言葉のない詩を作ろう とまどいのない人生が この晴れ渡った秋のどこかで 私に呼びかけているようだ 詩が生まれんとする 沈黙をまとった言葉として
 

秋はふと我に悲しみを与える どこから来るのか知らないけれど ドイツ語の辞書を繰っていると いい知れぬ悲しみが 腹の底から湧き上がってくる
 

これを悲しみと呼ぶのか 人生のなかに立ち尽くしたとき 聞こえてくる秋の虫たち もうひんやりする風が 頬を撫でる 沈みきった秋の静寂のなかで 心の声に耳を傾ける
 

自分の運命に怯えている 我が姿を見いだしたのでした 自らの意志で 決断したこの運命の 底知れぬ深さに気づき 立ち尽くしてしまうのでした 平穏な人生を放棄して 闇への旅立ちを あえて志す人間の弱さでした 「神は死んだ」ということより 強い戦慄はないのです
 

永遠への道を決断した私の姿がありました けれどその秋の深まりの奥に宿っている 深淵がふと思われ たとえようのない不安に 襲われることもあるのでした だが私は行かねばならない 永遠の道は私の道なのです
完成のない 何の尊さもない道であったとしても それでもこの道は 私の人生だったのです 止まることは許されない ただ歩くのみの 重い足どりであったのです
 

沈みきった魂に 永遠の神は語りかける 「愛すること」の神は 私に厳かに語りかける すべての神々は死んだ 唯一者なる神も死んだ 今はただ 「愛すること」の神だけがいて こう教える 「愛せよすべてを この創られたすべての世界を 美をも醜をも 愛をも憎をも ただ汝のなかにありて 愛せよすべてを」
 

旅は始まる 永遠への旅は始まる この人生を知った 必然として ただ旅立たねばならぬのだ 乙女たちの陽気さが 無邪気な子供達の晴れやかさが 私の心をほのかに照らすこともあるだろう しかし私はこの人生の闇を 背負った宿命を 歩き通さなければならないのだ
 

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