＜１9＞

空港のライトが消え、闇になる。俺たちは、飛行機の後輪まで来ていた。前と後ろの扉が少し開いていて、外の音を採っているようだった。

扉がある反対側の尾翼に、アーサーが鉤付きのロープを撃ち、ひっかける。カシュッと音がするが、表立った動きは無い。まあ、音がしたからって外に出て確認するわけにはいかないだろうし、最後部の窓からだって、尾翼は見えない。

まず、俺が上る。垂れてるロープを手だけで上るんだけど、高さがあってけっこう辛い。１分弱で上り、俺はもう２本、ロープを垂らした。３本になったロープから、ファーダとヤーブ、アーサー、ランディがすぐに上ってくる。

俺たちは、ブーツの爪先につけた金具と、吸盤のついた手袋で、注意深く飛行機の上部へ登っていった。

ファーダとアーサー、そして俺が前方の扉、ランディとヤーブが後方の扉の真上に張り付く。

俺たち３人が扉の真上にたどり着いたところで、ファーダが、ペンライトを一回だけ点滅させる。俺たちは全員、垂らしたロープにぶら下がって、扉のすぐ上まで降下した。

ファーダが再び、ライトを点滅させる。

一瞬置いて、アーサーが扉を蹴り開け、その股間からファーダが機内に滑り込む。俺もあとに続いた。後方組も、同じことをして、機内に突入する。

扉の脇に立っていたＳＰらしき男が倒れ、ファーダとアーサーが客席に走りこみ、俺はコックピットへ行った。ハイジャック防止のため、ドアにはカギがかかっているはず…にも係わらず、ドアは薄く開いていた。

俺の後ろのほうから、ファーダたちがドンパチ…というよりは、ボカスカやってる音が聞こえてくる。俺は自動小銃を構え、コックピットのドアを開けた。

「！」

中には二人いたが、椅子に座ったままのけぞり、死んでいる。これって…

「君たちが、こんなところまで来てくれるとは思わなかったよ」

そう言いながら扉の陰から出てきて俺に銃をつきつけたのは、迷彩服ではない、ラフな格好のヨハンだった。

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「なんでここに…」

「国王を殺る機会をうかがってただけだ。銃のロックをかけて、背中に回すんだ」

仕方ない。俺は従ったよ。俺のほうが、分が悪いもんな。

「コージ、こっち、終わったぞ…」

声をかけてくれたファーダが、固まる。ヨハンは俺の銃のスリングを掴むと、俺をファーダのほうに向かせ、背中に銃口を押し当てた。

「ヨハン…？」

「多分軍は、陛下の生け捕りを頼んだんだろうが…それじゃあ、困るのでね」

俺たちが前に進むごとに、ファーダは後ろに下がった。そして、陛下が保護？されているところまで、俺たちは押し出されるように歩いていく。専用機は、後方に記者やらＳＰなんかが座る座席が５０ほどあって、前のほうは、どこかの屋敷の応接室のようだった。ソファがあり、テレビがあり、広くて絨毯が敷いてある。窓際に４つ、ファーストクラスの座席がある。離着陸の時や仮眠するときは、ここに座るわけか。

床には、SPやらなにやら、２０人ほどが転がっていた。

アーサーとヤーブ、ランディも、銃を構えたまま身動きしない。

「陛下より、後ろに行くんだ」

ヨハンは、俺に銃を突きつけたまま、皆にそう言った。ファーダたちも、銃をかまえてこちらに向けたまま、言われたとおりに動く。

「アルベルト…」

ソファに座っている国王が、苦しそうな声を出す。

「飛行機事故で死んでもらおうと思ったんですけどね…。もっとも、国内にいたところで、そんなに長い寿命ではなかったと思いますけど」

ヨハンはそう言って、空いてる左手で俺の下げていた自動小銃をとった。それを握りなおし、国王に向ける。

「軍部は生還を望んでいるようだけど、それでは困るんですよ…なにしろ陛下は、私の正体をよく知ってるので」

「は、はっ。傭兵崩れの、銃を持つ人間が国王になったら問題だろうな。アルベルト。わが父上・ダール１世公の時とは時代が違う。しかも私を殺せば、その手は更に汚れる。お前のような人間に、国民の支持など集まるものか！」

