Volume I: ANCIENT FORMS TO POLYPHONY


第1巻の序

[目次]

 「音楽史を研究し、様々な時代の優れた作品を、実際に演奏されるのを聞いて補完することで、最も速く効果的に独断による自惚れと虚栄から逃れることができるだろう。」ロベルト・シューマンはこう語っている。このシューマンの言葉の真実が、現代の音楽教育家たちによって、まだ認識されていない、少なくともイギリスでは認識されていないのは、多くの意味で不幸なことである。信じられないかもしれないが、音楽史の満足のいく教授過程は、イギリス及びイギリス連邦の首都であるロンドンにはない。一握りのアカデミーや堂々たる大学はあるのだけれど。その結果、音楽家や音楽愛好家に関する限り、上に述べた「独断による自惚れと虚栄」が満ちあふれているのは無理からぬことであろう。もし、B.B.C.の第3番組(Third Programme)(今は残念なことに縮小されたが)やレコード会社の上層部の知性ある人たちの、普及の例がなければ、現在の状況は更にひどい状況になっていただろう。
 実状は、「初学者のトリプティク(tyro's triptych)」に無条件に従おうとする強い傾向がある。これは、中央に大きなパネルがあり、その両側に小さなパネルのある三つ一組のパネルとして図像化される、小さいが良くできた音楽史の流れ(静脈)である。大きなパネルは、1800-1900年を表しており、両側は、それぞれ、1750-1800年、1900-50年を表している。およそ 1000年に及ぶ音楽史というものが、頑なな視聴者に知られていないことを、彼らは気づいてさえいないように思える。しかし、彼らが、もし、美術、建築、あるいは文学の専門家であれば、中世やルネサンス、あるいはバロック時代の傑作を無視しようなどとは、夢にも思わないだろう。そんなことをすれば、ロマネスクやゴシックの教会建築、ヴァン・アイクやボッティチェッリやミケランジェロの絵画、ダンテやチョーサーの詩などのような、芸術的衝動から生み出されたすばらしい作品を無視することになるだろう。ペロティヌスやマショー、ランディーニやダンスタブル(偉大な四人の作曲家の名を挙げただけだが)の音楽が、本当に、音楽会での聴衆に、よく知られるようになって初めて、音楽は、他のいくつかの姉妹芸術と同じレベルの鑑賞と理解の段階に到達したと言うことができるだろう。また、古楽(early music)が、少なくとも、歌曲やオペラ、また室内楽に費やすのと同じ時間を、複雑な 様式や感情の研究に捧げたプロの音楽家によって、相応しい演奏がなされて初めて、一般の人々も、モテットやミサ、バッラーダ(ballade)に、単なる好古趣味以上のものがあることを理解するようになるだろう。
 音楽史の研究は、また、膨大な文化遺産とその芸術的重要性、現在と過去の音楽の関連の理解を深める上でも、その役割を果たすだろう。なぜなら、音楽には、太陽の下、新しいものは何もないからである。現代のセリアリスト(serialist)たちの工夫の多くは、中世の精巧な構造と比較すれば、取るに足りないものに色あせてしまうからである。ちょうど、近代のウィーン学派によって実践された、主題の分解(展開?)(disintegration)が、14世紀の統合的な工夫と対照すると、ほんの子供の遊びのようであるように。これが、シューマンが「独断による自惚れと虚栄」と言った、最も重要な点である。知的謙虚さの衣服を身にまとうことによってのみ、音楽家は、本当は、音楽の全体のわずか十分の一しか知らなくても、彼の愛する芸術(音楽)の全体を十分理解することができるだろう。
 この「音楽史」は、専門家によって書かれてはいるが、美術史や文学史については相当の知識はあるが、その知識を音楽の芸術形態のより綿密な局面と結びつける機会のなかった、知性あるまた心の広い読者の要求を満たすために企画されたものである。作曲家やその作品の包括的な解説であるはずもなければ、それを意図したものでもなく、むしろ、その様々な--社会的、美学的、宗教的、歴史的--な背景から見た音楽の解説である。レコードの目録は、文字で得られた知識を音で聞いてみたいと願う人々へのガイドとして役立つだろうし、簡単だが、文献目録は、個々の章で編集において参照した著作を示すというより、むしろ、更なる読書のためのガイドとして提供した。編集者として、図像を提供して頂いた、ボードレアン図書館及び大英博物館の当局者、また、個人的所有の楽器コレクションのいくつかを写真撮影させて頂いた、ピータ・クロスリー・ホランド氏(Mr Peter Crossley-Holland)に心から感謝する。

ALEC ROBERTSON
DENIS STEVENS

1960

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Volume II: RENAISSANCE TO BAROQUE


第2巻の序

[目次]

 この「音楽の歴史」は、専門家たちによって書かれてはいるが、文学や美術の歴史については相当の知識が有りながら、その知識と音楽の芸術形式のような詳細な面とは結びつける機会のなかった心の広く豊かな知的読者たちの必要を満たすために企図されたものである。それは、作曲家たちやその作品の包括的な説明でありえるはずもなければ、それを意図したものでもなく、むしろその様々な--社会的、美学的、宗教的及び歴史的な--背景から見られた音楽の解説である。簡単な参考文献も、個々の章を編集する上で参照した著作を示すというより、むしろさらなる読書の手引き、参考として提供してある。編集者として、ボードレアン図書館と大英博物館には、挿画提供のご厚意を頂いたことを、また、エドウィン・F・ギャンブル氏には、索引作成を手伝ってくださったことで感謝している。ドナルド・J・グラウト氏の「西洋音楽の歴史」第2巻からの引用は、出版社 W.W.Norton & Co.Inc.と J.M.Deutの許可を得て使わせて頂いた。

ALEC ROBERTSON
DENIS STEVENS

1963

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VolumeIII: CLASSICAL AND ROMANTIC


第3巻の序

[目次]

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