専門家によるミサイルの話し
その2


高迎角から武器を撃つとどうなるか、の話です。

 

高迎角の飛行機では、当然のことながら、前下方から風が吹いてきます。ポスト・ストール機動をやってる近未来戦闘機なんかでは、ほんとに腹の方向から風が吹き上げてきます。ここでミサイルを前方に向けて撃ち出したらどうなるでしょうか?

いうまでもありません。たちまち、猛烈な風に吹き上げられて、飛行機の上方にひょわ〜〜ん!とすっ飛んでいきます。いやいや、例えばF-4-7Fのように、まず胴下から下方に向かって放り出すシーケンスだと、ひょわーんでは済みません。今離れたばかりの発射母機に向かってぶわっと戻ってきます。これをすかさず更に打ち返す!…て、伊吹三郎の一人卓球みたいなことができればいいけど(「炎の転校生」参照)、普通はもう母機の運命や如何にって、火を見るよりも明らかで、ほんに高迎角というのは命懸けでございます。

 

…恥を忍んでいいます。私、一頃、本気で上のように考えてました。結構いろんな人に「こういう風になるはずだよね」といいふらしました。勿論大間違いです。

 

確かにミサイルは猛烈な風を受けて吹き上げられます。そして、この時、同じように、その後ろに覆い被さっている飛行機も吹き上げられています。飛行機も吹き戻されるのです。

この時、ミサイルと飛行機に働く加速度は、いうまでもなく、それぞれに生じる空気力(揚力と抵抗)と慣性(質量)の比から決まります。そして、これは一般論ですが、ミサイルよりは飛行機の方が、質量あたりの空気力は大きいはずです。なんたって翼の大きさが違うからです。

要するに、これはもう、ひたすら翼面荷重の問題です。同じ条件(動圧、迎角)で空中にあれば、飛行機の方が空気力の影響をずっと顕著に受けるのです。従って、発射母機から見れば、放たれたミサイルは、腹から吹き上げる風の影響を自分ほどには受けずに、石のように下の方へ離れていくはずです。

ということで、とりあえず、高迎角から下方に落としたミサイルの、母機からの分離特性は(翼下にドロップタンクでも下げてない限り)安心であります。

(以前、某空軍の技術支援作業で、F-○○○から○○爆弾を投下する時の安全検討をしたとき、同様の議論をしたことがあります。それまで、レベル・フライトからの投下試験を重ね、いよいよダイブ(緩降下)から引き起こしながらの投下をやりたい、ということで、軍の技術者から「母機と同様、爆弾も迎角を取るはずだから、爆弾が浮き上がって母機に当たってくるのではないか?」という心配が投げかけられました。上に述べたようなことで「絶対大丈夫^_^)」といったんだけど、仲々判ってもらえませんでした。)

 

ともかく、母機からの分離は成功しました。さて、下方に離れていくミサイルは、その後どうなるのでしょうか。

分離直後のミサイルは、母機と同様の姿勢で風に向かいます。発射直後の0.5〜1秒程はディスエーブル・タイムといって、ミサイルの誘導システムがすぐにはエンゲージされません。すると、ミサイル本体の風見安定によって、ピッチダウンが起こります。進行方向に向けて頭を下げるのです。

そこから誘導が始まります(この間、目標を失探していなければの話)。母機はわざわざ高迎角機動をしていたのですから、目標機の位置は、やはり相当「上の方」でしょう。とすれば、いま進行中のピッチダウンを速やかに止め、元の方向へ向き直らなければなりません。しかしすぐに止まらない−っと。

結局、高迎角から発射されたミサイルは、すぐには目標に向かわず、かなり進行方向に流れ、しかも1回よそ見をしてから飛び始めることになると思います。

そうすると、無理な高迎角姿勢を取らずに、水平に撃ってから、ミサイルに機動させるのと、何がどれだけ違うのか?という疑問が出てきます。水平方向に撃つのなら、母機は高運動などやって速度を落とすこともなく、ミサイルは発射直後から充分なエネルギと動圧を以って機動することができますから、低速で、姿勢だけ目標の方を向いてふらふらと飛び出すより、実はよっぽどいいんじゃないかという議論だって成り立つわけです。これはちょっと、これから真剣に検討しないといかん問題だと思っています。

因みに、友人のミサイル屋さんによると、将来のミサイルはTVCがあるし、風見安定は低めに抑えてあるから、発射直後から姿勢の維持はできる、風見安定で頭を下げることはない、とのことです。少しだけ安心しましょう。

 

こんなに悩むんだったら、いっそのこと、ミサイルなんか諦めて、機関砲で狙ったらどうでしょうか。ミサイルより撃つまでの手間が少ないし、ぱっと機首を上げて、大体そっちの方に機首を向けたら、ロックオンとかなんとか面倒くさいことをいわずに、とにかく引鉄を引いて、ぶわっと20mm弾を撒いてしまう、これがいいんじゃないでしょうか。

でも、これは皆さんおっしゃいますが、そんなんでは当たる訳がないそうです。空中戦で1000ft2000ftも前方をぐるぐる機動するジェット戦闘機に鉛弾をぶつけるなんてのは、それだけで殆ど神業です。いくらバルカン砲の発射速度が高くて、まぐれ当たりが期待できるといっても、ファイアリング・コーンが多少広がる程度で、大して慰みにはなりません。まして、自分自身の機体にGがかかり、発射された砲弾に強烈な横風が吹きつける状況では、FCSの管制計算だってあてにはなりません。あなたがゴルゴ13でない限り、撃つだけ無駄というものでしょう。(F-16MATVの試験では、結構ガンが役にたったといいます。どういう命中判定 をしているのでしょうか?)

いっそのこと、レーザー砲でも持ってきたらどうでしょうか。横風が吹こうがGがかかろうが、機首方向に向かって秒速30kmでぶっとぶビーム砲があれば、関係ありません。まさに無敵です。いいなあ、夢のへーきだなあ。

F-18HARVX-31の飛行試験の報告を見ると、これも難しそうに思えてきます。これらの機体がレーザー砲を持っているかどうかは知りませんが、前上方を飛ぶ目標機に機首を向けて狙いをつける、という飛行試験で、やはり相当難しいという評価が出ているようです。大体そっちの方を狙って撃てばいい、というミサイルと違って、機関砲やレーザーは、照準をピンポイントに定める必要がありますが、高迎角ではこれがえらく難しいらしい。ロールをうつと、ダイレクトに機首が左右に振れてしまうせいでしょうか。ま、操縦性の話は制御則次第で、近い将来、そうですね、戦闘機用レーザー砲が実用化される頃までには、解決されていく可能性もあるか知れませんが。