ダーン…

高い銃声がして、国王が横にぶっ飛び、すぐ脇の窓に頭を叩きつけ、ガラスに赤い染みを残して床に崩れた。

銃を撃ったのは、床に倒れていたはずのＳＰだった。

「…任務、完了」

そう言ったのは、サングラスとカツラをとった彼は、ジェシ―だった。

「ジェシー！？」

「わるいな、ヨハン。これも、仕事でね」

そう言って添乗員の制服を着た彼は、ネクタイを緩めた。

「なぜ…。一体、どうして？！」

ヨハンが、叫ぶ。ジェシーは、カツラのせいでつぶれた髪をかきあげる。

「だから、仕事さ。皇太子殿下の手を、王の血で汚したくない奴は、たくさんいる。」

「くそっ！あいつらかっ」

ヨハンが、両手の銃を床に叩きつける。

「言っておくが、俺の依頼主は『あいつら』じゃない」

『あいつら』っていうのは、多分、ヨハンの側近。一緒にチーム組んでいた奴らだ。俺が初めてヨハンに会ったとき、一緒にいた奴ら。、ヨハンが抜けたあと、チームの噂は聞かなくなった。

ジェシーは立ち上がり、一度は捨てた銃を拾った。そして、俺たちの前を通り、国王の脇に屈んだ。銃のグリップを、ソファからだらりと垂れ下がった手を押し当て、そして、引き金を人差し指に引っ掛けたままにして立ち上がった。

「真実が暴かれた今、国王陛下に生きていてもらっちゃ迷惑する人間も、スキャンダラスな王制が続くことに反対する奴も…つまり、ヨハン、お前を支持する奴も、大勢いるってことだな」

「…」

ヨハンは、ふらりとした足取りで、窓際に並んだシートに寄りかかった。

「俺は先に逃げるぜ、じゃあな。ファーダ、たまには仕事、誘ってくれよな。ｂｙｅ」

ジェシーは、手を振って機体の後部へと行ってしまった。

「生きるために、大勢殺している。今更、どんな血だろうが関係ないじゃないか……」

呟き、ヨハンは手で顔を覆う。

「死ねばいいってものじゃないのに…」

「行こう。国王が死んじまった以上、とりあえず逃げよう」

と、ようやく我に返った俺は、ヨハンの腕を掴んだ。

「行こうぜ、ヨハン」

「そうだな、何されるかわからん。逃げたほうがよさそうだ」

と、ファーダ。でも、ヨハンは首を振った。

「君たちだけで、逃げてくれ。どうせ、帰る道は違う」

「お前なっ、その態度、いい加減にしろよっ」

俺は、とうとう頭に来て怒鳴った。

「城で別れた後、俺、すっげぇ後悔したんだっ！落ち込んだんだぞっ！俺と一緒にいたい、別れたくないって言ったの、誰だよっ！」

「…今は違う」

ヨハンは、俺から目を逸らした。

「気持ちの整理が、つかない」

「おまえなあっ！うごっ…」

いきなりファーダが、俺の口をふさぐ。

「んごーっっ」

「アーサー、コージを運んでいけ。ヨハン…今は、お前の気持ちを尊重する。気持ちの整理つけたら、頭も冷やせ」

ファーダはそう言ってヨハンの肩を叩き、アーサーと一緒に俺を引きずって飛行機から脱出したのだった。。

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自殺した国王の葬儀は、アルベルト王子が取り仕切ったけど簡単で、残された王妃と子供たちは、出席しなかった。王妃は毅然として、記者会見に応じていた。

「陛下は、よき夫であり、よき父でした。でも、一人で逃げようとしたことは、一生許せません。

事件は私たちが結婚する前のことなので、私は何も知りません。でも、償いはしたい。

アルベルト殿下とともに、王制廃止のための手続きを進めます」

アルベルト王子は、未だ高い人気を誇る協力者を得て、世論も、王制廃止の方向に流れ出した。こうしてオル･ダールの王制はなくなって、しばらくゴタゴタしたけど、俺たちの生活は変わらなかった。

その後、空港から、国王が運び出そうとしていた宝石類の約3分の2が、どさくさ紛れに消えてしまっていたことが分かった。

が、残されていた残り3分の1は、全て偽物だったらしい。では、消えた宝石は、本当に本物だったのか、それとも…

この宝石ミステリーで、新聞はしばらくの間にぎわっていたけど、捜査のほうは、「本物というものは存在しなかった」として打ち切りになっちゃった。つまり、消えた宝石類も全部偽物で、それと知らなかった者が持ち出したのではないか、ということ。

『本物』といえるようなものは、結局出てこなかったそうだ。

まあ、1兆分の宝石が偽物だったとしても、王室にはまだまだ莫大な財産があって、ホテルや教会襲撃の見舞金や新築費用を支払っても、お釣りが来たんだとか。

元王妃と子供たちは、そのお釣りで北欧のほうへ移り住んだ。アルベルト王子も、彼らと一緒に出国した…という。

＜２０＞

「聞いてくれよ、ファーダ、ランディ」

俺は、神父の格好したファーダとランディの前に座った。二人は、顔を見合わせてから、俺のほうを向く。

ここは、二人のバイト先の、教会の事務室。

イマイチ天気のぱっとしない5月が過ぎ、今は6月の半ば。けっこう暑くなってきている。あれから2ヶ月。保護するはずだった国王に『自殺』され、情報部からの報酬は半減。俺は夏が終わるまで、地図読みの仕事をしないと決めていた。

