未成年(親がかり)

[喜劇の思想的内容][プロスタコーヴァ][ミトロファン][スコチーニン][エレメーエヴナ]
[教師たち][スタロドゥーム][喜劇の構成と芸術様式][喜劇「未成年(親がかり)の意義」]

[目次]


喜劇の思想的内容

 喜劇「未成年(親がかり)」(Недоросль)の主なテーマは、次の4つである。農奴法とそれが貴族地主や僕婢たちを堕落させる影響にというテーマ、祖国と祖国への奉仕というテーマ、教育のテーマ、そして宮廷の貴族階級の気質についてのテーマ。
 農奴制というテーマはプガチョフの乱の後、第一に重要なテーマとなった。このテーマに、フォンヴィージンは生活からの側面だけでなく、プロスタコーヴァやスコチーニンがどのように領地を支配しているかを示しながら明らかにしている。彼は、農奴制が貴族地主や農奴たちに及ぼす破壊的影響について語る。フォンヴィージンは、それは「奴隷制度によって自分に似たものたちを不法に抑圧すること(угнетать рабством себе подобных беззаконно)」であると教え示している。
 祖国と祖国への誠実な奉仕というテーマは、スタロドゥムやミロンの言葉の中に鳴り響いている。舞台に登場した時から終わりまで、スタロドゥームは、飽くことなく祖国への奉仕の必要性について、祖国への自らの義務を果たす誠実な貴族について、祖国の安寧への努力について語る。彼にミローンも続く。彼はこう言明する。「真に怖れを知らぬ司令官(истинно неустрашимый военачальник)は、「生命より自らの名誉を重んじるが、何にもまして--祖国の利益のためには、自らの名誉を棄てることも恐れない。(славу свою предпочитает жизни, но что всего более -- он для пользульзы отчества не усташается забыть свою собственную славу.)」
 こうした視点が進歩的であったということから、18世紀前中期だけでなくフォンヴィージンの時代でも、貴族の作家たちは「君主と祖国は一つである(государь и отечество -- едино суть)」と見なしていたと判断することができる。フォンヴィージンは祖国への奉仕について語ったのであって、君主への奉仕ではない。
 教育のテーマを明らかにするのに、フォンヴィージンはスタロドゥームの口を借りて語らせる。「それ(教育)は、国の安寧の担保でなければならない。私たちは、悪い教育がもたらすあらゆる不幸な結果を見ている。無学な両親が無学な教師たちに今でもお金を支払っている。ミトロファヌーシュカから祖国のために一体何が出てくるのか。自らの小さな息子の道徳教育を自分のところの農奴奴隷に任せている貴族の父親がどれほどいるか。15年経つと、一人の奴隷ではなく二人の奴隷が出てくる。年老いた子守役と若い貴族地主という奴隷が。(Оно (воспитание) и должно быть залогом благосостояния Государства. Мы видим все несчастные следствия дурного воспитания. Что для отечества может выйти из Митрофанушки, за которого невежды-родители платят ещё и деньги невеждам-учителям? Сколько дворян-отцов, которые нравственное воспитание сынка своего поручают своему рабу-крепотному? Лет через пятнадцать и выходят вместо одного раба двое: старый дядька да молодой барин.)」フォンヴィージンは、教育のテーマを重要な社会的・政治的問題として提示している。貴族たちを、市民として国の教養ある進歩的活動家として教育しなければならない。
 喜劇の中に提示された四番目のテーマは、宮廷のまた首都の上流階級の習慣と関係している。それは、スタロドゥームの言葉、特にプラーヴジンとの対話の中で明らかにされている。スタロドゥームは、激しく激怒して堕落した宮廷の貴族階級を暴く。彼の話から、私たちは宮廷での仲間内での習慣を知る。「真っ直ぐな(正直な)道は、ほとんど誰も行かない(по прямой дороге почти никто не ездит)」「お互い足を引っぱりあう(один другого сваливает)」「心の非常に貧しい人々のいる(водятся премелкие души)」ところ。スタロドゥームの考えによれば、エカテリーナの宮廷の習慣を改めることは不可能である。「病人に医者を呼んでも無駄である。そこでは医者は自ら感染しない限り役に立たないからである。(Тщетно звать врача к больным неисцельно: тут врач не пособит сам заразиться.)」

