特殊機械兵隊・外伝/ゼクセリアムの蒼
第10話
「カイトってばよ、何ぼんやりしてんだよ。今夜、幹部会しようって言ったの、お前だろ。どうするんだよ?」
グリンシャーに肩を叩かれ、カイトは彼の顔を見返した。
「…そんなこと、言ったっけ?」
「てめえの脳みそは青かびチーズか? そう言ってたろ。それから4時間しか経ってないぜ。ほら、議題は後で思い出させてやるよ。ベルリン、今日、カイトが幹部会するってよ」
「ああ、じゃあ、ゲーリーとヘゼウルも残ってくれ。たまには、カフェのほうでやるか。茶室は好きに使っていいぞ。夜更かしはするな」
ベルリンのうるさい注意に、みんなそれでも返事をして、通路を曲がっていってしまう。
「カイト、思い出したか? 議題」
ご指名の5人だけが通路に残り、グリンシャーは改めてカイトをつついた。
「…フレディのことだったような気がする」
「それと、クードのダイエット中止に関する懸念と、ナナイの神経性胃炎防止だ」
「ムースの脱毛症予防策も付け加えたほうが良さそうだぞ」
と、ベルリンが追加する。彼らは、夕食を食べたカフェに向かった。
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船内時間は夜の11時を回っているが、食事をとっている者も少なくない。カイトたちは、端のほうに場所を取った。
ゲーリーとヘゼウルが、コーヒーを運んでくる。
「フレディが、先走り過ぎるんだよ。要するに」
と、カイトは溜息交じりにそう言った。
「いいとこ見せたいのは分かるけどさ」
「わからないですよ」
ヘゼウルが、言い放つ。皆の視線が彼に集まり、ヘゼウルは少し辟易したように顎を引いた。
「いや、良い格好したがってるのは、見て分かりますけど」
と、彼は言い訳がましく答える。
「でもね、カイト隊長。そんなことをする必要性が、僕には見えてこないんですよ」
「…」
「クードの護衛をきっちりやるほうが、よっぽど格好いいって、思うんですよ」
「そりゃ、同感だ。女の回し蹴りを食らってサマになる男なんて、いないもんな」
と、グリンシャーが、押し殺した声でクックッと笑う。
「クードのあの強烈な蹴りで、目ェ覚めてりゃいいんだけど」
「…参ったなあ」
カイトは、再び溜息をついて両手の平で目を擦った。
「公平に考えてるつもりだけど自信無い。でも、とりあえず黙って聴いてくれよ。…俺は、まあ、フレディの戦闘能力を高くかっているんだよ。確かに余計な事するわ、やらなきゃいけない事しないわで困るんだけど、それでも、能力的には高いんだよ。あれ以上の補充は、なかなか望めないと思うんだよ」
「…」
「でもな、協調性も必要なのは分かってる。今日だって、回りの奴等の頑張りはもちろんだけど、乗っていたのがクードとナナイだったからこそ、あの軽量機でも敵の追撃をかわせたわけだろ。奴の暴走は、各個人の負担が大きくなる。クードだって、これ以上のイライラは、回し蹴り一発で納まらなくなるぜ。
それに俺は・・・いくらフレディの戦闘能力が高いっていったって、クードのほうがはるかに『ツカエル』。
だから、フレディに、今度やったらもう二度と戦機に載せないって、一回脅しをかけてみようと思うんだよ。どう?」
「いいんじゃないですか、それで」
と、ゲーリー。
「それで駄目なら、強制送還も辞さないくらいの態度で望んだらいいんですよ。たしかに、フレディに抜けられると困ると思います。でも、今の我々には、・・・比べるのは良くないけど、クードのほうが大事です。足元を見られるような言動は、カイト隊長はもちろんの事、我々幹部会のメンバー全員が慎まないと」
「あいつが、クードみたいに好き勝手出来るようになるまでには、実力も経験もまだまだ足りないんだよ」
と、グリンシャー。
「俺らに向かって文句が言えて、俺らに文句を言わせない。そういう存在になりたかったら、やる事はやるってのがカイト隊長の方針だろ。それがようやく徹底してきた今、フレディの行動を許してしまえば、学徒組の統率が崩れるぞ」
と、ベルリンが、厳かに言う。
「どうだろう、カイト。この際、全員の役割分担… とくに、学徒以外の役割を、はっきりさせないか?」
「はっきりって?」
「班替えだよ。思い切って、サーマルロンとリースを入れ替えないか?」
ベルリンの意見を、ゲーリーがいらない書類の裏に、走り書いていく。
「従って、俺の班は副長をドロウにしてペックとラオス、リース。ラオスとリースの管理は、ペックに任せる。
