外伝7〜妙里の章V〜


 いつもの午前の授業が終わり、いつもの午後の授業の前の、いつもの昼休み の和博達の光景だった。 学校の屋上では、和博と則道の二人が購買部で購入し たパンを食べながら、たわいの無い話をしていた。 昼飯のカレ〜パンを運び終 えた則道の口から、例によって紫煙が虚空に昇り、冬の暖かい風に溶けている。

「だからさ〜、パソコン通信に”ねこかず”とかいう、脳みそ破壊MSGばか りUPしているクダラナイのがいてさ〜・・・おい、則道。 聞いているのか? 」
「聞いてるさ・・・なぁ、和博・・・俺、なんか最近3枚目の役ばっかりの気 しねぇか? 本当は渋い役のはずだぜ。 しかも影薄いし。 名字も無ぇ。」
「なんだそりゃ?」

「あの〜・・・良いですか?」

 その声にびっくりしたのは和博もだが、則道は特にびっくりして煙草を急い で口から引き離し、手品師もかくやの如く視界から消しさった。
 まだ長い寿命が有ったはずの不幸な煙草は、今は恐らく則道の足の下敷きと なって、存在を否定される立場になっている。
 声のした方向には内藤久美さんが、屋上のドアの側に立っていた。 喫煙を 内藤さんに見られた時の則道の反応は、どの先生に見られた時以上の反応だった 。 一度はお酒をつきあう程の仲なのに、なぜか内藤さんの前では吸いたがらな い。 寧ろ公然の事なのに隠す。
 則道もこの夏姫とは意味の違う女傑、母親のような面を内藤さんに見ていた のか、と、座っていた和博は苦笑しながら内藤さんに話しかけた。

「どうぞ。汚い所ですけど。」

 和博の軽口に「当然だ」と突き放したように則道は床から立ち上がり、フェ ンスに寄りかかって言った。

「・・・妙里の事だろ?」。

 内藤は深刻そうな目で訴え、うなずきで返答した。
 和博達の話は昨日に遡る。

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 妙里の家は一寸した住宅地に有る。 此処地元にしては結構な旧家で、古い 木造建築の一戸建て。 比較的高い石垣の上に立てられた家はそれだけでも風格 を感じさせた。
 早朝5:30、妙里の生活は始まる。 トレ〜ニングウェアに着替え、猫の 形をしたナップを背負い、家の玄関前の石段を下る。 前の坂道を昇り、林を抜 けて一本の木に辿り着く。 此れを妙里は一ヶ月前から始めた。
 木の下でナップサックを広げ、中から猫の缶詰を出す。 そして、木の下に 添えると・・ 子猫が現れた。 木の幹に上手い具合に空洞が出来ていて其処に 住みついているようだ。

「ミュ〜ちゃんが猫じゃなかったらね〜ぇ・・妙里のママの体が弱くても、家 で飼ってあげられるのにね〜・・・。」

 子猫は聞いていたかの様に、口に餌を付けた顔を妙里に向けた。

「ねぇ・・・なったん・・・」

 登校中、妙里と内藤は同じ駅で電車を待つ。 今日は内藤が先に並び、妙里 が後に来たわけである。 いつものように声を掛けられ、振り向いた内藤は一瞬 、呼ばれたのは聞き間違えと思った。
 呼びかけた女の、その長いストレ〜トの髪を三つ網にして、服の袷(あわせ )を合わせて、スッキリしたカバンにアクセサリ〜をゴチャ付けして、パンスト をハイソックスにして、バストを無くし、膝下10cmのスカ〜トを膝下5cm にすれば、確かに妙里だった。

「・・た、妙ちゃん?!」

 教室でも、一寸した噂に成った。 服装の変化は兎も角、見た目の雰囲気が 変わった・・様に見えるのだ。 年相応の女性。
 だけど休み時間の合間にはポテチを持って和博と則道の所に遊びに行く習慣 は変わらなかった。 妙里は言った。

「ね〜・・・ピアスってどうすると良いのかな〜ぁ」

 相変わらず床に膝付いて、机の上で頬杖付きながらポテチを喰い喰い、話し 出した。
 いつもは突拍子の無い妙里の会話に慣れている和博達もさすがに即答しかね た。 妙里がピアス?
 和博達は、小学生しかも低学年のボディコンを見るような気分に襲われた。  一体なんなんだ?
 即答しかねた和博達を助けたのは遣って来た、クラス委員長の内藤久美だっ た。