ランディが、開いていない缶ジュースを俺にくれる。

「で、迷える子羊が何の悩み事で？」

「もー、生きるのがイヤになっちまうくらいの、深刻な悩み」

と、俺は缶を開けた。ぷしゅっと音がして、少し泡がたつ。

「空港から紛失した宝石なんだけどさ。あれ、どさくさ紛れに持ち逃げしたの、シータたちなんだって」

「本当かよっ！？」

ファーダの顔が、心なしかぱっと輝く。そりゃそうだろ。仲の悪〜い窃盗団・シェルターが、一度ならず二度までも、偽物に騙されたんだもんな。

でも俺は、散々だった。

「喜ぶなよ〜。もう、シータが怒髪天でさ。罵詈雑言の雨あられ。もー、今度こそファーダのせいだっ」

「今度こそ、俺はあの偽物に関与してないぜ」

と、ファーダは肩をすくめる。

「だいたい、宝石も金塊も札束も、偽物とはいえ一兆シバル分だろ？　材料費はそんなでもないだろうけど、量はきっと、すごいぜ。一兆シバル分の金銀財宝なんて見たこと無いけど、きっと、2、3日で準備できるようなものじゃないよ。多分、相当長い時間かけて準備されてたんじゃないかな」

「…なるほど」

俺は、ファーダの説に納得した。まあ、冷静に考えればその通りだ。彼は、言葉を続ける。

「それでもシェルターの奴らが騙されていたってことは、奴らと取引していたような…博物館とか、公式行事とか、見えるところにあるものは、全部本物だったってことか、それともなきゃ、あいつらがかかわる前、そうとう昔から偽物だったか…」

「やっぱり今回も、俺は悪くないじゃないかっ！」

「まあ、そういうことらしい。落ち込むなよ。これをあげるから」

と、ファーダはポケットから、小さなビンを出して俺にくれた。

「花の種だよ。ほら、火事のとき、施設から助けた子たちがさ、春のバザーで売った残りなんだけど。どうしてもコージにあげたいからって言ってさ。預かってたんだよ」

「…ああ、シータも、宝石より花が好き、なんてことになんねーかなぁ…」

「今回のことも、シェルターのボスに言い訳してやってもいいけど…」

と、ファーダの成功率の低そうな、ありがたーい申し出を遮るように、奴の携帯電話が鳴った。

「おっと、失礼。えーと…なんだ？」

液晶をチラッと見て、ファーダは怪訝な顔して電話に出る。

「何だよ、…ずいぶんなご挨拶って、そりゃ俺のセリフ。…うん、聞いた聞いた。今。うん。そう。いる。ザンゲ中」

俺のことかい…　ファーダと目が合う。彼は、にやっと笑った。

「そうだよ。うん、いいよ。伝えておく。ああ。…あ、大丈夫。こっちの子羊は呆れるくらい単純だから。じゃね」

彼は、ぴっと電話を切った。

「こっちの子羊って、俺のこと？」

「そうだよ。ちょーど、シェルターのボスからで…」

と、それを遮るように電話がまた鳴った。液晶画面を見て、ファーダの顔がぱっと輝く。

「…もしもし。やあ、電話、まってたんだよ」

と、彼はニコニコしながら電話に出た。

「なんだあ？鼻の下伸ばしてさ。彼女からかよ？」

俺の文句に、ランディが肩をすくめる。

「まあまあ…あれは不動産屋からだよ。3年前に閉鎖された教会…すごく小さいんだけど、その教会に敷地を貸してる人が、事務局に連絡くれてね。人手があれば、再開してもしてもいいって言ってくれたんだ。それで、部屋もついでに貸してくれるっていうんで、宿ナシ金ナシでアルバイト専門神父のファーダと俺に、声がかかったんだ」