で、カイトの班はグリンを副長にカジオリ、アイントン、モーリスホート。このメンバーは、適性的に、もう動かしようがないだろう。
ヘゼウル班はサーマを副長にしてクード、そしてフレディ。フレディの管理は、サーマとヘゼウルで、良いほうがやればいい。どうだ?」
「なるほどね」
と、ヘゼウルが応じる。
「リースはフレディと並べておかずにドロウと組ませたほうが、さらに伸びるかもしれないですね。サーマが入ってくれれば、クードは、自分の仕事に集中できるし」
「うん…なるほどな。経験の浅いラオスはペックと行動すりゃいいもんな。リースは、無駄口は多いけどやることはやるし。サーマは、かなり安心して任せられるし」
と、カイトは紙上のメンバーをペンの頭でなぞった。
「これでいってみるか。成果が上がらなきゃ、成果をあげられるメンバーだけで出撃する。文句は俺に言いに来るよう、徹底しておけ。異議はないよな」
「ないない。大丈夫だろ」
「これならきっと、大丈夫ですよ…」
話が落ち着き、みんな暫くの間、黙ってコーヒーを啜る。
「…なあ、カイト。余計な事なんだが」
ベルリンが、顔を上げる。
「お前、あれを作ったホルディオン博士ってのが、弟のほうだったってのは、本当に知らなかったのか?」
「中身だって、知らなかったさ」
「それはもちろん、そうだろう。その事については、少しも疑っちゃいない。ただな、画面にレイが映ったとたん、すごく驚いた顔をしていたようだったからね。気になったのさ」
「…驚いたさ。自分の弟が、戦争に荷担したって知ったら、驚きもするさ。偽善くさいけどな。俺は好きで軍人やっていて、誰かを巻込もうと思った事はない。だから、レイが俺に触発されてあんなモノ作ったってのが、ショックだったんだ」
「戦争って、そういうもんさ。使い古されたセリフだけどさ」
と、グリンシャーがカップを揺らす。
「現に、俺たちの乗っている戦機の模型が売られて、戦艦がカードになっている。俺自身だって、好きで、やりたい事をやってるつもりさ。でもそれは国家に利用されて、ガキの好奇心を煽る。煽られたガキとしては、フレディがいい例だ」
「僕の妹も、煽られてますよ」
と、ゲーリー。
「妹は普通の大学生ですけどね。彼氏にするなら、活躍している最前線の軍人だって決めてるし、会うたび、制服を着た僕とデートしたがる。兄貴の僕が軍人で、しかも最前線勤務だということで、友達が羨むんだそうです」
「…」
「皆、好きな事をするために軍人になって戦争してるのに、自分がやってる『好きな事』に身内を巻込みたくないって思ってる。こんな勝手な事はないですよ。でも軍人の悩みとしては、意外と10位以内に入ってるかもしれません」
「俺だけじゃないか… まあ、そうだよな。誰も巻込みたくないと思ってる自分が、手本になってないんだもんな」
カイトは笑った。
「気にしても、仕方ないな。サンキュ、元気でた。持つべきものは、よく気の付く仲間ってとこか」
「お礼はランチのチケットでいいぜ」
と、グリンシャーが立ち上がる。
「俺たちも、もう休もうよ。他に議題、ないだろ。明日も朝から、忙しそうだしさ」
「そうだな。とっとと寝て、英気を養わないとな」
彼らは、グリンに続いて立ち上がった。
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「おう、カジオリ!」
カイトにいきなり腕で首を絞められ、カジオリはふらついた。
「くっ、くるしいっすよ、なんなんすかっ、隊長〜」
「お前、昨日の戦闘でけっこう活躍したんだってな」
「え?」
「グリンが褒めてたぞ。その調子で頼むぜ、一年生。将来の期待度に、花丸つけてやるからよ♪」
背中を強く叩かれ、思わず咳まで出てしまう。カイトは豪快に笑って、先に歩いていく。
「…カジー、どうした?」
相棒のレオが、オレンジ色の目を瞬かせ、カジオリの顔を覗き込む。
「…ぼんやりして、いいのか? 隊長、何言ってた?」
「…」
「悪い事じゃ、ないんだろ? 隊長のヘッドロックは、人を褒める時だし…」
「ふふっ」
カジオリは、レオの顔を見上げてニヤリと笑う。
「な、なんだよ?」
「頑張れ一年生、将来の期待度は花丸、だってさ」
「そりゃまた、褒め過ぎ…」
カジオリに小突かれて、レオは黙った。
「ようし、やるぜっ、レオ! 俺についてこいっ」
「…。カイト隊長って、いつも褒めすぎなんだよ…」
「何か言った?」
