砂塵<王子様を探せ!>外伝
イエスが十字架を担いで歩いた約1キロの道のりを、ヴィア・ドロローサという。
「!」
先頭を走っていたヴィスムが、通りに一歩出た途端に倒れる。
「ヴィスム!」
彼の真後ろを走っていたヨハンは、慌てて彼を物陰に引き込んだ。足元や壁を、ゲリラの放つ銃弾がかすめる。ヴィスムの胸からは血が溢れ、戦闘服が、吹き出す血の勢いで波打っていた。
「ヴィスム! しっかりしろ!」
「行け」
かすれた声で、彼はそう言った。白い口髭が、震えている。
「立ち止まるな」
「だめだ、ヴィスム。お前と別れるなんて出来ない」
「振り向くな」
「ヴィスム!」
「生きろ」
「死んだらだめだっ!」
どんっと爆音が聞こえ、煉瓦の壁が揺れる。
「ヴィスム!!!」
「ヨハン!崩れる!」
一緒にいた仲間たちが、ヨハンを抱きかかえて壁から離れる。
「ヴィスーム!」
煤けた煉瓦の高い壁が崩れ、ヴィスムを埋める。それでも地鳴りと爆音は止まず、ヨハンは立ち上がることを拒んだ。
「もう嫌なんだ!この1年で、もう五人死んだ!」
「その程度の技量だったということだ!」
副官が怒鳴りかえす。
「闘いで死ぬのは、運が悪かったからじゃない!その程度だったからだ!」
「でももう嫌だ!」
「何の為に闘っているのか、忘れたのか?!」
「…」
「残った者は、その分を生きなくてはならない」
副官のロバートは、ヨハンの涙を拭いた。
「こんなところで、死ぬわけにはいかない。何としてでも、脱出案内人との待ち合わせ場所に行こう。生きるためだ。ヴィスムの隣りでくたばっちまったら、今まで死んだ奴が怒る」
「でもロバート。どうして僕が生きているんだろう? ヴィスムなんかより、先に死んだ仲間より、幼い。皆の中で、一番未熟だ」
「それが、運命っつーもんさ。いらない奴から死んでくのさ。この世の中に必要な奴だけが生き残る。それがこの世のシステムっつーもんさ」
そう言って、クリフが煙草を吸い始める。
「一服しようぜ、ロバート。ヴィスムに、煙草の匂いくらい嗅がせてやってもいいだろ」
「そんな悠長な余裕、ないよ」
その声に、みんながぎょっとして振り返る。
「遅いから、迎えに来たんだ。多分、ここらで足止め食ってると思って」
15歳のヨハンよりもまだ幼い、戦闘服が歩いているような少年が立っている。彼は、バレル(銃身)を短かく改造したマシンガンを背負っていた。
黒い髪、黒い瞳。スリングが、重そうに肩に食い込んでいる。
「お前…!」
数人が、銃を向ける。
「あれ? ヘラッセルは?」
「悠長に質問かましてないで、手ェあげな!」
「リーダーなら、昨日殺られた」
と、ヨハンはクリフたちを押しとどめてそう答えた。すると少年は、溜息をついて手を上げる。
「じゃあ、ヴィスムは?」
ヨハンは、顎で崩れた壁を示した。血と、手がはみ出ている。
「…まいったなあ。俺のこと、知ってる奴がいないじゃん」
「お前、誰だ?」
「ヘラッセル隊長から脱出の手引きを依頼された、脱出案内人だよ。地図読みのコージっていうんだ」
「お前が?」
ロバートが、呆れたように聞き返す。
「確かにヘラッセルは、今度の案内人に会ったら驚くぞとは言っていたが…」
「ああ。だが、ガキとは言ってなかった」
「あ、ひどい。待ち合わせの場所に来ないから、帰ろうかと思ったんだけど、なにしろヘラッセルから前金もらっちまってたからな。わざわざ迎えに来たんだぜ」
「地図読みのコージっていえば、最近よく聞く名前だけど、まさかこんなにちっちぇえとはなあ」
と、クリフはまだ長い煙草をヴィスムの血溜りに投げ込んだ。まだ乾いてない血で、煙草の火が消える。
「信用しないんなら、俺は帰るぞ」
「待て!」
ヨハンは立ち上がり、少年に近付いた。
「本当に、お前がヘラッセル隊長と契約していたガイドなのか?」
「そうだよ。お前こそ、年いくつ? 俺、12なんだ。さ来月13になるんだけど。ほら」
と、彼はガイドの認証を服から出す。認証には、たしかに12歳と書かれている。
「僕は、15だけど…」
「国際法上の兵士は、18歳以上って決まってるから、その観点からすると、お前も俺とかわらねーじゃん(^^)」
「…」
「で、どうすんの? 新しい隊長は…あんたか?」
コージは、真っ直ぐにロバートの髭面を見つめた。
「…生きる為には、賭けも必要って事だな」
ロバートが立ち上がると、他も従う。コージは、認証を懐にしまった。
「大穴当るぜ。その代わり、俺について来ることが出来た奴だけだけどな」
コージは、スリングを肩に掛け直し、ヴィスムの手の横をすっと通る。
「タイミング測って、すぐ行く」
「ああ」
ヨハンは、彼の後ろについた。コージがそれを確認するように振り返り、また、通りに視線を移す。
「…そこを曲がったところが、第8留だよ」
「第8留…って、何だ?」