「そりゃ、ついてるな。けっこうなことで」

「ひがむなよ〜」

と、ファーダは電話を切って立ち上がった。

「修理が終わったんで、中、見せてくれるってさ。コージも一緒にいかないか？」

「他人の幸せなんか、見たくねーよっ」

「まあいいから、気分転換だと思えば。気に入ったら。。。コージも通うといいよ」

ファーダの言葉に、俺は溜息をついた。

「それ、同情か慰め？　それともまじめなプロポーズ？」

「極めてまじめなプロポーズ。これから先も、コージと一緒に仕事がしたいと思ってさ。な、ランディ」

「そういうこと♪」

ふたりはそう言いながら、俺の背中や肩をバシバシ叩く。

「…まあ、いいけどな。俺も、単品じゃしんどいしさ…」

「年寄り臭いなあ」

俺たちは、外に出た。今にもセミが鳴きだしそうによく晴れている。もうすぐ夏だ。

「歩いて行かれるよ。20分くらい。コージ、知ってる？となりのリセイア地区なんだけどさ…こっち(クランド･ダウンタウン地区）に敷地またがってるのかな？けっこう大きなお屋敷でさ…昔、どこかの王族が住んでたって廃屋」

と、ファーダ。

「ああ、リセイアの第2幽霊屋敷か。この前通りかかったら、改装してたっけ。あそこに人が住むのか〜。じゃあ、ファーダたちが借りるのって、あの屋敷の端っこにある、『しみったれた幽霊教会』のことか」

「『しみったれた幽霊教会』で悪うございましたね。どうせ俺たちなんか、その程度の教会しか持たせてもらえねーんだよ」

と、ランディがぼやく。

「でもまあ、最低限の修理は入れてくれたみたいだからさ。。。きっと、きれいになってるよ」

そんな軽口を叩いているうちに、俺たちは目的の教会についた。ちんまりとした建物だけど、100人くらいは入るかな。3、4年前にここを担当していた神父が亡くなった頃に、大家である屋敷の住人も亡くなって、以来ずっと空家だったはずだ。

近所の、殺人があったペンションに続いて、第2幽霊屋敷とか呼ばれている。

ファーダは、教会の扉を開けた。

正面に、一応ステンドグラスがはまっていて、真っ白な十字架がかかっている。

こぎれいな祭壇の横、古びたオルガンの椅子に座って待っていたのは、『いつもの』ヨハンだった。

「こんにちは…やあ、きれいに直ったね」

ファーダがにこにこと手をふると、ヨハンは立ち上がった。

「ああ。見てもらおうと思って」

ブランド物のスーツをばっちり着こなし、髪もきれいに撫で付けてある。

俺は唖然としたまま、ファーダとランディについてオルガンのところまで行った。

「どうしたんだよ、コージ。ぼんやりして…」

と、ファーダが俺を振り返る。

「これって、どーゆーことなんだ？」

「お屋敷の新しい持ち主って、ヨハンなんだよ。これがまた、コージとの仲を取り持ってくれたら名指しで教会貸してやるとか高飛車なこと言って来てさあ」

「どっちにしろ、事務局は俺らに教会持たせたかったみたいだから、名指しする必要は無かったんだけど」

と、言いながらランディとファーダは、俺をヨハンのほうに突き飛ばした。

「…俺に、直接連絡してくれればよかったのに」

俺は言いながら、ヨハンを上目遣いに見た。

「すまんな。恥ずかしかったんだ」

ヨハンは、いつもの能面顔で、しゃあしゃあと言ってのける。

「余計なことは抜きだ。今度こそ元の関係に戻りたい」

彼は俺に手を出した。仕方ない…なんて言いながら、俺はその手を強く握り返した。

「あ、そうそう。シェルターのボスからの電話だけど、彼女、シータがコージと仲直りしたいと言ってるって教えてくれたんだ」

とファーダ。

「だから、コージのほうからシータに謝りの電話入れろ、だってさ」

「何で俺がっ」

文句言ったら、ヨハンが露骨に嫌な顔を俺に向けた。

「謝っておきたまえ。シータはわたしと違う。一生かかったって彼女は謝らないぞ」

「よくもまあ、自分のこと棚上げして、人の事が言えるよなっ」

俺は喚いたけど、悪い気はしなかった。ヨハンの手も、もう少し握っていたかったし、今夜俺は、嬉々としてシータに電話するだろうなと、自分で思って可笑しかった。

何よりも、ヨハンと元の関係に戻れて、よかった。でも、空港で見つかった宝石を偽物にすり替たのがヨハンだって知ったのは、だいぶ後のことだった。詳しくは知らないけど、昔から少しずつ、偽物とすり替ていたらしい。

そして結局、この仕事で一緒だった奴らは、ヨハンが手に入れた屋敷に次々に越して来て、俺たちはチームとしてまとまることにした。いいチームだと思う。地図読みとしては、すごくやりやすいし、うまくいくに違いない。

俺は異教徒だけど、この屋敷でのシェアリングが続く限り、併設の『しみったれた教会』に、ファーダの説教聞きに通うことになりそうだ。それもまあ、いいか。

夏の間は仕事しないって宣言は、取り消しだ！

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