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プロスタコーヴァ

 喜劇の主な登場人物は、地主貴族のプロスタコーヴァである。プロスタコーヴァは、粗野で気ままな性格である。彼女は抵抗にあわなければ厚かましいが、それと同時の力にぶつかると臆病になる。自分の権力の中にあるものには情け容赦しないが、自分より力あるもののところでは卑下し執拗に哀願嘆願をしようとする。(喜劇の終わりのプラヴィジーニーとの場面)プロスタコーヴァは教養がない。彼女は教育に対して敵意ある態度をとる。彼女の観点から見れば教育は余計なものである。「学問などなくても人は生きているし、生きてきた。(Без наук люди живут и жили)」--彼女は言う。ただ、ミトロファンを「世に出す(вывести в люди)」ことを願い、その必要から彼に(家庭)教師を雇う。しかし、彼女自身は彼の学習の邪魔をするのである。人間関係においては、彼女はおおざっぱな勘定、自分自身の利益のためだけに従って行動する。例えば、彼女のスタロドゥームとソフィアに対する関係はそうしたものである。自分の利益のためには、彼女は犯罪を犯すことも敢えてすることができる。(無理矢理ソフィアをミトロファンに嫁がせるために彼女を誘拐しようとする企て。)
 プロスタコーヴァには、いかなる道徳観念というものもない。義務や博愛の精神、人間の美徳といった意識は。
 頑迷な農奴制擁護者である彼女は、農奴の人々を完全に自分の所有物とみなしている。農奴を使って、彼女は自分に都合のよいことを何でもすることができる。彼女の召使いや農民たちは、労働においてあたかも疲れを知らぬかのように働けども、彼らは自らの残忍な所有者を満足させることができない。病気にでもなろうものなら、彼女は激怒した。「横になるなんて!あぁ、ずるい奴だ!横になってる!貴族生まれのように!・・・ご託をならべる!ずるい奴!貴族生まれのように!(Лежит! Ах, она бестия! Лежит! Как будто благородная! ・・・ Бредит, бестия! Как будто благородная!)」ミトロファンの乳母で彼女を頼り彼女を喜ばせるためには何でもするエレメーエヴナにさえ、プロスタコーヴァは「老いぼれの鬼婆(старой ведьмои)」「野良犬のような娘(собачьей дочерью)」「醜い面(скверной харей)」以外の呼び方はしない。
 彼女は農民を搾取し、可能な限りすべてのものを農民から奪い取った。「農民たちの持っているものをすべて取り上げてからは、私たちはもう何も奪うことができない。なんと惨めな!(С тех пор, как всё, - сокрушённо жалуется она брату, - что у крестьян ни было, мы отобрали, ничего уже содрать не можем. Такая беда!)」 と兄弟に彼女は悲しそうに不満を漏らしている。
 プロスタコーヴァは農奴との関係だけで横暴で乱暴であるだけではない。彼女は愚鈍で臆病で気の弱い夫に対しても、全く価値を認めず好き勝手にこき使う。ミトロファンの(家庭)教師、クチェイキンとツィフィルキンには、一年俸給を支払わない。
 自分の息子のミトロファンに対してだけ、プロスタコーヴァは別の態度を見せる。彼女は彼を愛し、彼には優しい。彼の幸福、平安への配慮が、彼女の人生の根本的内容である。「私の唯一の心労、唯一の慰めはミトロファヌーシュカである。(Одна моя забота, одна моя отрада - Митрофанушка)」 - と彼女は言う。自らの母としての愛を、犬が子犬に抱く愛着に比較する。それ故に、彼女の盲目的な愚鈍で偏狭な息子への不具の愛は、ミトロファンにも彼女にも害以外の何物ももたらさない。
 プロスタコーヴァの性格、つまり、知的発達のレベル、女地主という立場、家庭での横暴な女主人、周囲の人々への態度--これらすべてが、表情豊かに鮮やかに彼女の言葉の中に反映されている。
 例えば、彼女は、トリーシュカを「詐欺師、悪党、畜生、盗賊面、ばか(мошенником, вором, скотом, воровский харей, болваном)」と、エレメーエヴナを「ずるい奴(бестией)」と呼んでいる。夫への軽蔑した態度は、彼の嘲笑の中に表現されている。「あんた自身がのろいんだよ。賢いおつむさん。(Сам ты мешковат, умная голова.)」また、声を荒げて叫ぶ「今日は、なんでそんなおおぼらを吹くの。(Что ты сегодня так разоврался, мой батюшка?)」「あんた、生涯耳を澄まして生きていきなさい。(Весь век, сударь, ходишь развеся уши.)」彼女は夫を、「片輪者(уродом)」「間抜け(рохлей)」と呼ぶ。しかし、彼女の言葉は、息子に向けられると別のものになる。「ミトロファヌーシュカ、私の友、私の心からの友、かわいい息子(Митрофанушка, друг мой; друг мой сердечный; сынок)」など。
 プロスタコーヴァの姿は、正しく生き生きと描かれ、さらに大きな信憑性、重要性を獲得している。特に、フォンヴィージンが彼女の性格を形作り、こうした醜い姿を受け入れた影響のもとで、その条件を示しているがために。プロスタコーヴァは、これ以上ないというほどの無学な家庭で成長した。父親も母親も、彼女にいかなる教育も与えず、いかなる道徳的なきまりも身につけさせず、幼いときから彼女の心になんら善良さを植え付けてこなかった。しかし、農奴法の条件--農奴農民の専制的な所有者という彼女の立場--が、彼女に一層強く影響を及ぼした。なんら道徳的なものに抑えられず、自らの際限ない権力と勝手しほうだいできることを意識し、彼女は「残忍な女主人(госпожу бесчеловечную)」、冷血な暴君へと変貌した。