「いや、独り言。さ、期待された通りの働きをするために、しっかり整備しようぜ…」
「そうだよなっ! 十分な整備あっての活躍と期待だよなっ!」
カジオリは、レオの肩を叩いた。
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新しい編成が発表され、識別マークの張り替えが始まる。
「おい、フレディ」
カイトはクレーンに乗ったまま、戦機の肩の位置で作業中のフレディに声をかけた。
「昨日の話の続きだ。クードの回し蹴りで中断したやつ」
「ああ、はい…」
「先に言っておくけど、俺は、お前さんの才能を高く買ってるんだぜ。だからこそ、暴走は許せないんだ」
「…」
ムースが、心配そうな顔をする。
「ムースも、ここで聞いてろ。それでだ。お前さんが最前線に出たがる気持ちが、俺にはよく分からん。お前、大反対を押し切ってここに来たんだろ?」
「ええ、でもそんなの、僕の戦い方とは関係無い事じゃないですか」
「そこが、王子様的思考なんだよ、フレディ。怪我したら、上層は、有無を言わさずに、お前さんをヴィムンの連邦病院へ送還するぜ。たとえ、かすり傷でもな。それを望んでる訳じゃないだろ」
「…」
「お前が死んだら、ヴィムンはこの戦争から手を引くって、俺だって想像付くし、そうなったらフレディ、お前の理念と違う方向に物事動くんじゃないのか?」
「確かに、そうでしょうね…」
「いくらお前が関係無いと言っても、ヴィムンとの関係は切れない。だからこそ、暴走はするな。命令は守るんだ。それでなお余裕があるなら、他の奴も助けてやれ」
「でも…」
「お前が対セクソーヴァ戦で活躍するより、クードに回し蹴り食らわされるほうが、ニュースとしてはオモシロイんだぜ」
「それは、そうでしょうけど…」
「冷静に考えろよ。お前がセクソーヴァにかまけている間、クードは2機の戦機を相手に戦っている。セクソーヴァに振り回されるより、その2機を確実に撃墜して、クードを守ったほうが得点は高いんだ」
「…もちろん、その通りでした」
「本気でヴィムンは関係無いと思っているなら、ヴィムンに口出しされないように動けよ」
フレディは、顔を上げる。
「関係無いならって…」
「口出しされなきゃ、関係無いって言い切れるだろ。お前が自分で無茶したって、それは、無茶をさせたとして、現場の責任になる。今のままだと、俺も含めて上層は、そうなる前にお前を戦機から引き摺り下ろす事になる」
「…そんな…」
「ヴィムンは関係無いと言い張るなら、ヴィムンの王子としてそこまで考えて行動するんだ。そうしなきゃ、庇いきれん」
「…」
「補給ナシの状態が長引いて、カレウラの部品が欠乏したら、この15番機をバラすことになっている」
「そんなっ!」
「そう言うしか、なかったんだ」
フレディをなだめるように、カイトが両手を広げる。
「お前が、王子様が、来たことについて、現場の反感は強いんだ。上のほうほど、そうだ。お前自身が反対を押し切ってきたんだから、分かるだろう? そう言うしか、なかった。俺には、これ以上のことはしてやれん。後は、自分でなんとかするんだ」
「隊長・・・」
「精神的な、微妙なことなんだよ。お前は、少佐である以前に、学徒なんだ。皆、お前ほどわがままじゃないけど、お前みたいに大人にはなりきっていない。下手したら、学徒全体の士気やレベルに関する問題にもなりかねないんだぜ。お前を、王子という身分抜きで仲良くしてくれるリースたちのことも、考えるんだ」
「…はい」
「いいな。考えて、納得行かなかったら俺のところに来い。聞いてやるから」
カイトは、フレディの肩を叩いてクレーンを動かし戻っていく。
「フレディ…」
「…」
フレディは、溜息をついて足場に座った。ムースも、心配そうに屈む。
「…今の隊長の話、ムース、どう思う?」
「…その通りだと、思いました」
「僕も、そう思った。考えたって、反論の手がかりも無い」
「隊長は会議で、フレディを庇ってくれたんです。分かりにくい、意地悪な方法でしたけど」
「今、分かったよ。それに、ヴィムンは関係無いと思っているなら、ヴィムンに口出しされないように動けって言葉。
そういう方法も、あったんだなって」
「…」
「つまり僕は、クードにとても、悪い事をしたわけだ」
フレディは、もう一度溜息をついた。
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