外伝9〜紅の桜〜


 桜並木を歩いている。 毎度のことではあるが、本当にこの通りの桜は美し い。 カオスに突き落とされたような心を癒すべく、久しぶりに僕らは人通りも ほとんど無い桜並木を歩いた。

 ここの桜の木の中に、妙な木が一本だけあった。 他の木と比べると、明ら かに花の色が濃いのだ。 毎年毎年、まるで八重桜のような濃い花弁をこの木は 披露していた。

「桜色の吹雪の中に たたずむ君を ただ見ていた〜 伝えたかったはずの言 葉を〜・・・・・・・・月並みだな。 俺って作詞作曲の才能ないのかな・・。 」

 親友が即興で作った歌を口ずさんでいる。 言いたいことはなんとなくわか るが、メロディーがまるで彼の敬愛するギタリストのフレーズの丸写しだ。 本 人もそれをよくわかっていて、1人嘆いている。

 なま暖かく湿った風が吹く。 水蒸気を吹くんだ風がどことなく艶めかしく も刹那的な花びら達の命をいとも容易く奪い、その亡骸をとても美しく幻想的に 僕らの脳に焼き付ける。

 ほんの一瞬、日差しが僕らの目を焼いた。 一瞬の悪戯に僕は顔をしかめな がら瞼を開いた。 すると、紅い桜の木の下に、若い女がたたずんでいた。 少 し古くさいタイプのセーラー服に身を包んだ彼女は紅い桜の幹をそっとなでると 僕らに声をかけてきた。

「どうしてこの桜だけ、色が紅いか・・・教えてあげようか?」

 春風のような声につられ、親友は思わずハイ、教えて下さい、など言ってい る。 親友の表情を見る。 なんてツラしてんだ。 まるで、どこか遠くの時代 を思いだしているような・・そんな表情で彼女の瞳をジッと見つめている。 僕 は・・僕は何故か彼女の顔を見つめる気にはなれなかった。 何かその美しい瞳 の奥にまるで狂い咲きの桜のような・・何かを見たような気がして・・。

「この桜は・・・・とても悲しい物語があるの・・・・」

 彼女は桜の幹をとても愛おしそうに撫でながらぽつりぽつりと語りだした。

「昔々・・・・二人の若い男女が恋に落ちた・・・けれど悲しいことにそれは 実る恋ではなかった・・女は・・生活のためにどこか遠くに働きに出されること になった。 やがて女は男を忘れた・・。 女が故郷を離れて行く年かが過ぎ、 やがて女は胸を煩い故郷に送り返された・・。 忘れられた男はかつての恋人の やつれた姿を見て嘆いた。 嘆きの中に女は再び恋を思い出す・・。 でももう 遅かった。 悲嘆にくれた女は男に・・・・・自分の命を絶ってくれと・・。  男は女の願いを叶えてやった。 女を土に返しそして・・・・・短命の女を哀れ み女の好きだった桜の木を手向けてやった・・」

「よくありがちな話だね。 よく漫画にそうゆう話が載ってるよ」
「・・・・この花びらの色は・・・木が女の血をすすって大きくなったから・ ・・」

 僕は横を向いてギョッとした。 親友が涙を流しているのだ。 こんな陳腐 な恋物語で涙を流しているのだ。

「・・・・あ・・・・・・・・・・・。」
 親友は何かをつぶやくと、吸い寄せられる様に木に近づいていった。 そし て木の幹に触れると、そのまま崩れるようにすすり泣いた。

 異様な光景だ。 まるで女が泣いているようなポーズだ。 いつもの彼じゃ ない。 僕の知っている彼じゃあない。 まるで僕が見えていないようだ。 な んだか催眠にかかっているみたいだ。
 女の瞳をじっと見た。 まるで癒しても癒しきれぬような深い孤独と後悔と せつなさをたたえたような暗い光りを放っていた。

「・・・・・・・・おまえ、ノリミチに何をしたんだ。」
「フフ・・・・私は・・・・話をしただけよ・・・・・」

 その時、幻想を引き裂くような醜い機械の音が響いた。 役所の車と植木屋 の車が紅い桜の横に止まった。

「ほら、どいてどいて。 この木、もう幹が大分腐っていて危険なので、伐採 することになっているんだよ。 ほら、君も・・こらこら・・。何が悲しいか知 らないけどこんなところで男の子が泣いてたら恥ずかしいぞ〜」

 我に返った友人は自分が何故泣いているのかも解らずにただ呆然としている 。 僕に答えを求めるべく、顔をしかめて桜の木と僕の顔とを交互に眺めている 。

 紅い桜は植木屋の手でその幹を切断され、病魔に犯されたその身体を僕らに さらした。 酷い腐食だ。 これでは切り倒されても無理はない。

「ここまで腐食が進んでいるのによくこれだけ花を咲かせられましたねぇ。  きっと最後の力を振り絞って花を咲かせたんでしょうねぇ・・・・しかし・・な んでまたこの桜だけこんなに紅いんだか・・・」

 植木屋が感慨深そうに語った。 木の根本にロープが貼られ、周りを掘り起 こしている。 根を引っこ抜くらしい。 断末魔よろしく、根が悲鳴を上げる。

「うわあっ、これはぁっ!!」

 不意に役人と植木屋が驚愕の叫びを上げた。 役人と植木屋の声につられて 根をのぞき込んだ。 すると、驚いたことに、骨が・・人間の骨が・・。木の根 にからまっていた。 桜の根はまるでしっかりと抱きかかえるかの様に人骨にか らみついていた。 大地に戻り切れずにこの世に靡く長い頭髪がその人骨が女で あることを僕らに告げた。 親友はたまらず顔をそらした。 役人たちは慌てて 電話をかけている。 植木屋は手を合わせ、お経を唱えている。 僕は・・捜し た。 さっきまでそこにいたハズの女の姿を懸命に捜した。 女は消えていた。

 風が吹いた。 立ち並ぶ木々の紅い亡骸を巻き上げ、僕らを嗤うように空の 彼方に消えていった・・・・。


(SUM)


<PC−VANサークル「カフェテリア」#2494、2495より転載>


<筆者からのコメント>

 今朝ボード見ましたら、ねこかずさんが本編の続きをUPされてました。

 そのエンディングの所に、「桜」がちょこっとでとりまして・・。

 個人的にすごーーーーーーーく桜の花が好きです。 桜の花が咲くこの季節 、 毎年待ち遠しくてたまりません。 花そのものも好きですが、花についてま わる 怪談なんかも大好きです。 はかなさ故か、とかく妖艶な話や血なまぐさ い話が つきまとう・・そんなところも好きです。

 話自体はよくありがちな話です。

 でも、何かこう、桜の持つ妖しい世界を表現してみたかった・・とこんな感 じでしょうか。 読んでいて、映像が浮かぶようであれば嬉しい限りであります 。

あらすじ 外伝紹介 相関図

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