「だめよ!妙ちゃん。ピアスなんてね、普通の人はするものじゃないのよ。  耳から糸が出たりして大変なんだからね。」

「迷信だよ。内藤さん・・・」

和博はそう言いながら、ふと自分の親友の立場を思った。

「俺・・ピアスしてる・・・」

不良人則道はボソッと言った。


妙里が言うには・・・
 4日前、いつものように妙里は猫を探しに林の中に入っていった。 しかし 、猫は見つからなかった。 不安になった妙里は林のそこら中を探した末、一人 の男性が猫を抱えて泥だらけに成っているのを見つけた。 地面は別にぬかるん ではいない。
 ジャ〜ジ姿の男は妙里に近づいた。 妙里は猫を受け取ると、事情は分から ないけど猫を助けてくれたらしい男に例を言った。 男は怪我をしている。 何 処からか殺気を感じた気がした妙里は身構えようとしたが、しなかった。
 なぜか妙里は、名も知らない、会ったばかりのこの男と一緒だと安心した。  男の顔は疲れたような感じだったが笑っていた。 男はそのまま近くの自転車 に乗って行ってしまった。
 妙里の頭を撫でた手のひらの感触を残して・・・

 ふぅ、と一息付いた所で妙里の経験談終わった。 どうやら、最近服装を変 えたのはその男に原因があるようだ。 3人が3人ともそう考えた。

「妙ちゃん、その人に今度会わせてよ。ねっ。」

彼氏かぁ・・・相手が居ない3人が、3人ともいきなり疎外感を受けた。 妙 里は首を振った。 ニコニコしながら。

「知らないよぉ・・・その後会った事無いんだもん・・会いに行ったことも無 いの」

 妙里は楽天的だった。 寧ろ、不安がったのは内藤だった。

「でもね、なっちゃん、でもねっ、その人これ落としていったんだぁ。免許証 。」

 ・・・まぁ、でも年上で何年も離れているじゃないの。 内藤は益々不安が った。 妙里は珍しく声高に反論した。 妙里らしくない表情と台詞で。

「なっちゃんはねっ、人を好きになるのに臆病過ぎるんだよっ〜!」

 顔を赤らめている内藤にアカンベ〜ェしながら、妙里は教室を飛び出した。
 和博は思った。 妙里は知っている。 内藤の家庭の事情ゆえの内気さを。  でも、妙里としては言い出し難い衝動に駆られた結果だったのだろうと。
 だが、和博の口から出た言葉は外れ様の無い予言だった。 微妙にため息を 混ぜながら。

「もう、授業が始まるよ。」

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「その日の放課後だっけな、俺たち3人で、偵察がてらその男んちに行ってみ たら・・・」

そう言うと則道は、思わず煙草を掴もうとした手を叩いた。
 その男の住所には警官がひしめいていて、小さな2階建てアパ〜トはトラロ 〜プに囲われていた。 警官に職務質問されて、妙里から借りた免許証はその男 の情報と引き換えに証拠として取り上げられた。 男は犯罪を犯し、自分の子供 を置き去りに高飛びしたそうだ。
 子供は小学生だという事まで聞けた。

「泣いていたわよね・・・妙ちゃん。憧れでなくて、本当に好きだったのね・ ・」

 妙里には内藤の機転で、振られた事にした。 則道も和博も勿論内藤も、良 心が痛まない訳は無かったが、致し方無い事に思われた。

「で、今度皆さんカラオケ行きませんか? そうすれば妙ちゃんの事ですもの 、次の日にはすっかり忘れていますわ。 服装と共にね。」

内藤の言葉を受けて則道は賛同した。

「そうだな。お祝いしてやるか。 妙里が一歩、大人になれた事を。」

 自分の臭い台詞に少し赤面した則道は照れを隠す為に慌てて話題を変えよう とした。

「妙里の奴・・・まさか男と初めて会った日の後は、ず〜っとああいう身なり で林に行っていた訳ではないだろうなぁ・・」

 誰も答えなかったのは、反論の証拠が無かったのか、臭い台詞のせいなのか 。
 冬空の気の早い春風が、午後の始業のチャイムを運んできた。


(ねこかず)


<PC−VANサークル「カフェテリア」#2366、2367、2368よ り転載>


<筆者からのコメント>

 たまには良い役を、と
 一寸(-^^-;)なラブコメ調にしてみました。

 個人的にはこのキャラがお気に入り。
 というか、
 私の別名の言葉の調子そのままつかえますので楽、という意味もあったりし て(これが殆ど)。

あらすじ 外伝紹介 相関図

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