机上の空間〜そして我等が世界も〜 四葉黒葉
「つまりですね,運命というものは,ある存在によって決められたものであり,私達にそれを変える術はありません。私達は創造者の駒に過ぎず,時の流れるままにするしか今のところありません・・・」
ここはとある世界のとある国の大ホール。ホールには,子供に先立たれた母親や,両親に反対されている恋人同士や,リストラされた会社員,盗人に家財道具すべてとられた者,・・・また,無実の罪で死刑にされた人の幽霊など・・・・・まるで小説の中の悲劇の登場人物のような,不運中の不運の中にいる人々が沢山いて,演説者の話を聞いていた。
と,ここまでの描写を見てみると,まるで怪しげな宗教団体の講義のようだが,決してそういう訳ではない。
「私達の存在は,あちらの世界では単なる,文字の羅列でしかないのです。ひとりの人間,すなわち私達の物語を書いた,例の小説家によって,原稿用紙に書かれた物なんです。・・・・これでさっき私が言った言葉の意味がわかったでしょう?彼にとって私達の存在とは,自分が食っていくための商売道具。・・・実に嘆かわしいことです」
失礼,「まるで〜のような」ではなく,本当に「小説の中の悲劇の登場人物」だった。
演説者(おそらく彼が主人公なのだろう)は,まだ話があるようだ。
「しかも,小説の中身は,はらはらしたり,多少の不幸がないと面白みがないから読者に受けん,ということで,こうして私達が不幸にされてしまうのです。これは,私達に対する人権の侵害です!かくいう私も昨日,焼肉定食が売り切れで仕方なくさんま定食にしたら,骨がのどに詰まってひどい目に会い,慌てて水道に行こうとしたら横になった空き缶に滑ってスッテンコロリン。そしてそのとき財布を落として,バスに乗れずに歩いて帰ろうとして,自転車に泥を跳ねかされたうえ,やっとのことで帰り着いたら飼い犬に手をかまれたのです!!・・・・・静粛に!別に私はこの話で笑いを取るつもりはありません!!」
・・・・静かだった会場に笑いが起こってしまったので,演説者は慌てて止めた。
「ようするに,です。この話は,小説家の書いた話のおかげで,私達がどんな目にあっているか,ということの一例です。・・・・しかも彼は,締め切りが近いと言うのに,ちっとも筆を進めていないのです!!どんな話も,ラストがあるなら我慢のしようもあります。しかしこれでは,私達は現状の不運に,とどまっているほかありません!!」
ここで聴衆は,話がついに核心に入ったと確信した。・・・しゃれぬきで。
「私達は,彼に言わなければなりません!この運命から解き放つか,さもなければストーリーを進めろと。そして私達はあの小説家に体裁を加えるべきだ。私達はこの,せまっ苦しい原稿用紙を飛び出し,あちらの世界へ行かなければならないのです!!」
歓声と拍手と共にその集会は閉じられ,・・・・・登場人物達は,原稿用紙を破って出る準備をしはじめた・・・・・。
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その書斎には誰もいなかった。ただただ紙屑ゴミ屑が散らばり,ありとあらゆる本(漫画,雑誌も含む)が,整理されずに乱雑につんである。・・・・勿論言うまでもなく,例の小説家の書斎だ。部屋の主の性格がよく表れた部屋である。しかし中でもひどく散らかっているのは・・・。
「キィ〜ッ」部屋のドアが開いた。小説家が部屋に戻って来る。・・・・まったく,彼は締め切りが近いと言うのに外出していた。
彼はやっと自分の書き物机に向かった。・・・・・すると彼は目を丸くし,怒り出した。
なんと彼が今まで書いた小説の原稿用紙のすべてが,修復不可能と言っていいほどにビリビリに引き裂かれていたのである。・・・しかもだらしがない小説家は,自分の書いていた話をまったく覚えていなかった。これでは話を新しくかきなおすより他ない。しかしそんな時間はなかった。
彼は激怒した。・・・忌々しい奴め!よりのよって締め切り前にこんなことをするとは!こんなことをするのは人間じゃない・・・こんなことをするのは・・・・・!!
「タマあああぁぁぁーーーっ!!どっこ行ったぁぁぁーーー!!このバケ猫めぇぇーーー!!許ッさーーーーーん!!!!」
彼は自分の飼い猫を捕まえに行った・・・・。
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え?あの原稿用紙の住民はどうなったかって?彼らは・・・消えた。
つまり,彼らは原稿用紙を破って外の世界に出るのには成功した。しかしそれと同時に消滅した,ということだ。彼らは物語の登場人物だから,その物語が「読める」間しか存在できない。でも唯一物語が書いてあった原稿用紙を,彼らは破って読めなくしてしまった。ま,そういうことだ。でもいいんじゃない?彼らの当初の目的は果たされた。彼らはもう苦しい運命に悩まされることもないし,ちゃんと小説家にも復讐したのだから。
まあ,今回の一件で,唯一迷惑をこうむったのは,小説家の飼っていた猫だろう。彼女は罰として一週間,好物のめざしをもらえないそうだから。
と言っても,あの小説家も猫も,この私が書いた小説の中の・・・・・・・・。
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「ねえ,どう思う,この小説?」
「そうだねえ・・・・・」
「ワタシ恐くなっちゃった・・・だってもしかしたら ワタシ達も・・・」
「!!」
The End!
あとがき
というわけでこれが文芸部に提出したはじめての作品です。星新一の影響が強いと思います。ネタだけ小説の所で言った通り,ある意味リメイク作品といえるでしょう。
そしてこの小説,「個性がない」「最近ありがち」「ギャグがしらける」といわれてしまったのです。
ちなみにわたしが,ソフィーの世界を読んだのは,これをかいた約一ヶ月後のことだったのでした・・・。あーあ。