第五部

伝統の瓦解


序論

[目次]

 それほど遠い昔のことではないにしても、西洋音楽の起源から二十世紀の半ば頃まで、音楽の思想と実践との連続した進化の糸をたどることは困難なことではない。最初の縦糸は単旋律聖歌であり、最初の横糸は、それを扱うポリフォニーの技法であった。それから世俗の要素が織り込まれた。その図柄は、楽器という要素によって豊かにされた。私たちは、鍵盤音楽の記録に残された証拠を持っているし、同じ旋律が、教会の音楽にも世俗の曲にも、また舞曲にも現れることがよくあることを見ている。旋法(モード)の和声は、次第にmusica ficta(偽りの音、すなわち普通の全音階に属さない音、つまり臨時記号のついている音)の使用が増大することによって、調性を持つ和声が形づけられていき、広がりを持った一貫した器楽曲の作曲という新しい技法を可能なものにした。劇との結合は、新鮮な複雑さを導き入れ、民族的な特徴が影響を与えた。しかし、それらのものを通じて、すべての伝統の織物は続いていた。多様性の中にも主要な図柄は容易に認めることができる。大きな文化的、精神的、政治的変動は--ルネサンスのヒューマニズム、宗教改革、三十年戦争、フランス革命--そのついでに修正を促しただけである。フィレンツェのレシタティヴォのような強烈な革新でさえ、次第に、アリオーソやついにはワーグナーの譜表の中の旋律の伝統の中に同化された。モンテヴェルディは、prima prattica(古い様式の厳格な対位法の曲)と seconda prattica(新しいモノディ様式)とを並べて用いることができた。西洋の伝統は、双方を共に吸収するほど強かった。
 さらに深刻な危機の最初の兆しは、20世紀初めに見て取れる。偉大な伝統は死の果てに近づいているという感覚が、ドビュッシーの機能的でない和音や、全く新しい和音の体系を持ったスクリャービンの実験、調性に対するシェーンベルクの反旗などに反映されている。ドビュッシーの革新は、それまでのほとんどの革新と同様に、容易に吸収された。スクリャービンの革新は、しばらくすると、以前の革新のように--例えば、16世紀の musica mesuree(定量音楽)--退けられた。しかし、シェーンベルクの革新は、退けられるのを拒んだ。最初の調性を持たないというだけの消極的な形態は、その後、調性の代わりのもの、すなわち十二音階による作曲という積極的な形態によって受け継がれた。これも、ほとんど受け入れられなかった。というのは、それは初め、純粋な構成主義(constructivism)の中での人工的な習作に過ぎなかったから。音のつながりと音の重なりは、あらゆる伝統的な旋律線と和声から故意に離れ、完全に無意味なものとなった。その潜在的な音楽の意味が認められるようになるのは、シェーンベルクとその弟子アルバン・ベルクが十二音階に人間性を付与する方法を見いだした時になってからである。音楽上のエスペラントが音楽の言語として認められるようになった。バルトークのような作曲家は、時折、十二音階の要素を調性音楽に吹き込んだ。こうして、十二音階音楽は、結局「serial music(音列作法)」として西洋音楽の中に吸収されるべきでない、という根拠はなくなった。
 しかし、伝統それ自体は、同時にシェーンベルク以外の革新によってむしばまれていたばかりでなく、疲弊した老大家やその亜流の人たちによっても弱められていた。ドイツ本国では、ヒンデミットがそれほど過激ではないにしても、新しい調性の体系を提出していた。ジャズは西洋音楽全般に浸透し始めていた。また、美学的--言語的ではない--な混乱が、様々な反ロマン主義的形態からあふれ出していた。新古典主義、実用音楽(utility music)、故意に無意味なものを作る「ダダイズム」に音楽で相当するもの、多調性、第一次大戦以前の四度和音(quartal harmony)のような微分音音楽は、基本的な(音楽)言語に影響を与えたが、それらは、他の構成要素と共に、折衷的な混声共通語(lingua franca)--直線的で、角度があり、調性はしっかりしていなく、音楽以外の意義に対しては全般に無関心な--すなわち、西洋音楽の偉大な伝統に接ぎ木された、雑種の弱い芽となって吸収された。それでも、それは(西洋音楽の)末裔と認められ、多くの個人的な修正が加えられて世界中の作曲家に用いられた。無気力で弛緩したものであるにも関わらず用い続けられているが、それは後衛の作曲家たちの言語である。前衛の作曲家たちは、いかなる形態、どんな分野であれ、道徳上、経済上、政治上であれ芸術上であれ、伝統には全くほとんど全く価値を置いていない。純粋な(西洋)音楽の伝統は、皮肉にも、主として政治的に酸素ベッドの中に置かれたソビエト連邦の中でまだ生き続けている。

 追記--ご存じのように、ソ連邦はすでに崩壊しています。

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