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ミトロファーン

 ミトロファンという名前は、ギリシア語を逐語訳すると「自らの母であるところの(являющий свою мать)」、すなわち、自分の母に似ているという意味である。この甘やかされた「お母さん子(маменькиного сынка)」の典型は、農奴制の領主貴族階級という無教育な社会層の中で成長しできあがったものである。農奴制が、家庭の環境が、ばかげた片寄った教育が、精神的に彼を殺し、堕落させてしまった。生まれた時から、聡明さや分別が奪われていたわけではない。彼は、母が家の絶対君主の主婦であることを十分見抜いていて、彼は彼女に調子を合わせ、彼女を愛する息子として彼女に近寄ったり(夢の話)、もしおじさんのげんこから自分を守ってくれず、祈祷書を読むという苦しみを与えるのなら投身自殺するといって脅し、彼女を驚かせる。
 ミトロファーンの知的発達は極めて低い。それで、彼は労働や学習に対して克服しがたい嫌悪感を育んでいく。教師との授業と「試験(экзамена)の場面は、彼の知的な貧しさと、学問に対する無教養、何か新しいことを理解したり会得しようとしない彼の性格を十分明らかに示している。鳩小屋や炉底で焼いたピローグ、甘い夢や貴族地主の子供の空しい生活の方が、知的活動より、彼には遙かに楽しいものである。ミトロファーンは、誰に対しても、最も身近な人たち--父親や母親、乳母に対しても愛というものを知らない。彼は教師たちと話をしようとはせず、ツィフィルキンの表現によれば、「くってかかる(лается)」のである。彼の養育を任せられたエメレーエヴナを「老いぼれ(старый хрычовкой)」と呼び、激しい暴力で彼女を脅す。「おまえを、もうだめにしてやる。(Уж я те отделаю!)」ソフィヤの略奪に失敗すると、彼は怒ってこう叫ぶ。「別の女にしよう。(За людей приниматься!)」権力も領地も失った母が、絶望して彼にすがりつくと、彼は乱暴に突き放す。「放せ!母さん。なんてしつこいんだ!(Да отвяжись, матушка, как навязалась!)」
 ミトロファーンの言葉は、彼の性格と彼特有の気質を十分反映している。ミトロファーンの知的欠陥と知能の遅れは、彼が首尾一貫して話をするだけの言葉が使えないところに現れている。彼は短い言葉で表現する。「たぶん、兄弟(Небось, брат)」「うんこ、どの戸?(Кака, котора дверь?)」「みんな、くたばれ(Все к чёрту!)」彼の言葉には、俗語や屋敷の農奴の召使いから借用した言葉や言い回しがたくさんある。「僕の考えでは、命令しすぎる!(По мне, куда велят!)」「そうだ、おじさんのところから持ち出してきたものを見ろ!(Да, того и смотри, что от дядюшки таска.)」「僕は姿を消す--ほらいなくなった!(Нырну - так поминай как звали!)」
 彼の言葉の基本的なトーンは、甘やかされた「お母ちゃん子(маменькиного сынка)」、幼い子供の貴族地主、未来の暴君、頑迷固陋な人の気まぐれで粗野で冷淡なトーンである。母親とでさえ、彼は無遠慮な話し方をし、無遠慮なことさえ言うことも時にはある。
 ミトロファーンという人物像は、巨大な力を持つ典型的な姿である。ミトロファヌーシュカという名は普通名詞となった。「未成年(親がかり)(недоросль)」という言葉そのものも、ファンヴィージンの時代までは16歳に達しない貴族の少年少女を呼ぶものであったが、(以後は)全く教育教養のない、何も知らず何も知ろうと欲しない人の同意語となった。

