外伝10〜 栄光有る不満分子達〜


煙草の匂い。 事務所の独特な冷たい空気。
 それらは何の変哲も無いが、それの存在場所が警察署内の一部屋とすると、 それすら警察の備品の様に思える。
 ここに有る某警察署内の捜査一課も、そんな匂いの有る部屋の一つである。  日中は人にかき混ぜられて居た空気は日が落ちる頃には落ち着いてくる。 夕 日の赤が部屋の空気を染めていく。 一日の終わり。

 今日、縮小された殺しの元捜査本部の捜査部長、遠藤 梓警部は自分のデス クで書類の整理をしていた。 警部の長身の姿は座っていても部屋の中では目立 ってみえる。 室内に殆ど誰も居ない今ではなお更である。
 彼の特徴として、優雅というには粗雑で、ゆったりというには機敏なその動 きである。 書類一つ扱うにも音をあまり立てない。 合理的を自分の行動原理 にしているのではと同僚などは思っているのだが、本人がそのことについて発言 する機会に恵まれなかったのか、確認は取れてはいない。
 この為に、もしかしたら今回の事で心は失望と無念の虚空に遊んでいるので はと、今、唯一警部の整理に付き合っている、彼の元で捜査をした一女刑事が心 配したのは致し方が無いというものだ。

 今、遠藤が持っている書類の一枚一枚は、捜査本部の捜査の歴史だ。 それ をしまってしまう。 この事が何を意味しているか。
 殺しの捜査本部は縮小された。 だが、刑事はこれは事実上の解散と思うの であった。 捜査員が高年齢でたった2人なんて、どうするというのだろうか。

「真相・・・知りたいですね。」

 半ば独り言の様に警部と書類を分類していた女刑事はつぶやいた。
 女刑事は20代。 髪は遠藤よりさらに黒い。 髪はショートで丸い顔に占 める目の大きさ、太めの眉毛のバランスは良い方である。

「好奇心か・・?」
「いけないですか?」
「大いに結構。」

 書類を動かす手を止めて警部は赤い夕日を写す窓を見つめた。 この男は話 す相手に顔を向けるという事に、重要性を与えていないらしい。

「どの真相だ?」

 女刑事は一寸警部の話を理解しようと努力した。 だが、その努力の結果を 待たずに警部は答えた。 しかも、初めて真正面から女刑事を見つめて。

「今回の捜査本部の事実上の解散劇には上の圧力がある事は確かだ。 それだ け 詳しく知るのも面白いな。」

 この警部は大それた事を言っているのだ。 現役の警察官が上の人を疑い、 穿ってしまえば批判しているのだ。 女刑事は解っている。 警部は弾劾してい るのだ。
 だが、その考えより彼女はもっと印象を受けた物が有る。 それは警部の黒 目に支配された二つの溝である。 直視するのは初めてではないだろうか。 こ れほど怪しさを持つ目は記憶には無かった。

「好奇心だけで動いてみるか?そうだな、とりあえず行動の自由は欲しいな。 」
「それでしたら、上の人にそれとなく話してみましょうか。 出世に必要なの は能力と、多少の上への脅しという事をお伝えすればいくらか違うかと。」

 彼女は出世欲に取り付かれた署長の顔を思い浮かべた。 彼の更なる上司へ の脅迫の材料が出来れば、出世が有利になるかもしれない。 ならなくても良い 。 兎に角材料の使い方は感知しない。
 兎に角こちらとしては署長に有利と思わせれば被害が及ばない範囲でこちら の行動を黙認はすることだろう。

 悪乗りしすぎかな? とは思ったけど、彼女の言葉を聞いて”許可を与えた ”警部を見て、「もしかしたら警部もこうするつもりではなかったのかしら?」 と女刑事は考えたのであった。
 非公然とはいえ、もう一つの捜査本部はこうして設立された。 だが、この 時点では捜査員はたった2人。 本家との違いはというと年齢と、絶対的な好奇 心の差であった。


(ねこかず)


<PC−VANサークル「カフェテリア」#2654、2655より転載>


<筆者からのコメント>

特になし。

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