「知らないの? そうやってめちゃくちゃ走るから、目的地に行かれないんだよ」
「…」
「ヴィア・ドロローサ、だよ。ここはね、イエスがその背に十字架を担いで歩いた道なんだ。ヴィスムが倒れたのは、第7留にあたるね。イエスが3回目に転んだところ」
「イエスが転んだ…? 聖書に出てくる、ゴルゴダの丘から続く道なのか? ここが?」
「そうだよ。聖書を知ってるなら、第8留も知っているだろ?ルカが伝えてるぜ。『私のために泣くな。自分のため、そして自分の子供たちの為にために泣きなさい』イエスの言葉だ」
「……」
「聖墳墓教会は、もうゲリラの手に落ちた」
それを聴いて、ロバートが、溜息をつく。
「ヴィスムの奴、今頃あの世でガッカリしてるぜ。あそこに詣でたいって言ってたから」
「…次のタイミングで出るぞ」
そう言って、2秒も立たずにコージが走り出す。ヨハンも、その後に続いた。
爆音、銃声。煉瓦で出来た壁が揺れる。
さっきまで、ヨハンたちは身を屈めて息を潜めて進んできた。隙を見て勢い良く走り出した瞬間、ヴィスムが撃たれたのだ。
なのにコージは、後ろも振り返らず、隠れもせず、走っていく。
天使かもしれない―――
ヨハンは、コージの肩をつかみたい衝動にかられた。
手を伸ばしたら、見えない翼に触れるのかもしれないと、本気で考えてしまう。壁がくずれて埃が舞い、目が霞む。
それでもヨハンたちは、コージの後を追い続けた。
----
オル・ダール軍の基地は、信じられないくらいに平和だった。が、傭兵用の宿舎は、けっこう混んでいる。
チーム単位で一部屋は保証されていたが、あまり広くない。
チームの、最後まで残った彼7人は、思い思いの格好で休んでいた。支給された酒を飲んでいる者もいる。
「ロバート」
と、ヨハンは、本を読んでいる彼に思い切って声をかけた。誰も口を利かないが、視線はヨハンに集まる。
「どうした」
「…チームを、出たい」
「…」
「ヘラッセルも、ヴィスムも、他の奴等も、違うって否定するだろうけど、でも僕は、彼らを盾にしてここに辿り着いたのだと思う」
「…チームを出て、どうする?」
「生きてみせる」
「…」
「クリフが言うとおり、本当にいらない奴から死んで、必要な奴だけが生き残るのなら、誰にも守られないところで、自分の力だけで、それを試してみたいんだ」
「…誰の死も、無駄になっちゃいなかったつーことだな」
「生きてる俺達がやってきたことも、報われたらしいぜ」
低い声で、誰もが同じように賛成する。ロバートは、本を閉じてヨハンの肩をつかんだ。
「ヨハンが、自分からそう言うのを待っていた。思っていたより、早かったが…。あの地図読みのコージと組むつもりか?」
「ロバート、ごめん…」
「謝ってもらう理由はない。俺たちは、お前さんが、自分からそう言い出すのを待っていたんだから。あの坊主となら、きっとうまくやっていけるさ。あれは、上玉だ。賛成する」
「…うん、ごめん…」
「気にするな。だが、年に一回ぐらいは会おう。花の咲く、ミテレで」
「ミテレで…?」
「ああ。6月のミテレがいい。一番きれいだ」
「…わかった。約束だ」
と、ヨハンは肯いた。
-------
「コージ、詰めろよ」
ヨハンは、毛布に包まって寝ているコージを起こした。単身の傭兵用の宿舎は、個室が用意されている。ただし鍵は掛からない。
「ん〜 って…何だよ、昼間の…ヨハンって言ったっけ?」
コージが、眠そうに起き上がる。
「俺、明日も早いんだよ…」
「君に付き合うことにしたんだ。ベッド、詰めてくれ。嫌なら君が床に寝るんだ」
「ちょ…っと、おいっ(^^;)なんだって? 俺に付き合う? お前、自分のチームどうしたんだよ?」
「抜けてきた。全員の了解はとってあるから、心配はいらない」
「心配はしてないけど、俺に付き合うって、勝手に決めるなよっっ」
「君は、銃が全然ヘタじゃないか。あんな改造銃じゃないと持てないなんて、それでよく戦えるよ。その点僕はスナイパーだから、護衛は任せてもらって構わない」
「構わないって…あっ、おいっ!!!」
ヨハンは、コージの隣りに横になった。
「まていっっ(^^;;;)」
「…」
「おいっ!そんな、お前の素性だってよく分かんないのに…」
「うるさいな。君は、下で寝ろ!」
コージはとうとう、ヨハンにベッドから投げ落とされたのだった。
「待てよっ!どうして俺のほうが、下で寝なきゃいけないんだよっ(^^;;」
「それは僕のセリフだ。僕は、床でなんか寝ない」
ヨハンは、コージの鼻先に指を突き付けた。
「明日早いんだろ。とっとと寝ろよ。僕は、起こしてやらないぞ」
「……」
この瞬間、コージ&ヨハンのコンビが出来上がり、2人のその後の力関係がが確定した。
--------
あれから、6回目の6月が訪れる。今年もミテレで、皆で会おう…
戻る/