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スコチーニン

 プロスタコーヴァの兄弟、タリス・スコチーニンは、つまらぬ貴族地主、農奴制擁護者の典型的人物である。教育に対して極めて敵意ある態度をとる家庭の中で育ち、生まれつきは判断力はあるとはいえ、彼は無教養で精神的発達の遅れを特色としている。プロスタコーヴァの領地を後見(保護)にすることを聞いて、彼は言う。「そうだ、そのように、俺のところに集まってくる。そうだ、そんな風にいろいろとスコチーニンは保護下にすることができる。・・・そして、俺はここからさっさと立ち去る。(Да этак и до меня доберутся. Да этак и всякий Скотинин может попасть под опеку ・・・ Уберусь же я отсюда подобру-поздорову.)」
 彼の考えや興味はすべて家畜小屋とだけ結びついている。ゴーゴリは、彼についてこう語っている。「豚は、彼にとって芸術を愛するものたちにとっての画廊となった。(Свиньи сделались для него то же, что для любителя иксусств картинная галерея.)」温かさや優しさを、彼は豚だけに対して見せる。スコチーニンは、残忍な農奴制擁護者、農民から年貢を「取り立てる(сдирать)」名人である。スコチーニンは、貪欲だ。ソフィヤが夫に1万(ルーブル)の収入をもたらす財産を与えようとすることを知って、彼は彼の敵手、ミトロファンをやっつけようとする。

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エレメーエヴナ

 芸術的に大きな力で、ミトロファンの乳母エレメーエヴナは描かれている。フォンヴィージンは、農奴制が屋敷内の農奴の召使いをいかに堕落させる影響を及ぼしているか、いかに彼らを精神的に不具にしているか、彼らの本来善良な人間的資質を歪めているか、彼らの内に奴隷的な卑屈さを植え付けているかを、確信をもって描いている。40年間、エレメーエヴナは、プロスタコーヴァ一族--スコチーニンに仕えている。彼女は献身的に彼に身をゆだね、家に奴隷としてつながれ、彼女には強く発達した義務の観念がある。自らを犠牲にしても、彼女はミトロファンを守る。スコチーニンがミトロファンを殴ろうとしたとき、フォンヴィージンが描き出したように、エレメーエヴナは「ミトロファンをかばい、激怒し、拳を振りかざして(заслоняя Митрофана, остервенясь и подняв кулаки)」叫ぶ。「私は、この場でくたばっても、子供は渡しません。旦那様、顔お出しください。顔をお出しください。あなたの目をくり抜いてあげます。(Издохну на месте, а дитя не выдам. Сунься, сударь, только изваль сунуться. Я те бельмы-то выцарапаю.)」しかし、この服従と義務の感覚は。エレメーエヴナにおいては、歪められた奴隷の性格を帯びている。彼女には、人間の価値という感覚はない。彼女の非人間的な迫害者に対する憎悪どころか抗議もない。自らを虐待する者に「生命も惜しまず(живота (т.е.жизни) не жалея)」仕えながら、エレメーエヴナは、絶えざる恐怖の中に生き、自らの凶暴な主人の前に戦(おのの)いているのである。「あぁ、彼が彼を滅ぼしてしまう!私はどうすればよいのか。(Ах, уходит он его! Куда моей голове деваться?)」--絶望と恐怖で彼女は叫ぶ。スコチーニンが脅してミトロファンの方へ近づいていくのを見ながら、また、ミロンがソフィヤからエレメーエヴナを突き放すと、エレメーエヴナは泣き叫ぶ。「私はもうおしまいだ!(Пропала моя головушка!)」
 こうした献身的で忠実に仕える彼女に対して、エレメーエヴナは殴られ、プロスタコーヴァとミトロファンからは、ずるい奴(бестия)、犬のような女(собачья дочь)、老いた鬼婆(старая ведьма)、老いぼれ婆(старая хрычовка)と呼ばれる扱いを受けるだけである。彼女の誠実に仕えることを評価できない悪しき貴族地主に仕えることを強いられたエレメーエヴナの運命は、辛く悲惨なものである。

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